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「……信じられませんわ。この報告書の密度、そして的確なユーザーフィードバック。これこそ私が求めていた『プロの仕事』ですわ!」
カイルの屋敷の執務室。ミュークオは、かつての暗殺者、今は『主任快眠テスター』となったゼロが提出した羊皮紙を手に、珍しく興奮した声を上げた。
そこには『枕の静音性が高く、標的の背後に忍び寄る際の衣擦れ音すら完全に吸収する』『ハーブの香りが強すぎず、毒物の匂いを察知する嗅覚を妨げない』など、物騒極まりないが極めて詳細なデータが並んでいた。
「ミュークオ、喜んでいるところを悪いが、その報告書を一般の顧客に見せるのは避けたほうがいい。……『暗殺にも最適!』なんてキャッチコピー、この国の倫理観が爆発してしまうよ」
隣で苦笑いしながら書類にサインをするカイル。ミュークオはふんと鼻を鳴らして、報告書をフォルダにファイリングした。
「分かっておりますわ。ですが、これほどまでに『機能性』を重視する層――つまり、一分一秒を争う極限状態の人々には、このデータは何よりも信頼の証となります。次は『戦場でも三秒で熟睡できる携帯用アイマスク』の開発に着手しましょう」
ミュークオが次なるビジネスチャンスに目を輝かせていた、その時。
屋敷の呼び鈴が、遠慮がちに、それでいて必死なリズムで鳴り響いた。
アンナが困惑した表情で部屋に入ってくる。
「……ミュークオ様。門前に、その……レオポルド様が。……いえ、『泥と芋の妖精』のような格好をされた男性が、履歴書を持って立っておられます」
「泥と芋……。ああ、元殿下ですわね。まだ生きていらしたのね」
「ミュークオ! 頼む、ミュークオ! 面接だけでもしてくれ!」
執務室の窓の下から、聞き慣れた情けない叫び声が聞こえてきた。
ミュークオが窓を開けると、そこには使い古されたカーテンの端切れを首に巻き、手には「履歴書」と書かれたシワシワの紙を持ったレオポルドが立っていた。
「殿下。ここは職業安定所ではありませんわ。不法侵入でまた泥団子の刑になりたいのかしら?」
「違うんだ! 俺は……俺は気づいたんだ! 芋を売るのも、泥を投げられるのも、もう限界だ! 俺には、俺には『正しい上司』が必要なんだ!」
レオポルドは、涙で泥の跡がついた顔を上げ、必死に訴えた。
「リリィは『お腹が空いた』と言って、売り物の芋を全部食べてしまった! 俺たちの愛は、食欲という名の効率主義に敗北したんだ! だから……俺を、君の会社で雇ってくれ!」
ミュークオは、一瞬だけカイルと顔を見合わせた。
カイルは面白そうに顎をさすり、「人手はいくらあっても困らないが、彼はマイナスの戦力じゃないかな?」と耳打ちする。
「殿下。私の会社は『一分で金貨五枚』の利益を生む精鋭集団ですのよ。貴方に、何ができるというのですか? 特技は『婚約破棄』と『書類をゴミに変えること』でしょう?」
「そ、それは……! だが、俺は泥を投げられ続けて、耐久力だけはついた! それに、市民たちの不満を一身に受け止めることに関しては、今やこの国で右に出る者はいない!」
ミュークオは、ふむ、と計算機を叩くような手つきで考え込んだ。
「……『耐久力』と『不満の受け皿』。……閣下、これは案外、有望なニッチ市場かもしれませんわ」
「……まさか、彼を何かに使うつもりかい?」
「ええ。現在、ゼロ様が開発している『自動肩叩き機』および『超強力ふくらはぎマッサージ器』。これらはまだ、出力の調整が難しく、下手をすれば人間の骨を砕きかねないというリスクがありましたわ」
ミュークオの瞳が、ビジネスライクな冷徹な光を放つ。
「殿下。採用ですわ。貴方の仕事は『新製品の耐久実験体(サンドバッグ)』です。貴方のその頑丈な体で、新型マッサージ器の限界出力を計測していただきます」
「えっ!? ま、マッサージ……? それは、気持ちいい仕事なのか?」
「ええ、物理的にはね。ただし、一日の勤務時間は十五時間。報酬は、三食の乾燥芋と、私の監修した『一分で疲れが取れる強制睡眠ポッド』の使用権です。……どうかしら?」
「……やる! やるぞ、ミュークオ! 俺、頑張ってマッサージされるよ!」
こうして、元皇太子レオポルドは、ミュークオの安眠帝国の『最下級・肉体労働テスター』として再就職を果たした。
「ミュークオ、君は本当に無駄がないね。元婚約者すら、製品の安全性を担保するためのパーツとして組み込んでしまうとは」
カイルが感心したように彼女の肩を抱いた。
「あら。人間、適材適所ですわ。彼のような『無能だが頑丈な素材』を遊ばせておくのは、国家的な損失ですもの。……さて、これで私の自由時間がさらに五分増えましたわ。閣下、お祝いに……」
「ああ、分かっているよ。十五分間の『効率的な膝枕』だね?」
「……加算して、二十分でお願いしますわ」
ミュークオは、カイルの腕の中で満足げに目を閉じた。
一方その頃、地下の実験室では、レオポルドが新型マッサージ器の猛烈な振動に「あばばばばば!」と絶叫していたが、その振動エネルギーすら、ミュークオの寝室の加湿器の電力に変換されていることを、彼はまだ知らない。
カイルの屋敷の執務室。ミュークオは、かつての暗殺者、今は『主任快眠テスター』となったゼロが提出した羊皮紙を手に、珍しく興奮した声を上げた。
そこには『枕の静音性が高く、標的の背後に忍び寄る際の衣擦れ音すら完全に吸収する』『ハーブの香りが強すぎず、毒物の匂いを察知する嗅覚を妨げない』など、物騒極まりないが極めて詳細なデータが並んでいた。
「ミュークオ、喜んでいるところを悪いが、その報告書を一般の顧客に見せるのは避けたほうがいい。……『暗殺にも最適!』なんてキャッチコピー、この国の倫理観が爆発してしまうよ」
隣で苦笑いしながら書類にサインをするカイル。ミュークオはふんと鼻を鳴らして、報告書をフォルダにファイリングした。
「分かっておりますわ。ですが、これほどまでに『機能性』を重視する層――つまり、一分一秒を争う極限状態の人々には、このデータは何よりも信頼の証となります。次は『戦場でも三秒で熟睡できる携帯用アイマスク』の開発に着手しましょう」
ミュークオが次なるビジネスチャンスに目を輝かせていた、その時。
屋敷の呼び鈴が、遠慮がちに、それでいて必死なリズムで鳴り響いた。
アンナが困惑した表情で部屋に入ってくる。
「……ミュークオ様。門前に、その……レオポルド様が。……いえ、『泥と芋の妖精』のような格好をされた男性が、履歴書を持って立っておられます」
「泥と芋……。ああ、元殿下ですわね。まだ生きていらしたのね」
「ミュークオ! 頼む、ミュークオ! 面接だけでもしてくれ!」
執務室の窓の下から、聞き慣れた情けない叫び声が聞こえてきた。
ミュークオが窓を開けると、そこには使い古されたカーテンの端切れを首に巻き、手には「履歴書」と書かれたシワシワの紙を持ったレオポルドが立っていた。
「殿下。ここは職業安定所ではありませんわ。不法侵入でまた泥団子の刑になりたいのかしら?」
「違うんだ! 俺は……俺は気づいたんだ! 芋を売るのも、泥を投げられるのも、もう限界だ! 俺には、俺には『正しい上司』が必要なんだ!」
レオポルドは、涙で泥の跡がついた顔を上げ、必死に訴えた。
「リリィは『お腹が空いた』と言って、売り物の芋を全部食べてしまった! 俺たちの愛は、食欲という名の効率主義に敗北したんだ! だから……俺を、君の会社で雇ってくれ!」
ミュークオは、一瞬だけカイルと顔を見合わせた。
カイルは面白そうに顎をさすり、「人手はいくらあっても困らないが、彼はマイナスの戦力じゃないかな?」と耳打ちする。
「殿下。私の会社は『一分で金貨五枚』の利益を生む精鋭集団ですのよ。貴方に、何ができるというのですか? 特技は『婚約破棄』と『書類をゴミに変えること』でしょう?」
「そ、それは……! だが、俺は泥を投げられ続けて、耐久力だけはついた! それに、市民たちの不満を一身に受け止めることに関しては、今やこの国で右に出る者はいない!」
ミュークオは、ふむ、と計算機を叩くような手つきで考え込んだ。
「……『耐久力』と『不満の受け皿』。……閣下、これは案外、有望なニッチ市場かもしれませんわ」
「……まさか、彼を何かに使うつもりかい?」
「ええ。現在、ゼロ様が開発している『自動肩叩き機』および『超強力ふくらはぎマッサージ器』。これらはまだ、出力の調整が難しく、下手をすれば人間の骨を砕きかねないというリスクがありましたわ」
ミュークオの瞳が、ビジネスライクな冷徹な光を放つ。
「殿下。採用ですわ。貴方の仕事は『新製品の耐久実験体(サンドバッグ)』です。貴方のその頑丈な体で、新型マッサージ器の限界出力を計測していただきます」
「えっ!? ま、マッサージ……? それは、気持ちいい仕事なのか?」
「ええ、物理的にはね。ただし、一日の勤務時間は十五時間。報酬は、三食の乾燥芋と、私の監修した『一分で疲れが取れる強制睡眠ポッド』の使用権です。……どうかしら?」
「……やる! やるぞ、ミュークオ! 俺、頑張ってマッサージされるよ!」
こうして、元皇太子レオポルドは、ミュークオの安眠帝国の『最下級・肉体労働テスター』として再就職を果たした。
「ミュークオ、君は本当に無駄がないね。元婚約者すら、製品の安全性を担保するためのパーツとして組み込んでしまうとは」
カイルが感心したように彼女の肩を抱いた。
「あら。人間、適材適所ですわ。彼のような『無能だが頑丈な素材』を遊ばせておくのは、国家的な損失ですもの。……さて、これで私の自由時間がさらに五分増えましたわ。閣下、お祝いに……」
「ああ、分かっているよ。十五分間の『効率的な膝枕』だね?」
「……加算して、二十分でお願いしますわ」
ミュークオは、カイルの腕の中で満足げに目を閉じた。
一方その頃、地下の実験室では、レオポルドが新型マッサージ器の猛烈な振動に「あばばばばば!」と絶叫していたが、その振動エネルギーすら、ミュークオの寝室の加湿器の電力に変換されていることを、彼はまだ知らない。
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