攻略なんて冗談じゃない!

紫月

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第9章

幕間3 注文の多いユニコーン(ドミニク視点)

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「若様方! これはいったい!?」


 私はお戻りになられた若様方のご様子を拝見するなり、思わずそう申し上げずにはいられませんでした。

 いえ、正確にはお二人に伴って敷地内へと入って来られた方々の姿を確認して、でしょうか?


 立派な白馬と黒馬であれば私もこれ程までには驚かなかった事でしょう。


「えへっ、連れて帰っちゃった」


 いたずらがバレてしまったとでもいうように舌を出しながらルーカス様のご友人、シックザール家のアルフレート様はそう仰いました。



 アルフレート様が当家を訪ねて来られたのは昨日の事。

 旦那様からは若様の命の恩人にして、旦那様と若様の間を取り持って下さったお方だから丁重に、最上級のおもてなしをするようにと仰せつかっておりました。


 旦那様、若様と共にご到着なさったアルフレート様は大変愛らしく、またご聡明で慈悲深いお方でした。

 道中の不便をお詫び申し上げた私に対し、あの方は年端もいかぬ子供とは思えぬお言葉で寛大なお心を示されました。

 魔法に対して類稀な才能をお持ちになり、転位魔法をも呼吸でもするかのように使いこなされる事だけでも驚きでしたが、お人柄にも優れていらっしゃるようです。


 私如きがそのお心の全てを察する事など出来よう筈もございませんが、若様もよく慕っておいでのようで、良きご友人を得られた事を心より嬉しく思っておりました。



 一度お部屋に入られた若様はすぐにアルフレート様をお誘いになられ、お出かけなさいました。

 着いたばかりで矢のように飛んで出て行かれるお姿に僭越ながらもう少しお休みになられてからの方が宜しいのではと旦那様に進言致しましたが、旦那様は若様方の好きなようにさせるようにと仰せでした。

 どうも年齢を重ねると要らぬ心配ばかり重ねてしまうようですね。


 若様とアルフレート様の此度のご滞在は動物とのふれあいが目的です。

 思えばごく短い期間、生まれたばかりの頃にこの邸で過ごされていた時に若様は動物に興味を示しておいででした。

 お二人の外出の護衛には多種多様な生き物と共に暮らす北領の民の中でも特に動物に関する造詣が深い者を付けておりますので、きっと楽しい時をお過ごしになられている事でしょう。



 夕刻になってお戻りになられたお二方はお出掛けになられる前とはご様子が違っていました。

 アルフレート様はどこか浮かれておられるご様子で、反対に若様は深い沈黙を纏っておいででした。


 若様はお疲れになられたのでしょうか?

 それにしては思い悩んだ表情ながらも、瞳に強い意志の光を宿しておいでです。


 夕食の間も黙り込んで一言も発されなかった若様の事が気になって護衛に出ていた者に何があったのかと訊ねると、俄には信じ難い報告が返ってきました。


 曰く、牧場にペガサスが現れたのだとか。

 その姿を見た者には幸福が訪れるとすら伝えられているペガサス。

 滞在初日にしてお会いになられたという若様方に、これは運命の女神様のお導きなのかもしれないと私は考えておりました。


 しかし、私の驚愕は一度では終わりませんでした。

 二日目の今日、若様方はペガサスとユニコーンを邸まで連れ帰って来られたのです。


「えへっ、連れて帰っちゃった」


 アルフレート様のこの一言を皮切りに、邸は騒然としました。


「でっ、伝説の生き物が二頭!?」
「どうしてこんなところに!?」
「ユニコーンは実在したのか!?」


 配下の者たちが口々に驚嘆の叫び声を上げます。

 無理もございません。

 一生に一度も見る事すら叶わないとされるペガサスとユニコーンが揃ってお姿を見せておられるのですから。


 玄関先での事だというのに、どこからともなく話を聞きつけた邸中の使用人が集まり、大騒ぎでございます。


「痛い……」


 夢か幻か。

 そう考えた者たちは一斉に己の頬や二の腕を、思い思いの場所を抓り、場合によっては隣に立つ者の足を踏みつけてこれが夢では無い事を確認致しました。


 全体的には新雪のように白く、額にかかる鬣たてがみのみ青いペガサスと、角を除く全身が真っ黒のユニコーン、それから若様方の並び立つ姿は絵画のようです。


「いや、待て。ペガサスはいいとして、あれは本当にユニコーンなのか? 伝承によるとユニコーンとは額に一本角を持つ白馬の筈!」
「そういえばそうだ!」

『黙れ、人間の雄ども!』


 未だ事態が呑み込めず、憶測を飛び交わしていた使用人たちを一喝する声がありました。

 そう、黒いユニコーンです。


 頭の中に直接語り掛ける声は大半の者には聞こえぬようで、それでも威圧するような雰囲気を感じ取ったのか、皆が黒いユニコーンを注視していました。


『くだらぬ事をグチグチグチグチと。だから雄という生き物は好かぬのだ! 即刻立ち去るが良い!』
『いや、この家の主はお前じゃないからな?』
『お行儀良くしなくちゃダメだよ、オスカーさん』


 皆が騒然とする中、アルフレート様と若様の周りだけまるで別世界のようでした。

 張りつめた空気をものともせず、気安い間柄の友に語り掛けるようにユニコーンと会話をしておられます。


『雄に見られていると思うだけでぞっとする』
『いや、俺やルーカスも男だからね。今日からしばらくここで暮らすんだから、そのくらい慣れないと』
『女の人はいいの?』


 ブルブルと首を振って不満をこぼすユニコーンはとても伝承上の生き物とは思えませんでした。

 まるで駄々をこねる子供のようです。

 ですが、それを諫めるアルフレート様のお言葉に私はぴくりと眉を動かしてしまいました。


「あ、あのねドミニクさ……」
「どうか爺やとお呼び下さいませ」
「爺や……」
「はい、何なりと」


 昨日のアルフレート様のように呼びにくそうな、くすぐったそうな表情をしながらもお願いした通り爺やと若様がお呼び下さった事に、私は年甲斐も無く歓喜に打ち震えておりました。

 新しい孫が二人も出来たかのようです。


 職業意識からでは無く自然と頬を綻ばせながら、私は若様にご用向きのお伺いを立てました。

 口先だけ出なく本当に今なら、若様の為ならば何でも出来ると思いながら。


 しかし、私は続く若様の言葉にまたも目を見開いてしまうのでした。


「あのね、今日からこの子も一緒でいいかな?」
「ご滞在、になられるのでしょうか?」
「うん。それとこっちの子もね」


 漆黒のユニコーンを『この子』と示され、仰天する私に追い打ちを掛けるようにアルフレート様がもう一頭の幻獣も同様にと仰るアルフレート様に、恥ずかしながら声を詰まらせてしまいました。

 まるで子猫でも拾ったかのように仰るお二人に、再び頬を抓る使用人が続出したのは語るべくもございません。


 幻獣が当家にご滞在。

 それも二頭も。


『この子とは何だ、ルーカス! 立派な大人の俺に向かって』
『そのようなところがまだまだ青二才だと言うておろう? オスカーよ』
『フリューゲル、てめぇ……!』


 軽口を叩き合う二頭に、その声が聞こえる者は若様方を除いて一人の例外も無く、開いた口が塞がらないようでした。


 幻獣のような尊い存在が、いったいどのようなご用件で当家に滞在されるのでしょうか?

 ユニコーンが神の槍とするならば、ペガサスは神の御遣いだとする伝承が多く残されています。


 純粋に興味がございました。

 それとは別に、ブロックマイアー家本邸の使用人頭としてより行き届いたお世話させていただくべく、ご用向きを伺わねばならないという事情もございました。


「どうしたの?」


 そんな私の視線に最初に気付いたのはアルフレート様でございました。


「お二方のご滞在の理由をお訊ねしても宜しいでしょうか?」
「ああ、滞在の理由はね……」


 お気遣いに感謝の念を抱きながら伺うと、何故かアルフレート様は言い淀むように途中で口を噤んでしまわれました。

 これはどうした事でしょうか?


 ペガサス……いいえ、フリューゲル様がお答えになられたのは、先を促そうと私が口を開きかけた時にございました。


『特に用は無い』

「そうか! 用が無いから邸に滞在……って」
「ええ~っ!?」


 四方八方から老若男女の声が入り交じったどよめきが湧き起こります。

 フリューゲル様のお声が聞こえぬ者も、皆に釣られるように声を上げておりました。


「それはいったい……ご用が無いのにご滞在とは……? 大変光栄でございますが、宜しければ理由わけをお聞かせ願えませんでしょうか?」


 使用人皆を代表して訊ねると、若様とアルフレート様、それからフリューゲル様とオスカー様が一斉に顔を見合わせられました。


「えっと、驚かないで聞いてくれるかな?」


 これまでの流れで散々心臓を跳ねさせたというのにこれ以上何があると仰るのでしょうか?

 勿体ぶるように仰るアルフレート様のお言葉に私は覚悟を決めて首肯致しました。


「実は……契約したんだ、彼らと」


 皆が固唾を呑んで見守る中、子供特有の柔らかさを持ったアルフレート様の声は意外な程、場に広く響き渡ります。

 もはや仰天の度合いが過ぎて誰も声を発する事すらしません。


「俺はペガサスのフリューゲルと」
「僕はユニコーンのオスカーさんと」


 気付けば天を仰いでおりました。

 幻獣と契約など、建国時代の伝承でしか耳にした事がございません。


「昨夜、私が抱いた予感は正しかったのですね……」
「ええと、大丈夫?」
「ダメかな?」


 独り言を呟く私を気遣うように見つめる二対の瞳は揺れておりました。

 幼い若様方にいつまでもそのようなお顔をさせている訳には参りませんね。


「申し訳ございません。私とした事が少々取り乱してしまいました。さあ! そうと分かれば私どもがする事は一つです。この素晴らしいお客様方を最大限におもてなしするのです!」


 最初の一言は若様とそのお客様に向けて。

 後半は時を止めてしまっている使用人たちに向けて。

 ぱんと手を打つと、止まっていた流れがめまぐるしく動き始めました。



「ドミニク様! ユニコーン様がもっと上等の藁をご所望されております!」
「ドミニク様! ユニコーン様が鬣のブラッシングをと!」
「ドミニク様~! ユニコーン様のお名前をお呼びしたら、人間の雄が気安く呼ぶなとお叱りを受けてしまいました」
「ドミニク様! ユニコーン様が男ではなく、若い女を世話役に寄越せと仰っておいでです!」
「ドミニク様! ユニコーン様が厩が狭いとお怒りに……!」


 普段は静寂に包まれているお邸の何と騒がしい事でしょう。


 注文の多いユニコーン様に手を焼き、悲鳴を上げる部下たちから次々ともたらされる報告に一つひとつ指示を飛ばしながら、私は久々に本領が発揮出来そうだと胸を躍らせておりました。



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