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「ミュークオ様が枕で稼いでいるなら、私にだってできますわ! だって私、殿下に『夜空のお星様みたいに可愛い』って言われているんですもの!」
王宮の一室。リリィは鼻息荒く、大量の画用紙とハサミを机に広げていた。
彼女の背後には、泥団子投げのアルバイト(強制)を終え、全身からドブのような臭いを漂わせたレオポルドが力なく座り込んでいる。
「……リリィ、もうやめないか。俺は今、ダイヤモンドの噴水よりも、ただの清潔なシーツと、ミュークオが作っていたあの『二度寝できる枕』が欲しいんだ……」
「殿下! 弱気なことを言わないでくださいませぇ! あんな可愛げのない女が作った枕より、私がお星様をいーっぱい詰め込んだ『ラブリィ・スター・ピロー』の方が、絶対に売れますわ!」
リリィはそう言うと、先日ミュークオに教わった「経営学」の本をコースター代わりに使い、自信満々に試作品をレオポルドの前に差し出した。
それは、硬い画用紙を鋭角に折りたたんだ「お星様」が数千個、薄い布袋にぎゅうぎゅうに詰め込まれた代物だった。
見た目だけはキラキラと装飾されているが、角があちこちから突き出している。
「さあ殿下! 愛する私のために、モニターになってくださいませぇ!」
「えっ、あ、いや……これは流石に痛そう……」
「私を信じられないんですの!? ひどいですわ、殿下なんて大嫌い!」
「わ、分かった! 寝る! 寝ればいいんだろう!」
レオポルドは覚悟を決め、その「凶器」に頭を預けた。
――直後、王宮の廊下にまで響き渡る絶叫が炸裂した。
「ぎゃあああああああ! 刺さる! 角が! こめかみに星の角が刺さるぞリリィ!!」
「あらぁ? 殿下の頭が硬すぎるんじゃありませんかぁ? もっと愛の力で頭を柔らかくしてくださいませぇ!」
「物理的な問題だ! これは枕じゃない、暗殺道具だ!」
この「お星様枕」の悲劇は、すぐさまカイルの屋敷で優雅に朝食を摂っていたミュークオの耳にも届いた。
報告書を読んだミュークオは、あまりの馬鹿々々しさに、飲んでいたスープを危うく吹き出しそうになった。
「……アンナ。リリィ様は、人間には『頭蓋骨』という硬い組織があることをご存知ないのかしら」
「おそらく、彼女の世界ではすべてが綿菓子でできているのでしょうね……」
アンナが乾いた笑いを浮かべる。
ミュークオはナプキンで口元を拭い、呆れたように肩をすくめた。
「画用紙で作った星を詰めるなんて、非効率の極みですわ。そんなもの、寝返りを打つたびに皮膚を切り裂く拷問器具でしかありません。ですが、面白いわ。彼女のその『無知』を、私のビジネスに利用させていただきます」
「……また何か、恐ろしいことを思いつかれたのですか?」
カイルが新聞を広げながら、楽しそうに片眉を上げた。
「恐ろしいだなんて、心外ですわ閣下。私はただ、『偽物』の恐怖を知った顧客に対し、本物の価値をより高く提供しようとしているだけです」
ミュークオはすぐさま、王都中の商人に一斉通達を送った。
『緊急キャンペーン:偽枕による被害者救済措置。リリィ様の「お星様枕」を持参した方には、弊社の安眠枕を二割増しの価格で販売いたします』
「……ミュークオ。二割引きではなく、二割『増し』なのかい?」
カイルが思わず聞き返す。ミュークオは当然という顔で頷いた。
「ええ。偽物で痛い思いをした人は、今すぐその痛みから逃れたいという強い飢餓状態にあります。いわゆる緊急需要です。そこで安売りをするのは素人。本物の安らぎには、それ相応の対価が必要だと教育してあげるのが、一流の商売人というものですわ」
「君は本当に、人の心の隙間に金貨を詰め込む天才だね」
カイルが感心したように、ミュークオの手を握り、指先にキスを贈った。
「お褒め預かり光栄ですわ。……さて、閣下。リリィ様の枕で眠れなくなった殿下のために、私の『特製枕』を一ダースほど王宮へ送りつけておきましょうか。もちろん、お支払いは国債で」
「ああ、それがいい。殿下も、泥まみれで星の角に刺される生活よりは、借金が増える方がまだマシだと判断するだろう」
その日の午後。
王都の広場では、リリィの「お星様枕」を抱えて泣き叫ぶ人々と、それを高値で買い取りつつ、さらに高いミュークオの枕を喜んで購入していく人々の奇妙な行列が出来上がった。
ミュークオは、窓の外を眺めながら満足げに呟いた。
「リリィ様、感謝いたしますわ。貴女が余計なことをすればするほど、私の休暇資金が増えていきますもの。……さあ、アンナ。お祝いに、今日は三回お昼寝をしますわよ」
悪役令嬢と呼ばれた女の「安眠帝国」は、無能なライバルの自爆によって、さらにその支配力を強めていくのであった。
王宮の一室。リリィは鼻息荒く、大量の画用紙とハサミを机に広げていた。
彼女の背後には、泥団子投げのアルバイト(強制)を終え、全身からドブのような臭いを漂わせたレオポルドが力なく座り込んでいる。
「……リリィ、もうやめないか。俺は今、ダイヤモンドの噴水よりも、ただの清潔なシーツと、ミュークオが作っていたあの『二度寝できる枕』が欲しいんだ……」
「殿下! 弱気なことを言わないでくださいませぇ! あんな可愛げのない女が作った枕より、私がお星様をいーっぱい詰め込んだ『ラブリィ・スター・ピロー』の方が、絶対に売れますわ!」
リリィはそう言うと、先日ミュークオに教わった「経営学」の本をコースター代わりに使い、自信満々に試作品をレオポルドの前に差し出した。
それは、硬い画用紙を鋭角に折りたたんだ「お星様」が数千個、薄い布袋にぎゅうぎゅうに詰め込まれた代物だった。
見た目だけはキラキラと装飾されているが、角があちこちから突き出している。
「さあ殿下! 愛する私のために、モニターになってくださいませぇ!」
「えっ、あ、いや……これは流石に痛そう……」
「私を信じられないんですの!? ひどいですわ、殿下なんて大嫌い!」
「わ、分かった! 寝る! 寝ればいいんだろう!」
レオポルドは覚悟を決め、その「凶器」に頭を預けた。
――直後、王宮の廊下にまで響き渡る絶叫が炸裂した。
「ぎゃあああああああ! 刺さる! 角が! こめかみに星の角が刺さるぞリリィ!!」
「あらぁ? 殿下の頭が硬すぎるんじゃありませんかぁ? もっと愛の力で頭を柔らかくしてくださいませぇ!」
「物理的な問題だ! これは枕じゃない、暗殺道具だ!」
この「お星様枕」の悲劇は、すぐさまカイルの屋敷で優雅に朝食を摂っていたミュークオの耳にも届いた。
報告書を読んだミュークオは、あまりの馬鹿々々しさに、飲んでいたスープを危うく吹き出しそうになった。
「……アンナ。リリィ様は、人間には『頭蓋骨』という硬い組織があることをご存知ないのかしら」
「おそらく、彼女の世界ではすべてが綿菓子でできているのでしょうね……」
アンナが乾いた笑いを浮かべる。
ミュークオはナプキンで口元を拭い、呆れたように肩をすくめた。
「画用紙で作った星を詰めるなんて、非効率の極みですわ。そんなもの、寝返りを打つたびに皮膚を切り裂く拷問器具でしかありません。ですが、面白いわ。彼女のその『無知』を、私のビジネスに利用させていただきます」
「……また何か、恐ろしいことを思いつかれたのですか?」
カイルが新聞を広げながら、楽しそうに片眉を上げた。
「恐ろしいだなんて、心外ですわ閣下。私はただ、『偽物』の恐怖を知った顧客に対し、本物の価値をより高く提供しようとしているだけです」
ミュークオはすぐさま、王都中の商人に一斉通達を送った。
『緊急キャンペーン:偽枕による被害者救済措置。リリィ様の「お星様枕」を持参した方には、弊社の安眠枕を二割増しの価格で販売いたします』
「……ミュークオ。二割引きではなく、二割『増し』なのかい?」
カイルが思わず聞き返す。ミュークオは当然という顔で頷いた。
「ええ。偽物で痛い思いをした人は、今すぐその痛みから逃れたいという強い飢餓状態にあります。いわゆる緊急需要です。そこで安売りをするのは素人。本物の安らぎには、それ相応の対価が必要だと教育してあげるのが、一流の商売人というものですわ」
「君は本当に、人の心の隙間に金貨を詰め込む天才だね」
カイルが感心したように、ミュークオの手を握り、指先にキスを贈った。
「お褒め預かり光栄ですわ。……さて、閣下。リリィ様の枕で眠れなくなった殿下のために、私の『特製枕』を一ダースほど王宮へ送りつけておきましょうか。もちろん、お支払いは国債で」
「ああ、それがいい。殿下も、泥まみれで星の角に刺される生活よりは、借金が増える方がまだマシだと判断するだろう」
その日の午後。
王都の広場では、リリィの「お星様枕」を抱えて泣き叫ぶ人々と、それを高値で買い取りつつ、さらに高いミュークオの枕を喜んで購入していく人々の奇妙な行列が出来上がった。
ミュークオは、窓の外を眺めながら満足げに呟いた。
「リリィ様、感謝いたしますわ。貴女が余計なことをすればするほど、私の休暇資金が増えていきますもの。……さあ、アンナ。お祝いに、今日は三回お昼寝をしますわよ」
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