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翌朝。
宰相府の執務室は、いつになく張り詰めた空気が漂っていた……わけではなかった。
普段通り、いや普段以上に猛烈な勢いで業務が進んでいた。
「第四班、決算処理急げ! 締め切りまであと三時間!」
「了解! カフェイン追加投入します!」
私の怒号と、部下たちの悲鳴(歓喜)が飛び交う、健全なブラック職場。
それが、私の愛する日常だ。
だが、その平穏は唐突な爆音によって破られた。
ドォォォォォン!!
入り口の扉が、またしても蹴破られたのだ。
「そこまでだ、悪女スコティア・ハミルトン!!」
もはや様式美(マンネリ)すら感じる登場シーン。
入り口に立っていたのは、近衛兵を引き連れたジェラルド第二王子と、その後ろでハンカチを握りしめているミミー・ピンキーだった。
さらに今回は、野次馬として多くの貴族や官僚たちもゾロゾロとついてきている。
「……チッ」
私は舌打ちをした。
「総員、手を止めろ。……どうやら、サーカスの開演時間のようだ」
部下たちが一斉に作業を中断し、冷ややかな目で侵入者たちを見る。
ジェラルドは意気揚々と部屋の中央に進み出た。
「スコティア・ハミルトン! 貴様を『公金横領』および『背任』の容疑で拘束する!」
執務室が一瞬静まり返り、次の瞬間、爆笑……ではなく、困惑のざわめきに包まれた。
「横領……? あのスコット閣下が?」
「ありえない。閣下は一円のズレも許さない計算の鬼だぞ?」
「自分の給料すら『こんなに貰う働きはしていない』って返納しようとした人だぞ?」
部下たちの信頼は厚い。
だが、ジェラルドは自信満々に鼻を鳴らした。
「ふん、騙されるな! こいつは外面がいいだけだ! 裏では私腹を肥やし、国の金を貪っていたのだ!」
彼は芝居がかった動作で私を指差した。
「スコット、貴様が宰相府の機密費から五〇〇〇万ゴールドを抜き取ったことは分かっている! その金で豪遊し、借金の返済に充てようとしたのだろう!」
「……五〇〇〇万?」
私は眉を上げた。
「殿下。計算が合いませんね。私の資産運用益は月利でそれ以上ですが、なぜリスクを冒してまで小銭を盗む必要があるのです?」
「こ、小銭だと!? 五〇〇〇万だぞ!?」
「私にとっては端数です」
「ぐぬぬ……! 強がりを! 金に困っていたのは事実だろう! 私というパトロンを失って!」
ジェラルドの脳内設定は相変わらずブレない。
そこで、ミミーがスッと前に出た。
「そ、そうですわ! 私、見たんですぅ!」
「ほう。何を見たのですか、ピンキー男爵令嬢」
「昨日、スコットお姉様がぁ、怪しい黒い手帳と、お金の束をぉ、こっそり自分の机の中に隠しているのを!」
ミミーが大根役者も裸足で逃げ出す演技力で証言した。
「私、怖くてぇ……震えが止まりませんでしたぁ……。あんな大金、きっと悪いことに使ったんだって……」
「聞いたか、皆の者! 決定的な目撃証言だ!」
ジェラルドが勝ち誇ったように叫ぶ。
「さあ、観念しろ! 証拠はそこにある! 衛兵、その机を調べろ!」
ジェラルドが指差したのは、当然、私のデスクだ。
衛兵たちが躊躇いがちに近づいてくる。
「し、失礼します、スコット様……」
「構わん。どうぞ」
私は椅子から立ち上がり、場所を譲った。
その余裕綽々な態度が気に入らないのか、ジェラルドが顔を歪める。
「余裕ぶっていられるのも今のうちだ! すぐに化けの皮を剥いでやる!」
衛兵が一番上の引き出しを開けた。
ガサゴソ……。
そして、固まった。
「……で、殿下」
「どうした! あっただろう!?」
「は、はい……。こ、これは……」
衛兵が震える手で取り出したのは、昨夜私たちが確認した通りの『黒い手帳』と『宝石箱』だった。
宝石箱の蓋が開けられる。
中には、煌びやかな宝石と、王家の刻印が入った金貨の束がぎっしりと詰まっていた。
「おおぉぉ……!」
野次馬たちからどよめきが上がる。
「本当にあった……」
「まさか、スコット嬢が本当に?」
「いや、でもあんな分かりやすい場所に?」
疑念と驚愕が入り混じる空気。
ジェラルドは鬼の首を取ったような顔で笑った。
「はーっはっは! 見たか! これが動かぬ証拠だ!」
彼は手帳をひったくり、パラパラとめくる。
「見ろ! ここには不正な資金移動の記録が詳細に書かれている! 『四月一日、一〇〇〇万を私的流用』……ふむふむ、なんて悪どい女だ!」
ミミーが横から覗き込み、わざとらしく驚く。
「ひどぉい! ギルバート様を騙して、こんなことしてたなんてぇ! 私、悲しいですぅ!」
二人の茶番劇は最高潮に達していた。
ジェラルドは手帳を私に突きつけた。
「さあ、言い逃れはできんぞスコット! この金と手帳が貴様の机から出てきた! これ以上の証拠があるか!」
私は静かにその手帳を見つめた。
そして、ゆっくりと視線を上げ、部屋の隅に控えていた人物を見た。
ギルバートだ。
彼は腕を組み、壁にもたれてこの茶番を冷ややかに見守っていた。
目が合う。
(……GOサインだ、スコット)
彼の瞳がそう言っていた。
私は口元をわずかに吊り上げ、ジェラルドに向き直った。
「……なるほど。確かに、私の机から出てきましたね」
「認めるか! 罪を!」
「いえ。私が認めるのは『机の中に異物が混入していた』という事実のみです」
「往生際が悪いぞ! 誰がどう見ても貴様の仕業だろう!」
「殿下。論理の飛躍です」
私は一歩前に出た。
その威圧感に、ジェラルドが思わず後ずさる。
「第一に、私が横領をする動機がない。第二に、私がやるならもっとうまくやる。こんな小学生の落書きのような帳簿を残すなど、私の美学に反する」
「ら、落書きだと……!?」
「第三に」
私は衛兵の手から宝石箱を取り上げ、中身の金貨を一枚つまみ上げた。
チャリン。
乾いた音が響く。
「この金貨、本物ですか?」
「はあ!? 当たり前だろう! 王家の刻印がある!」
「そうですか。では、この『証拠品』について、少しばかり精査(チェック)させていただいてもよろしいですね?」
「な、何を……」
「断罪劇には手順が必要です。証拠能力の検証、事実関係の確認、そして矛盾の排除。……プロの仕事を、見せて差し上げましょう」
私の目が、獲物を追い詰める狩人のそれに変わった。
ミミーがゾクリと肩を震わせる。
「な、なによ……。負け惜しみ言ってないで、早く捕まりなさいよぉ!」
「急ぐな、ピンキー男爵令嬢。君の出番はこれからだ」
私はルークに合図を送った。
「ルーク、ホワイトボードを用意しろ。それと、私の『赤ペン』もな」
「はっ! 準備完了しております!」
ルークが巨大なホワイトボードをガラガラと運んでくる。
そこには、私が昨夜のうちに書き込んでおいた『王国の特別会計フローチャート』が描かれていた。
「さあ、授業の時間だ、ジェラルド殿下。そしてミミー嬢。貴方たちが作ったこの『粗悪なシナリオ』の添削を始めよう」
会場の空気が変わった。
「断罪される哀れな令嬢」の姿はそこになかった。
そこにいたのは、愚かな生徒たちを前に教鞭を執る、冷徹にして最強の『教育者(悪役令嬢)』だった。
「まず、その黒い手帳。一ページ目を開いてください」
私は指示棒でビシッと空を叩いた。
「え、あ、ああ……」
ジェラルドが気圧されて手帳を開く。
「日付は四月一日とありますね。その日、私は何をしていたか、ギルバート宰相、証言を」
ギルバートが静かに口を開いた。
「その日は朝から晩まで、私と共に隣国との通商会議に出ていた。一分一秒たりとも離れていない。トイレの時間も含めてな」
「……最後のは余計だ」
私はツッコミを入れつつ、ジェラルドを見る。
「アリバイ成立です。私がいつ、どうやって王宮の金庫から金を抜くのです? 分身でもしろと?」
「そ、それは……部下にやらせたとか……!」
「私の部下は優秀ですが、私に隠れて動けるほど暇ではありません。全員、分単位で管理されていますから」
部下たちが「はい! トイレも申告制です!」と胸を張る。それはそれでどうかと思うが。
「で、でもっ! 金はここにあるじゃない!」
ミミーが叫ぶ。
「机に入ってたのが証拠よ! あんたが隠したに決まってる!」
「そうですか。では、この金の『出処』を追いましょう」
私はホワイトボードの図を指した。
「国庫から金が出るには、必ず『誰か』の承認印が必要です。宰相、財務大臣、あるいは……王族」
ジェラルドの顔色がサッと変わる。
「この五〇〇〇万ゴールド。引き出し申請書には、誰のサインがあったと思いますか?」
私はジェラルドの顔を覗き込んだ。
「ねえ、殿下? ご存知ですよね?」
「ひっ……!」
ジェラルドは知っている。
自分がサインしたのだから。
しかし、それを言えば「自分が共犯」あるいは「自分が主犯」になってしまう。
(言えない……! 私がサインしたとは言えない!)
ジェラルドの目が泳ぐ。
ミミーも顔面蒼白だ。
彼女の計画では、スコットが慌てふためいて言い訳をし、そのまま押し切るはずだった。
まさか、冷静に「金の流れ(マネーフロー)」の講義が始まるとは思っていなかったのだ。
「黙秘ですか? では、こちらで答え合わせをしましょう」
私は懐から、一枚の紙を取り出した。
昨夜、書庫で見つけた『機密費引き出し申請書』の写し(コピー)だ。
「ここには、はっきりと『ジェラルド第二王子』の署名があります。そして用途は『特別捜査費』」
「うわあああああ!!」
ジェラルドが叫び声を上げて耳を塞いだ。
「違う! 私は騙されたんだ! ミミーが、ミミーが書けと言ったから!」
「ジェラルド様っ!?」
ミミーが裏切られ、驚愕の声を上げる。
断罪劇は、まだ始まったばかり。
だが、主導権は完全に、この悪役令嬢(私)の手に握られていた。
「さあ、泥仕合の始まりだ。ポップコーンの用意はいいか、ギルバート」
「ああ。特等席で見せてもらおう」
私はニヤリと笑い、赤ペンを構えた。
「次、その手帳の『計算ミス』について指摘する。……覚悟はいいか、低能ども」
宰相府の執務室は、いつになく張り詰めた空気が漂っていた……わけではなかった。
普段通り、いや普段以上に猛烈な勢いで業務が進んでいた。
「第四班、決算処理急げ! 締め切りまであと三時間!」
「了解! カフェイン追加投入します!」
私の怒号と、部下たちの悲鳴(歓喜)が飛び交う、健全なブラック職場。
それが、私の愛する日常だ。
だが、その平穏は唐突な爆音によって破られた。
ドォォォォォン!!
入り口の扉が、またしても蹴破られたのだ。
「そこまでだ、悪女スコティア・ハミルトン!!」
もはや様式美(マンネリ)すら感じる登場シーン。
入り口に立っていたのは、近衛兵を引き連れたジェラルド第二王子と、その後ろでハンカチを握りしめているミミー・ピンキーだった。
さらに今回は、野次馬として多くの貴族や官僚たちもゾロゾロとついてきている。
「……チッ」
私は舌打ちをした。
「総員、手を止めろ。……どうやら、サーカスの開演時間のようだ」
部下たちが一斉に作業を中断し、冷ややかな目で侵入者たちを見る。
ジェラルドは意気揚々と部屋の中央に進み出た。
「スコティア・ハミルトン! 貴様を『公金横領』および『背任』の容疑で拘束する!」
執務室が一瞬静まり返り、次の瞬間、爆笑……ではなく、困惑のざわめきに包まれた。
「横領……? あのスコット閣下が?」
「ありえない。閣下は一円のズレも許さない計算の鬼だぞ?」
「自分の給料すら『こんなに貰う働きはしていない』って返納しようとした人だぞ?」
部下たちの信頼は厚い。
だが、ジェラルドは自信満々に鼻を鳴らした。
「ふん、騙されるな! こいつは外面がいいだけだ! 裏では私腹を肥やし、国の金を貪っていたのだ!」
彼は芝居がかった動作で私を指差した。
「スコット、貴様が宰相府の機密費から五〇〇〇万ゴールドを抜き取ったことは分かっている! その金で豪遊し、借金の返済に充てようとしたのだろう!」
「……五〇〇〇万?」
私は眉を上げた。
「殿下。計算が合いませんね。私の資産運用益は月利でそれ以上ですが、なぜリスクを冒してまで小銭を盗む必要があるのです?」
「こ、小銭だと!? 五〇〇〇万だぞ!?」
「私にとっては端数です」
「ぐぬぬ……! 強がりを! 金に困っていたのは事実だろう! 私というパトロンを失って!」
ジェラルドの脳内設定は相変わらずブレない。
そこで、ミミーがスッと前に出た。
「そ、そうですわ! 私、見たんですぅ!」
「ほう。何を見たのですか、ピンキー男爵令嬢」
「昨日、スコットお姉様がぁ、怪しい黒い手帳と、お金の束をぉ、こっそり自分の机の中に隠しているのを!」
ミミーが大根役者も裸足で逃げ出す演技力で証言した。
「私、怖くてぇ……震えが止まりませんでしたぁ……。あんな大金、きっと悪いことに使ったんだって……」
「聞いたか、皆の者! 決定的な目撃証言だ!」
ジェラルドが勝ち誇ったように叫ぶ。
「さあ、観念しろ! 証拠はそこにある! 衛兵、その机を調べろ!」
ジェラルドが指差したのは、当然、私のデスクだ。
衛兵たちが躊躇いがちに近づいてくる。
「し、失礼します、スコット様……」
「構わん。どうぞ」
私は椅子から立ち上がり、場所を譲った。
その余裕綽々な態度が気に入らないのか、ジェラルドが顔を歪める。
「余裕ぶっていられるのも今のうちだ! すぐに化けの皮を剥いでやる!」
衛兵が一番上の引き出しを開けた。
ガサゴソ……。
そして、固まった。
「……で、殿下」
「どうした! あっただろう!?」
「は、はい……。こ、これは……」
衛兵が震える手で取り出したのは、昨夜私たちが確認した通りの『黒い手帳』と『宝石箱』だった。
宝石箱の蓋が開けられる。
中には、煌びやかな宝石と、王家の刻印が入った金貨の束がぎっしりと詰まっていた。
「おおぉぉ……!」
野次馬たちからどよめきが上がる。
「本当にあった……」
「まさか、スコット嬢が本当に?」
「いや、でもあんな分かりやすい場所に?」
疑念と驚愕が入り混じる空気。
ジェラルドは鬼の首を取ったような顔で笑った。
「はーっはっは! 見たか! これが動かぬ証拠だ!」
彼は手帳をひったくり、パラパラとめくる。
「見ろ! ここには不正な資金移動の記録が詳細に書かれている! 『四月一日、一〇〇〇万を私的流用』……ふむふむ、なんて悪どい女だ!」
ミミーが横から覗き込み、わざとらしく驚く。
「ひどぉい! ギルバート様を騙して、こんなことしてたなんてぇ! 私、悲しいですぅ!」
二人の茶番劇は最高潮に達していた。
ジェラルドは手帳を私に突きつけた。
「さあ、言い逃れはできんぞスコット! この金と手帳が貴様の机から出てきた! これ以上の証拠があるか!」
私は静かにその手帳を見つめた。
そして、ゆっくりと視線を上げ、部屋の隅に控えていた人物を見た。
ギルバートだ。
彼は腕を組み、壁にもたれてこの茶番を冷ややかに見守っていた。
目が合う。
(……GOサインだ、スコット)
彼の瞳がそう言っていた。
私は口元をわずかに吊り上げ、ジェラルドに向き直った。
「……なるほど。確かに、私の机から出てきましたね」
「認めるか! 罪を!」
「いえ。私が認めるのは『机の中に異物が混入していた』という事実のみです」
「往生際が悪いぞ! 誰がどう見ても貴様の仕業だろう!」
「殿下。論理の飛躍です」
私は一歩前に出た。
その威圧感に、ジェラルドが思わず後ずさる。
「第一に、私が横領をする動機がない。第二に、私がやるならもっとうまくやる。こんな小学生の落書きのような帳簿を残すなど、私の美学に反する」
「ら、落書きだと……!?」
「第三に」
私は衛兵の手から宝石箱を取り上げ、中身の金貨を一枚つまみ上げた。
チャリン。
乾いた音が響く。
「この金貨、本物ですか?」
「はあ!? 当たり前だろう! 王家の刻印がある!」
「そうですか。では、この『証拠品』について、少しばかり精査(チェック)させていただいてもよろしいですね?」
「な、何を……」
「断罪劇には手順が必要です。証拠能力の検証、事実関係の確認、そして矛盾の排除。……プロの仕事を、見せて差し上げましょう」
私の目が、獲物を追い詰める狩人のそれに変わった。
ミミーがゾクリと肩を震わせる。
「な、なによ……。負け惜しみ言ってないで、早く捕まりなさいよぉ!」
「急ぐな、ピンキー男爵令嬢。君の出番はこれからだ」
私はルークに合図を送った。
「ルーク、ホワイトボードを用意しろ。それと、私の『赤ペン』もな」
「はっ! 準備完了しております!」
ルークが巨大なホワイトボードをガラガラと運んでくる。
そこには、私が昨夜のうちに書き込んでおいた『王国の特別会計フローチャート』が描かれていた。
「さあ、授業の時間だ、ジェラルド殿下。そしてミミー嬢。貴方たちが作ったこの『粗悪なシナリオ』の添削を始めよう」
会場の空気が変わった。
「断罪される哀れな令嬢」の姿はそこになかった。
そこにいたのは、愚かな生徒たちを前に教鞭を執る、冷徹にして最強の『教育者(悪役令嬢)』だった。
「まず、その黒い手帳。一ページ目を開いてください」
私は指示棒でビシッと空を叩いた。
「え、あ、ああ……」
ジェラルドが気圧されて手帳を開く。
「日付は四月一日とありますね。その日、私は何をしていたか、ギルバート宰相、証言を」
ギルバートが静かに口を開いた。
「その日は朝から晩まで、私と共に隣国との通商会議に出ていた。一分一秒たりとも離れていない。トイレの時間も含めてな」
「……最後のは余計だ」
私はツッコミを入れつつ、ジェラルドを見る。
「アリバイ成立です。私がいつ、どうやって王宮の金庫から金を抜くのです? 分身でもしろと?」
「そ、それは……部下にやらせたとか……!」
「私の部下は優秀ですが、私に隠れて動けるほど暇ではありません。全員、分単位で管理されていますから」
部下たちが「はい! トイレも申告制です!」と胸を張る。それはそれでどうかと思うが。
「で、でもっ! 金はここにあるじゃない!」
ミミーが叫ぶ。
「机に入ってたのが証拠よ! あんたが隠したに決まってる!」
「そうですか。では、この金の『出処』を追いましょう」
私はホワイトボードの図を指した。
「国庫から金が出るには、必ず『誰か』の承認印が必要です。宰相、財務大臣、あるいは……王族」
ジェラルドの顔色がサッと変わる。
「この五〇〇〇万ゴールド。引き出し申請書には、誰のサインがあったと思いますか?」
私はジェラルドの顔を覗き込んだ。
「ねえ、殿下? ご存知ですよね?」
「ひっ……!」
ジェラルドは知っている。
自分がサインしたのだから。
しかし、それを言えば「自分が共犯」あるいは「自分が主犯」になってしまう。
(言えない……! 私がサインしたとは言えない!)
ジェラルドの目が泳ぐ。
ミミーも顔面蒼白だ。
彼女の計画では、スコットが慌てふためいて言い訳をし、そのまま押し切るはずだった。
まさか、冷静に「金の流れ(マネーフロー)」の講義が始まるとは思っていなかったのだ。
「黙秘ですか? では、こちらで答え合わせをしましょう」
私は懐から、一枚の紙を取り出した。
昨夜、書庫で見つけた『機密費引き出し申請書』の写し(コピー)だ。
「ここには、はっきりと『ジェラルド第二王子』の署名があります。そして用途は『特別捜査費』」
「うわあああああ!!」
ジェラルドが叫び声を上げて耳を塞いだ。
「違う! 私は騙されたんだ! ミミーが、ミミーが書けと言ったから!」
「ジェラルド様っ!?」
ミミーが裏切られ、驚愕の声を上げる。
断罪劇は、まだ始まったばかり。
だが、主導権は完全に、この悪役令嬢(私)の手に握られていた。
「さあ、泥仕合の始まりだ。ポップコーンの用意はいいか、ギルバート」
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