今の君に伝えたい

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5.生きてほしくて

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物心ついた時から、言われ続けていた。
自分は、人を不幸にするために生まれてきたのだと。
 
生まれてすぐに、両親は事故で亡くなった。
その後、祖父母の家に預けられたが、たて続けに二人は他界したらしい。
病気だと聞いた。
数少ない親戚に預けられるたびに、その家や近所に不幸があった。
 
ただの偶然かもしれない。
祖父母は年だったし、その後は誰かが亡くなったわけでもない。
近所といっても、顔もロクに知らないような人もいる。
それに大怪我をした人も、それぞれ不可解な事故というわけでもなく、ただの不注意が原因だったりする。
 
それでも。
最後に頼ることになったいとこの家にいる間、ずっと『疫病神』だと、『不幸を呼ぶ』と言われ続けて。
 
幼いカンナには、それを否定してくれる人も、慰めてくれる人も皆無で。
ふとした時に、自分は生きてる意味があるのだろうか、と考えても仕方のないことだろう。
 
けれど、そんな時だった。
湊が現れ、味方だと言ってくれたのは。
 
……お日さまのような。
眩しくて温かい笑顔が、大人になった今でも忘れられなかった。
 
カンナの長い長い初恋の、始まりだった。
 
 
***
 
 
「……ん……」
 
ゆらりゆらりと、揺られる体。
 
よく分からないが、安心する温かさを感じる。
それに、いい匂いがする。
 
お日さまのような、どこか安心する匂いだと、カンナはボンヤリ思う。
 
目をゆっくりと開けると、何も見えなかった。
光のない、暗闇だった。
 
「ッ、」
 
思わずビクッと体を硬直させると。
 
「お、大丈夫か?」
 
すぐ目の前から、湊の声が聞こえてきた。
 
そこでようやく、気づいたのだ。
今カンナは、湊の背中におぶされているということに。
 
不思議と、肩の力が抜けてホッと安堵する。
 
「走れるか? オレもお前も、けっこーヤバそうなんだよな……」
「…………」
 
湊から降り立つと、少し暗闇にも慣れたようだ。
 
彼の指差すものをジッと見つめてみると。
湊の背中の辺りから、細い細い白く淡く光っている糸のようなものが見えた。
それは、今にも切れてしまいそうなほどの細いもの。
 
「肉体と魂を繋ぐ糸……」
「そ。ま、走れば間に合うだろ」
「……ずいぶん楽観的ね」
 
明るく言い切る湊に、カンナは少し呆れたようにつぶやく。
すると、湊はニカッと子どものような笑みを向ける。
 
「オレのいいとこなんだ、前向きなとこ。ほら、行こう!」
 
湊に差し出された手を、カンナは戸惑うように見つめる。
そして、視線を湊の顔へと移して。
 
「カンナ」
 
……必要とされていると。
そう、感じた。
 
カンナは、湊の手に向かってゆっくりと手を伸ばした。
 
この手をとれば。
きっと湊は、連れ戻してくれる。
 
けれど、彼を不幸にしてしまうかもしれない。
ふと思いとどまり、湊の手に触れる直前にピタリと動きを止めた。
けれど。
 
このままタイムリミットがきて、死なせてしまうよりも、いい。
 
彼のためにも、自分のためにもーーこの手をとりたいと、心から思った。
ここにきて初めて、生きたいと、願った。
 
……しかし。
 
「……!」
 
カンナの視線の先にあった水晶が、映像を映し出した。
 
その映像には、湊の帰りを待つ、家族の姿と。
眠る湊に、愛おしげに唇を重ねる……可愛らしい女の子の姿が映し出されていた。
 
ーーズキン、
 
……足首を捻挫したらしい。
酷い痛みを感じた。
とてもじゃないが、歩くことさえままならないほどの痛みだ。
 
(……ああ。
やっぱり、私はこの手を取るべきじゃない)
 
胸の痛みには、気づかないふりをして。
カンナはただ冷静に、自分がどうすべきかを悟った。
 
しかし、動けないことを正直に話せば、湊はカンナを置いて行けないだろう。
担いででも、地を這ってでも、連れ戻そうとするだろう。
それは、身をもって知ったばかり。
 
ーーならば。
 
カンナは湊の手をとらず、ゆっくりとおろす。
 
「死神さん……いるんでしょ?」
 
なんとなく感じていた気配に向かって、ポツリとつぶやくと。
暗闇の中からスゥ、と死神が姿を現した。
湊は気づいていなかったらしく、思い切り後ずさっている。
 
「湊さんをお願い……。あなたにしか頼めないの」
「!? カンナ! いい加減に、」
 
湊の胸ぐらを掴んで、引き寄せた。
そして、その唇に。
 
ーー自分の唇を、一瞬だけ、重ねた。
 
生まれて初めてのキスは
涙の味が、した。
 
目を見開きポカンとする湊は、どこか子どもっぽいように見えた。
そんな湊に、カンナはふと笑みを浮かべる。
 
「あなたはーー……」
 
 
***
 
 
死神は、湊を担ぐなり信じられないくらいのスピードで空を飛んだ。
 
人一人を抱え、これ以上のスピードは出ない。
おそらく、それでもタイムリミットギリギリだろう。
 
「おろせよ!! なんでカンナを置いて行くんだよ!! あいつも一緒に、」
「お嬢さんはもう、手遅れじゃ……」
「!?」
 
彼女の肉体と魂をつなぐ糸は。
……あと数分で、切れる。
 
だから。
死神は迷うことなく、湊一人を連れ戻すことにした。
 
本来、湊がこのまま死んでしまったとしても。
そんなこと、死神にとってはどうでもいい問題である。
 
だが、カンナが望んだ。
湊には生きてほしいと。
そして……。
 
とにかく、この湊という男をここで死なせるわけにはいかない。
そう、判断した。
 
花畑まで一気に飛んでくると、人間界への出入り口である歪みを抜ける。
そのままスピードを緩めることなく、死神は湊の肉体のもとへと向かった。
 
人間界は、現在夜だった。
美しい満月が、街を優しく照らしていた。
 
「……ッ、頼むから!! 頼むから、カンナのとこに戻ってくれ……なぁ!!」
「お前さんはの、あのお嬢さんのためにも生きねばならん」
「あいつの為だって言うなら!!」
 
湊はギリ、と歯をくいしばる。
そして、目を閉じて。
 
「……せめて、一緒に……」
「…………」
 
人が惹かれ合うのに、時間というものは関係ないのかもしれない、と死神は思う。
 
なぜなら、湊もカンナも、互いのことを何も知らないというのに。
互いのために、躊躇なく命を捧げることができるのだから。
 
「……何があっても、お嬢さんのことを忘れないことじゃな……」
「オレは、」
「ついたようじゃの……」
 
ようやく湊の肉体のもとへとたどり着くなり。
死神はグイ、と湊の魂を有無を言わせず肉体へと押し付ける。
 
「待っ……」
 
ーービクン、
 
湊の肉体と魂が重なり合う。
 
その瞬間、湊の意識は途切れてしまったようだ。
その顔は随分とやつれ、今にも死にそうな顔をしていたが、間に合った。
これで、カンナも安心するだろう。
 
「う……」
 
湊の意識が戻るよりも先に、死神はスゥ、と窓から再び空へと飛び去った。
 
まだ、自分にはやるべきことがある。
カンナを、最後まで責任をもって、法廷まで連れて行かなければならない。
 
 
***
 
 
『どうもありがとう……』
 
鈴を転がすような声が聞こえた。
どこかで聞いたことがある、美しい声が。
 
(誰だ……?)
 
フワフワとした不思議な感覚に。
湊は今、夢を見ているのだとボンヤリと思う。
 
ふと、目の前にいる女性の顔が、モヤがかかっているようによく見えないことに気がついた。
視線をゆっくりおろすと、視界に胸のあたりまで伸ばされた、サラサラの栗色の髪が映る。
 
よく目を凝らしてみようとすると。
女性が、湊に抱きついてきた。
 
『……会いたかった……』
 
いつの間にか、制服姿になっている女性。
先ほどよりも、少しばかり小柄になっており、中学生くらいに感じる。
 
『けれど、あなたが何者でも構わなかった……。あなただけが、私の味方でいてくれたから。
……本当に、嬉しかったの』
 
いつの間にか、腕の中から女性はいなくなり。
湊のすぐ目の前で、笑みを浮かべていた。
モヤが、一瞬だけはれた。
 
女性の笑みは……うっすらと涙を浮かべながらも、とても幸せそうな笑みだった。
しかし、次の瞬間には。
その目から、大粒の涙がこぼれ落ちて。
 
『あなたは……私の人生の、全てなの。
だから、お願い。生きて。幸せに、なって……』
 
その言葉を最後に、女性の姿が急激に遠ざかる。
 
(ダメだ!
行っちゃダメだ!
オレの、オレのそばにいてほしいんだ……!!
 
ーーナ!!)
 
とっさに手を伸ばすが、その手は空を切り。
女性の名前を必死に叫ぶが、返事は返ってこなかった。
 
「……ッ!」
 
ハッと目を開けると、天井に手を伸ばす自分の手が映る。
 
はぁ、はぁ、と荒い呼吸の音だけが聞こえる、静寂の中。
湊は、朧げな夢の記憶に、涙を流す。
 
ーー胸が、痛いくらいに締め付けられた。
 
夢の内容はほとんど覚えていない。
だが、切なくて苦しくて、たまらなかった。
 
「……湊くん?」
「ッ、」
 
名前を呼ばれると同時に、誰かに勢いよく抱きつかれた。
その人物は。
 
「……雅?」
 
かすかに体を震わせる、雅だった。
なぜ、泣いているのだろうか。
 
「……どうした?」
 
いまいち、状況がよく分からない。
確か、長い長い夢を見ていたような気がする。
 
湊がボンヤリしながら、のん気にそんな質問をしてみると。
 
「どうした、じゃないよ!? 一週間も眠り続けてたんだよ!? みんな、みんな心配したんだから……!!」
 
一気にそう言うなり、今度は声をあげて泣き出してしまった。
雅に泣かれるのは久しぶりだな、とまだ覚醒してない頭で考えて。
 
(……一週間?
眠り続けてた??)
 
少し遅れて、その言葉の意味をようやく理解した。
 
「……は!? 一週間って、マジで? なんでそんなことになってる訳??」
「そんなの、こっちが聞きたいよ……。と、とにかく看護師さん呼ぶね! それとそれと、湊くんのお父さんとお母さんにも!!」
 
涙をぬぐいながら、雅はナースコールをしたり電話しに部屋を出たりと、慌ただしく動く。
 
湊は一人になって。
ここが、自分の部屋ではなく病室らしいことに、今更気がついた。
どうやら、一週間も眠り続けていたというのは本当らしい。
 
「……何してたんだっけ」
 
眠りにつく前のことを、思い出そうとするが。
頭の中にモヤがかかるような、そんな感覚を覚える。
 
(確か……誰かと待ち合わせしてたよな?
誰と?
……思い出せねーし)
 
ベッド脇に置いてあるスマホに手を伸ばす。
そして、誰と待ち合わせしていたのかメールで確認しようとするのだが。
 
それらしいメールは、一通もなかった。
 
「…………」
 
……妙な気分だった。
心にぽっかりと穴があいたような。
大事なものを、どこかに忘れてしまったような。
 
探さなきゃいけない。
見つけなきゃいけない。
 
(けど、何を?
どうやって?)
 
(ーーオレは、何を忘れてるんだ?)
 
やはり、夢の内容など、もうほとんど覚えてはいない。
ただ、夢の中で。
湊は確かに、誰かに向かって手を伸ばしていた。必死に名前を呼んでいた。
今となっては、その名前すら思い出せないのだが。
 
「湊くん、おじさんとおばさんは明日の朝来るって……」
 
病室に戻ってきた雅が、湊を見るなり表情を曇らせる。
そしてベッドに歩み寄ると、ソッと、湊の頬を伝う涙をハンカチで拭った。
 
「ねぇ……私は、そばにいるよ? ずっと、ずっと湊くんのそばにいさせてほしい……。私じゃ、ダメ……?」
「……ッ、」
 
(……なんで、涙が止まらないんだ)
 
ボロボロと溢れる涙に、湊は戸惑いを隠せなかった。
ふと、湊の手に雅の手が重ねられる。
温かくて、華奢な手を。
 
無意識だった。
 
湊はその手をギュッと握りしめて。
そのまま、雅の体を引き寄せて、強く抱きしめていた。
にも関わらず。
 
「湊くん……」
 
雅は、湊の背中に手をまわして抱きしめ返してくれた。
 
ひどく、不安だったのだと思う。
何が不安なのかは、自分でもよく分からないのだが。
雅を抱きしめると、少しだけ安心する気がした。
 
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