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「ミュークオ・ド・ベルシュカ嬢! 貴殿のその『不審者迎撃システム』、我が国防軍に導入させてはもらえんか!」
カイルの屋敷の応接室。そこに、軍服の胸元をはち切れんばかりに膨らませた筋骨隆々の老人――ガンツ将軍が、テーブルを叩いて立ち上がっていた。
隣で優雅に紅茶を啜っていたミュークオは、眉一つ動かさずに将軍を見上げる。
「将軍。私の屋敷のテーブルは、貴方の軍事訓練用ではありませんわ。叩くたびに金貨一分(五分)の損害賠償を請求させていただきますが、よろしいかしら?」
「ぬ……す、すまん。だが、あのバロンを指一本動かさずに無力化した魔導障壁! あれがあれば、国境の警備兵の負担は激減し、我が軍は不落の盾を手に入れることになるのだ!」
「お断りします。国防など、私の睡眠時間を削るだけの『巨大な残業』ではありませんか」
ミュークオは、即座に、かつ冷徹に切り捨てた。
彼女にとって「国を守る」という壮大なテーマも、「寝室を片付ける」という日常作業と同列のタスクに過ぎない。
「そこをなんとか! 陛下からも、君の知恵を借りるよう厳命されているのだ! 今の国境警備は、騎士たちが二十四時間交代で立ち続け、疲労困憊の状態なのだぞ!」
「……二十四時間交代? なんと非効率な。それでは国境を守る前に、騎士たちのメンタルが崩壊してしまいますわね」
ミュークオは少しだけ考え込み、それからカイルに視線を送った。
「閣下。現在、国境の維持費にどれほどの予算が投じられていますの?」
「年間で国家予算の約十五%だね。その大半が、騎士たちの人件費と食費、そして彼らがストレスで壊した備品の買い替え費用だよ」
「十五%……。それだけあれば、私が三千年は二度寝できる金額ではありませんか」
ミュークオは、手近な紙にペンを走らせ始めた。
その動きは、戦術を練る軍師というよりは、家計簿を限界まで削ろうとする主婦のように鋭い。
「将軍。私が提案するのは、『戦わない、立たない、起きない』の三拍子揃った『最強の引きこもり国防戦略』ですわ」
「……戦わないのはわかるが、立たない、起きないとはどういうことだ?」
「簡単なことです。国境線に沿って、私が開発した『エネルギー転換型魔力膜』を百層ほど展開しなさい。敵が攻撃を仕掛ければ仕掛けるほど、その力は熱エネルギーに変換され、国境付近の宿舎の『床暖房』になりますわ」
「ゆ、ゆかだんぼう……?」
「ええ。騎士たちは交代で立つ必要はありません。暖かい部屋で、交代で『寝ている』だけでよろしい。魔力膜に異常があれば、自動でベルが鳴る仕組みにします。つまり、二十四時間勤務から、二十四時間待機(実質睡眠)へのシフトですわ」
ミュークオは、図解付きの構成案を将軍に突きつけた。
「敵の攻撃が激しければ激しいほど、騎士たちの部屋はポカポカになり、さらにお湯まで沸かせますわ。そうなれば、誰もわざわざ壁を壊そうとは思いません。攻撃することが『相手へのサービス』になってしまうのですから」
「……な……なんという合理的な屈辱……! 敵軍は、自分たちが攻撃するたびに、こちらの騎士たちが温かいスープを飲んで二度寝する光景を見せつけられるというのか!」
「精神的勝利と物理的防御の同時達成ですわ。しかも人件費は、監視員一人を残して全員休めるため、九割削減できます」
ガンツ将軍は、その図面を震える手で受け取った。
騎士としての誇りなど、この究極の効率性の前では塵に等しかった。
「……採用だ。即座に採用する! これぞ、我が軍が求めていた『究極の省エネ国防』だ!」
「ありがとうございます。では、システム導入費と、特許使用料として、削減された予算の半分を私にキャッシュバックしていただきますわ。……閣下、契約書の準備を」
「手回しが早すぎるね、ミュークオ。君が国防に携われば、世界から争いがなくなるかもしれない。……みんな、寝るのに忙しくて戦っている暇がなくなるからね」
カイルがクスクスと笑いながら、ミュークオの腰を引き寄せた。
「あら。争いはカロリーの無駄遣いですもの。……さて、将軍。さっさと帰って工事に取り掛かってくださいな。私の午後の『全力の休息』が始まってしまいますわ」
将軍が嵐のように去っていくと、ミュークオは安堵のため息をつき、カイルの胸に頭を預けた。
「……疲れましたわ、閣下。国防なんて考えるのは、人生で一度きりにしたいですわね」
「お疲れ様。君のおかげで、国境の騎士たちも明日から、君のような『質の高い二度寝』を楽しめるようになるだろう。……ところで、その浮いた予算で、君の寝室に新しい魔導式の加湿器を買おうと思うんだが、どうだい?」
「……それなら、あともう一仕事くらいしてもよろしくてよ」
ミュークオは幸せそうに目を細めた。
悪役令嬢による効率的な国防。それは、国を守ると同時に、彼女の「何もしない権利」をさらに盤石なものにしていくのであった。
カイルの屋敷の応接室。そこに、軍服の胸元をはち切れんばかりに膨らませた筋骨隆々の老人――ガンツ将軍が、テーブルを叩いて立ち上がっていた。
隣で優雅に紅茶を啜っていたミュークオは、眉一つ動かさずに将軍を見上げる。
「将軍。私の屋敷のテーブルは、貴方の軍事訓練用ではありませんわ。叩くたびに金貨一分(五分)の損害賠償を請求させていただきますが、よろしいかしら?」
「ぬ……す、すまん。だが、あのバロンを指一本動かさずに無力化した魔導障壁! あれがあれば、国境の警備兵の負担は激減し、我が軍は不落の盾を手に入れることになるのだ!」
「お断りします。国防など、私の睡眠時間を削るだけの『巨大な残業』ではありませんか」
ミュークオは、即座に、かつ冷徹に切り捨てた。
彼女にとって「国を守る」という壮大なテーマも、「寝室を片付ける」という日常作業と同列のタスクに過ぎない。
「そこをなんとか! 陛下からも、君の知恵を借りるよう厳命されているのだ! 今の国境警備は、騎士たちが二十四時間交代で立ち続け、疲労困憊の状態なのだぞ!」
「……二十四時間交代? なんと非効率な。それでは国境を守る前に、騎士たちのメンタルが崩壊してしまいますわね」
ミュークオは少しだけ考え込み、それからカイルに視線を送った。
「閣下。現在、国境の維持費にどれほどの予算が投じられていますの?」
「年間で国家予算の約十五%だね。その大半が、騎士たちの人件費と食費、そして彼らがストレスで壊した備品の買い替え費用だよ」
「十五%……。それだけあれば、私が三千年は二度寝できる金額ではありませんか」
ミュークオは、手近な紙にペンを走らせ始めた。
その動きは、戦術を練る軍師というよりは、家計簿を限界まで削ろうとする主婦のように鋭い。
「将軍。私が提案するのは、『戦わない、立たない、起きない』の三拍子揃った『最強の引きこもり国防戦略』ですわ」
「……戦わないのはわかるが、立たない、起きないとはどういうことだ?」
「簡単なことです。国境線に沿って、私が開発した『エネルギー転換型魔力膜』を百層ほど展開しなさい。敵が攻撃を仕掛ければ仕掛けるほど、その力は熱エネルギーに変換され、国境付近の宿舎の『床暖房』になりますわ」
「ゆ、ゆかだんぼう……?」
「ええ。騎士たちは交代で立つ必要はありません。暖かい部屋で、交代で『寝ている』だけでよろしい。魔力膜に異常があれば、自動でベルが鳴る仕組みにします。つまり、二十四時間勤務から、二十四時間待機(実質睡眠)へのシフトですわ」
ミュークオは、図解付きの構成案を将軍に突きつけた。
「敵の攻撃が激しければ激しいほど、騎士たちの部屋はポカポカになり、さらにお湯まで沸かせますわ。そうなれば、誰もわざわざ壁を壊そうとは思いません。攻撃することが『相手へのサービス』になってしまうのですから」
「……な……なんという合理的な屈辱……! 敵軍は、自分たちが攻撃するたびに、こちらの騎士たちが温かいスープを飲んで二度寝する光景を見せつけられるというのか!」
「精神的勝利と物理的防御の同時達成ですわ。しかも人件費は、監視員一人を残して全員休めるため、九割削減できます」
ガンツ将軍は、その図面を震える手で受け取った。
騎士としての誇りなど、この究極の効率性の前では塵に等しかった。
「……採用だ。即座に採用する! これぞ、我が軍が求めていた『究極の省エネ国防』だ!」
「ありがとうございます。では、システム導入費と、特許使用料として、削減された予算の半分を私にキャッシュバックしていただきますわ。……閣下、契約書の準備を」
「手回しが早すぎるね、ミュークオ。君が国防に携われば、世界から争いがなくなるかもしれない。……みんな、寝るのに忙しくて戦っている暇がなくなるからね」
カイルがクスクスと笑いながら、ミュークオの腰を引き寄せた。
「あら。争いはカロリーの無駄遣いですもの。……さて、将軍。さっさと帰って工事に取り掛かってくださいな。私の午後の『全力の休息』が始まってしまいますわ」
将軍が嵐のように去っていくと、ミュークオは安堵のため息をつき、カイルの胸に頭を預けた。
「……疲れましたわ、閣下。国防なんて考えるのは、人生で一度きりにしたいですわね」
「お疲れ様。君のおかげで、国境の騎士たちも明日から、君のような『質の高い二度寝』を楽しめるようになるだろう。……ところで、その浮いた予算で、君の寝室に新しい魔導式の加湿器を買おうと思うんだが、どうだい?」
「……それなら、あともう一仕事くらいしてもよろしくてよ」
ミュークオは幸せそうに目を細めた。
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