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「……リリィ、これが最後の手だ。ここに、我が王家の先祖が代々蓄えてきた『非常用隠し財産』が眠っているはずなんだ……!」
地下深く、湿り気とカビの臭いが充満する王宮の最下層。
レオポルドは、泥団子投げのアルバイトでボロボロになった袖で汗を拭い、巨大な鉄の扉の前に立っていた。
隣では、リリィが目をランランと輝かせ、壊れたカーテンの端切れで作った大きな袋を広げている。
「まあ! さすが殿下ですわぁ! 中にはきっと、お目々が痛くなるほどの金貨や、山のような宝石が入っていますのね! それで私に、新しいお星様を作らせてくださいませぇ!」
「ああ、約束する。……この扉を開けるには、歴代の王位継承者と、その婚約者だけが知る特別な魔力コードが必要なんだ。ミュークオ、あいつには教えていなかったが、俺は密かに解読していたんだよ!」
レオポルドは震える指先で、扉に刻まれた複雑なルーン文字をなぞった。
カチリ、という重厚な金属音が響き、数百年もの間、閉ざされていた「開かずの金庫」が、ゆっくりとその重い口を開いた。
中から溢れ出すはずの黄金の輝きを期待して、二人は身を乗り出した。
しかし。
「……えっ?」
「……何、これ?」
そこにあったのは、金貨の山ではなかった。
整然と並べられた木箱。その上に、一通の白い封筒がポツンと置かれていただけだった。
宝石の輝きもなければ、金貨の擦れる音もしない。ただ、ミュークオが愛用していた、あの最高級の香水の香りが微かに漂っている。
レオポルドは、嫌な予感に襲われながら、その封筒を手に取った。
表書きには、見慣れた理知的な文字でこう書かれていた。
『殿下へ。もしここを開けたのであれば、貴方はよほどお金に困っているのでしょうね』
「ミ、ミュークオ……! 貴様、いつの間にここへ!」
震える手で封を切ると、中からは「領収書」と書かれた分厚い束が出てきた。
「な、なになに……? 『建国以来の備蓄金:運用手数料として相殺』……!? 『保管維持費および防錆処理代行費用:現物にて徴収済み』……!? おい、これ、まさか!」
レオポルドが慌てて背後の木箱をひっくり返すと、中から出てきたのは金塊ではなく、丁寧に梱包された「大量の乾燥芋」だった。
「い……芋!? 王家の秘宝が、全部芋に変わっているぞリリィ!!」
「そんなぁ! 私、芋じゃなくてダイヤが欲しいですわぁ! ミュークオ様、どこまで意地悪なんですのぉ!」
手紙には、さらに続きがあった。
『追伸。
先祖代々の財産をただ眠らせておくのは、資産運用においてもっとも効率の悪い行為です。
よって、私がすべてを王国の新産業(ハーブティーおよび安眠枕事業)の資本金として有効活用させていただきました。
代わりに、非常食として最高品質の乾燥芋を詰めておきました。これは栄養価が高く、泥団子を投げられて疲れた体には最適です。
感謝してもしきれないでしょうけれど、お礼の言葉は不要ですわ。睡眠時間が削れますので』
「……あ、あああ……」
レオポルドは、その場に膝をついた。
彼が「非常用」だと思っていた財産は、すでにミュークオの手によって「将来の利益」へと変換され、彼女の懐(とカイルの屋敷の地下)へと移動していたのだ。
「あの女……! 俺を泥まみれにするだけじゃ飽き足らず、先祖の遺産までビジネスの種にしていたのか……!」
「殿下ぁ、この芋、意外と甘いですわぁ……」
リリィが、すでに乾燥芋をかじりながら涙を流している。
その姿は、かつての華やかな男爵令嬢の影もなく、ただの空腹に負けた娘であった。
一方その頃。
カイルの屋敷のテラスでは、ミュークオが「本日の収益報告書」を確認しながら、カイルが剥いてくれた果実を優雅に口にしていた。
「……ふふっ。そろそろ、殿下たちが地下室を開けた頃かしら」
「ミュークオ、君も人が悪い。あそこの金貨をすべて、安眠枕の原材料である『特殊素材』の買い付けに回していたとはね。おかげで我が国の輸出額は、今月だけで過去最高を記録したよ」
カイルが楽しそうに、彼女の腰に手を回した。
「あら、死んだ金貨を救い出してあげただけですわ。それに、あの乾燥芋はベルシュカ領の特産品ですもの。宣伝にもなりますわね」
「君の効率主義には、王家の先祖も草葉の陰で感心しているだろう。……さて、ミュークオ。資産運用の話はここまでだ。次の『投資』の話をしないか?」
カイルが、彼女の耳元で甘く囁く。
「次の投資……? まだ何か、有望な市場がありますの?」
「ああ。君と私の『将来』という名の、非常にリターンの大きい案件だ。……今夜は、仕事の話は抜きで、ゆっくりと私の愛を積み立ててほしいのだが」
ミュークオは、一瞬だけ言葉に詰まった。
計算機のように正確な彼女の脳内でも、カイルの情熱的なアプローチに対する「期待利益」は、常に予測不能な数値を叩き出していた。
「……閣下。その案件、リスク管理(照れ隠し)が非常に困難ですわ」
「構わない。損害はすべて私が引き受けよう」
二人の距離が近づく。
その幸せな静寂を破るように、遠く王宮の方から、レオポルドの「ミュークオーーー!」という魂の叫びが聞こえてきたが、ミュークオはそれを心地よいBGMとして聞き流し、静かに目を閉じた。
地下深く、湿り気とカビの臭いが充満する王宮の最下層。
レオポルドは、泥団子投げのアルバイトでボロボロになった袖で汗を拭い、巨大な鉄の扉の前に立っていた。
隣では、リリィが目をランランと輝かせ、壊れたカーテンの端切れで作った大きな袋を広げている。
「まあ! さすが殿下ですわぁ! 中にはきっと、お目々が痛くなるほどの金貨や、山のような宝石が入っていますのね! それで私に、新しいお星様を作らせてくださいませぇ!」
「ああ、約束する。……この扉を開けるには、歴代の王位継承者と、その婚約者だけが知る特別な魔力コードが必要なんだ。ミュークオ、あいつには教えていなかったが、俺は密かに解読していたんだよ!」
レオポルドは震える指先で、扉に刻まれた複雑なルーン文字をなぞった。
カチリ、という重厚な金属音が響き、数百年もの間、閉ざされていた「開かずの金庫」が、ゆっくりとその重い口を開いた。
中から溢れ出すはずの黄金の輝きを期待して、二人は身を乗り出した。
しかし。
「……えっ?」
「……何、これ?」
そこにあったのは、金貨の山ではなかった。
整然と並べられた木箱。その上に、一通の白い封筒がポツンと置かれていただけだった。
宝石の輝きもなければ、金貨の擦れる音もしない。ただ、ミュークオが愛用していた、あの最高級の香水の香りが微かに漂っている。
レオポルドは、嫌な予感に襲われながら、その封筒を手に取った。
表書きには、見慣れた理知的な文字でこう書かれていた。
『殿下へ。もしここを開けたのであれば、貴方はよほどお金に困っているのでしょうね』
「ミ、ミュークオ……! 貴様、いつの間にここへ!」
震える手で封を切ると、中からは「領収書」と書かれた分厚い束が出てきた。
「な、なになに……? 『建国以来の備蓄金:運用手数料として相殺』……!? 『保管維持費および防錆処理代行費用:現物にて徴収済み』……!? おい、これ、まさか!」
レオポルドが慌てて背後の木箱をひっくり返すと、中から出てきたのは金塊ではなく、丁寧に梱包された「大量の乾燥芋」だった。
「い……芋!? 王家の秘宝が、全部芋に変わっているぞリリィ!!」
「そんなぁ! 私、芋じゃなくてダイヤが欲しいですわぁ! ミュークオ様、どこまで意地悪なんですのぉ!」
手紙には、さらに続きがあった。
『追伸。
先祖代々の財産をただ眠らせておくのは、資産運用においてもっとも効率の悪い行為です。
よって、私がすべてを王国の新産業(ハーブティーおよび安眠枕事業)の資本金として有効活用させていただきました。
代わりに、非常食として最高品質の乾燥芋を詰めておきました。これは栄養価が高く、泥団子を投げられて疲れた体には最適です。
感謝してもしきれないでしょうけれど、お礼の言葉は不要ですわ。睡眠時間が削れますので』
「……あ、あああ……」
レオポルドは、その場に膝をついた。
彼が「非常用」だと思っていた財産は、すでにミュークオの手によって「将来の利益」へと変換され、彼女の懐(とカイルの屋敷の地下)へと移動していたのだ。
「あの女……! 俺を泥まみれにするだけじゃ飽き足らず、先祖の遺産までビジネスの種にしていたのか……!」
「殿下ぁ、この芋、意外と甘いですわぁ……」
リリィが、すでに乾燥芋をかじりながら涙を流している。
その姿は、かつての華やかな男爵令嬢の影もなく、ただの空腹に負けた娘であった。
一方その頃。
カイルの屋敷のテラスでは、ミュークオが「本日の収益報告書」を確認しながら、カイルが剥いてくれた果実を優雅に口にしていた。
「……ふふっ。そろそろ、殿下たちが地下室を開けた頃かしら」
「ミュークオ、君も人が悪い。あそこの金貨をすべて、安眠枕の原材料である『特殊素材』の買い付けに回していたとはね。おかげで我が国の輸出額は、今月だけで過去最高を記録したよ」
カイルが楽しそうに、彼女の腰に手を回した。
「あら、死んだ金貨を救い出してあげただけですわ。それに、あの乾燥芋はベルシュカ領の特産品ですもの。宣伝にもなりますわね」
「君の効率主義には、王家の先祖も草葉の陰で感心しているだろう。……さて、ミュークオ。資産運用の話はここまでだ。次の『投資』の話をしないか?」
カイルが、彼女の耳元で甘く囁く。
「次の投資……? まだ何か、有望な市場がありますの?」
「ああ。君と私の『将来』という名の、非常にリターンの大きい案件だ。……今夜は、仕事の話は抜きで、ゆっくりと私の愛を積み立ててほしいのだが」
ミュークオは、一瞬だけ言葉に詰まった。
計算機のように正確な彼女の脳内でも、カイルの情熱的なアプローチに対する「期待利益」は、常に予測不能な数値を叩き出していた。
「……閣下。その案件、リスク管理(照れ隠し)が非常に困難ですわ」
「構わない。損害はすべて私が引き受けよう」
二人の距離が近づく。
その幸せな静寂を破るように、遠く王宮の方から、レオポルドの「ミュークオーーー!」という魂の叫びが聞こえてきたが、ミュークオはそれを心地よいBGMとして聞き流し、静かに目を閉じた。
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