「貴様とは婚約破棄だ!」と殿下が仰るので「万歳!」と叫んで飛び出した!

恋の箱庭

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「……おい、カプリ。本当にその格好でいいのか?」

王宮の舞踏会場前。
扉が開く直前、正装したシリウス様が心配そうに私を見下ろした。

「もちろんですわ! これぞ私の最高傑作、『対魔術装甲ドレス・改』ですもの!」

私は胸を張った。
今日の私は、漆黒のシルクをベースに、要所要所を銀色のミスリル合金で補強した、アシンメトリーなゴシックドレスを身に纏っている。
スカートの裾からは歯車が覗き、背中には展開式の放熱フィン(リボンのような形状)を装備。
頭には宝石の代わりに、小型の魔力計を埋め込んだヘッドドレス。

王都の流行とは100年ほどズレている(進んでいる)が、機能美としては完璧だ。

「まあ、君が気に入っているならいいが……。武器に見えなくもないぞ」

「武器(内蔵型)です」

「否定してくれ!」

ギギギ……。
重厚な扉がゆっくりと開かれた。

「グリム辺境伯、ならびにカプリ夫人、ご入場ーッ!」

衛兵の声が響き渡ると同時に、私たちは光溢れる会場へと足を踏み入れた。

ザワッ……。
会場中の視線が突き刺さる。

「見ろ……あれが……」
「黒い……なんて禍々しいドレスだ……」
「隣の辺境伯、目が合っただけで石になりそうだぞ」

恐怖と好奇の視線。
しかし、シリウス様は慣れたもので、無表情(極度の緊張で顔が強張っているだけ)で堂々と歩を進める。
私も彼に寄り添い、優雅に微笑んだ。

「空気が美味しいですわね、旦那様(魔力濃度が高いわ)」

「緊張感で胃が痛い……」

私たちが会場の中央に進んだ、その時だった。

「待っていたぞ、カプリ!」

よく通る、芝居がかった声が響いた。
人垣が割れ、そこから現れたのは、金髪をなびかせた王太子、ロランド殿下だった。
その隣には、聖女候補のミア様が申し訳なさそうに縮こまっている。

「……ロランド殿下」

シリウス様がピクリと眉を動かし、私を背に隠そうとする。
しかし、ロランド殿下はそれを制し、哀れむような目で私を見た。

「ふっ……。変わり果てたな、カプリ」

「はい?」

私は首を傾げた。

「強がるな。そのドレス……いや、その鉄屑を見ればわかる」

殿下は私のドレスのミスリル装飾を指差した。

「金がないあまり、廃材をドレスに縫い付けてくるとは……。辺境での生活がいかに困窮しているか、痛いほど伝わってくるぞ」

「(……廃材? これ、国宝級の純度を誇る『精霊銀』ですけど?)」

私が口を開きかけると、殿下はさらに言葉を重ねた。

「それに、その顔色。化粧で隠してはいるが、やつれているのがわかる。毎日泣き暮らしていたのだろう?」

「(……いえ、昨晩徹夜で『自動追尾フォーク』を開発していたから寝不足なだけです)」

「だが、安心しろ。俺は寛大だ」

ロランド殿下は、会場中の注目を集めるように両手を広げた。

「カプリよ。辺境での苦しみは、十分な罰となったはずだ。俺は、お前の謝罪を受け入れよう。今ここで土下座し、俺への愛を叫ぶならば……特別に王都への帰還を許してやってもいいぞ!」

会場が静まり返った。
誰もが固唾を呑んで、私の反応を待っている。
元婚約者に捨てられ、辺境で虐げられた(と思われている)令嬢が、慈悲深い王子に許しを乞う感動のシーン。
それが彼らの期待するシナリオだ。

しかし。

くんくん。

私は鼻をひくつかせた。

(……この匂い……!)

私の嗅覚センサーが、ある一点を捉えた。
ロランド殿下の背後。
パーティー会場の奥にある、立食用のビュッフェテーブル。
そこに置かれた大皿から漂う、芳醇でスパイシーな香り。

(あれは……『ファイアドラゴンのテリーヌ』!? しかも香草に『マンドラゴラの葉』を使っているわ! なんて贅沢な実験……じゃなくて料理!)

私の意識は、完全に目の前の王子を素通りして、テリーヌへとロックオンされた。

「……おい、カプリ? 聞いているのか?」

殿下が訝しげに顔を覗き込んでくる。
私は彼の手をパシッと払いのけた。

「退いてくださいまし。邪魔です」

「は?」

「旦那様! あそこ! あそこを見てください!」

私はシリウス様の腕をグイグイと引っ張った。

「あそこに『研究対象』があります! 早く確保しないと、他の誰かに食べられてしまいますわ!」

「え、研究対象? どこだ?」

「あっちです! ロランド殿下の後ろにある、あのお肉です!」

私はドレスの裾を翻し、殿下の横を風のようにすり抜けた。
その際、ドレスの放熱フィンが殿下の顔をペチッと掠めた。

「ぶっ!?」

「ああっ、待ってください私のテリーヌちゃーん!」

私はビュッフェテーブルへと一直線に突撃した。
周囲の貴族たちが「うわっ」と道を開ける。

「……え?」

取り残されたロランド殿下は、頬を押さえたまま呆然と立ち尽くしていた。
土下座は?
愛の告白は?
涙の再会は?

「カ、カプリ!? 待て! 俺だぞ!? ロランドだぞ!?」

殿下が慌てて振り返る。
しかし、私はすでにテーブルの前で、皿に山盛りの料理を確保し、恍惚の表情を浮かべていた。

「んん~っ! このマンドラゴラの痺れるような刺激! 舌が麻痺して味がよくわかりませんけど、魔力回復効果は抜群ですわ!」

「……カプリ、お前……」

シリウス様が追いついてきて、苦笑しながら私の背中に手を添えた。

「王子の言葉、完全に無視だったな」

「え? 何か仰っていました? 雑音かと思いましたわ」

私はモグモグとテリーヌを頬張りながら答える。
その声は、静まり返った会場によく響いた。

「ざ、雑音……だと……?」

ロランド殿下の顔が、みるみるうちに真っ赤に染まっていく。
プライドの高い彼にとって、罵倒されるよりも屈辱的なこと。
それは「無視されること」だ。

「き、貴様ぁぁぁ!! この俺を無視して、飯を食うとは何事だ!!」

殿下がツカツカと歩み寄り、私の肩を掴もうとした。

ガシッ。

その手は、私に届く前に止められた。
シリウス様が、殿下の手首を鋼鉄のような握力で掴んでいたのだ。

「……私の妻に、気安く触れないでいただきたい」

低い、地獄の底から響くような声。
シリウス様の赤い瞳が、ギラリと光った。
その瞬間、殿下の顔色が青を通り越して白になった。

「ひっ……!」

「彼女は食事中だ。貴殿の戯言に付き合っている暇はない。……失せろ」

シリウス様が軽く手を払うと、殿下はよろめいて尻餅をついた。

「ろ、ロランド様!」

ミア様が駆け寄る。
会場中が凍りついた。
王族に対して、この態度。
不敬罪どころの騒ぎではない。

しかし、シリウス様は私に向き直ると、優しくナプキンで私の口元を拭いてくれた。

「……美味いか?」

「はい! 最高です! あ、旦那様もあっちの『クラーケンのカルパッチョ』を食べてみてください! 吸盤が舌に張り付いて面白いですよ!」

「嫌だよそんな料理!」

私たちは周囲の空気など完全に無視して、二人だけの世界(食レポ)に入った。
床に座り込んだロランド殿下は、屈辱に震えながら私たちを睨みつけていた。

「おのれ……おのれぇぇ……! カプリ、そしてグリム辺境伯……! ただで済むと思うなよ……!」

彼の瞳に、危険な光が宿るのを、テリーヌに夢中な私はまだ気づいていなかった。
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