婚約破棄と自由なセカンドライフを望みます。

恋の箱庭

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「ミュークオ・ド・ベルシュカ! 貴様のその鼻持ちならない効率主義、我が剣をもって叩き切ってくれるわ!」


学園の演習場。朝露に濡れた芝生の上で、一人の大男が叫んでいた。
レオポルド皇太子の側近にして、騎士団期待の新星……と言われていたはずのバロン卿である。


彼は抜き放った大剣をミュークオに向け、血管が浮き出るほど顔を真っ赤にしていた。


「……閣下。あの叫んでいる方は、どなたかしら。私の安眠スケジュールに『騒音被害』という項目を追記しなければならないのですけれど」


ミュークオは、戦場とは思えない優雅な仕草で、日傘を回した。
彼女の隣には、カイルが運んできた最高級の革製ソファーと、湯気を立てるティーセットが完備されている。


「彼はバロン。殿下の数少ない『脳まで筋肉でできている』友人だよ。君が殿下を泥まみれの芋売りに変えたことに、騎士としての誇りが許さないらしい」


カイルは楽しそうにクッキーをかじり、バロンを指差した。


「おい! 無視するな! 正々堂々と剣を抜け! それとも、計算機がなければ何もできない臆病者か!」


ミュークオは、ようやく重い腰を上げる……ふりをして、ティーカップを置いた。


「バロン様。貴方は、剣を振るという行為にどれほどのカロリーと時間を消費するか計算したことがありますの? 一振りに一秒。それを千回繰り返せば、十六分以上のロスですわ。非効率の極みですわね」


「うるさい! 修行とは時間をかけるものだ! 努力! 根性! そして汗! それこそが騎士道だ!」


バロンが大きく踏み込み、大剣を振り上げた。
見守る学生たちから悲鳴が上がる。
しかし、ミュークオは眉ひとつ動かさず、手元の小さなリモコンのような魔導具をポチリと押した。


「――『全自動・不審者迎撃システム』、起動ですわ」


バロンが振り下ろした剣が、ミュークオの頭上でピタリと止まった。
いや、止まったのではない。
彼女の周囲に展開された半透明の魔力膜が、物理的な衝撃をすべて吸い取ってしまったのだ。


「な、なんだこれは!? 手応えがないぞ!」


「それは『衝撃吸収魔力壁』。ベルシュカ領の研究所が、私の『寝ている間に襲われたくない』という要望に応えて開発した最新鋭の防衛システムです。貴方がどれほど力を込めようと、そのエネルギーはすべて隣の噴水の『揚力』に変換されますわ」


直後、演習場の噴水がこれまでにない高さまでブシャアアア!と吹き上がった。


「すごい! お星様より高いですわぁ!」


観客席でリリィが拍手をして喜んでいる。


「くっ……小細工を! ならば、連撃だ!」


バロンは必死に剣を叩きつけ続けた。
ガン! ガン! ガン! という音と共に、噴水はどんどん高く、激しくなり、もはや王宮の塔を越える勢いである。


「……バロン様。もうおやめなさいな。貴方が動けば動くほど、学園の噴水が綺麗になるだけで、私は一歩も動かずにティータイムを楽しめるのですから」


ミュークオは、カイルが差し出したスコーンにたっぷりとクリームを塗った。


「はぁ、はぁ……。ば、馬鹿な……。俺の、俺の渾身の努力が、ただの噴水の動力源に……」


十分後。
全身から湯気を出し、精根尽き果てて地面に突っ伏したバロンの上に、高々と吹き上がった噴水の水が「ドボォッ!」と大量に降り注いだ。


「……決着ですわね。閣下、不法侵入および騒音公害の慰謝料として、バロン卿の次月の給与から八割を天引きしておいていただけます?」


「承知した。学園の水道代も浮いたことだし、学園長も喜ぶだろう」


カイルがバロンに憐れみの視線を送りつつ、ミュークオの肩を抱いた。


「ミュークオ、お見事。剣を使わずに、相手の『努力』を利用して勝利するとは」


「あら。相手の力で自分の環境を整える。これこそが、効率的な『リサイクル決闘』ですわ」


ミュークオは満足げに、空になったカップをアンナに預けた。


「さて、バロン様のおかげで、噴水の水音が心地よい子守唄になりましたわ。閣下、次の講義が始まるまで、ここで十五分ほど『効率的な仮眠』を共にしませんか?」


「喜んで。君の隣なら、どんな場所でも最高級の寝室になるからね」


二人がソファーで睦まじく目を閉じる中、びしょ濡れのバロンと、その傍らで「お芋、洗いますぅ?」と空気を読まない提案をするリリィの姿があった。
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