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「……はあ。今度は、陛下の使者ですか。この屋敷の門は、いつから王宮の受付窓口になったのかしら」
カイルの屋敷の広大な庭園。ミュークオは、特注の寝椅子(デイベッド)に横たわりながら、運ばれてきたばかりのスコーンを口に運んだ。
目の前には、国王の紋章が入った礼装に身を包み、滝のような汗を流している老騎士が立っている。
「ミ、ミュークオ様……どうか、どうか不肖の息子(レオポルド)に免じて……いや、この際、息子はどうでもよろしい! 陛下の、陛下の胃壁をお守りするため、一度王宮へ足をお運びください!」
「お断りします。私は現在、公爵令嬢としての『積立有給休暇』を完全消化中なのです」
「つみたて……ゆうきゅう……?」
聞き慣れない言葉に、老騎士が目を白黒させる。
「ええ。過去十年間、私が無報酬かつ無休で王宮の事務を代行してきた時間を計算しました。一週間に一日の休日、および年に二十日の特別休暇。これらを複利計算で合意事項に照らし合わせると……」
ミュークオは隣に置いた小型の計算機をパチパチと叩き、冷徹な数字を突きつけた。
「合計で二千五百六十日。約七年間の『完全なる自由時間』が私には蓄積されています。今、私はその最初の三日目を満喫しているところです。残り二千五百五十七日の休暇を妨げる者は、たとえ国王陛下であっても訴訟の対象になりますわよ」
「な、ななねん……!? では、七年間、あなたは王宮に来ないと仰るのか!」
「正確には、七年後に再雇用の検討を始めても良い、ということです。ただし、その時の私の時給は、現在の三倍に跳ね上がっているでしょうけれど」
老騎士は、その場に膝をついた。
もはや、交渉の余地など一ミリも残されていないことを悟ったのだ。
「あ、ああ……。陛下、申し訳ございません。王国は、王国はミュークオ様の『お休み』によって滅びるようでございます……」
「滅びませんわよ。ただ、今までより少しだけ『不便』になるだけです。……アンナ、この方に、お帰りの際の手土産として『二度寝の重要性』という私の自筆エッセイを差し上げて」
「かしこまりました、ミュークオ様」
力なく去っていく騎士の背中を見送り、ミュークオは深くため息をついた。
せっかくのティータイムが、無能な連中の泣き言で汚染されてしまった。
「……お疲れ様。また新しい『休暇のルール』を作ったのかい?」
背後から、仕事を終えたばかりのカイルが現れた。
彼はミュークオの寝椅子の端に腰を下ろすと、彼女が飲み残した紅茶を自然な動作で一口啜った。
「閣下。公私混同はやめてくださいと言ったはずですが。それは私のカップですわ」
「おや、契約書の第十二条を忘れたのか? 『効率化のため、共有できるリソースは積極的に共有する』。君の紅茶の味を確認する手間が省けた」
「……屁理屈ですわね」
ミュークオは少しだけ頬を赤らめて視線を逸らした。
この男、仕事ができるだけでなく、こういう「効率的なデレ」を挟んでくるのが非常に厄介だ。
「それで、陛下には何と? 『七年寝る』と言ったのか?」
「ええ。正確には『七年休む権利を行使する』と。そうすれば、陛下もレオポルド殿下に直接、教育的指導(物理)を行ってくださるでしょうし」
「ふっ、違いない。実は先ほど、王宮から面白い報告が入ってね。レオポルド殿下が、君の代わりに予算案を作ろうとして、羽ペンを折った勢いで自分の机を破壊したらしい」
「あら。机の修繕費は、ぜひ殿下の個人資産から差し引いておくべきですね」
ミュークオが笑うと、カイルは彼女の細い指をそっと掬い上げた。
「ミュークオ。君が休んでいる間、この国がどうなろうと私は知ったことではない。だが、君が休むことで『君の笑顔』が増えるなら、私は宰相として、全力を挙げて君の七年間の休暇を死守しよう」
「……閣下。今の言葉は、三十秒を超えています。非効率的ですわ」
「構わない。これは、未来への投資(プロポーズの継続)だからね」
カイルが彼女の指先に軽く唇を落とす。
ミュークオは「……計算外ですわ」と小さく呟き、顔を隠すように扇を広げた。
悪役令嬢と呼ばれた女が手に入れたのは、莫大な慰謝料と、誰も邪魔できない休暇。
そして、自分の有能さを「愛」という名の合理的な契約で縛り付けようとする、最高に執念深い旦那様候補であった。
カイルの屋敷の広大な庭園。ミュークオは、特注の寝椅子(デイベッド)に横たわりながら、運ばれてきたばかりのスコーンを口に運んだ。
目の前には、国王の紋章が入った礼装に身を包み、滝のような汗を流している老騎士が立っている。
「ミ、ミュークオ様……どうか、どうか不肖の息子(レオポルド)に免じて……いや、この際、息子はどうでもよろしい! 陛下の、陛下の胃壁をお守りするため、一度王宮へ足をお運びください!」
「お断りします。私は現在、公爵令嬢としての『積立有給休暇』を完全消化中なのです」
「つみたて……ゆうきゅう……?」
聞き慣れない言葉に、老騎士が目を白黒させる。
「ええ。過去十年間、私が無報酬かつ無休で王宮の事務を代行してきた時間を計算しました。一週間に一日の休日、および年に二十日の特別休暇。これらを複利計算で合意事項に照らし合わせると……」
ミュークオは隣に置いた小型の計算機をパチパチと叩き、冷徹な数字を突きつけた。
「合計で二千五百六十日。約七年間の『完全なる自由時間』が私には蓄積されています。今、私はその最初の三日目を満喫しているところです。残り二千五百五十七日の休暇を妨げる者は、たとえ国王陛下であっても訴訟の対象になりますわよ」
「な、ななねん……!? では、七年間、あなたは王宮に来ないと仰るのか!」
「正確には、七年後に再雇用の検討を始めても良い、ということです。ただし、その時の私の時給は、現在の三倍に跳ね上がっているでしょうけれど」
老騎士は、その場に膝をついた。
もはや、交渉の余地など一ミリも残されていないことを悟ったのだ。
「あ、ああ……。陛下、申し訳ございません。王国は、王国はミュークオ様の『お休み』によって滅びるようでございます……」
「滅びませんわよ。ただ、今までより少しだけ『不便』になるだけです。……アンナ、この方に、お帰りの際の手土産として『二度寝の重要性』という私の自筆エッセイを差し上げて」
「かしこまりました、ミュークオ様」
力なく去っていく騎士の背中を見送り、ミュークオは深くため息をついた。
せっかくのティータイムが、無能な連中の泣き言で汚染されてしまった。
「……お疲れ様。また新しい『休暇のルール』を作ったのかい?」
背後から、仕事を終えたばかりのカイルが現れた。
彼はミュークオの寝椅子の端に腰を下ろすと、彼女が飲み残した紅茶を自然な動作で一口啜った。
「閣下。公私混同はやめてくださいと言ったはずですが。それは私のカップですわ」
「おや、契約書の第十二条を忘れたのか? 『効率化のため、共有できるリソースは積極的に共有する』。君の紅茶の味を確認する手間が省けた」
「……屁理屈ですわね」
ミュークオは少しだけ頬を赤らめて視線を逸らした。
この男、仕事ができるだけでなく、こういう「効率的なデレ」を挟んでくるのが非常に厄介だ。
「それで、陛下には何と? 『七年寝る』と言ったのか?」
「ええ。正確には『七年休む権利を行使する』と。そうすれば、陛下もレオポルド殿下に直接、教育的指導(物理)を行ってくださるでしょうし」
「ふっ、違いない。実は先ほど、王宮から面白い報告が入ってね。レオポルド殿下が、君の代わりに予算案を作ろうとして、羽ペンを折った勢いで自分の机を破壊したらしい」
「あら。机の修繕費は、ぜひ殿下の個人資産から差し引いておくべきですね」
ミュークオが笑うと、カイルは彼女の細い指をそっと掬い上げた。
「ミュークオ。君が休んでいる間、この国がどうなろうと私は知ったことではない。だが、君が休むことで『君の笑顔』が増えるなら、私は宰相として、全力を挙げて君の七年間の休暇を死守しよう」
「……閣下。今の言葉は、三十秒を超えています。非効率的ですわ」
「構わない。これは、未来への投資(プロポーズの継続)だからね」
カイルが彼女の指先に軽く唇を落とす。
ミュークオは「……計算外ですわ」と小さく呟き、顔を隠すように扇を広げた。
悪役令嬢と呼ばれた女が手に入れたのは、莫大な慰謝料と、誰も邪魔できない休暇。
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