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「ミュークオ・ド・ベルシュカ! 貴女の有能さは、もはや一個人の領分を超えている。よって、王国の平和と安寧を守るため、貴女を『国家指定重要文化財級・戦略資産』として、この離宮の地下にて保護……いや、永年管理させてもらう!」
カイルが公務で不在にしていた隙を突き、保守派の重鎮・ドロワ伯爵が兵を率いて現れた。
ミュークオは、読みかけの雑誌をゆっくりと閉じると、目の前の男を哀れむように見つめた。
「……伯爵。わざわざそんな長い肩書きを考えたのですか? 時間の無駄ですわ。端的に『君を閉じ込めて、私の言いなりに働かせたい』と言えばよろしいのに」
「ふん、何とでも言え! さあ、来てもらおうか。そこは窓もなく、外界との接触も絶たれた、冷たく暗い石造りの地下牢だ。貴女のその生意気な効率主義も、絶望の中で消え去るがいい!」
三日後。
ドロワ伯爵は、意気揚々と地下牢の視察に訪れた。
高飛車な令嬢が、湿った床で泣き喚き、許しを乞う姿を想像して、彼は下卑た笑みを浮かべていた。
「カカカ、どうだミュークオ! 少しは反省したか……って、なんだこれは!?」
鉄格子の扉を開けた伯爵は、自分の目を疑った。
そこにあったのは、冷たく暗い地下牢ではなかった。
壁には最高級のシルクの壁紙が貼られ、石畳の床には毛足の長い絨毯が敷き詰められている。
部屋の中央には、どこから持ち込んだのか天蓋付きのキングサイズベッドが鎮座し、サイドテーブルには湯気を立てるアールグレイと、焼きたてのスコーンが並んでいた。
「……あら。伯爵、ノックもなしに入るなんて、マナー違反ですわよ」
ミュークオは、シルクの寝巻きにガウンを羽織り、ベッドの上で優雅に読書を楽しんでいた。
「な、なぜだ!? ここは監視の目が厳重なはず! 誰がこれだけの家具を持ち込ませた!」
「監視? ああ、あの近衛兵の方々のことかしら。彼ら、私の『効率的な仮眠スケジュール管理術』を伝授してあげたら、大層喜んで協力してくれましたわよ」
ミュークオが指差した先では、見張りの兵士たちが、耳栓とアイマスクを着用して「最短で体力を回復させる姿勢」で整然と、かつ深く眠りこけていた。
「彼らも重労働で疲れていたんですもの。一時間の質の高い睡眠と引き換えに、私の家具の搬入を手伝ってもらう……win-winの契約ですわ」
「き、貴様ぁ……! ここは牢獄なのだぞ! 苦しめ! 絶望しろ!」
「伯爵。貴方は『効率』の本質を分かっておられませんわね。外界との接触が絶たれ、窓もなく、誰にも邪魔されない空間……これこそが、私にとっての『究極の安眠シェルター』ですのよ。むしろ、招待してくださって感謝しておりますわ」
ミュークオは、スコーンにたっぷりとクロテッドクリームを塗りながら、冷徹な笑みを浮かべた。
「おかげで、過去三日間、私は一度も誰の顔色もうかがわずに、合計四十二時間の睡眠を確保できました。肌のツヤが全盛期に戻りましたわ。……さあ、伯爵。これから私の『宿泊延長料金』について、お話ししませんこと?」
「えっ? えんちょう……りょうきん……?」
「ええ。これほど素晴らしい宿泊施設(地下牢)を提供していただいたのです。ですが、私の不在によって、現在王宮の物流網は完全にストップしていますわ。その損失額は……一分につき金貨十枚。すべて伯爵、貴方の個人資産から相殺させていただくよう、カイル閣下に手紙を出しておきました」
その瞬間、地下牢にカイルの冷ややかな声が響いた。
「その通りだ、ドロワ伯爵。……私の婚約者を勝手に『国家資産』扱いした罪、そして私から彼女との時間を奪った罪。それらを合わせれば、君の爵位と全財産を没収しても足りないくらいだがね」
影から現れたカイルは、ドロワ伯爵の背後に剣を突きつけた。
その瞳には、これまでにないほどの激しい怒りが宿っていた。
「カ、カイル宰相……! これは、その、王国のための……」
「黙れ。ミュークオ、無事かい? ……というか、私の屋敷の寝室より豪華になっていないかい、ここ?」
カイルが呆れたように室内を見渡すと、ミュークオは満足げに頷いた。
「ええ。閣下、ここの壁の防音性能、素晴らしいですわ。私の寝室もこれくらい厚い石壁にリフォームしましょう」
「……分かったよ。君が望むなら、王宮ごとリフォームしてあげよう。さあ、帰ろうか。ドロワ伯爵には、代わりにここで『非効率な生活』を存分に味わってもらうことにする」
兵士たちに引きずられていく伯爵の叫び声を聞き流しながら、ミュークオはカイルの差し出した手を握った。
「……閣下。三日ぶりの外の空気は、少しだけ、私の睡眠を邪魔する刺激が強すぎますわ」
「それなら、私の腕の中で目を閉じているといい。屋敷に着くまで、一秒も起こさないと約束するよ」
ミュークオは、カイルの胸に顔を埋め、地下牢で培った「最高のコンディション」のまま、幸せな夢の続きへと落ちていった。
カイルが公務で不在にしていた隙を突き、保守派の重鎮・ドロワ伯爵が兵を率いて現れた。
ミュークオは、読みかけの雑誌をゆっくりと閉じると、目の前の男を哀れむように見つめた。
「……伯爵。わざわざそんな長い肩書きを考えたのですか? 時間の無駄ですわ。端的に『君を閉じ込めて、私の言いなりに働かせたい』と言えばよろしいのに」
「ふん、何とでも言え! さあ、来てもらおうか。そこは窓もなく、外界との接触も絶たれた、冷たく暗い石造りの地下牢だ。貴女のその生意気な効率主義も、絶望の中で消え去るがいい!」
三日後。
ドロワ伯爵は、意気揚々と地下牢の視察に訪れた。
高飛車な令嬢が、湿った床で泣き喚き、許しを乞う姿を想像して、彼は下卑た笑みを浮かべていた。
「カカカ、どうだミュークオ! 少しは反省したか……って、なんだこれは!?」
鉄格子の扉を開けた伯爵は、自分の目を疑った。
そこにあったのは、冷たく暗い地下牢ではなかった。
壁には最高級のシルクの壁紙が貼られ、石畳の床には毛足の長い絨毯が敷き詰められている。
部屋の中央には、どこから持ち込んだのか天蓋付きのキングサイズベッドが鎮座し、サイドテーブルには湯気を立てるアールグレイと、焼きたてのスコーンが並んでいた。
「……あら。伯爵、ノックもなしに入るなんて、マナー違反ですわよ」
ミュークオは、シルクの寝巻きにガウンを羽織り、ベッドの上で優雅に読書を楽しんでいた。
「な、なぜだ!? ここは監視の目が厳重なはず! 誰がこれだけの家具を持ち込ませた!」
「監視? ああ、あの近衛兵の方々のことかしら。彼ら、私の『効率的な仮眠スケジュール管理術』を伝授してあげたら、大層喜んで協力してくれましたわよ」
ミュークオが指差した先では、見張りの兵士たちが、耳栓とアイマスクを着用して「最短で体力を回復させる姿勢」で整然と、かつ深く眠りこけていた。
「彼らも重労働で疲れていたんですもの。一時間の質の高い睡眠と引き換えに、私の家具の搬入を手伝ってもらう……win-winの契約ですわ」
「き、貴様ぁ……! ここは牢獄なのだぞ! 苦しめ! 絶望しろ!」
「伯爵。貴方は『効率』の本質を分かっておられませんわね。外界との接触が絶たれ、窓もなく、誰にも邪魔されない空間……これこそが、私にとっての『究極の安眠シェルター』ですのよ。むしろ、招待してくださって感謝しておりますわ」
ミュークオは、スコーンにたっぷりとクロテッドクリームを塗りながら、冷徹な笑みを浮かべた。
「おかげで、過去三日間、私は一度も誰の顔色もうかがわずに、合計四十二時間の睡眠を確保できました。肌のツヤが全盛期に戻りましたわ。……さあ、伯爵。これから私の『宿泊延長料金』について、お話ししませんこと?」
「えっ? えんちょう……りょうきん……?」
「ええ。これほど素晴らしい宿泊施設(地下牢)を提供していただいたのです。ですが、私の不在によって、現在王宮の物流網は完全にストップしていますわ。その損失額は……一分につき金貨十枚。すべて伯爵、貴方の個人資産から相殺させていただくよう、カイル閣下に手紙を出しておきました」
その瞬間、地下牢にカイルの冷ややかな声が響いた。
「その通りだ、ドロワ伯爵。……私の婚約者を勝手に『国家資産』扱いした罪、そして私から彼女との時間を奪った罪。それらを合わせれば、君の爵位と全財産を没収しても足りないくらいだがね」
影から現れたカイルは、ドロワ伯爵の背後に剣を突きつけた。
その瞳には、これまでにないほどの激しい怒りが宿っていた。
「カ、カイル宰相……! これは、その、王国のための……」
「黙れ。ミュークオ、無事かい? ……というか、私の屋敷の寝室より豪華になっていないかい、ここ?」
カイルが呆れたように室内を見渡すと、ミュークオは満足げに頷いた。
「ええ。閣下、ここの壁の防音性能、素晴らしいですわ。私の寝室もこれくらい厚い石壁にリフォームしましょう」
「……分かったよ。君が望むなら、王宮ごとリフォームしてあげよう。さあ、帰ろうか。ドロワ伯爵には、代わりにここで『非効率な生活』を存分に味わってもらうことにする」
兵士たちに引きずられていく伯爵の叫び声を聞き流しながら、ミュークオはカイルの差し出した手を握った。
「……閣下。三日ぶりの外の空気は、少しだけ、私の睡眠を邪魔する刺激が強すぎますわ」
「それなら、私の腕の中で目を閉じているといい。屋敷に着くまで、一秒も起こさないと約束するよ」
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