攻略なんて冗談じゃない!

紫月

文字の大きさ
50 / 94
第7章

第46話 クラウゼヴィッツ兄妹の斜塔

しおりを挟む



「なんでしょう、この滑らかな舌触りは」
「ほんのりと香るレモンが良いですね」
「これはパンにも合いそうですな」


 生クリームを食した料理人さん達は口々に感想を言い合った。

 概ね好評なようで何よりだ。

 ただし、やはり苦手な人もいるようで、喉にべったりと貼り付く感じがというご意見も頂いた。



「じゃあ次はこのビスケットをミルクに数秒浸して、ホイップクリームを上の面に塗りながらどんどん積み重ねていくよ」


 お手本に二段ほどやってみせて、これを繰り返すように指示する。

 重ねている段階で多少不格好になっても後でならせば問題ないだろう。

 イルメラは真剣な顔をして、ディーはぼんやりと退廃的な表情を浮かべながら、各々作業を進めた。



「えーっと、ディー? どうしてこうなったのかな?」
「普通にやったよ?」
「いや……」


 頃合いを見計らって俺は二人に声を掛けた。

 もともと七、八枚も重ねれば十分なのだ。

 如何に子供と言えどもそんなに時間はかからない。


 自分用を夢中になって作り、欲張って結構な高さにしてしまったところで我に返って、二人の様子を見たのがだいたいの成り行きだった。


 まずはイルメラ。

 彼女はもともと器用なのか、それとも余程慎重に積んだのか、ビスケットタワーはまっすぐと天井に向かって伸びていた。


「うん、とっても上手に出来たね」
「このくらい当然ですわ……」
「だけど鼻の頭にクリームがついてるよ?」


 ふんぞり返ったイルメラの鼻の頭に白いものを見つけて、指で拭ってやると彼女は頬を熟れた苺のように真っ赤にさせた。

 子供っぽい面を見られて恥ずかしかったのかな?


「さてと、次はディー……って何をしてるの?」


 指についたクリームを布巾で拭い、続いてイルメラの向こう側のディーの様子を窺った俺は驚愕した。


「何って、言われた通りに……」
「いや、それ違うから。絶対違うから」


 のんびりと答えるディーの言葉を遮る。

 これが俺の言った通りであってたまるか。


 ディーの前にはあっちにふらふら、こっちにゆらゆらと重心が傾き、波打つような曲線を描いたビスケットタワーがある。

 ビスケットそのものが四角いのでだいぶ趣が違うが、ピサの斜塔の進化版みたいだ。

 相当なハイペースで積み上げていったのか、そこそこ高さがあるが、非常に繊細なバランスの上にそれは保たれていた。

 そんな形にしろと言った覚えは無い。


「どこをどう見ても、アルトのものとそっくりだよ?」
「どう見ても別物だろう! ディーは成分と味が同じだからって、スクランブルエッグをオムレツと言い張るつもりか?」
「オムレツって?」


 俺はどうにかしてこうなった原因を探ろうとした。

 しかしディーは普通にやったと言って憚らない。


 今日の朝ご飯はオムレツよと言われて、スクランブルエッグが出てきた時のガッカリ度を考えてみてほしい。

 あれは悲劇だ。


 どうもディーは物事の捉え方がズレているようだ。

 よく言えば細かい事を気にしないおおらかな性格、悪く言えば大雑把。

 もともと何事にも関心を持たない子だったから、こうして妹と学友のお菓子作りに付き合うようになっただけマシなのかもしれないが、物事の認識が適当過ぎやしないだろうか?


「さすがお兄様ですわ」


 そんなディーのいい加減さを助長するように言うのは、イルメラだ。

 今の彼女の中では、兄のする事は全て正しい。

 こちらはこちらで、大きく歪んだ価値観だと言える。

 兄妹仲が良いのはいい事だと思うんだけどな。


 二人の関係はディーの斜塔のように、ほんの些細なきっかけで崩れてしまいそうな危うさをはらんでいた。


 色んなものを見て、それでもディーが全て正しいと思えるのなら例え周囲が納得してくれなかろうと、それはそれで良いと言う他無いかもしれない。

 イルメラの価値観はイルメラのものだ。

 他の誰のものでもないし、他人に歪められるべきものでもない。


 だけど彼女には兄しかいなかったから。

 都合良くいつも隣にいてくれた兄を頼って、自分の唯一の拠り所としてしまったのを罪だと言うつもりはないけれど、ゲームで魔王と呼ばれた悲しい女の子になって欲しくない。

 もっと色んな幸せを見つけて欲しいと思った。


 その色んな幸せに俺もひと役買えたら言う事は無いけどな。

 そうなる努力は惜しまないつもりだ。



「天辺と側面にもクリームを塗って、上に苺を乗せたら完成だよ」


 今はまだお互いに子供だから、気長にアプローチを続けるしかないか。

 またも真剣な眼差しで仕上げにかかるイルメラを横目に、俺は自分のものに取りかかった。



「いただきます」
「今日も幸運なる神の恵みに感謝致します」
「……します」


 場所は変わってクラウゼヴィッツ家別邸のディーの私室にて、俺たちは丸テーブルを囲んでいた。

 思い思いのお祈り、食前の儀式のようなものを済ませてフォークとナイフを手に取る。


 ちなみにこの世界で最もポピュラーな作法的にはイルメラのやったのが正しい。

 胸の前で両手を組み、祈りを捧げるのだ。

 王侯貴族の催す晩餐会などでは、主催者に続いて皆が一斉に祈りの言葉を口にする。

 普段はその習慣も廃れて、聖職者以外はあまりやる人はいないみたいだけどな。


 イルメラがきちんと祈りを捧げるのはクラウゼヴィッツ家の教育方針なのか、それとも彼女の信仰心の現れなのだろうか?

 兄のディーは妹のそれに便乗しただけだ。

 俺に至っては全然別の祈りだから、人の事を言えた義理では無いが。


「それで結局のところ、これは何なのですか?」


 厨房から運び込んでもらった(自分でやろうとしたら、後生ですからそれくらいはやらせて下さいと料理人さんに泣きつかれた)お皿の中身を倒し、ナイフを入れようとしたところにイルメラの声が掛かる。

 そういえばまだ言ってなかったっけ。


「ずばり何と言われると難しいんだけど、言うなればお手軽版・ミルフィーユかな」
「ミルフィーユ……」
「確か異国の言葉で『千枚の葉』という意味だったと思うよ」


 俺の言葉を口の中で呟くように繰り返すイルメラに意味を教えてやると、彼女は赤みがかった瞳をキラキラと輝かせた。

 こういうロマンチックなネーミングは嫌いじゃ無いらしい。


「でも、これには千枚もビスケットを使っていませんわ」
「うん、だから簡易版。本物は使うのはビスケットじゃないんだ」


 それに確か本物はカスタードクリームを挟んでいた筈だ。

 今回は作り易さの方を優先した為、なんちゃってミルフィーユである。


 そう説明すると、本物の方がいったいどんなものなのか気になるようで、イルメラは小首を傾げていた。


「さあ、食べようか」


 冷めるものではないけれど、やはり気持ちは逸るものである。

 俺は味見をしていないから、余計に抑えが効かなかった。


 ざくりとナイフがビスケットを切り分ける音が耳に心地良い。

 口に運ぶとまず、クリームのとろけるような甘さと芳香が口の中に広がった。

 そうしてクリームが舌の上に広げた絨毯の上にビスケットが粉をまぶしていく。

 滑らかな甘さと香ばしさ、両方が混じって絶妙なハーモニーを繰り広げ、俺はもぐもぐと顎を動かしながら恍惚と目を閉じた。

 こくりと全てを呑み込んだ後に残るのは、レモンの爽やかな香りだ。


 クリームを使ったお菓子というと胃に重いものが多いので、ひと口食べ進めるごとに飽きてきそうなものだが、これは不思議ともうひと口、もうひと口とフォークを操る手が進む。

 きっとレモンのお陰だな。

 南領産の苺を乗せれば酸味が増し、また違った味わいを楽しむ事が出来た。


 手抜きをした割には随分と良い出来だと思う。

 これでチョコレートソースなんてあったら、もっと美味しいと思うんだけどな。


 この世界に来てまだチョコレートはお目に掛かった事が無い。

 願わくばチョコレートが食文化としてこの国にきちんと根付いていてほしい。

 アレンジくらいなら俺にも出来そうだけれど、原料のカカオから作るとなると多分無理だ。

 ろくでもない未来予想図しか思い描けない。


 物思いに耽りながら半分程食べ終えて、他の二人がいたのを思い出し、皿から顔を上げた。

 味見の時点で二人とも気に入っていたみたいだから、大丈夫だとは思うんだけど、それでも受け入れてもらえるかどうかが気になる。


 まずは左隣のディーだ。

 彼は……うん、粉だらけだった。

 胸元と言わず、どうやったらそんなところに食べ滓が付くのか、肩や頭まで茶色い粉を被っている。


「ビスケットがフォークから逃げるね。無理やり突き刺せば砕けるし、難しいお菓子だ」
「ごめん、そういえば食べ方のコツを教えてなかったね。こんなふうに倒せば食べやすくなるよ」
「しかし、そうすると皿からはみ出るが……」
「それはディーが欲張るからだと思うよ」


 手本として自分の皿を示すが、圧倒的な高さを誇るディーのミルフィーユは横倒しにすると収まり切らない。

 しかも傾いているせいで安定感が皆無だった。


 結局ディーは一枚ずつビスケットを剥がして食べる事にしたようだ。

 積み重ねた意味がまるで無くなるのでその食べ方は非推奨だけれど、他に食べようが無さそうなので放っておくしかない。


 ディーのミルフィーユは攻略難易度MAXだった、斜塔だけに。

 微かじゃない調整をしようとしたら拒否されたので、ええい、ままよと好きにしてもらう事にした。

 その結果がこれだ。

 歪みは歪み無く健在である。


 いったんナイフとフォークで触った筈なのに、斜塔はテーブルを斜めに見下ろしている。

 器用なのか不器用なのか、よく判らない人だと思った。


 さて、気を取り直してイルメラの方へと向き直る。

 向かって右に座る彼女の手元を見ると、まだひと口しか手をつけていないようだった。

 皿の上で倒されたミルフィーユを見る限りでは、お兄さんと違って食べ方自体に苦戦した様子は無いが、どういうわけだろう?

 俺がディーと話し込んでいる間、一言も口を挟んで来なかったのも気になる。


 疑問に思って、動きの止まっているイルメラの手元から辿るようにして視線を移す。

 その表情を見て、俺は漸く得心がいった。


 艶やかな長い睫が頬に影を落としている。

 彼女はちょうど先程俺がしたのと同じように目を閉じていた。

 まるで、それを味わうのに全神経を注ぐように。


 滑らかな頬に浮かぶ薔薇色、優しく弧を描く口元、天を仰ぐような首の傾き具合。

 それらが表すものは、歓喜だった。


 いつも恥ずかしがってすぐに表情をかき消してしまう子だから。

 彼女自身が目を瞑っていて、見られているのに気づかないのをいい事に、その姿をじっくりと目に焼き付ける。


 俺がした事が少しでも彼女の笑顔の助けになったのなら、嬉しい。

 少しずつでいいんだ、こんなふうに彼女が笑っていられる時が増えてくれたら。


 こんな穏やかで優しい笑顔を浮かべる女の子を魔王になんてしてなるものか。


 俺は胸の奥に温かな決意に似た感情を抱えながら、長閑かな午後のひと時を噛みしめていた。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

悪魔な義理弟《ボディーガード》~ヤンキー校最凶犬男子の独占欲が強過ぎる~

Kore
恋愛
「余計なこと考えさせないくらい愛せば、男として見てくれる?」そう囁く義弟の愛は重くて、危険で、究極に甘い。 ———勉強が大の苦手であり、巷で有名なヤンキー高校しか入れなかった宇佐美莉子。そんな義理姉のボディーガードになるため、後追いで入学してきた偏差値70以上の義理弟、宇佐美櫂理。しかし、ボディーガードどころか、櫂理があまりにも最強過ぎて、誰も莉子に近寄ることが出来ず。まるで極妻的存在で扱われる中、今日も義理弟の重い愛が炸裂する。———

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します

namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。 マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。 その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。 「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。 しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。 「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」 公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。 前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。 これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。

ブスすぎて嫁の貰い手がないから閨勤侍女になれと言われたので縁を切ります、完全に!完全縁切りの先にあったのは孤独ではなくて…

ハートリオ
恋愛
ルフスは結婚が決まった従姉の閨勤侍女になるよう父親に命令されたのをきっかけに父に無視され冷遇されて来た日々を終わらせようとブラコン父と完全に縁を切る決意する。 一方、従姉の結婚相手はアルゲンテウス辺境伯とのことだが、実は手違いがあって辺境伯が結婚したいのはルフス。 そんなこんなの異世界ファンタジーラブです。 読んでいただけると嬉しいです。

悪役令嬢に成り代わったのに、すでに詰みってどういうことですか!?

ぽんぽこ狸
恋愛
 仕事帰りのある日、居眠り運転をしていたトラックにはねられて死んでしまった主人公。次に目を覚ますとなにやら暗くジメジメした場所で、自分に仕えているというヴィンスという男の子と二人きり。  彼から話を聞いているうちに、なぜかその話に既視感を覚えて、確認すると昔読んだことのある児童向けの小説『ララの魔法書!』の世界だった。  その中でも悪役令嬢である、クラリスにどうやら成り代わってしまったらしい。  混乱しつつも話をきていくとすでに原作はクラリスが幽閉されることによって終結しているようで愕然としているさなか、クラリスを見限り原作の主人公であるララとくっついた王子ローレンスが、訪ねてきて━━━━?!    原作のさらに奥深くで動いていた思惑、魔法玉(まほうぎょく)の謎、そして原作の男主人公だった完璧な王子様の本性。そのどれもに翻弄されながら、なんとか生きる一手を見出す、学園ファンタジー!  ローレンスの性格が割とやばめですが、それ以外にもダークな要素強めな主人公と恋愛?をする、キャラが二人ほど、登場します。世界観が殺伐としているので重い描写も多いです。読者さまが色々な意味でドキドキしてくれるような作品を目指して頑張りますので、よろしくお願いいたします。  完結しました!最後の一章分は遂行していた分がたまっていたのと、話が込み合っているので一気に二十万文字ぐらい上げました。きちんと納得できる結末にできたと思います。ありがとうございました。

あなたの片想いを聞いてしまった夜

柴田はつみ
恋愛
「『好きな人がいる』——その一言で、私の世界は音を失った。」 公爵令嬢リリアーヌの初恋は、隣家の若き公爵アレクシスだった。 政務や領地行事で顔を合わせるたび、言葉少なな彼の沈黙さえ、彼女には優しさに聞こえた。——毎日会える。それだけで十分幸せだと信じていた。 しかしある日、回廊の陰で聞いてしまう。 「好きな人がいる。……片想いなんだ」 名前は出ない。だから、リリアーヌの胸は残酷に結論を作る。自分ではないのだ、と。

異世界転生した女子高校生は辺境伯令嬢になりましたが

ファンタジー
車に轢かれそうだった少女を庇って死んだ女性主人公、優華は異世界の辺境伯の三女、ミュカナとして転生する。ミュカナはこのスキルや魔法、剣のありふれた異世界で多くの仲間と出会う。そんなミュカナの異世界生活はどうなるのか。

処理中です...