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黎編
19話 過去①
しおりを挟むおれには兄がいた。
大切な兄だ。兄はおれにはないものを全て持っていた。
だから…ただ純粋に憧れた。
妬みなんてなくて…ただただ、おれは
兄が─────大好きだった。
兄は親にも友達にも先生にも好かれていた。
親は兄のことを自慢の息子だと言っていた。
親の口癖は『黎も正のようになれるといいね。』だった。
おれも…そう、なりたかった。
兄のように、誰にも好かれる…、そんな完璧な人に。
「正兄っ!今日もテスト100点だったのか?凄いっ!流石、正兄だなっ!」
「ちょっ…れーくん、勝手に見るなよ。」
正兄はそういって笑っていた。
いいなっ…。正兄は。かっこよくて優しくて…正兄に…なれたらいいのに。
「ねぇ、正兄っ。」
「ん?なに?」
「どうしたら、正兄みたいになれるんだ?」
「え?」
正兄は驚いたような顔をしておれをみていた。
「おれ…正兄みたいになりたいっ!正兄のこと、大好きだからなっ!!」
おれがそういうと正兄はおれの頭をクシャクシャと撫でた。
「───そっか。」
正兄はにこっと笑っていった。
「なら────友達は作っちゃだめだよ。」
「えっ…?」
「お友達をつくっても…損するだけなんだよ。」
「損…て?」
「よくないっこと。」
正兄はそういっておれと目線を合わせた。
「近くにいる人の影響は自分にも感染する。だから…友達をつくると…綺麗な黎が…汚れちゃう。だから…友達はいらない。」
「でも…おれ、学校にお友達いるぞ?」
「──────だめ。」
正兄はそういうとおれのほっぺをぷにゅっと手で押した。
「れーくん────、あんな低脳の奴らと関わっちゃだめ。」
「…正兄?」
「────約束して?お友達と縁を切るって。」
「えっ…でも。」
「じゃないと────おれ、れーくんのこと嫌いになっちゃうよ?」
正兄の言葉におれは泣きそうになった。正兄に…嫌われちゃう。
「やだっ…正兄っ。おれのこと嫌いにならないで欲しい…!」
「なら、約束できるね?」
「うん。」
『お友達はつくらない。』
最初の約束はそこから始まった。
おれには幼なじみの鈴木 太一(すずき たいち)という男がいた。おれと太一は小さい頃からの友人でよく遊んでいた。
けど…。おれは太一を捨てなければいけない。でないと…おれは、兄のようになれない。
おれは唐突に太一に『もう、友達になれない』と伝えた。
太一は慌てた表情をしていた。
『なんで!?僕、悪いことしちゃった!?ごめんね!』
太一はそういっておれに謝罪を繰り返した。
おれは違うことと兄のことを話した。
その話を聞いていた太一は答えた。
『友達をつくって損…?なにそれ、おかしいよっ!』
太一の言葉が胸に刺さった。おかしい、確かにそうなのかもしれない。
けど…おれは、兄が大切で大好きだった。
だから──兄の言うことを聞かなければならない。
そこから、太一は、こう、訴えた。
『黎は───おれとお兄さん、どっちが大切なの!?』
太一の表情は真剣でそれでいて泣き出しそうだった。
おれは─────なんて、答えたのだろう。思い出せない…。
けど、最後に見た、太一の表情は──
おれを睨みつけるような顔をしていた。
結局、俺は大好きな兄を取ったのだ。
そのおれの決断に兄はとても喜んでいたのを覚えている。
『えらいっ…!えらいよ!れーくん!』
兄の喜びはおれの喜びだった。
兄がおれのことで喜んでくれる。嬉しい。
おれは兄の姿をいつも追っていた。
兄のようになりたい。
兄のことが───大好きだから。
学校でおれは人となれ合うことはなかった。
いつも一人でいた。
話しかけられても最小限の会話しかしなかったし、『一緒に遊ぼう!』という言葉にも強く断っていた。
最初は罪悪感が強かった。
せっかく誘ってくれたのに…。本当は遊びたい…。だけど─────
おれは、兄にならないと。
兄はもう一つ、約束事を出した。
「れーくん、僕のようになりたいなら先生のことを大切にするといいよ。」
「え?」
「先生は内申のためにも必要人物だからね。媚びを売らないと…」
「こび?」
おれは分からず、頭を傾げた。
「そう、先生に敬意を持って接するんだ。
先生は俺たちを評価する一つのシステム。先生の上で俺たちが成り立っていると考えるべきだな。」
「う、うーん?」
「だから─────先生を使え。」
正兄はそういって笑った。
正兄の言われたことは守らないといけない。だから、おれはその正兄の言っている意味が分からなくても実行しなければならない。
でないと───おれは、嫌われてしまう。
─────────大好きな正兄に。
おれは正兄に言われたことを守ろうとした。だから…おれは先生に媚びをうることにした。
先生に挨拶することはもちろん、毎時間の授業のご用聞きを積極的に行った。授業が終わった後は感謝を込めて『ありがとうございました』の挨拶をする。
最初始めたときは先生は戸惑う様子だった。
「そんな改まらなくてもいいんだぞ…!?」
そう、返してくれた。
おれは先生に
「おれがやりたくてやってます。」
そう、答えたのを覚えている。
最初は戸惑いながらおれの様子を伺っていた先生だったが…流石に二週間もすると慣れてきて『今日も悪いねぇ。』とおれに荷物を持つよう頼むようになった。
人に頼られるのは────とても嬉しい。
そのとき、ふとそう思った。
「ありがとう。」「えらいね。」その言葉一言一言がおれの心に強く刺さった。
嬉しかった…。おれがいる証があるようで…心が踊った。
「…、嬉しいな。」
家で褒められることがあまりなかったおれにとってお礼の言葉は心を踊らすものがあった。
先生の手伝いや挨拶をしていると──おれは『いいこちゃん』とクラスで呼ばれるようになった。
『いいこちゃん』最初は褒められているのだと思っていた。先生がおれに言ってくれる『いいこだね~』という言葉には温かいものがあったように感じたから。
だが…クラスメートがくれた『いいこちゃん』という言葉は…悪い意味だった。
ある日───おれが朝、学校にくるとおれの席の机にゴミが捨てられていた。
おれは…どうしておれの机の上にゴミが捨てられているのか…理解ができず、首を傾げていた。
すると、クラスメートが言った。
「あ、黎、ごめーん!おれ、黎の机の上にゴミ、バラまいちまったんだよ!」
「あ、ごめーん!おれも!」
もう一人の生徒がそういってクラスにあったゴミ箱の中身をおれの机の上にバラまいた。
…おれはその行動に戸惑いを隠せなかった。
──────なぜ、こんなことをする?
最初はゴミを本当におれの机の上にバラまいたと考えた。
だが、クラスのゴミ箱をバラまいたのはどう考えても不注意ではない。
「…なぜ、おれの机の上にゴミをバラまいたんだ?」
「えー、だから、つい、うっかり。」
「つい、うっかりではなかっただろう?ゴミ箱を持ってきてそのまま机の上にバラまいた。それはどう考えても不注意での行動ではないと思う。」
おれがそう指摘するとクラスメートのやつらはちっと舌打ちをした。
「わざとっていっても───許してくれるよな?だって黎は───
『いいこちゃん』だもんな?」
いいこちゃん──────
おれはそう言われて初めてイヤだと感じた。
ほめ言葉だったはずの言葉が一気に悪い言葉へチェンジする。
「なぁ?黎、お前、いいこなんだろ?
いいこなら…おれたちがバラまいたゴミ、片づけろよ!」
バンっとクラスメートはおれを押した。
急に押されておれはその場に倒れてしまった。
「だっせぇっ!!」
あははっと笑い声が聞こえる。なんだ…これ。
おれは、凄く心が疼くのを感じた。
おれはその後クラスメートの言うとおりにゴミを片づけた。
頼まれることが好きだったはずだ…。
なのに、何も嬉しくなかった。やりたくなかった。
その日からおれへの嫌がらせが続いた。
教科書が…ビリビリに破られていた。 困った…。授業が十分に受けられなくなる、と思った。
それと共にこうも思った。
どうして───、こんなこと、されなければならないのだろうか?
おれは、何かしたのか?何も…してないはずだ。だって、おれは…ずっと一人だったから。
なのに────どうして?
わからなかった。
嫌がらせは、続いた。
物はなくなるは集団で囲まれて殴られるは蹴られるはでやりたい放題だった。
おれは…なにも出来なかった。
こんなこと…予想してなかったからだ。
正兄も…同じ思いをしてたのだろうか…?そう考えた。けど、そんな訳がないと思った。だって…あの正兄が、こんなことされる訳がない。
そう思って────おれは正兄に話すことにした。
自分が、クラスでいじめられていることを。
すると、正兄はクスッと笑っていった。
「れーくん、それはれーくんにも問題があるんじゃない?」
正兄はそう笑っておれの質問に答えていた。
「いじめられてるっていうことはさ…れーくんにも悪い点があったってことだよ。
れーくんはやり方を間違えたのかな?」
その答えにおれは…ショックを受けた。頑張って…正兄を目指したはずだった…。なのに、おれは違う場所に立ってしまっていたのだ。
まったくの違う場所に。
「どう、すれば…!どうすれば、いいんだ!?おれっ…もう、嫌だっ…!みんなにいい子って言われたくないっ…!
みんなに嫌われたくないよっ…!」
おれがそう話すと────正兄は言った。
「それは────無理だよ。」
「…え?」
正兄の言葉におれは身体が固まってしまった。
「れーくんはいじめられてるんでしょ?なら、もう、仕方がない状況にいるんだ。
なら、
いじめっこがいじめなくなくなるまで待たなきゃだめだね。。」
「だが…おれ…もう。嫌だ…限界なんだっ…!怖いんだ、身体が震えて…自分が自分じゃない感じがするっ…。
もう────嫌だっ…。
助けてほしい─────。」
「だめだよ。
れーくん。
自分で起こしたことは自分自身で解決しないと…。自分のせいなんだから。
それとも、もしかして──親や先生に言って助けてもらうつもり?」
正兄は鋭い視線でおれを睨みつけていた。
「あっ…。」
おれは正兄の視線を反らすことが出来なかった。そらしてしまったら…正兄に嫌われてしまうと思ったからだ。
「親には絶対いじめられてることは言わないで。だって…そしたら認めることになっちゃう。」
「…え?」
「だって…僕の弟がクラスでいじめられてるなんて───恥ずかしくてそばにいられないよ。」
「あっ…。」
正兄はそういうとふぅっとため息をついた。
「僕は今まで成績も運動もできた。順風満帆で…何もかも完璧だって自分でも思ってる。なのに…出来の悪い弟がいて…しかもその弟がいじめられてるなんて…そんなの、僕の人生の汚点だよ。」
正兄にそう言われておれは顔が真っ青になった。
こう、思ったのだ。正兄に、このままでは───捨てられてしまうと。
「ご、ごめんなさいっ!おれが…至らなかったばっかりに…!正兄に、悪い影響を与えてしまった…!正兄、許して…!」
おれがそういうと正兄はにこにこと笑った。
「れーくん、今、泣きそうな顔をしてる。」
「えっ…?」
正兄はそういうとおれの顔に手を置いた。
「泣いて─────救われたいとか思ってるの?」
「え?」
「泣いたら────誰かが助けてくれるとか…考えてないよね?」
正兄は鋭い視線でおれを見ていた。
「あっ…。」
おれは怖くなって身体が震えた。
「れーくん、泣くなんて卑怯だよ。
そして───最高に醜いよ。」
「っ…!?」
おれは正兄の言葉に心を強く刺された…。
泣くことは、醜い、ことなのか。
「れーくん、泣いたって誰も助けてはくれないんだ。叫んだって誰もれーくんのことを気づかない。
だって、れーくんはお友達を捨てて生きるって決めたんだもんね?」
「あっ…。」
おれは友達をつくらないようにしていた。
一人だった。
一人ということは───助けてくれる奴なんて現れはしないのだ。
「れーくんは一人なんだから泣いちゃだめだよ────惨めだよ。」
「ごめんっ…泣かないよっ…。ごめんなさい。」
おれがそう謝ると正兄はにこにこ笑った。
「いいよ。許してあげる。
だけど──いじめられてることは誰にもか話しちゃだめ。
あと、誰にも泣いてる姿を見せちゃだめだよ?
いじめられてるなんて…泣いてるなんて──恥ずかしいことなんだから。」
おれは正兄の言葉にうんうんと頷いた。
おれは正兄にずっと謝っていた。
『ごめんなさい。ごめんなさい、ごめんなさい…。出来の悪い弟で…ごめんなさい…!』
そう謝るおれの様子を見て正兄は笑っていた。
「ほんと────、れーくんってかわいいね。」
それからも───おれはクラスでいじめられていた。
それは────とても、とても苦痛な時間だった。言葉に表せないほどだ。
朝、学校に来ると上靴に落書きがされていたり、おれの机や椅子がなかったりする。
その一つ一つが徐々におれの心を壊す。
そして、思い出す。
兄の言葉を。
『いじめられてるということは恥ずかしい』ことである。
おれは…今、恥ずかしいのだ。
いじめられるなんて…異常なことなんだ。多分…自分のせいなんだ。
そう、考えると心が壊れていくのを感じた。
怖かった。みんなの目にはおれがどのように映っているのか知りたかった。
でも、聞かなくともわかっていた。
おれは───恥ずかしい存在。
惨めで、いなくてもいい、汚い存在。
体育が終わったあと、いきなり背中を押されたと思ったら体育館の倉庫に閉じ込められた。
暗いのが怖いのと、自分の情けなさにそろそろ心は限界だった。
「うっ…うわぁっ…!」
ポロポロと涙が流れる。
おれは───耐えきれなかった。
どうすればよいのかわからない。
どうすれば、その悪夢から救われるのかもわからない。
殴られた腕の傷を見ながらおれは自分の未熟さ、醜さを憎んだ。
助けてっ──────。
本当は、正兄に助けてほしかった。
けど、正兄は助けてはくれなかった。
それは───おれが、恥ずかしい存在だからだ。
「うっ…うっ…。うへっ…。」
声を出すとポロポロと涙がどんどん零れる。
だめだっ…!泣いちゃだめっ…!
おれはそう思い、涙を堪える。
堪え方は────決まっていた。
「正兄っ…。正兄っ…!」
声に出して正兄を呼ぶと安心した。落ち着くのだ。
「正兄っ…正兄っ…!!」
助けてっ…!と助けを求めてしまいそうだった。
だけど────おれには助けはこない。
だって、おれは───一人なのだから。
今日は、体操服が切り刻まれていた。
悲しかったが、『またか…』という気持ちが強かった。
お母さんになんて言い訳をしよう…なんて考えていると────。
「やめっ…助けてっ…!」
声が聞こえた。誰かの助けを呼ぶ声が。
おれはその声に反応しその声がする場所へ足を動かした。
その場所につくと────誰かが、集団の中で誰かが泣いていた。
─────いじめられていた。
まるで、今のおれみたい。
だけど────、醜いなんて思わなかった。
汚れているとも─────ただただ、
助けたいと思った。
おれと同じように苦しんでいるのなら
おれが…わかってあげたいと思った。
────助けたいと思った。
そう思うとおれの身体はまるで風に押されたかのように自然に動いた。
今まで固かった体が嘘のように、自分のしたかったことを決めていた。
「─────やめろっ!!!」
おれは叫んだ。
今まで正兄になるには、どうすれば、どう行動すればいいのか…そんなことを中心に考えていた。
けど───、今は自分の意志で身体が動いている。
「あ?なんだよっ…!お前っ…!」
おれの声に反応しみんながおれの方に向いた。
その瞬間に────
「おい、逃げるぞっ!!」
おれはいじめられていた相手の手を引っ張った。
そしてそのまま駆け出す。
「おいっ…!お前っ…」
「待てよっ…!」
声が聞こえた。怖い声。振り返ってはいけないと思った。
振り返ったら────捕まってしまう。
おれはいじめられていたその子の手をぎゅっと握ってその場を離れた。
随分遠くまで逃げた。
ここまでくればあいつらは追いかけて来ない。
「大丈夫か?」
おれはそのいじめられていた子に話しかけた。
「…黎?」
「え?」
「黎…だよね?」
いじめられていた子の顔をよく見た。
その子は─────
「太一っ…。」
かつて幼なじみで友達だった太一(たいち)だった。
おれは、太一とわかると身体が止まった。おれは…太一に酷いことをした。
友達だったのに────おれは太一を自分の意志だけで捨てたのだ。
「太一っ…」
何を話せば良いのかわからず、太一に話しかけようとした。
「─────黎、ありがとう。助けてくれて。」
「あっ…」
太一は前と同じ笑顔をして笑ってくれた。
「それとも───話しかけちゃダメだった…?」
その、言葉を聞いておれは涙が溢れてきた。
「────そんなことある訳ないっ!!!」
自分でも驚くほど大きな声がでた。
「ずっと───謝りたかったんだ!!
おれの…意志で勝手に決めて…!お前のこと、何も考えてなかった…!!
おれは…ずっと後悔してたんだっ…!
ごめんっ、本当に…ごめんっ…!!」
おれがそう謝ると──太一はいった。
「あはは、そっか。黎君はほんと昔の頃と変わらないね。」
太一はにこっと笑っておれのことを許してくれた。
それからも───、おれはクラスでいじめられていた。
けど…全然平気だった。
怖くなかった。…おれには友達がいたから。ただそれだけでおれの足取りは軽かった。
今まで震えていた身体がしっかり動く。
教室で…自分の意見を言うことができた。大丈夫だ、おれは。
でも、正兄の約束事を破ってしまった。
おれは…正兄のようにはなれなくなってしまった。…けど、それでいい。
おれは…正兄のように上手に生きれないのだから。
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