愛が重すぎると言われまして。婚約破棄された悪役令嬢。

恋の箱庭

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「……お嬢様。セドリック殿下が、ついにトチ狂……いえ、大層な決意をされたようです」


 朝の支度中、アンが鏡越しに淡々と報告してきました。


「あら、殿下が? またアリ入りの紅茶に耐性がついたとかかしら?」


「いいえ。……失った愛(お嬢様)を取り戻すには、真の勇者になるしかないと仰って、王家に伝わる『試練の洞窟』へ聖剣を抜きに行かれました」


 試練の洞窟……。それを聞いた瞬間、私の手にしていた口紅がピキリと音を立てました。


「……アン。あそこの洞窟、私が十歳の頃に『殿下が迷い込んでも怪我をしないように』と、内装を全面的にリフォーム(魔改造)した場所ではありませんこと?」


「その通りです。お嬢様が、毒蛇を一掃し、落とし穴の底に高級クッションを敷き詰め、さらには襲いかかるゴーレムのプログラムを『殿下を優しく抱擁する』ように書き換えた、あの思い出の地です」


「大変ですわ! あそこのゴーレム、抱擁の力が強すぎて、今の軟弱な殿下では骨を折られてしまいますわ!」


 私は慌てて、淑女の装い……の皮を被った、高機動型ドレスに着替えました。


 一方、試練の洞窟。セドリック殿下は、ルルネさんを連れて震えながら奥へと進んでいました。


「見ていろ、ルルネ! 私が聖剣を抜けば、ノワールも私の勇姿に再び惚れ直すに違いない!」


「殿下、あそこに何か……岩のようなものが動いていますわ! あれが噂のガーディアン……!?」


 暗闇から現れたのは、巨大な岩石の巨人(ゴーレム)でした。本来なら侵入者を粉砕する恐怖の存在ですが……。


『対象、確認。セドリック様……。……アイ、シテ、イマス』


 ゴーレムは不気味な低音を発しながら、両腕を大きく広げて殿下に迫りました。


「な、なんだ!? アイシテマスだと!? ひ、ひぃぃぃ! 抱きしめようとしてくるぞ! 圧力が、圧力が凄まじい!」


「殿下、逃げて! あのゴーレム、目がハートマークになっていますわ!」


 殿下が逃げ惑うその背後から、私は天井の岩肌を蹴って颯爽と現れました。


「そこまでですわ、ゴロー(第5号)! 殿下の脊椎を折る愛は、今の彼にはまだ早すぎます!」


 私は空中で反転し、ゴーレムの急所である魔石の隣に、そっと「メンテナンス用」の銀針を刺しました。


『……停止。……オヤスミ、ナサイ』


 ゴーレムが大人しく座り込むと、私は殿下の前に優雅に(?)着地しました。


「ノ、ノワール!? なぜ貴様がここに!? まさか、私の冒険を邪魔しに来たのか!」


「お言葉ですが殿下。あちらの落とし穴の底を見てくださいな。……私が敷いたマシュマロ・クッション、賞味期限が切れて硬くなっておりますわ。今落ちれば、全治三ヶ月ですわよ」


「マ、マシュマロ!? 貴様、この神聖な洞窟を何を思って……!」


「すべては殿下の安全のため(愛)ですわ。……ですが、今の私はもう貴方の専属ガーディアンではありません。……ねえ、カイン卿?」


 影から音もなく現れたカイン卿が、私の腰をそっと抱き寄せました。


「……ああ。……殿下、この洞窟の罠を解除していたのは、すべてノワール嬢の個人的な献身だった。……貴方が『自分の実力』だと思っていた試練は、彼女の『過保護』という名の愛に守られていただけなのです」


「そ、そんな馬鹿な……。私は、自分の力でここまで……」


「……殿下。あそこにある聖剣も見てください」


 カイン卿が指差した先。台座に刺さった聖剣の周囲には、なぜか『セドリック様用:指紋認証解除済み』という付箋が貼られていました。


「……ノワール、貴様……。聖剣のセキュリティまで……」


「殿下の握力では、普通に抜くのは無理だと思いましたので。……魔法で少しだけ、台座をバターのように柔らかくしておきましたわ」


 セドリック殿下は、その場に膝をつきました。

 自分の勇気も、冒険も、すべてが元婚約者の「重すぎる管理下」にあったことを思い知らされたのです。


「……うわぁぁぁん! 私の人生、ノワールの手のひらの上じゃないか! どこまで私を甘やかしていたんだ、貴様はぁ!」


「あら殿下。……それ、当時は『完璧なサポート』だと自負しておりましたのよ?」


 私はくすくすと笑い、カイン卿の肩に頭を預けました。


「……行きましょう、カイン卿。……ここにはもう、私が守るべきものは残っていませんわ」


「……ああ。……これからは、私を甘やかしてくれ、ノワール。……私は殿下のように、君の愛から逃げたりはしない」


 カイン卿の熱い眼差しに、私は幸せを噛み締めました。


 背後では、ルルネさんが「付箋付きの聖剣、めちゃくちゃエモいですわー!」と叫びながら、台座のバターを舐めようとして殿下に止められていました。


 殿下の「自分探し」は、またしても私の「愛の残骸」によって、無残なコメディへと昇華されてしまったのでした。
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