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第9章
第59話 黒いのと白いの
しおりを挟む『だから音量を抑えよと……』
『アルトくん……』
『そんな事より、ユニコーンて何? ユニコーンって』
露骨に嫌そうな顔をするペガサスと涙目になっているルーカスに、放出する魔力を絞りながら俺は話の続きを促した。
『我らペガサスに近い種族で、額に鋭い角を持つ一角獣の事だ』
『いや、そうじゃなくて。ペガサスとユニコーンを取り違えているって?』
『我と契約したのが初代シックザールなれば、ユニコーンと契約したのが初代ブロックマイアーなのだ。それが、契約者無き後、あやつが人前に出るのを極端に嫌ったせいで、我の話ばかりが広まってしまってな。いつもクラウディアの周りには動物が集っておったものだから、それを見た者が勘違いしたのであろう』
ペガサスとユニコーン。
しばしば混同されるケースもあるくらいだから、よく似ているとは思う。
一般的には翼が生えている白馬がペガサスで、額に角が生えているのがユニコーンだ。
『ブロックマイアー家の初代は女性だったのか』
『そなた、よく知っているな』
『名前を聞いたら、ユニコーンの事を知らない人でも大抵の人は判ると思うよ』
初めて感心したように目を見張るペガサスに俺は頭を振った。
ユニコーンは純潔な女性にしか懐かない。
つまり、初代ブロックマイアー当主のクラウディアとユニコーンは死ではなく自分たちの意志によって途中で袂を分かったのだろう。
『あやつはユニコーンの中では少し変わった見目をしておってな。黒い体をしておるのだ。それを酷く気にしておったのだが、クラウディアがどうやってかあやつを慰めたのだ』
『ユニコーンは今、どうしているの?』
『ラヴィーネで我と共に暮らしている』
孤独ではない。
そう聞いて俺は少しほっとした。
黒いユニコーンと白いペガサス。
伝承上の幻獣が共に暮らす姿はちょっと見てみたいかもしれない。
『それで、貴方は何の為に俺の前に姿を現したの? ただ様子を見に来ただけじゃないよね?』
『一つは警告をしに来た。近頃、何やら不穏な気配があるようでな』
『やっぱり……』
想像通りの答えがペガサスから返って来て、俺は深く嘆息した。
こうであって欲しくないという予想ほど当たってしまうものだ。
不穏な気配とは十中八九、ルーカスを殺害しようとした何者かの事だろう。
『怪しいのはヴァールサーガ教周辺だよね?』
『ああ。誰の仕業か知らぬが、女神の力を削いでいる輩がいるようだ』
次の質問の答えは半分は予想通り、半分は寝耳に水の情報だった。
『教会そのものが根腐れしているとかじゃないの?』
『その可能性も全く無いとは言えぬが、どうも全てが人間の仕業とは思えぬのだ。忘れ去られてしまった神ならいざ知らず、現役で厚い信仰を集めている神の力を阻害するなど、人間には到底不可能であろう?』
『じゃあ、いったい誰が?』
『邪神が生まれておるのではないかと考えておる』
ペガサスの予想通りなら事態は俺の想定を遙かに越えている事になる。
俺はルルこそが黒幕だと考えていた。
神託の巫女の権威・権力を以てして、内側から秘密裏に教会側を操っているのではないかと思っていたのだ。
年の割に行動力があり過ぎるのではとも思うが、俺という転生者の例がある以上、不可能だとも言い切れない。
だけど、ルルの裏に本当の黒幕・邪神などと呼ばれるものが存在していたとしたら?
はっきり言って手に余る。
ルルさえ押さえてしまえば勝機はあると思っていただけに。
『じゃあ、教会自体が悪に染まったというよりも、君は乗っ取られたと考えるんだね?』
『ああ。だが、そなたの傍は他のどこよりも神の気配が濃いな』
『……そうなの?』
『ああ。祝福よりももっと強力な、加護とでも言うべきものを感じる』
そう言って俺に鼻面を近付けてきたペガサスは、スンスンと匂いを嗅ぐような仕草をした。
相手が人外とはいえ、これはされてあまり気持ちのいいものではない。
転生の影響か何かだろうか?
そもそもゲームのアルト自身が相当なハイスペックだっただけに、判断に困る。
いや、ゲームのアルトが神様のお気に入りだからなのか?
どっちの可能性も十分にある上、これ以上判断材料がないので考えてもただ時間を浪費するだけだな。
『それからもう一つ。これは我の願いだが……。そなた、我と契約を交わしてはくれまいか?』
『はい?』
『だから、我の主にならぬかと言ったのだ』
『えーっと、それはまた何故に?』
このペガサスは、俺を驚かす趣味があるようだ。
これがディーであれば、ペガサスの目論見を打ち砕いて余裕たっぷりに聞き流していただろうが、俺にはそんな華麗なスルースキルは無い。
俺としては大好きな幻獣と契約出来るのは願ったり叶ったりだけれど、ペガサスの方からそれを願い出てくるとは思っていなかった。
『そうだな。退屈しのぎという理由では足りないか?』
『退屈しのぎ?』
『ああ。アダルブレヒトが亡くなってから、我はずっと雪深いラヴィーネの山に籠もっていた。何十年も、何百年もだ。人と我らペガサスは時の流れが違う。だが、我の心の時間はアダルブレヒトと共に過ごした事で人のそれに染まってしまったようだ』
ペガサスの寿命は人のそれより遙かに長い。
けれど、めまぐるしい人の時の流れの中に身を置いた一瞬が懐かしくも輝いて見えたのだろう。
『気の遠くなるような時をただぼんやりと過ごすのに飽きてしまってな。一瞬一瞬、一時一時を我は慈しみながら刻みたい』
夕日を見つめるペガサスの瞳は甘く潤み、黄金色に煌めいていた。
『他の誰かと一緒に過ごそうとは思わなかったの?』
『どうせなら、傍にいてくつろげる人間がよかろう? そなたの傍はゆりかごに揺られて微睡んでいる時のように特に心地良いのだ』
ここまで言われて断る理由は無かった。
どの道、お守りの腕輪がペガサスと契約しなければ不完全と聞いた時点で俺の方から契約の話を持ち掛けるつもりだったのだ。
『いいよ、契約をしよう』
『契約内容を詳しく聞かなくても良いのか?』
『うん。もし君が俺を騙そうとしているのだとしても、今の俺の力ではどうにも出来ないからね。その辺りは徐々に教えてもらうつもりで、あとは自分の勘と君を信じる事にする』
『そなたは変わっておるな』
呆れたような声色で言われたけれど、ここへ来て初めてペガサスが嫌みの無い笑顔を浮かべているような気がした。
『そういう君こそ。俺がどんな人間かもっと試さなくてもいいの?』
『既に腕輪がそなたを認めておるのだ。問題あるまい。後はそなたでは無いが、我も己の勘とそなたを信じる事にしよう』
『じゃあ、決まりだな』
『では早速……』
『ちょっと待って』
俺とペガサスの間で話が纏まり、契約の儀式に入ろうとしたところでそれまで黙って事の成り行きを見守っていたルーカスが口を挟んだ。
自分の分からない話を目の前で延々と繰り広げられて退屈だっただろうに、彼はずっとお利口さんにしていたのだ。
そんな彼が制止を掛けた時点で、俺もペガサスも邪険にする事なく何か余程の事、こればかりは看過出来ないというような大事だろうと思い、耳を傾けた。
『アルトくんがペガサスさんと契約したら、ペガサスさんはアルトくんと一緒に暮らすの?』
『いかにも。必ずしもそうである必要は無いが、我はそのつもりだ』
いったいそれがどうしたのかとでも言いたげな口調でペガサスは答える。
それを聞いて、ルーカスは眉を顰めながら問い詰めるように言葉を放った。
『ペガサスさんがいなくなったら、ユニコーンさんはどうなるの?』
怒っているような、悲しんでいるような。
頭の中で響くルーカスの声は色んな感情が綯い交ぜになっているように聞こえた。
『ペガサスさんはユニコーンさんと一緒に暮らしているんだよね? だけどペガサスさんがいなくなったら、ユニコーンさんが独りぼっちになっちゃうんじゃないの?』
全部は理解出来なくとも話の分かる部分だけを聞いて自分の中で情報を整理し、俺とペガサスが気付かなかった事にルーカスは気付いたのだ。
強い言葉は何一つ遣っていない。
だというのにルーカスの言葉は胸に重く響いた。
『そうだな。ルーカスの言う通りだ』
『すまぬ。我は浮かれて周りが見えなくなっていたようだ』
一人と一頭が揃って項垂れた。
『ユニコーンさんも一緒に暮らせないかな?』
『それは……どうかな?』
『偏屈な馬ゆえ、あやつが素直について来るとは思えぬな』
懇願するようにルーカスに言われて、そのまま問えばペガサスは唸った。
『しかも、ユニコーンって純潔の乙女にしか懐かないんだよね?』
『うむ、困った事にな』
この場に女性はいない。
屋敷から連れてくるにしても、『純潔』の部分をどうやって確認すればいいのだろうか?
男がいきなりそんな事を女性に訊いたら十中八九、返事では無くて平手打ちで返されるだろう。
たとえ子供の俺たちでも良くてませていると思われ、悪くしたらお説教コース行きだ。
さらに誰にそんな事を吹き込まれたのか、犯人探しの二次災害が発生してしまいそうで、怖い。
『村の子供を連れてくる訳にはゆかぬのか?』
『それ、拉致または誘拐と云って立派な犯罪行為に該当するからね』
『人の世というものは難しいものだな』
こんなところでしみじみとしなくてもいい。
『よく判らないけど、僕がユニコーンさんを説得するよ』
『しかし、やつは大変に獰猛でだな。女子の言う事にしか聞く耳を持たぬ』
『今まではそうだったかもしれないけど、これからもそうとは限らないでしょ?』
コウノトリを信じていそうなルーカスのそれは無知ゆえの無鉄砲か。
だけど俺は彼の発言を愚かだとは思えなかった。
前例が無いからといって、不可能とは限らない。
必要なのは誰もやろうとしない事をする、一歩踏み出す勇気だけだ。
『ルーカス。ルーカスは本当はすごく格好いいんだな』
「だって僕、お兄ちゃんだもん」
決意を秘めた横顔は幼子のものとは思えない程、凛々しい。
素直な讃辞に続くのは子供じみた理由で、表情と言葉にギャップがある。
毎日のように会っていると互いの成長なんてよく判らないものだけれど、それでもルーカスは確かに成長しているのだと思い、潤む陽射しの中でこれから起こる奇跡の片鱗のようなものを感じた。
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