「貴様とは婚約破棄だ!」と殿下が仰るので「万歳!」と叫んで飛び出した!

恋の箱庭

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「ほら、お口を開けてください、ルビィ! あーん!」

「ギャオ!」

グリム城の中庭。
私は、生まれたばかりのエンシェント・ドラゴン──名付けて『ルビィ』(瞳が赤いから)に、特製の離乳食(魔獣の干し肉をペースト状にしたもの)を与えていた。

ルビィは私の手からスプーンごとバクッと食べた。
スプーンはミスリル製なので噛み砕かれることはないが、凄まじい顎の力だ。

「よしよし、いい食べっぷりですわ! これならすぐに人を乗せて飛べるようになりますね!」

「……カプリ。そいつ、また大きくなってないか?」

背後から、シリウス様がげっそりした顔で現れた。
彼の手には包帯が巻かれている。
昨日の「お手」の訓練中に、ルビィに指を甘噛みされた名誉の負傷だ。

「ええ、成長期ですから! 一日で体長が10センチずつ伸びていますの。このペースなら、来月には牛一頭を丸呑みできますわ!」

「食費が……。我が家のエンゲル係数が爆上がりしているんだが」

シリウス様はため息をつきつつも、ルビィの頭を撫でようと手を伸ばした。
するとルビィは、赤い瞳を細めて「キュ~」と鳴き、シリウス様の手に頭を擦り付けた。

「おや? 今日は噛まないのですね」

「……昨晩、こっそり添い寝をしてやったからな」

「まあ! 抜け駆けですか旦那様!」

「お前が実験室に籠もって帰ってこないからだろ! 寂しがって泣くから、仕方なく……」

シリウス様は顔を背けたが、その耳は赤い。
どうやらこの『強面パパ』、すっかり親バカになりつつあるようだ。
最初は「噛まれる」「怖い」と言っていたが、最近ではルビィのためにおもちゃ(巨大な骨)を自作したり、専用のブラッシング用ブラシを発注したりしている。

「ふふ、ルビィもパパのことが大好きなのね~」

「パパはやめろと言っているだろう。教育に悪い」

「あら、じゃあなんて呼ばせますの? 『閣下』?」

「……『シリウス』でいい」

シリウス様は照れくさそうにルビィの顎の下を撫でた。
ルビィは気持ちよさそうに目を細め、尻尾をパタパタと振っている。
その尻尾がシリウス様の脛にバシバシ当たっているが、彼は痛いのを我慢して微笑んでいる。

(……平和だわ)

私はその光景を見て、ほっこりと胸を温かくした。
王都での騒乱が嘘のような、穏やかな日常。
爆発音とドラゴンの鳴き声がBGMだが、これが私たちの「普通」だ。

「そうだ、カプリ。王都から手紙が届いていたぞ」

シリウス様が懐から封筒を取り出した。
差出人は、ミア様だ。

『カプリ様へ! ファンクラブ会報Vol.3が完成しました! 今回は「カプリ様の爆発魔法特集」です! それと、例のロランド元王子ですが、修道院で熱心に野菜作り(特にカボチャ)に励んでいるそうです。髪はまだ生えてきませんが、心は清らかになったみたいですよ』

「あら、カボチャ作り。似合いそうですわね」

私はクスクスと笑った。
あのナルシスト王子が、泥まみれになって畑を耕している姿を想像すると、少しだけ応援したくなる。

「それよりカプリ。……話があるんだ」

シリウス様が手紙をしまい、少し改まった表情になった。

「はい、何でしょう? 新しい実験器具の予算申請なら、昨日通していただきましたけど?」

「違う。……これからのことだ」

彼はルビィの頭を撫でる手を止め、私に向き直った。

「俺たちは、この辺境で生きていく。君はそれで、本当に幸せか?」

「え?」

「王都にいれば、もっと最新の設備で研究ができるかもしれない。宮廷魔導師としての道もあったはずだ。……俺のような『人食い』の妻で、本当に後悔していないか?」

シリウス様は、まだどこかで気にしていたのだろうか。
自分が私を縛り付けているのではないかと。

私はスプーンを置き、彼の前に立った。
そして、包帯の巻かれた彼の手を、両手で包み込んだ。

「旦那様。……私の計算能力を舐めないでください」

「計算?」

「ええ。私がここで得ている『幸福値』を計算してみましたの。毎日の爆発実験によるストレス発散、ドラゴン飼育による知的好奇心の充足、そして何より……」

私は少し背伸びをして、彼の頬にキスをした。
不意打ちに、シリウス様が目を見開く。

「愛する旦那様と過ごす時間による精神的安定。これらを合計すると、王都での生活の5000倍の数値が算出されました。つまり、ここ以外に私の居場所はありません」

「カプリ……」

「それに、私にはまだやりたい実験が山ほどありますもの! 『ドラゴンライダー』になって空を飛ぶこと、温泉テーマパークを作ること、それから……」

私は少し悪戯っぽく笑って、自身のお腹に手を当てた。

「……新しい『家族』の準備も、そろそろ始めないといけませんしね?」

「……へ?」

シリウス様がポカンとした。

「か、家族って……ルビィの弟か妹を拾ってくるつもりか?」

「違いますわ、鈍感な旦那様。……人間の、子供です」

「…………!!」

シリウス様の顔が、みるみるうちに赤くなり、そして感極まったように歪んだ。

「そ、それって……まさか……?」

「まだ『予感』ですけどね。私の直感はよく当たりますのよ?」

私はウインクした。
実際、最近少し体調の変化を感じている。
魔力の波長が変わったような、不思議な感覚。

「カプリッ!!」

シリウス様は私を力強く抱きしめた。
ルビィが「ギャオ!(僕も混ぜろ!)」と飛びついてきて、私たちは三人(?)で団子状態になった。

「ありがとう……。ありがとう、カプリ……!」

「気が早いですわよ、旦那様。まだ確定じゃありませんから」

「それでも嬉しいんだ! ……ああ、どうしよう。子供部屋を作らないと。いや、その前に城の角を丸く削って安全対策を……」

早くもパニックになりかけているシリウス様を見て、私は声を上げて笑った。

この先、どんな未来が待っているのか。
きっと、騒がしくて、大変で、爆発まみれの日々だろう。
でも、この人と一緒なら。
そして、この温かい家族と一緒なら。
どんな実験(トラブル)も、きっと最高の結果(ハッピーエンド)にできるはずだ。

「……さて、ルビィ。パパが泣き虫だから、貴方がしっかりするのよ?」

「ギャオ!」

頼もしい返事を聞きながら、私は北の空を見上げた。
澄み渡る青空が、どこまでも続いていた。
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