婚約破棄で純愛アップデート、偽装婚約から真実の婚約へ

恋の箱庭

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セドリック殿下が騎士たちによって物理的に「排除」された後、執務室には平穏が戻った……はずでした。
しかし、わたくしの目の前に座るヴィンセント殿下は、何やら真剣な面持ちで顎に手を当てております。

「……リーマ。先ほどのセドリックの様子を見るに、これからもあのような『資源の無駄遣い』が繰り返される可能性が高いね」

「認めざるを得ませんわね。彼は一度思い込むと、周囲の状況を無視して突進する、制御不能な重機のような性格ですから。……わたくしの業務効率を著しく低下させるバグそのものですわ」

わたくしが渋い顔で答えると、ヴィンセント殿下はニヤリと、何かを企む時の悪い笑みを浮かべました。

「そこで提案なんだが、リーマ。……俺と『婚約』しないかい?」

わたくしは、手に持っていた羽ペンを危うく落としそうになりました。
心拍数が一気に跳ね上がりましたが、わたくしはそれを「不測の事態に対する脳の防衛反応」であると定義し、冷静に聞き返しました。

「……殿下。冗談でしたら、あまりにもセンスがございませんわ。わたくし、先ほども申し上げた通り、不採算な恋愛事業からは撤退したばかりですの」

「いや、本気だよ。……もちろん、『偽装』としての婚約だ。君は俺の婚約者という公的な盾を手に入れる。そうすれば、セドリックも、君を狙う他国のスカウトも、手出しはできなくなる。……外交上の『不可侵条約』を結ぶようなものだと思えばいい」

偽装婚約。
わたくしは脳内の算盤を弾き始めました。
メリット:セドリック殿下からの物理的・精神的接触の遮断、隣国での社会的地位の確立、ヴィンセント殿下の権限による資料アクセス権の拡大。
デメリット:プライベートの制限、将来的な「婚約破棄」の際のリスク……。

「……なるほど。合理的なリスクヘッジ(危機管理)ですわね。……ですが、殿下。……偽装であっても、婚約となれば周囲の目が変わりますわ。……わたくしがあなたの婚約者として振る舞うことによる『役務提供』の対価、および演技に伴う精神的負荷への報酬……。これらを含めた『業務提携契約書』を作成させていただきますわよ?」

「ははは! 期待通りの反応だ、リーマ。……契約書でも何でも作るといい。……俺のすべてを、君との契約という鎖で繋いでくれて構わないよ」

ヴィンセント殿下はそう言うと、わたくしのデスクに身を乗り出し、至近距離でわたくしの瞳を覗き込みました。
……不合理です。
「偽装」であるはずなのに、なぜ彼の瞳には、計算式では説明できないほどの熱量が含まれているのでしょう。

「……分かりました。では、第一条:公衆の前では円満な婚約者を演じること。第ニ条:身体的接触は、社会的通念上必要とされる最低限の範囲に留めること。……そして第三条、殿下の個人的な『愛の囁き』は、業務外の雑音として処理させていただきますわ」

「三条については、異議を申し立てたいな。……俺の囁きは、君のモチベーションを維持するための『福利厚生』だと思ってくれないかい?」

「却下です。……わたくしのモチベーションは、正確な数字と適正な報酬、そして休日の静寂によってのみ維持されますの」

わたくしは赤くなった顔を書類で隠し、すぐさま契約書の草案を書き始めました。
偽装。ええ、これはあくまで業務の一部。
わたくしを付け狙う不合理な存在から身を守るための、最も効率的な手段。

「……よし、決まりだ。今日から俺たちは、世界で最も『ビジネスライク』で、そして……」

ヴィンセント殿下が、わたくしの手からペンを奪い取り、その代わりにわたくしの指を優しく絡めました。

「……世界で最も『お熱い』婚約者同士だ」

「……。殿下、その台詞、演技力が過剰ですわ。……修正を求めます」

「いいや、これは本番へのリハーサルだよ。……さあ、婚約者様。……最初のお仕事は、今夜の晩餐会で俺の隣を独占することだ」

わたくしの人生の貸借対照表に、またしても「不明瞭な勘定科目」が追加されました。
『偽装婚約:資産か、それとも将来的な巨大負債か』。
その答えを出すには、わたくしの誇る高度な分析能力をもってしても、かなりの時間が必要になりそうですわ。

こうして、わたくしリーマ・フォルテシモは、二度目の「婚約」という名の、最も危険で刺激的な戦場へと足を踏み入れたのでした。
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