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第13章
第86話 宣戦布告とバルトロメウスのススメ
しおりを挟む「宣戦布告!? っていうか、俺はレオンじゃないし!」
「間違えた! お前、オレと勝負しろ!」
「間違えるなよ!」
突如現れた少年による宣戦布告はあまりに鮮烈だった。
誰もまともに話し掛けてくれないとこっそり凹んではいたけれど、まさかこんな形で接触してくる子がいるとは思わなかった。
ビシッと決めポーズで格好良く決闘を申し渡してきた砂色の髪の勝ち気な少年だが、おっちょこちょいキャラなのか、指差す相手を間違えている。
普通、そこは間違えないだろう。
俺に指摘されると彼はサッと顔を紅潮させながら、右腕を再度振るってレオンを指差した。
指先がプルプルと小刻みに震えているのは羞恥によるものだろうか?
「貴族だか、王族だか知らないけど生意気なんだよ! 学園乗っ取るって何だよ! そんなの、このオレが許さないんだからな!」
「王族たる余に対して不敬であるぞ。余はいずれこの国の頂点に君臨するのだ。国の長になるという事は、国家に属する全ての機関は余の配下になるという事だ。それが少し早かろうが遅かろうが関係なかろう? 何の問題があると言うのだ?」
「うるさい! とにかく勝負だ!」
意外にも決闘を申し込まれたレオンの対応は冷静であった。
淡々と語る内容は、割と筋が通ってもいる。
絶対的上位者の余裕というものだろうか?
それに出鼻を挫かれた砂色の髪の少年は、対極的にますます冷静さを欠いていった。
理論も何もあったものでは無く、とにかく自分と勝負をしろと言って聞かない。
「お前なんかそこのイソギンチャクを連れていないと、一人では何も出来ないくせに……」
「もしかして腰巾着って言いたいのか?」
「ちょっと、失礼ですわよ? それ以上侮辱をするようなら、こちらとしてもさすがに黙っていられませんわ」
「イルメラちゃん、大丈夫だから」
少年の全身から漲る小者臭に、野生の勘が強いレオンはどうも気分的に盛り上がらない。
それは腰巾着と呼ばれた俺も同様だが、イルメラの癇に障ったようでムッと顔をしかめながら前へ出ようとするのを手で制した。
そんな様子をルーカスは落ち着かない様子で見守っている。
「うるさい、うるさい、うるさいっ! 馬鹿にしやがって。このヤロー、絶対泣かす! 絶対に泣かせてやるんだからな! 勝負だ! オレと勝負をしろっ!」
「しかし、余にはそなたのような小者を相手にしておる暇など無い。余にはサムライになるという大義があるのだからな」
「うがっ!」
「はっきり言って時間の無駄としか思えぬ」
「ふべらっ!」
「まあまあ……。レオン、国の統率者になるつもりなら、時には民の言葉に耳を傾ける事も必要だぞ?」
全くもって悪気の無いレオンの一言ひとことに深く抉られ、凹まされていく少年が段々と不憫に思えてきて、おととい来やがれと言うレオンに少しは相手をしてあげてはどうかと提案する。
するとレオンは渋い顔をしながら腕組みをして唸った。
「余にコレの相手をせよと申すのか? 幾らアルトの言う事とはいえ……」
「レオン、さすがに物扱いはやめてあげような。惨め過ぎる」
「ごちゃごちゃ言うな! 断ったら、お前は勝負から逃げた弱虫だって学園中に言いふらしてやるからな!」
「むむ、それは困るぞ……」
「じゃあ決まりだ! 勝負は明日の正午、北の闘技場だ。剣、魔法何でもありだからな! オレを馬鹿にした事を後悔させてやる!」
脅迫めいた事を言って一方的に果たし状を叩きつけた少年は、肩を怒らせながら去っていった。
いや、同じ講義を取っているから席に戻っただけだけど。
「おっちょこちょいなのに、果たし状を用意していたのか。準備がいい子だな……」
「はい、皆さん席に着いて! お喋りはやめて下さい。講義を始めますよ」
机上の果たし状をレオンの代わりに手に取った俺がどこかずれた感想を零すとほぼ同時にやってきた先生により、俺たちの学園生活最初の講義の開始が告げられた。
*****
「決闘! 嗚呼、それはまたなんと甘美な響きであろうか?」
「いったいどの辺が甘美なんだ?」
「そうか? 余はあまり気がすすまぬぞ……」
その夜、初日の講義を全て終えた俺たちは謎の少年による決闘申し込み事件の情報を年長組二人と共有すべく、消灯までの僅かな時間を談話室に集まって過ごしていた。
あらましを聞かされて芝居掛かった仕草で両腕を広げ、天井を仰ぐのは勿論バルトロメウスだ。
「良いではないか、良いではないか。血湧き、肉踊る。熱気が立ちこめ、汗の飛び散る闘技場! よきかな、よきかな……」
「しかし、それでは学園の風紀が乱れてしまうではないか」
「元はといえば、お前が壇上であんな事を言ったせいなんだけどな」
一人で決闘肯定派に回ったバルトロメウスがベラベラと妄想を垂れ流す横で、レオンは眉間に皺を寄せる。
少年は学園を乗っ取るというレオンの発言に反感を抱いて勝負を挑んできたのだ。
そもそもの原因は間違いなくレオンにあるのだが、それでも単に乗り気がしないというだけで断ったのでは無かったのかと少しだけ感心した。
「ディーはどう思う?」
「うん……」
「お兄様は特に興味が無いと仰っておいでですわ」
バルトロメウスにだけ意見を聞くのもどうかと思い、ディーにも一応聞いてみたのだが、結局彼は生返事をするだけで、横にいるイルメラが通訳する羽目になった。
まあ、これは十分に予想の範疇だったりする。
基本的に他人に興味の無いディーが、他人にどう思われているかなんて気にするとも思えない。
くだらない小競り合いなんて、もっと関心が無いだろう。
それを物語るかのように彼は悠然と椅子に腰掛け、左手で頬杖を突いて憂いの表情を浮かべていた。
その目は俺たちとは違うどこか遠くに向けられている。
誤解の無きよう言っておくならば、話が始まる前から彼はずっと同じ表情だ。
浮き世離れして見えるけれど、今のはきっとただ眠いだけだ。
確か起き抜けも似たような表情をしていたように思う。
「どうしよう? 何でも有りだって言ってたよ?」
「う~ん、そんなに心配しなくても大丈夫なんじゃないかな? 見たところ、魔力は大した事なかったよ?」
「でも……」
今回の事で一番心を痛めているのはルーカスだった。
不安そうに眉根を寄せる彼を宥めるが、それでも彼の不安は拭いきれない。
あいにくと俺には武道の心得は無いので、彼の腕っ節は不確定要素だった。
対戦者のレオンですら、まだ日が浅い為相手の強さを雰囲気で察する域には達していない。
「ふっ……ふふふふふっ。あははははっ。ア~ハッハッハッハッハッ! 皆の衆、心配はいらぬぞ。こんな事もあろうかと、私がとっておきを用意しておいたのだ。安心したまえ!」
「……とっておき?」
困り顔を見合わせていると徐に魔王笑いが起こり、談話室中に高らかに響き渡る。
溺れる者が藁を掴むようにルーカスはバルトロメウスの『とっておき』という言葉に食い付き、オウム返しに訊ねた。
「まずはそうだな。とっておきその一。『お腹健やかスッキリくん』などはどうかね? この魔法薬を相手の朝食のミルクに一滴垂らせば、彼は厠から出られなくなり、決闘どころではなくなるところだろう!」
「全然健やかじゃないだろ、それ! っていうか、どこからともなく出してくるな! 却下だ!」
魔法薬といえば聞こえはいいがその実、ただの下剤である。
それも一滴で効果てきめんだなんて、恐ろしい物をバルトロメウスは羽織っていた白衣のどこからか取り出して見せてくる。
どこかで見た光景だと思いかけて、彼のお兄さんであるゲオルグさんが似たような『手品』を見せてくれた事を思い出した。
兄弟揃ってろくでもない特技を持っているな。
ポテンシャルでいえば、まだ幼いバルトロメウスの方が上だろうか?
何のポテンシャルかだなんて聞かないでほしい。
アイゼンフート兄弟は三人で、ゲオルグさんの上にもう一人お兄さんがいると聞いていたけれど、まだ見ぬ彼も同じ特技をお持ちなのだろうか?
失踪中と聞いているけれど、異常な家族が原因で家出をした線も有り得るな。
「ふむ。これはお気に召されぬか。では、とっておきその二。『これで快眠くん! 三十年後まで眠らせて』はどうかね? この魔法薬はこの特殊な容器を用いて相手の鼻先に散布し、一嗅ぎさせるだけで良い優れものなのだよ。どうかね? これなら容易であろう?」
「もはやそれはただの睡眠薬じゃないだろう! 三十年も眠りたい人なんていてたまるか! また出さなくていいから!」
「だがしかし、それでは使い方の説明が出来ぬぞ……」
「そんなものの使い方なんて知りたくもないわ!」
続いてバルトロメウスが紹介したのはまたもや魔法薬だった。
それもさっきより危険度がグッと上昇している。
噴射する方向をちょっとでも間違えたら、自分が終わりじゃないか。
そよ風が吹いただけで、被害が一気に拡大してしまう恐れもある。
そうなればちょっとズルをしただとか、子供のイタズラの域を遙かに通り越して、もはやテロだ。
運悪く居合わせた人たちとその関係者にとっては悲劇である。
そんな危険物を無造作に持ち歩いている奴の気が知れない。
「アルトくんは些か傲慢が過ぎる様子。我儘だな……」
「バルトロメウスくん、それは違うと思うよ」
謂われのない誹謗中傷に俺が憤慨するより先に、見かねたルーカスが首を振った。
「では、次は……とっておきその三。『びっくりしゃっくりくん』はどうかね? この魔法薬は……」
「うん、魔法薬からそろそろ離れてみようか?」
性懲りも無く魔法薬シリーズで攻めてこようとするバルトロメウスに、俺はたまらず口を挟んだ。
薬系は後遺症も怖いから全て却下だ。
すると、彼は明らかにやれやれと呆れた顔で首を竦めてから話を続けた。
「では、とっておきその八百四十九。『これでしつこい彼を撃退! 電撃くん試作品第三号』はどうかね?」
「むっ? 今、だいぶ番号がとんだように思うが、余の気のせいか?」
「とっておきとはいったい後幾つあるのかしら?」
「っていうか、試作品三号って……」
「第一号と第二号はおすすめじゃないの?」
一気に数百番もとんだ事に対する疑問、いつまでこんなおっかい話を聞かされるのかという不安、その他色々な感情を抱えながら、ディーとバルトロメウス本人以外の皆が盛大に引いた。
「まあ、まずは私の話を聞きたまえ。もともと、然さる尊い家系の令嬢の護身用にと開発を頼まれていた品なのだが、なかなか強烈であるようだ。試験用にと第二号を令嬢に渡したところ、ちょうど折り良く不埒な輩が現れてだね。軽く押し当てただけで、不審人物は気を失ったそうだよ。どうだ、痺れる話だろう? 欲しくなっただろう?」
「確かに痺れる話だけど欲しくはないし、一考の余地も無く却下だな」
「なんと! それでは全て却下になってしまうではないか。どうするのだ?」
意外にも、バルトロメウスの怪しいとっておきの品は八百九十四番で打ち止めだった。
どうやら、その構成の九割九分が魔法薬だったようだ。
そうすればいいのか?
その問いに答えられる者はただ一人だった。
「やはり王族たる者、卑怯な真似は出来ぬ。強力な道具に頼ってたとえ勝利を納めたところで、それに何の意味があるというのだ? 余は正々堂々と戦うぞ。それが王族、ひいてはサムライというものだ」
策など無い。
ただまっすぐつっこんでいくだけだと言うレオンの青い瞳はどこまでも澄んでいて、凛々しいその顔つきが俺には眩しく見えた。
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