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一方その頃、王都では。
季節は冬の盛り。
王宮のサロンでは、貴族たちが暖炉を囲み、紅茶を片手に噂話に花を咲かせていた。
話題の中心は、もっぱら二ヶ月前に追放された「元・悪役令嬢」のことだ。
「……聞きましたか? カプリ様の噂」
派手な扇を持った伯爵夫人が、声を潜めて囁いた。
「ええ、聞きましたわ。北の辺境に送られてから、それはそれは酷い扱いを受けているとか……」
「なんでも、『人食い辺境伯』に毎日生き血を啜られているそうですわよ?」
「まあ! なんて恐ろしい!」
「地下牢に鎖で繋がれ、着る服もなく、カビの生えたパンと泥水をすすって生きているそうです」
「ああ、可哀想に……。自業自得とはいえ、あまりにも残酷ですわね」
貴族たちの想像力は豊かだ。
事実は「毎日ステーキを食べ、全自動マッサージ機でくつろぎ、温泉三昧」なのだが、王都の人間にとって北の辺境は「地獄」と同義語だった。
そこへ、カツカツと足音を響かせて一人の男が現れた。
王太子ロランドである。
彼は今日も今日とて、無駄にキラキラしたオーラを撒き散らしていた。
「やあ、皆の者。カプリの話をしているのかな?」
「あっ、ロランド殿下!」
貴族たちが一斉に頭を下げる。
ロランドは満足げに頷き、窓の外(北の方角)を憂いを含んだ瞳で見つめた。
「ふっ……。カプリめ。今頃、北の寒空の下で泣いていることだろう」
彼は髪をかき上げ、自分に酔った声で続ける。
「俺は心を鬼にして彼女を追放した。だが、それも彼女のためなのだ。厳しい環境で己の罪を悔い改め、真実の愛(俺への愛)に目覚めることを願ってな」
「さすが殿下! お慈悲深いですわ!」
「罪人をただ処刑するのではなく、更生の機会を与えられるとは!」
取り巻きたちが称賛の声を上げる。
ロランドは「フフン」と鼻を鳴らした。
「実は先日、辺境から『定期報告書』が届いたのだ」
「まあ! なんと書いてあったのですか?」
「それが……あまりにも筆跡が乱れていて、解読が困難だった。おそらく、寒さで手がかじかみ、涙で目が霞んでいたのだろう」
ロランドは懐から一枚の羊皮紙を取り出した。
そこには、カプリの独特な(実験メモのような)走り書きがあった。
『毎日が爆発です! スライム最高! 旦那様の魔力は素晴らしい味です!』
どう見ても楽しんでいる内容だが、ロランドの脳内フィルターを通すとこうなる。
「見ろ。『毎日が爆発(のような苦しみ)です』『(冷たい牢獄の床が)スライム(のようにヌルヌルで)最悪』『旦那様の魔力(による拷問)は(血の)味がします』……と」
「ひぃっ!!」
「なんて悲惨な……!」
貴族のご婦人方が悲鳴を上げて卒倒しかけた。
「くっ……! カプリ、そこまで追い詰められていたとは……!」
ロランドは羊皮紙を強く握りしめた。
「彼女は俺に助けを求めているのだ。この乱れた文字は、SOSのサインに違いない! 『ロランド様、どうか愚かな私をお救いください』という心の叫びが聞こえるようだ!」
いや、聞こえません。
カプリの心の声は『もっと火薬が欲しい』一択である。
「あの、ロランド様……」
その時、ロランドの隣にいた聖女候補のミアが、恐る恐る口を開いた。
彼女の手には、同じく辺境から届いたカプリの手紙が握られている。
「カプリ様からは、別の手紙も届いていますよ? これには『温泉を掘り当てました。お肌がツルツルになります』と書いてありますけど……」
「なっ!?」
ロランドが目を見開く。
「温泉だと? 馬鹿な。あの極寒の地に温泉などあるはずがない。……ハッ! わかったぞ!」
「え? 何がですか?」
「これは暗号だ、ミア! 『温泉(のように熱い血の池)』『お肌がツルツル(になるほど皮を剥がされた)』という意味だ!」
「ええっ!? そ、そんな怖い意味なんですか!?」
ミアは青ざめて震え出した。
ロランドは彼女の肩を抱き寄せ、真剣な顔で頷く。
「間違いない。カプリは辺境伯の歪んだ性癖の犠牲になっているのだ。皮を剥いで喜ぶとは……やはり噂通りの化け物だな、グリム辺境伯は!」
完全に風評被害である。
今頃シリウス様がくしゃみをしていることだろう。
「許せん……! 元婚約者として、いや、この国の王子として、か弱い乙女が虐げられているのを見過ごすわけにはいかん!」
ロランドは拳を天に突き上げた。
サロンの空気が熱くなる。
「殿下、まさか……?」
「ああ。決めたぞ。……カプリを救出しに行く!」
「おおおーっ!」
貴族たちから拍手が巻き起こった。
まるで英雄の出陣式だ。
「建国記念パーティーが終わったら、俺自ら騎士団を率いて北へ向かう! そして悪逆非道の辺境伯を成敗し、カプリを王都へ連れ戻すのだ!」
「素敵ですわ殿下!」
「愛の力ですわね!」
ロランドは満足げに微笑んだ。
彼の頭の中では、すでに完璧なシナリオが出来上がっていた。
ボロボロになったカプリを見つけ出し。
魔王のような辺境伯を聖剣で倒し。
カプリが涙を流して「ロランド様、愛しています!」とすがりついてくる。
そして、自分は寛大な心で「許す」と言って抱きしめる──。
「待っていろカプリ。もうすぐ、この俺が迎えに行ってやるからな……!」
ロランドは陶酔した表情で、見当違いな方向(南)を見つめていた。
(北は逆である)。
◇
一方、その場にいた宰相の息子、アルフレッドだけは冷ややかな目でその様子を見ていた。
「(……報告書に同封されていた『辺境特産・精力増強剤』のカタログを見る限り、カプリ様はめちゃくちゃビジネスを楽しんでいるように見えるんだが……)」
彼は手元のカタログをパラパラとめくる。
そこには『最新式マッサージチェア・入荷待ち』『ワイバーンの革財布・大特価』などの文字が踊っている。
「(それに、辺境伯からの納税額が先月から急増している。……これは、下手に手を出さない方がいい案件だな)」
アルフレッドは賢明にも沈黙を守ることにした。
王子の暴走を止めるのは面倒だし、何よりカプリという爆弾が王都に帰ってくることの方が恐ろしいからだ。
「まあ、殿下が痛い目を見る分には、国の損害にはならんだろう」
彼はこっそりと、辺境伯領の『通販カタログ』に注文(肩こり解消グッズ)を書き込んだ。
こうして、王都では「カプリ悲劇のヒロイン説」がまことしやかに定着し、ロランド王子の「勘違い救出作戦」へのカウントダウンが始まったのであった。
カプリ本人がそれを知ったら、
「救出? 実験の邪魔をしに来るなら迎撃(爆撃)しますけど?」
と真顔で答えるであろうことは、まだ誰も知らない。
季節は冬の盛り。
王宮のサロンでは、貴族たちが暖炉を囲み、紅茶を片手に噂話に花を咲かせていた。
話題の中心は、もっぱら二ヶ月前に追放された「元・悪役令嬢」のことだ。
「……聞きましたか? カプリ様の噂」
派手な扇を持った伯爵夫人が、声を潜めて囁いた。
「ええ、聞きましたわ。北の辺境に送られてから、それはそれは酷い扱いを受けているとか……」
「なんでも、『人食い辺境伯』に毎日生き血を啜られているそうですわよ?」
「まあ! なんて恐ろしい!」
「地下牢に鎖で繋がれ、着る服もなく、カビの生えたパンと泥水をすすって生きているそうです」
「ああ、可哀想に……。自業自得とはいえ、あまりにも残酷ですわね」
貴族たちの想像力は豊かだ。
事実は「毎日ステーキを食べ、全自動マッサージ機でくつろぎ、温泉三昧」なのだが、王都の人間にとって北の辺境は「地獄」と同義語だった。
そこへ、カツカツと足音を響かせて一人の男が現れた。
王太子ロランドである。
彼は今日も今日とて、無駄にキラキラしたオーラを撒き散らしていた。
「やあ、皆の者。カプリの話をしているのかな?」
「あっ、ロランド殿下!」
貴族たちが一斉に頭を下げる。
ロランドは満足げに頷き、窓の外(北の方角)を憂いを含んだ瞳で見つめた。
「ふっ……。カプリめ。今頃、北の寒空の下で泣いていることだろう」
彼は髪をかき上げ、自分に酔った声で続ける。
「俺は心を鬼にして彼女を追放した。だが、それも彼女のためなのだ。厳しい環境で己の罪を悔い改め、真実の愛(俺への愛)に目覚めることを願ってな」
「さすが殿下! お慈悲深いですわ!」
「罪人をただ処刑するのではなく、更生の機会を与えられるとは!」
取り巻きたちが称賛の声を上げる。
ロランドは「フフン」と鼻を鳴らした。
「実は先日、辺境から『定期報告書』が届いたのだ」
「まあ! なんと書いてあったのですか?」
「それが……あまりにも筆跡が乱れていて、解読が困難だった。おそらく、寒さで手がかじかみ、涙で目が霞んでいたのだろう」
ロランドは懐から一枚の羊皮紙を取り出した。
そこには、カプリの独特な(実験メモのような)走り書きがあった。
『毎日が爆発です! スライム最高! 旦那様の魔力は素晴らしい味です!』
どう見ても楽しんでいる内容だが、ロランドの脳内フィルターを通すとこうなる。
「見ろ。『毎日が爆発(のような苦しみ)です』『(冷たい牢獄の床が)スライム(のようにヌルヌルで)最悪』『旦那様の魔力(による拷問)は(血の)味がします』……と」
「ひぃっ!!」
「なんて悲惨な……!」
貴族のご婦人方が悲鳴を上げて卒倒しかけた。
「くっ……! カプリ、そこまで追い詰められていたとは……!」
ロランドは羊皮紙を強く握りしめた。
「彼女は俺に助けを求めているのだ。この乱れた文字は、SOSのサインに違いない! 『ロランド様、どうか愚かな私をお救いください』という心の叫びが聞こえるようだ!」
いや、聞こえません。
カプリの心の声は『もっと火薬が欲しい』一択である。
「あの、ロランド様……」
その時、ロランドの隣にいた聖女候補のミアが、恐る恐る口を開いた。
彼女の手には、同じく辺境から届いたカプリの手紙が握られている。
「カプリ様からは、別の手紙も届いていますよ? これには『温泉を掘り当てました。お肌がツルツルになります』と書いてありますけど……」
「なっ!?」
ロランドが目を見開く。
「温泉だと? 馬鹿な。あの極寒の地に温泉などあるはずがない。……ハッ! わかったぞ!」
「え? 何がですか?」
「これは暗号だ、ミア! 『温泉(のように熱い血の池)』『お肌がツルツル(になるほど皮を剥がされた)』という意味だ!」
「ええっ!? そ、そんな怖い意味なんですか!?」
ミアは青ざめて震え出した。
ロランドは彼女の肩を抱き寄せ、真剣な顔で頷く。
「間違いない。カプリは辺境伯の歪んだ性癖の犠牲になっているのだ。皮を剥いで喜ぶとは……やはり噂通りの化け物だな、グリム辺境伯は!」
完全に風評被害である。
今頃シリウス様がくしゃみをしていることだろう。
「許せん……! 元婚約者として、いや、この国の王子として、か弱い乙女が虐げられているのを見過ごすわけにはいかん!」
ロランドは拳を天に突き上げた。
サロンの空気が熱くなる。
「殿下、まさか……?」
「ああ。決めたぞ。……カプリを救出しに行く!」
「おおおーっ!」
貴族たちから拍手が巻き起こった。
まるで英雄の出陣式だ。
「建国記念パーティーが終わったら、俺自ら騎士団を率いて北へ向かう! そして悪逆非道の辺境伯を成敗し、カプリを王都へ連れ戻すのだ!」
「素敵ですわ殿下!」
「愛の力ですわね!」
ロランドは満足げに微笑んだ。
彼の頭の中では、すでに完璧なシナリオが出来上がっていた。
ボロボロになったカプリを見つけ出し。
魔王のような辺境伯を聖剣で倒し。
カプリが涙を流して「ロランド様、愛しています!」とすがりついてくる。
そして、自分は寛大な心で「許す」と言って抱きしめる──。
「待っていろカプリ。もうすぐ、この俺が迎えに行ってやるからな……!」
ロランドは陶酔した表情で、見当違いな方向(南)を見つめていた。
(北は逆である)。
◇
一方、その場にいた宰相の息子、アルフレッドだけは冷ややかな目でその様子を見ていた。
「(……報告書に同封されていた『辺境特産・精力増強剤』のカタログを見る限り、カプリ様はめちゃくちゃビジネスを楽しんでいるように見えるんだが……)」
彼は手元のカタログをパラパラとめくる。
そこには『最新式マッサージチェア・入荷待ち』『ワイバーンの革財布・大特価』などの文字が踊っている。
「(それに、辺境伯からの納税額が先月から急増している。……これは、下手に手を出さない方がいい案件だな)」
アルフレッドは賢明にも沈黙を守ることにした。
王子の暴走を止めるのは面倒だし、何よりカプリという爆弾が王都に帰ってくることの方が恐ろしいからだ。
「まあ、殿下が痛い目を見る分には、国の損害にはならんだろう」
彼はこっそりと、辺境伯領の『通販カタログ』に注文(肩こり解消グッズ)を書き込んだ。
こうして、王都では「カプリ悲劇のヒロイン説」がまことしやかに定着し、ロランド王子の「勘違い救出作戦」へのカウントダウンが始まったのであった。
カプリ本人がそれを知ったら、
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