泡沫

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7.いけすかない

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ディアナが城に招かれた、その翌日。
 
ディアナにあてられた客間は、朝から何人もの女たちが忙しそうに出入りしていた。
というのも、“命の恩人である客人に、最大限のもてなしを”と、レオナルドがディアナを着飾るよう指示したから、らしい。
 
(……嫌みったらしい人間だわ)
 
ディアナはというと、美しく装飾された鏡台の前に座らされ、終始不機嫌そうに、眉間にシワをよせていた。
無理もないだろう。
 
ーーパサ、パサ、
 
顔が隠れるほど伸ばし放題だった長い前髪を、さっそく切られてしまったのだから。
 
『とりあえず、その鬱陶しい前髪は切れ。小汚く見える女を、オレの城に置くわけにはいかないからな』
 
昨日レオナルドに言われた言葉を思い出し、さらに、眉間にシワがふえた。
苛立って、仕方がない。
 
「……?」
 
そんなディアナを、出入りしていた女たちがマジマジと見つめてくることに、ようやく気がつく。
 
(なに? どこかおかしいの?)
 
髪を切ったことで、どこか人間としておかしい場所でも見つかったのだろうか。
思わず不安になってしまい、目の前の鏡に映る自分を見てみる。
……が、他の人間の女たちと変わらない、はずだ。
 
「……なんて綺麗なの……」
 
……人形のように整った、美しく凛とした顔立ち。
女たちは、ディアナの美しさに見とれていたのだ。
  
しかし、女たちにいくら褒められてもなに一つ嬉しくはない。
 
それもそうだろう。
ディアナの目的は、レオナルドにとりいること。
レオナルドに気にいられなければ、何の意味もないのだ。
 
(少しは見返してやれるかしら)
 
女たちが驚き見惚れるくらいには、悪い容姿ではないらしい。
ならば、レオナルドの反応もある意味楽しみではある。
 
そんな時、ガチャ、とドアの開く音がした。
 
「まぁ、陛下! なぜここへ?」
「客人の様子を見にきた」
 
さっそく部屋にやってきたレオナルドと目が合い、とりあえずニッコリと愛想笑いを浮かべる。
すると、小馬鹿にしたように鼻で笑われた。
 
(……むかつく男)
 
引きつってしまう笑顔をなんとか維持するディアナは、昨日言われた言葉をふと思い出す。
 
『それで笑ってるつもりか? もう少し練習した方がいいぞ。下手くそな愛想笑いは、見ていて気分が悪い』
 
つまり、今の笑顔も、下手くそだったから鼻で笑われたということ。
  
(練習しなきゃ)
 
そんなことを、ムカムカしながら考えてると、ディアナの髪を切った女が、猫なで声でレオナルドに話しかけた。
 
「とても美しい方ですから、みんなで見とれていたんですよ、陛下」
「……美しい? この程度の女ならそこらにいると思うが」
 
……やはり、練習してもうまく笑えない気がする。
というか、ほんの少しでもレオナルドの反応を楽しみにしてた自分に腹が立つ。
そう、眉間にシワをよせながら思った。
 
「え? いえ、そんなことは……ねぇ?」
 
予想外のレオナルドの返答に戸惑う女たち。
そんな女たちを気にすることなく、レオナルドはディアナのもとに歩み寄る。
そして、ニッコリと笑みを浮かべた。
 
「準備が整ったら、一緒に食事でもどうだ? ディアナ」
『喜んで』
 
サラサラと、持ち歩くようにしていたメモ用紙にそう書いて、レオナルドが読めるように向ける。
もちろん、顔はにっこりと微笑んで。
しかし、
 
「……下手くそな字だ」
 
また、小馬鹿にしたように鼻で笑われた。
  
「へ、陛下?」
 
そんなレオナルドの悪態に、周りの女たちが動揺するのが見てとれる。
その様子から察するに、普段はこのようなことは口にしないのだろう。
 
(なんなの。なんで私にだけ?)
 
やはり、いきなり子種を求めたのは失敗だったのかもしれない。
権力目当ての卑しい女……。
そう認識されたのだろう。
とはいえ、もう過ぎたことなので後悔しても仕方ないのだが。
 
ディアナはなんとか笑顔を貼り付けたまま、用が済んだそのメモを、グシャリと思いきり握りつぶす。
 
「お言葉ですが陛下……立場をお考えくださいませ。身元の分からぬ一般庶民と食事を共にするなど……」
 
女たちの中でも特に年配の女が、淡々とした口調でレオナルドを諭すように言う。
だが、
 
「彼女はオレの命の恩人だ。……支度ができたら、部屋に連れてくるように」
 
まるで人の話を聞いていないらしい。
レオナルドはそう言って、コツコツと足音を立てて部屋から出て行ってしまった。
 
(……偉そうに)
 
実際偉いのだが……どうも、いけすかない。
  
「ディアナさん? くれぐれも陛下に失礼のないように」
 
ブスッとしてると、先ほどレオナルドに意見した年配の女が、厳しい口調で話しかける。
周りの女たちをチラリと見てみれば、羨望の眼差しを向けられていた。
 
(ふーん……。面倒くさいのね……人間の王族って)
 
いわゆる雲の上の、手の届かない存在というものなのだろうか。
人魚の世界の第二王女であったディアナだが、自分たちの世界とはやはり違う世界なのだと、改めて実感する。
自分たちの世界では、王族もそうでない者も、皆が分け隔てなく仲良く暮らしていた。
 
(お姉様……心配してるかしら)
 
ふと、ケンカ別れした、たった一人の肉親であるアメリアのことを思い出す。
 
『……あなたが復讐を果たしたら、今度は人間が復讐しに来る。そしてまた、十年前のような争いが始まるかもしれないのよ』
 
最後まで、復讐することを反対していた。
それもそうだろう。
 
十年前の争いで両親を失い、若くして人魚界の女王となったアメリア。
仲間たちが平和に幸せに暮らすことが、女王である彼女にとって最優先すべきことなのだろう。
 
ディアナは目を閉じて、ギュッと自分の手を握りしめる。
 
(……大丈夫。絶対、仲間たちに迷惑はかけたりしない)
 
ディアナも、仲間たちのことを考えていないわけではない。
しかし、人間が憎くてたまらないのだ。
それはディアナだけではないことも、知っている。
自分が何かしなければ、他の仲間がいずれ人間に復讐するだろう。
 
また、争いになるだろう。
 
 
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