婚約破棄と自由なセカンドライフを望みます。

恋の箱庭

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「払え! 俺たちの給料を今すぐ払え!」


「そうだ! 食費も出ないのに、誰がこんな重い鎧を着て城を守るか!」


王宮の正門前では、屈強な騎士たちがプラカードを掲げ、怒号を上げていた。
いつもは規律正しいはずの近衛騎士団までもが、兜を脱ぎ捨てて地面に座り込んでいる。


王宮始まって以来の、大規模なストライキであった。


「ひええ……殿下、どうしましょう! 騎士の皆様が、食堂のパンが固いと言って、私の作った『お星様』を投げつけてくるんですぅ!」


リリィが泣きながらレオポルドの執務室に逃げ込んできた。
レオポルドは、空になった金庫の前で真っ白な灰のようになっていた。


「……リリィ、それはお前の『お星様』が、重要書類で作られていてインクの味がするからだろう。いや、それよりもだ。給料だ……。どうして国庫に金がないんだ……!」


「それは、殿下が先月、私のために『ダイヤモンドの噴水』を予約されたからじゃありませんかぁ?」


「あれは必要経費だろう! 俺とリリィの愛を証明するための!」


「愛じゃお腹は膨らみませんわぁ!」


二人が醜い言い合いをしている最中、扉が勢いよく蹴破られた。
現れたのは、もはや怒りを通り越して虚無の表情を浮かべた国王であった。


「レオポルド……! 貴様のせいで、私の昼食のスープすら運ばれてこんぞ! 料理人までストライキに参加した! 今すぐ、今すぐあの娘を、ミュークオを連れ戻してこい! さもなくば貴様を今すぐ廃嫡して、私がカーテンを巻いて過ごすことになる!」


「父上……! ですが、あいつは一分で金貨五枚も要求するんですよ!?」


「払え! 国を滅ぼすよりは安いわ!」


レオポルドは、半泣きで再びカイルの屋敷へと向かった。
今度は騎士を連れることもできず、たった一人で、ボロボロになった服のまま門を叩いたのである。


「……あら。殿下、その格好は新しいファッションかしら。ボロ布を纏うのが王宮の流行りですの?」


サンルームで、新作の高級クッションに埋もれていたミュークオが、優雅に眼鏡をずらしてレオポルドを見た。


「ミュークオ……頼む、頼むから助けてくれ! 騎士団がストライキを起こして、父上もスープが飲めないと暴れているんだ! 君なら、君なら一瞬で解決できるだろう!?」


レオポルドは、ミュークオの足元に縋り付こうとした。
しかし、その手は空中でカイルによって冷たく遮られた。


「殿下。契約書を読み直してください。彼女への接近は、現在私の許可制となっております」


「カイル……! お前、かつての親友だろう!?」


「私は、有能なパートナーの睡眠時間を守る義務があるのです。……それで、ミュークオ。どうする? 一分、金貨五枚の契約を受けるかい?」


ミュークオは、手元の時計をチラリと見た。


「そうですね。ちょうどお昼寝まで十分ありますわ。殿下、相談料五十枚を先払いでいただけるなら、今この場で『究極の再建案』を授けて差し上げます」


レオポルドは震える手で、懐に残っていた最後の金貨袋を差し出した。
ミュークオはそれをアンナに確認させると、ニッコリと、しかし心底冷たい笑みを浮かべた。


「ありがとうございます。では、解決策を申し上げます。……今すぐ、王宮内にある『レオポルド殿下の銅像』および『リリィ様のために用意した宝飾品』をすべて、隣国のオークションに出品なさい」


「……は? 俺の銅像を売るのか!? あれは俺の美しさを民に知らしめるための……」


「美しさで腹は膨らみません。一点。次に、王宮の全職員の昼食を、三日間だけ『私の監修した特製スープ』に切り替えなさい。具材は野菜の皮と根っこだけですが、栄養価は高いです。これで食費を八割削減できます。二点」


「皮……!? そんなもの、家畜の餌だろう!」


「文句を言うなら、私が今すぐこの金貨を返して、寝室へ戻りますけれど?」


「ま、待て! 続けるんだ!」


ミュークオは冷徹に言葉を続けた。


「そして三点目。これが一番重要です。殿下、あなたはこれから一ヶ月、王都の広場で『人間標的』のアルバイトをなさい。日頃の鬱憤が溜まっている騎士や市民たちに、一個銅貨一枚で、泥団子を投げさせる権利を売るのです」


「な……っ!? この俺に、泥を投げさせろと言うのか! 王族のプライドはどうなる!」


「プライドに換金価値はありません。ですが、『皇太子に泥を投げられる権利』なら、王都中の人間が列を作って買い求めますわ。一日で騎士団の給料一ヶ月分は稼げるでしょう。……以上ですわ。これで十分足らず。お釣りは出ませんので、あしからず」


ミュークオは扇をパチンと閉じ、立ち上がった。


「……ミュークオ、お前、本気で言っているのか?」


「ええ、極めて合理的な提案です。不満を金に変え、余剰資産を処分し、支出を抑える。これこそが経営の基本ですわ。……さあ、閣下。お昼寝の時間です。殿下を門の外へ『廃棄』してきてくださる?」


カイルは楽しそうに肩を揺らした。


「了解した。殿下、行きましょうか。泥団子の作り方なら、私が特別にレクチャーしてあげますよ」


「嫌だ! 俺は泥だらけになりたくない! ミュークオーー!」


叫び声と共に引きずられていくレオポルド。
ミュークオはそれを聞き流しながら、ふわふわのベッドへと向かった。


(……ふぅ。これでしばらくは、静かになるかしら)


彼女は知っていた。
レオポルドが泥まみれになればなるほど、国の財政は潤い、民の心は晴れる。
それは、彼女が「悪役令嬢」として背負わされていた苦労を、ようやく正当な当事者に「外注」しただけのことに過ぎなかった。
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