婚約破棄と自由なセカンドライフを望みます。

恋の箱庭

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「……嫌です。教育? そんな生産性の低い活動、私の人生計画には含まれておりませんわ」


ミュークオは、カイルの屋敷の執務室で、ふかふかの高級ソファーに深く沈み込みながら、目の前の招待状を指先で弾き飛ばした。


「そう言わずに。王立学園の理事会が泣きついてきているんだ。君の『効率主義』を学生たちに教え、王国の未来を担う人材を育成してほしい、とね」


カイルが、飛ばされた招待状を空中で鮮やかにキャッチし、苦笑いしながら彼女の隣に腰を下ろした。


「未来の人材? そんなもの、私が寝ている間に勝手に育っておけばよろしいのではなくて? 大体、あそこには今、あの『泥まみれの芋売り』と『カーテン令嬢』が再教育プログラムで通っているはずでしょう」


「その通り。レオポルド殿下とリリィ嬢があまりに成績不振で、学園の平均点が過去最低を記録しているらしい。このままでは国家の威信に関わると、国王陛下からも直々に依頼が来ている」


ミュークオは、深いため息をついた。
国家の威信など知ったことではないが、カイルがこれほどまでに説得してくるということは、断る方が後の「交渉」に時間がかかるということだ。


「……分かりましたわ。ただし、授業内容は私がすべて決めます。そして、一講義につき、学園の図書室にある『安眠に関する秘蔵文献』の閲覧権をいただきますわよ」


「取引成立だね。……学園の連中は、君が何を教えるか、戦々恐々としているだろうが」


数日後。王立学園の大講堂。
教壇に立ったミュークオを、数百人の学生たちが好奇と恐怖の入り混じった目で見つめていた。
最前列では、なぜかハチマキを締めたレオポルドと、ノートの端に芋の絵を描いているリリィが座っている。


「えー、本日私が教えるのは、歴史でも法学でもありません。……『いかにして勉強時間を削り、合法的に二度寝をするか』ですわ」


会場が、静まり返った。
教壇の脇で控えていた学園長が「な、なんですと!?」と声を上げるが、ミュークオは冷徹に言葉を続けた。


「皆さん。教科書を丸暗記しようとするのは、三流のすることです。脳のリソースは有限。そんな無駄なことに時間を使うから、慢性的な睡眠不足に陥り、肌荒れと学力低下を招くのですわ」


ミュークオは、黒板に巨大な「8:2の法則」を書き記した。


「試験に出る重要なポイントは、全体の二割に過ぎません。その二割を特定し、残りの八割を『ゴミ箱』に捨てる。それができれば、貴方たちの勉強時間は十分の一に短縮されます。空いた時間は何をしますの? レオポルド殿下、答えて」


「えっ!? あ、えーと……芋を焼く、とか?」


「……失格ですわ。正解は『寝る』です。良質な睡眠は、記憶の定着を促進し、翌日の判断力を向上させます。寝ないで勉強するのは、穴の開いたバケツで水を汲むようなものですわ」


ミュークオは、あらかじめ用意していた「効率的暗記カード」を学生たちに配らせた。


「リリィ様。貴女、先日から歴史の年号を覚えるのに苦労しているようですけれど。そんなもの、語呂合わせで三秒で覚えなさい。例えばこの『ベルシュカ革命』の年号は……」


「『イモ食って、安眠(1092年)』ですわ!」


「……その通りです。これで一生忘れませんわね?」


「すごいですわぁ、ミュークオ様! これなら私、お昼寝の合間に天才になれちゃいますわぁ!」


リリィが目を輝かせ、学生たちからも「おおお!」と感嘆の声が上がる。


「いいですか、皆さん。努力とは、報われないためにするものではありません。最小の労力で、最大の結果を得る。それが私の教える『生存戦略』です。……では、今日の講義はここまで。私はこれから図書室で三時間ほど『実地訓練(昼寝)』に入りますわ」


ミュークオが颯爽と講堂を去ると、学生たちは我先にと彼女の「時短暗記術」を試し始めた。
その日の試験。学園の平均点は、わずか一時間の「ミュークオ流授業」によって、過去最高を記録したという。


「ミュークオ。学園長が泣きながら喜んでいたよ。学生たちが『早く寝るために、全力で効率的に勉強するようになった』とね」


屋敷への帰り道、カイルが感心したように彼女に告げた。


「あら。人間、明確な『報酬(睡眠)』があれば、いくらでも有能になれるものですわ」


ミュークオは、カイルの肩に頭を預け、小さく欠伸をした。


「……でも、教えるというのは疲れましたわね。今夜は、一分につき金貨五枚の『自分へのご褒美』として、閣下の腕の中で十二時間ほど眠らせていただきますわ」


「……それ以上の幸せな支払いは、他にないね」


カイルの低い笑い声に包まれながら、効率主義の令嬢は、今日一番の「質の高い眠り」へと落ちていった。
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