婚約破棄と自由なセカンドライフを望みます。

恋の箱庭

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「あ、あばばばばば! あべしっ! ひぎぃぃっ! あばばばばば!」


カイルの屋敷の地下にある「耐久実験室」から、規則正しい(?)リズムと共に、断続的な絶叫が漏れ聞こえていた。
その音の主は、新型の超強力マッサージ器『骨抜きくん一号』によって、全身を毎秒六十回振動させられているレオポルドである。


ミュークオは、実験室の防音ガラス越しに、ストップウォッチを片手に冷静な筆致でデータを記録していた。


「……ふむ。絶叫のピッチが、マッサージ器の回転数と完璧に同調していますわね。レオポルド殿下の声帯、意外と柔軟性に富んでいますわ」


「ミュークオ、感心しているところを悪いが、上の階までこの『あばばば』という音が響いているよ。近隣住民から『屋敷で巨大なカエルが合唱しているのか』という問い合わせが来ている」


カイルが耳を塞ぎながら入ってきた。
だが、その背後から、さらに騒がしい存在が飛び出してきた。


「ミュークオ様ぁ! これですわ! これこそが、私が求めていた『新時代の贅沢』ですわぁ!」


リリィだった。
彼女は、カーテンで作ったドレスの端切れをハチマキのように頭に巻き、謎の木の棒を二本持って踊り狂っている。


「リリィ様。その格好は何かしら。……あと、私の実験室で勝手にステップを踏むのは、床の摩耗コストがかかるのでやめていただけます?」


「何をおっしゃいますの! 聞いてくださいませ、この殿下の叫び声! 『あばばば』という低音のベースに、『ひぎぃ』というハイトーンのアクセント! これに合わせて芋を食べると、喉越しが三割増しになりますのよ!」


リリィはそう言うと、手にした木の棒で、壁をリズム良く叩き始めた。


「あばばば(ドン!)、ひぎぃ(ドカッ!)、あばばば(ドン!)」


「……あら。意外と、悪くないテンポですわね」


ミュークオの効率脳が、一瞬で計算を開始した。
音楽。それは本来、時間を浪費するだけの娯楽。
しかし、もしこのリズムが人間の「集中力」を高め、作業効率を向上させる「環境音(BGM)」として活用できるとしたら?


「閣下。現在、王宮の事務官たちの離職率が高い原因の一つに、『単調な作業による眠気』がありますわね?」


「……まあ、そうだね。みんな、書類の山を前にして白目を剥いているよ」


「解決策が見えましたわ。この『レオポルド・ビート』を魔導録音機で記録し、全執務室に配信しましょう。名付けて、『強制覚醒・集中力爆増サウンド』ですわ!」


ミュークオは即座に録音ボタンを押し、レオポルドの振動出力を最大に上げた。


「あべべべべべべべべべーーーっ!!」


「よし、いい高音(ハイピッチ)ですわ。リリィ様、貴女にはこの音源のプロデュースを任せます。曲名は『芋と、愛と、マッサージ』。ターゲットは、眠気と戦うすべての労働者です」


「承知いたしましたわぁ、ミュークオ様! 私、殿下の悲鳴を世界一のヒット曲にしてみせますわぁ!」


数日後。王都には異様な光景が広がっていた。
全事務官、全騎士、さらには市場の商人までもが、耳に魔導式の小型拡声器を当て、レオポルドの絶叫リズムに合わせて「あばばば、仕事がはかどる!」「ひぎぃ、売上が伸びる!」と叫びながら爆速で作業をこなしていたのだ。


「……ミュークオ。王宮の事務処理速度が、先週比で二四〇%向上したよ。みんな、殿下の叫び声を聞かないと、逆に落ち着かない体になってしまったらしい」


カイルが、あまりにも効率化されすぎて静まり返った(ただし音楽だけが流れる)街を見下ろしながら呟いた。


「あら、素晴らしい不労所得(ロイヤリティ)ですわ。殿下の叫び一回につき、銅貨一枚の著作権料が発生するように契約しておきましたもの。これで私は、一生どころか三生ぶん寝て過ごせますわね」


ミュークオは、カイルが淹れてくれたコーヒーの香りを楽しみながら、悠々と足を組んだ。


「……ところで、肝心のレオポルド殿下は大丈夫なのかい? もう三日ほど、絶叫し続けているようだが」


「ご心配なく。彼には、叫ぶたびに『高濃度プロテイン入り乾燥芋』を自動で口に放り込むシステムを導入しましたわ。筋肉はつくし、お腹も膨れる。まさに、持続可能な(サステナブルな)楽器ですわ」


「楽器扱か……。まあ、彼が幸せそう(?)ならいいがね」


カイルがミュークオの額に、呆れを含んだキスを落とす。


「ミュークオ。君はついに、『騒音』すら『金と時間』に変換してしまったね。……次は、何を効率化するつもりだい?」


「そうですね……。リリィ様が『ダンスパーティーをしたい』とうるさいので、彼女の踊りによる振動を、冬の暖房用の電力に変える実験でも始めましょうか」


「……リリィ嬢も、いつの間にか君の立派な『発電機』になっているわけだね」


ミュークオは幸せそうに目を閉じ、レオポルドの「あばばば」というリズムを子守唄にして、十五分間の質の高い仮眠に入った。
悪役令嬢による効率的な世界征服は、今や音楽という名の旋律に乗って、王都中に浸透しつつあった。
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