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「ようこそ、地獄へ」
玉座に座る男、シリウス・グリムが低い声で唸った。
その姿は、まさに恐怖の具現化だった。
漆黒の髪は乱れ、隙間から覗く双眸は血のように赤い。
頬には歴戦の証と思われる傷跡(実は猫に引っかかれた傷)。
全身から立ち上る黒いモヤ(実は極度の緊張による魔力漏れ)が、部屋全体を薄暗く包み込んでいる。
「俺がこの地を統べる辺境伯、シリウスだ。世間では『人食い』だの『血まみれ』だのと呼ばれているが……否定はせん」
彼はゆっくりと立ち上がり、私を見下ろした。
身長は目測で百九十センチ強。
熊のような威圧感だ。
「王都の温室育ちの令嬢には耐えられまい。悪いことは言わん、泣いて逃げ出すなら今のうち──」
「素晴らしいですわッ!!」
私の叫び声が、シリウス様の脅し文句を遮った。
彼はビクッと肩を震わせ、目を丸くする。
「……は?」
「その魔力密度! 可視化できるほどの放出量! それに加えて、その赤眼は『魔眼』の一種ではありませんか!? 素晴らしい! 王都の魔導図鑑でしか見たことがないレアケースですわ!」
私は興奮のあまり、ツカツカと彼に歩み寄った。
距離、あと一メートル。
シリウス様の顔が引きつる。
「お、おい。寄るな」
「寄りもします! こんな希少な検体……いえ、旦那様を目の前にして、指をくわえて見ているだけなんて無理です! ねえ、ちょっと触ってもよろしくて?」
「さ、触るだと……!? 貴様、俺が怖くないのか!?」
「怖い? どうしてですの?」
私は首を傾げた。
確かに彼は禍々しい。
普通なら恐怖で失禁するレベルだ。
でも、研究者(わたし)にとっては「未知」こそが最大の好物。恐怖なんて感情は、好奇心の前では塵に等しい。
「だって、その黒いモヤ……これ、『闇属性の高純度魔力』でしょう? 触れると肌が焼けると言われていますけど、実際はどうなのかしら。ちょっとだけ、指先だけなら……」
私は躊躇なく手を伸ばした。
「ばっ、馬鹿野郎!!」
シリウス様が慌てて私の手首を掴み、自分から遠ざけた。
その手は大きく、そして意外なほど温かかった。
あと、ものすごく手汗をかいていた。
「し、死にたいのか! 俺の魔力に触れれば、貴様のようなひ弱な女など消し飛ぶぞ!」
「あら、ご心配ありがとうございます。でも私、こう見えて魔力耐性はゴキブリ並みと言われておりますの」
「なんだその最悪な異名は!」
「それに、旦那様。今、私に触れましたわよね?」
私は掴まれた手首を見つめる。
シリウス様はハッとして、パッと手を離した。
まるで火傷でもしたかのような慌てぶりだ。
「……汚らわしいものに触れたな。すまん」
彼は顔を背け、不機嫌そうに吐き捨てる。
その耳がほんのり赤くなっているのを、私は見逃さなかった。
(ん……? もしかしてこの人……)
私は目を細めて観察する。
威圧的な態度。
暴力的な魔力。
でも、私の突飛な行動に動揺し、私が怪我をしないように咄嗟に守ってくれた。
そして今、女性に触れただけでドギマギしている?
「汚らわしいだなんて。旦那様の手、大きくて素敵でしたわ。実験器具を運ぶのに最適そうです」
「……は?」
「あ、いえ。頼りがいがあるという意味です。ところで旦那様、このお城の地下には何がありますの? やはり拷問部屋?」
「ち、地下牢はあるが……今は使っていない。物置だ」
「物置! 広さは!? 換気口はありますか!? 防音性は!?」
私は彼に詰め寄る。
シリウス様はジリジリと後ずさり、ついに玉座の背もたれに追い詰められた。
「な、なんだその質問は……。広さは十分にあるが……」
「最高です! 私、そこを借りますね! 寝室はそこで構いません!」
「はあ!? 地下牢だぞ!? 湿気も多いし、ネズミも出る!」
「ネズミ! 実験動物まで完備! 至れり尽くせりではありませんか!」
私は両手を組み、うっとりと天井を仰いだ。
神様、ありがとう。ここは楽園です。
シリウス様は、完全に理解が追いついていない顔で私を見ている。
そして、部屋の隅に控えていた執事の老人に助けを求めるように視線を送った。
「セバス……。この女、何だ? 頭がおかしいのか?」
執事のセバスが進み出て、恭しく一礼する。
「旦那様。王都からの報告書によりますと、カプリ様は『稀代の悪女』とのことですが……どうやら『稀代の変人』の間違いだったようですな」
「変人言うな。探究者と呼びなさい」
私は訂正を入れる。
「とにかく! 私はここが気に入りました。今日からここが私の家で、あなたが私の旦那様です。返品は不可ですので、諦めてくださいまし!」
私はシリウス様の目の前で、ドレスのスカートをつまんで優雅にカーテシー(挨拶)をした。
そして、顔を上げて不敵に微笑む。
「これから末長く、骨の髄までしゃぶり尽くさせて頂きますわね?(研究的な意味で)」
シリウス様の顔色が一気に青ざめた。
「ひぃ……」
「あら? 今、可愛い悲鳴が聞こえましたけど?」
「き、気のせいだ! 俺は辺境伯だぞ! 人食いだぞ!」
彼は必死に虚勢を張っているが、もう遅い。
私には分かってしまった。
この「人食い辺境伯」様、見た目が怖いだけで、中身はものすごくピュアでヘタレ……じゃなくて、繊細な方なのだと。
(これは……いじりがいがありそうですね)
私のサディスティックな研究心がうずく。
魔法の実験だけでなく、この面白すぎる旦那様の観察日記もつけなくては。
「では旦那様、早速ですが『初夜』の準備に取り掛かりましょうか」
「しょ、初夜!?」
「ええ。夫婦ですもの、当然でしょう? 寝室にありったけの道具を持ち込みますので、覚悟しておいてくださいね」
私は意味深にウインクをした。
もちろん、私が言っている道具とは「魔力測定器」や「拘束用ベルト(暴れると危ないから)」のことだが、シリウス様は何を想像したのか、顔を真っ赤にして湯気を出し始めた。
「ば、ばか、破廉恥な! 俺はまだ心の準備が……!」
「準備なんていりません。本能のままに(データを取らせて)ください」
「ひ、ひいいいい!」
シリウス様は顔を覆ってうずくまってしまった。
あらあら、可愛い。
こうして、私たちの波乱万丈な結婚生活は幕を開けた。
とりあえず、彼が逃げ出さないように、あとで首輪(魔力追跡タグ)でもプレゼントしておこうかしら。
玉座に座る男、シリウス・グリムが低い声で唸った。
その姿は、まさに恐怖の具現化だった。
漆黒の髪は乱れ、隙間から覗く双眸は血のように赤い。
頬には歴戦の証と思われる傷跡(実は猫に引っかかれた傷)。
全身から立ち上る黒いモヤ(実は極度の緊張による魔力漏れ)が、部屋全体を薄暗く包み込んでいる。
「俺がこの地を統べる辺境伯、シリウスだ。世間では『人食い』だの『血まみれ』だのと呼ばれているが……否定はせん」
彼はゆっくりと立ち上がり、私を見下ろした。
身長は目測で百九十センチ強。
熊のような威圧感だ。
「王都の温室育ちの令嬢には耐えられまい。悪いことは言わん、泣いて逃げ出すなら今のうち──」
「素晴らしいですわッ!!」
私の叫び声が、シリウス様の脅し文句を遮った。
彼はビクッと肩を震わせ、目を丸くする。
「……は?」
「その魔力密度! 可視化できるほどの放出量! それに加えて、その赤眼は『魔眼』の一種ではありませんか!? 素晴らしい! 王都の魔導図鑑でしか見たことがないレアケースですわ!」
私は興奮のあまり、ツカツカと彼に歩み寄った。
距離、あと一メートル。
シリウス様の顔が引きつる。
「お、おい。寄るな」
「寄りもします! こんな希少な検体……いえ、旦那様を目の前にして、指をくわえて見ているだけなんて無理です! ねえ、ちょっと触ってもよろしくて?」
「さ、触るだと……!? 貴様、俺が怖くないのか!?」
「怖い? どうしてですの?」
私は首を傾げた。
確かに彼は禍々しい。
普通なら恐怖で失禁するレベルだ。
でも、研究者(わたし)にとっては「未知」こそが最大の好物。恐怖なんて感情は、好奇心の前では塵に等しい。
「だって、その黒いモヤ……これ、『闇属性の高純度魔力』でしょう? 触れると肌が焼けると言われていますけど、実際はどうなのかしら。ちょっとだけ、指先だけなら……」
私は躊躇なく手を伸ばした。
「ばっ、馬鹿野郎!!」
シリウス様が慌てて私の手首を掴み、自分から遠ざけた。
その手は大きく、そして意外なほど温かかった。
あと、ものすごく手汗をかいていた。
「し、死にたいのか! 俺の魔力に触れれば、貴様のようなひ弱な女など消し飛ぶぞ!」
「あら、ご心配ありがとうございます。でも私、こう見えて魔力耐性はゴキブリ並みと言われておりますの」
「なんだその最悪な異名は!」
「それに、旦那様。今、私に触れましたわよね?」
私は掴まれた手首を見つめる。
シリウス様はハッとして、パッと手を離した。
まるで火傷でもしたかのような慌てぶりだ。
「……汚らわしいものに触れたな。すまん」
彼は顔を背け、不機嫌そうに吐き捨てる。
その耳がほんのり赤くなっているのを、私は見逃さなかった。
(ん……? もしかしてこの人……)
私は目を細めて観察する。
威圧的な態度。
暴力的な魔力。
でも、私の突飛な行動に動揺し、私が怪我をしないように咄嗟に守ってくれた。
そして今、女性に触れただけでドギマギしている?
「汚らわしいだなんて。旦那様の手、大きくて素敵でしたわ。実験器具を運ぶのに最適そうです」
「……は?」
「あ、いえ。頼りがいがあるという意味です。ところで旦那様、このお城の地下には何がありますの? やはり拷問部屋?」
「ち、地下牢はあるが……今は使っていない。物置だ」
「物置! 広さは!? 換気口はありますか!? 防音性は!?」
私は彼に詰め寄る。
シリウス様はジリジリと後ずさり、ついに玉座の背もたれに追い詰められた。
「な、なんだその質問は……。広さは十分にあるが……」
「最高です! 私、そこを借りますね! 寝室はそこで構いません!」
「はあ!? 地下牢だぞ!? 湿気も多いし、ネズミも出る!」
「ネズミ! 実験動物まで完備! 至れり尽くせりではありませんか!」
私は両手を組み、うっとりと天井を仰いだ。
神様、ありがとう。ここは楽園です。
シリウス様は、完全に理解が追いついていない顔で私を見ている。
そして、部屋の隅に控えていた執事の老人に助けを求めるように視線を送った。
「セバス……。この女、何だ? 頭がおかしいのか?」
執事のセバスが進み出て、恭しく一礼する。
「旦那様。王都からの報告書によりますと、カプリ様は『稀代の悪女』とのことですが……どうやら『稀代の変人』の間違いだったようですな」
「変人言うな。探究者と呼びなさい」
私は訂正を入れる。
「とにかく! 私はここが気に入りました。今日からここが私の家で、あなたが私の旦那様です。返品は不可ですので、諦めてくださいまし!」
私はシリウス様の目の前で、ドレスのスカートをつまんで優雅にカーテシー(挨拶)をした。
そして、顔を上げて不敵に微笑む。
「これから末長く、骨の髄までしゃぶり尽くさせて頂きますわね?(研究的な意味で)」
シリウス様の顔色が一気に青ざめた。
「ひぃ……」
「あら? 今、可愛い悲鳴が聞こえましたけど?」
「き、気のせいだ! 俺は辺境伯だぞ! 人食いだぞ!」
彼は必死に虚勢を張っているが、もう遅い。
私には分かってしまった。
この「人食い辺境伯」様、見た目が怖いだけで、中身はものすごくピュアでヘタレ……じゃなくて、繊細な方なのだと。
(これは……いじりがいがありそうですね)
私のサディスティックな研究心がうずく。
魔法の実験だけでなく、この面白すぎる旦那様の観察日記もつけなくては。
「では旦那様、早速ですが『初夜』の準備に取り掛かりましょうか」
「しょ、初夜!?」
「ええ。夫婦ですもの、当然でしょう? 寝室にありったけの道具を持ち込みますので、覚悟しておいてくださいね」
私は意味深にウインクをした。
もちろん、私が言っている道具とは「魔力測定器」や「拘束用ベルト(暴れると危ないから)」のことだが、シリウス様は何を想像したのか、顔を真っ赤にして湯気を出し始めた。
「ば、ばか、破廉恥な! 俺はまだ心の準備が……!」
「準備なんていりません。本能のままに(データを取らせて)ください」
「ひ、ひいいいい!」
シリウス様は顔を覆ってうずくまってしまった。
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