15 / 28
15
「……お嬢様。セドリック殿下が、ついにトチ狂……いえ、大層な決意をされたようです」
朝の支度中、アンが鏡越しに淡々と報告してきました。
「あら、殿下が? またアリ入りの紅茶に耐性がついたとかかしら?」
「いいえ。……失った愛(お嬢様)を取り戻すには、真の勇者になるしかないと仰って、王家に伝わる『試練の洞窟』へ聖剣を抜きに行かれました」
試練の洞窟……。それを聞いた瞬間、私の手にしていた口紅がピキリと音を立てました。
「……アン。あそこの洞窟、私が十歳の頃に『殿下が迷い込んでも怪我をしないように』と、内装を全面的にリフォーム(魔改造)した場所ではありませんこと?」
「その通りです。お嬢様が、毒蛇を一掃し、落とし穴の底に高級クッションを敷き詰め、さらには襲いかかるゴーレムのプログラムを『殿下を優しく抱擁する』ように書き換えた、あの思い出の地です」
「大変ですわ! あそこのゴーレム、抱擁の力が強すぎて、今の軟弱な殿下では骨を折られてしまいますわ!」
私は慌てて、淑女の装い……の皮を被った、高機動型ドレスに着替えました。
一方、試練の洞窟。セドリック殿下は、ルルネさんを連れて震えながら奥へと進んでいました。
「見ていろ、ルルネ! 私が聖剣を抜けば、ノワールも私の勇姿に再び惚れ直すに違いない!」
「殿下、あそこに何か……岩のようなものが動いていますわ! あれが噂のガーディアン……!?」
暗闇から現れたのは、巨大な岩石の巨人(ゴーレム)でした。本来なら侵入者を粉砕する恐怖の存在ですが……。
『対象、確認。セドリック様……。……アイ、シテ、イマス』
ゴーレムは不気味な低音を発しながら、両腕を大きく広げて殿下に迫りました。
「な、なんだ!? アイシテマスだと!? ひ、ひぃぃぃ! 抱きしめようとしてくるぞ! 圧力が、圧力が凄まじい!」
「殿下、逃げて! あのゴーレム、目がハートマークになっていますわ!」
殿下が逃げ惑うその背後から、私は天井の岩肌を蹴って颯爽と現れました。
「そこまでですわ、ゴロー(第5号)! 殿下の脊椎を折る愛は、今の彼にはまだ早すぎます!」
私は空中で反転し、ゴーレムの急所である魔石の隣に、そっと「メンテナンス用」の銀針を刺しました。
『……停止。……オヤスミ、ナサイ』
ゴーレムが大人しく座り込むと、私は殿下の前に優雅に(?)着地しました。
「ノ、ノワール!? なぜ貴様がここに!? まさか、私の冒険を邪魔しに来たのか!」
「お言葉ですが殿下。あちらの落とし穴の底を見てくださいな。……私が敷いたマシュマロ・クッション、賞味期限が切れて硬くなっておりますわ。今落ちれば、全治三ヶ月ですわよ」
「マ、マシュマロ!? 貴様、この神聖な洞窟を何を思って……!」
「すべては殿下の安全のため(愛)ですわ。……ですが、今の私はもう貴方の専属ガーディアンではありません。……ねえ、カイン卿?」
影から音もなく現れたカイン卿が、私の腰をそっと抱き寄せました。
「……ああ。……殿下、この洞窟の罠を解除していたのは、すべてノワール嬢の個人的な献身だった。……貴方が『自分の実力』だと思っていた試練は、彼女の『過保護』という名の愛に守られていただけなのです」
「そ、そんな馬鹿な……。私は、自分の力でここまで……」
「……殿下。あそこにある聖剣も見てください」
カイン卿が指差した先。台座に刺さった聖剣の周囲には、なぜか『セドリック様用:指紋認証解除済み』という付箋が貼られていました。
「……ノワール、貴様……。聖剣のセキュリティまで……」
「殿下の握力では、普通に抜くのは無理だと思いましたので。……魔法で少しだけ、台座をバターのように柔らかくしておきましたわ」
セドリック殿下は、その場に膝をつきました。
自分の勇気も、冒険も、すべてが元婚約者の「重すぎる管理下」にあったことを思い知らされたのです。
「……うわぁぁぁん! 私の人生、ノワールの手のひらの上じゃないか! どこまで私を甘やかしていたんだ、貴様はぁ!」
「あら殿下。……それ、当時は『完璧なサポート』だと自負しておりましたのよ?」
私はくすくすと笑い、カイン卿の肩に頭を預けました。
「……行きましょう、カイン卿。……ここにはもう、私が守るべきものは残っていませんわ」
「……ああ。……これからは、私を甘やかしてくれ、ノワール。……私は殿下のように、君の愛から逃げたりはしない」
カイン卿の熱い眼差しに、私は幸せを噛み締めました。
背後では、ルルネさんが「付箋付きの聖剣、めちゃくちゃエモいですわー!」と叫びながら、台座のバターを舐めようとして殿下に止められていました。
殿下の「自分探し」は、またしても私の「愛の残骸」によって、無残なコメディへと昇華されてしまったのでした。
朝の支度中、アンが鏡越しに淡々と報告してきました。
「あら、殿下が? またアリ入りの紅茶に耐性がついたとかかしら?」
「いいえ。……失った愛(お嬢様)を取り戻すには、真の勇者になるしかないと仰って、王家に伝わる『試練の洞窟』へ聖剣を抜きに行かれました」
試練の洞窟……。それを聞いた瞬間、私の手にしていた口紅がピキリと音を立てました。
「……アン。あそこの洞窟、私が十歳の頃に『殿下が迷い込んでも怪我をしないように』と、内装を全面的にリフォーム(魔改造)した場所ではありませんこと?」
「その通りです。お嬢様が、毒蛇を一掃し、落とし穴の底に高級クッションを敷き詰め、さらには襲いかかるゴーレムのプログラムを『殿下を優しく抱擁する』ように書き換えた、あの思い出の地です」
「大変ですわ! あそこのゴーレム、抱擁の力が強すぎて、今の軟弱な殿下では骨を折られてしまいますわ!」
私は慌てて、淑女の装い……の皮を被った、高機動型ドレスに着替えました。
一方、試練の洞窟。セドリック殿下は、ルルネさんを連れて震えながら奥へと進んでいました。
「見ていろ、ルルネ! 私が聖剣を抜けば、ノワールも私の勇姿に再び惚れ直すに違いない!」
「殿下、あそこに何か……岩のようなものが動いていますわ! あれが噂のガーディアン……!?」
暗闇から現れたのは、巨大な岩石の巨人(ゴーレム)でした。本来なら侵入者を粉砕する恐怖の存在ですが……。
『対象、確認。セドリック様……。……アイ、シテ、イマス』
ゴーレムは不気味な低音を発しながら、両腕を大きく広げて殿下に迫りました。
「な、なんだ!? アイシテマスだと!? ひ、ひぃぃぃ! 抱きしめようとしてくるぞ! 圧力が、圧力が凄まじい!」
「殿下、逃げて! あのゴーレム、目がハートマークになっていますわ!」
殿下が逃げ惑うその背後から、私は天井の岩肌を蹴って颯爽と現れました。
「そこまでですわ、ゴロー(第5号)! 殿下の脊椎を折る愛は、今の彼にはまだ早すぎます!」
私は空中で反転し、ゴーレムの急所である魔石の隣に、そっと「メンテナンス用」の銀針を刺しました。
『……停止。……オヤスミ、ナサイ』
ゴーレムが大人しく座り込むと、私は殿下の前に優雅に(?)着地しました。
「ノ、ノワール!? なぜ貴様がここに!? まさか、私の冒険を邪魔しに来たのか!」
「お言葉ですが殿下。あちらの落とし穴の底を見てくださいな。……私が敷いたマシュマロ・クッション、賞味期限が切れて硬くなっておりますわ。今落ちれば、全治三ヶ月ですわよ」
「マ、マシュマロ!? 貴様、この神聖な洞窟を何を思って……!」
「すべては殿下の安全のため(愛)ですわ。……ですが、今の私はもう貴方の専属ガーディアンではありません。……ねえ、カイン卿?」
影から音もなく現れたカイン卿が、私の腰をそっと抱き寄せました。
「……ああ。……殿下、この洞窟の罠を解除していたのは、すべてノワール嬢の個人的な献身だった。……貴方が『自分の実力』だと思っていた試練は、彼女の『過保護』という名の愛に守られていただけなのです」
「そ、そんな馬鹿な……。私は、自分の力でここまで……」
「……殿下。あそこにある聖剣も見てください」
カイン卿が指差した先。台座に刺さった聖剣の周囲には、なぜか『セドリック様用:指紋認証解除済み』という付箋が貼られていました。
「……ノワール、貴様……。聖剣のセキュリティまで……」
「殿下の握力では、普通に抜くのは無理だと思いましたので。……魔法で少しだけ、台座をバターのように柔らかくしておきましたわ」
セドリック殿下は、その場に膝をつきました。
自分の勇気も、冒険も、すべてが元婚約者の「重すぎる管理下」にあったことを思い知らされたのです。
「……うわぁぁぁん! 私の人生、ノワールの手のひらの上じゃないか! どこまで私を甘やかしていたんだ、貴様はぁ!」
「あら殿下。……それ、当時は『完璧なサポート』だと自負しておりましたのよ?」
私はくすくすと笑い、カイン卿の肩に頭を預けました。
「……行きましょう、カイン卿。……ここにはもう、私が守るべきものは残っていませんわ」
「……ああ。……これからは、私を甘やかしてくれ、ノワール。……私は殿下のように、君の愛から逃げたりはしない」
カイン卿の熱い眼差しに、私は幸せを噛み締めました。
背後では、ルルネさんが「付箋付きの聖剣、めちゃくちゃエモいですわー!」と叫びながら、台座のバターを舐めようとして殿下に止められていました。
殿下の「自分探し」は、またしても私の「愛の残骸」によって、無残なコメディへと昇華されてしまったのでした。
あなたにおすすめの小説
悪役令嬢にされたので婚約破棄を受け入れたら、なぜか全員困っています
かきんとう
恋愛
王城の大広間は、いつも以上に華やいでいた。
磨き上げられた床は燭台の光を反射し、色とりどりのドレスが揺れるたびに、まるで花畑が動いているかのように見える。貴族たちの笑い声、楽団の優雅な旋律、そして、ひそやかな噂話が、空気を満たしていた。
その中心に、私は立っていた。
――今日、この瞬間のために。
「エレノア・フォン・リーベルト嬢」
高らかに呼ばれた私の名に、ざわめきがぴたりと止む。
「通訳など辞書で足りる」と追放された令嬢——三国会談で、婚約者は一言も話せなくなった
歩人
ファンタジー
宮廷通訳官エレノーラは五つの言語を操り、婚約者クラウスの外交を陰で支えてきた。
だがクラウスは言った。「通訳など辞書で足りる。お前は要らない」
追放されたエレノーラは隣国で新たな道を歩み始める。
一方、クラウスは三国会談の場で辞書片手に立ち往生。
誤訳が外交問題に発展し、窮地に陥ったその場に、隣国の通訳官として現れたのは——。
「その言葉は、もう翻訳できません」
追放された宮廷花師が辺境の荒野に花を咲かせたら、王都の庭園だけが枯れ続けているようです
歩人
ファンタジー
「花を飾るだけの令嬢は不要だ」——王城の庭園を十年守った伯爵令嬢フローラは追放された。
翌月、王城の庭園が一夜にして枯れ果てる。さらに隣国への外交花束を用意できず国際問題に——
フローラの花束に込められた花言葉が、実は外交メッセージそのものだったのだ。
一方、辺境の荒野に降り立ったフローラが地面に触れると花が芽吹き始める。
荒野を花畑に変えていくスローライフの中で、花の感情が色で見える加護が目覚めて——。
妹に初恋を奪われ追放された王女、私を捨てた騎士がなぜか二度恋してきます〜迷宮の通信機で再会したら執着が重すぎる〜
唯崎りいち
恋愛
妹を刺した――。
身に覚えのない罪で、迷宮へ捨てられた王女の私。
絶望の中で拾ったのは、スマホに似た『未知の魔導具』だった。
繋がった相手は、見知らぬ「名もなき騎士」。
孤独を癒やしてくれる彼に、私は正体を知らないまま惹かれていく。
「君のためなら、国にだって逆らう」
けれど、再会した彼の正体は……?
「国だって滅ぼす。それくらいの覚悟でここに来たんだ」
通信機から始まる、二度目の初恋と逆転ざまぁ。
報われなかった姫君に、弔いの白い薔薇の花束を
さくたろう
恋愛
その国の王妃を決める舞踏会に招かれたロザリー・ベルトレードは、自分が当時の王子、そうして現王アルフォンスの婚約者であり、不遇の死を遂げた姫オフィーリアであったという前世を思い出す。
少しずつ蘇るオフィーリアの記憶に翻弄されながらも、17年前から今世まで続く因縁に、ロザリーは絡め取られていく。一方でアルフォンスもロザリーの存在から目が離せなくなり、やがて二人は再び惹かれ合うようになるが――。
20話です。小説家になろう様でも公開中です。
すみっこ婚約破棄同盟〜王子様による婚約破棄のすみっこで〜
まりー
恋愛
ある夜会で王子とその側近達の婚約破棄が行われた。腕に恋人をぶら下げて。所謂、王道断罪劇である。
でもこのお話の主役は麗しのヒロインでも、キラキラ王子でも、学園一の秀才や騎士団期待のホープでもない。これは王道のすみっこで行われた、弱小貴族と商人の子息たちの婚約破棄のお話である。
_ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _
「もう俺ら、恋なんてしない!」と言う小学生の息子の話を参考に書きました。登場人物の男子たちの頭は小学生レベルだと思って読んでください。
王太子妃に興味はないのに
采
ファンタジー
眉目秀麗で芸術的才能もある第一王子に比べ、内気で冴えない第二王子に嫁いだアイリス。周囲にはその立場を憐れまれ、第一王子妃には冷たく当たられる。しかし誰に何と言われようとも、アイリスには関係ない。アイリスのすべきことはただ一つ、第二王子を支えることだけ。
その結果誰もが羨む王太子妃という立場になろうとも、彼女は何も変わらない。王太子妃に興味はないのだ。アイリスが興味があるものは、ただ一つだけ。