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「……閣下。私は悟りましたわ。人間がベッドから出るという行為は、宇宙でもっとも不合理で、非効率なエネルギーの浪費ですわ」
カイルの屋敷、主寝室。
そこには、先日手に入れた「月光シルク」のパジャマに身を包み、文字通り「溶ける」ようにしてベッドと一体化しているミュークオの姿があった。
彼女の肌を包むシルクは、光の角度によって真珠のような光沢を放ち、見るからに柔らかそうだ。
ミュークオは、特注の枕を抱きしめたまま、微動だにせず天井を見つめている。
「ミュークオ。君がそのパジャマを絶賛するのは嬉しいが、もう昼の十二時だ。今日の閣僚会議はどうするつもりだい?」
カイルが苦笑いしながら、寝室の重厚な扉を開けた。
彼の手には、山のような報告書と、彼女のお気に入りである最高級の紅茶が載ったトレイがある。
「閣下。会議のために私が服を着替え、馬車に揺られ、椅子に座る……その工程で失われる私の集中力と、服の摩擦によるシルクの摩耗を計算なさい。……一分につき金貨百枚の損失ですわ」
ミュークオは指一本動かさず、声だけでカイルを制した。
「よって、私は今日から『在宅、かつ在床』での国政運営を宣言いたします。……アンナ、例のブツを」
「はい、ミュークオ様。セッティングいたしますわ」
アンナが慣れた手つきで、ベッドの上にスライド式の特製テーブルを設置した。
そこには、筆記用具、計算機、そして王宮と直通の魔導通信機が並べられている。
「……ミュークオ。君は本気で、その格好のまま国を動かすつもりかい?」
「本気ですわ。見てください、この無駄のない配置。手を十センチ動かすだけで承認印が押せ、二十センチ動かすだけでお茶が飲めます。移動コスト、ゼロ。ストレス、ゼロ。これこそが、私が目指した究極の効率的オフィスですわ」
ミュークオは、ベッドに寝そべったまま、流れるような動作でカイルが持ってきた報告書の一枚を手に取った。
「……この税制改正案、三行目に計算ミスがありますわ。修正しておきなさい。……はい、次」
「……驚いたな。横たわっているのに、処理速度が普段の三割増しだ」
カイルは呆れながらも、彼女の隣に腰を下ろした。
ミュークオは、シルクの滑らかな感触に顔を埋めながら、満足げに鼻を鳴らす。
「当然ですわ。脳に供給される血液が重力の影響を受けず、全身が最高級のシルクによってリラックス状態にあります。私の脳は今、かつてないほど研ぎ澄まされていますの」
「なるほど。……では、この『隣国との通商条約』の最終確認も、その状態でお願いできるかな?」
「いいでしょう。……ですが、閣下。この快適な空間に立ち入るには、特別な『入室料』をいただきますわよ」
ミュークオが、布団の中からカイルの手をそっと握った。
ひんやりとしたシルクの感触と、彼女の温かい体温が混ざり合い、カイルの理性を揺さぶる。
「……入室料? 金貨かな、それとも……」
「そんな世俗的なものではありませんわ。……閣下も、その堅苦しい軍服を脱ぎなさいな。その隣に、予備の月光シルクの寝巻きを用意しておきましたわ」
「……ミュークオ。それは、私にも『ベッドの上での仕事』を強要しているということかい?」
「いいえ。二人で作業をしたほうが、確認作業(ダブルチェック)の効率が二倍になる……という、極めて合理的な提案ですわ。……それとも、私一人にこの重労働を押し付けるおつもり?」
ミュークオが、上目遣いでカイルを見つめる。
その瞳には、知性と、ほんの少しの悪戯心が混ざり合っていた。
「……負けたよ。君の効率主義には、どう逆らっても勝てそうにない」
数分後。
宰相カイルもまた、最高級のシルクパジャマに身を包み、ミュークオの隣で書類を広げていた。
「……閣下。どうです? 椅子に座っているのが馬鹿らしくなりませんこと?」
「……認めざるを得ないね。この世の全てのオフィスは、今すぐベッドに置き換えるべきだ」
二人の有能な頭脳が、ベッドの上で火花を散らす。
その結果、この日の王国の事務処理量は過去最高を記録し、後に「ベッドルーム革命」として歴史に刻まれることになる。
一方その頃、王宮の執務室では、レオポルドが「ミュークオ様から『パジャマ以外での面会は拒絶する』という返信が来ました……」という騎士の報告を聞き、呆然としていた。
「……パジャマ? あいつ、ついに人間をやめて、妖精にでもなったのか……?」
「殿下ぁ、私もパジャマで仕事したいですわぁ! お星様のパジャマ、作ってくださいませぇ!」
リリィの叫びが空虚に響く中、ミュークオとカイルは、シルクの海の中で、誰よりも効率的に、そして誰よりも甘く、国家の未来を描き続けていた。
カイルの屋敷、主寝室。
そこには、先日手に入れた「月光シルク」のパジャマに身を包み、文字通り「溶ける」ようにしてベッドと一体化しているミュークオの姿があった。
彼女の肌を包むシルクは、光の角度によって真珠のような光沢を放ち、見るからに柔らかそうだ。
ミュークオは、特注の枕を抱きしめたまま、微動だにせず天井を見つめている。
「ミュークオ。君がそのパジャマを絶賛するのは嬉しいが、もう昼の十二時だ。今日の閣僚会議はどうするつもりだい?」
カイルが苦笑いしながら、寝室の重厚な扉を開けた。
彼の手には、山のような報告書と、彼女のお気に入りである最高級の紅茶が載ったトレイがある。
「閣下。会議のために私が服を着替え、馬車に揺られ、椅子に座る……その工程で失われる私の集中力と、服の摩擦によるシルクの摩耗を計算なさい。……一分につき金貨百枚の損失ですわ」
ミュークオは指一本動かさず、声だけでカイルを制した。
「よって、私は今日から『在宅、かつ在床』での国政運営を宣言いたします。……アンナ、例のブツを」
「はい、ミュークオ様。セッティングいたしますわ」
アンナが慣れた手つきで、ベッドの上にスライド式の特製テーブルを設置した。
そこには、筆記用具、計算機、そして王宮と直通の魔導通信機が並べられている。
「……ミュークオ。君は本気で、その格好のまま国を動かすつもりかい?」
「本気ですわ。見てください、この無駄のない配置。手を十センチ動かすだけで承認印が押せ、二十センチ動かすだけでお茶が飲めます。移動コスト、ゼロ。ストレス、ゼロ。これこそが、私が目指した究極の効率的オフィスですわ」
ミュークオは、ベッドに寝そべったまま、流れるような動作でカイルが持ってきた報告書の一枚を手に取った。
「……この税制改正案、三行目に計算ミスがありますわ。修正しておきなさい。……はい、次」
「……驚いたな。横たわっているのに、処理速度が普段の三割増しだ」
カイルは呆れながらも、彼女の隣に腰を下ろした。
ミュークオは、シルクの滑らかな感触に顔を埋めながら、満足げに鼻を鳴らす。
「当然ですわ。脳に供給される血液が重力の影響を受けず、全身が最高級のシルクによってリラックス状態にあります。私の脳は今、かつてないほど研ぎ澄まされていますの」
「なるほど。……では、この『隣国との通商条約』の最終確認も、その状態でお願いできるかな?」
「いいでしょう。……ですが、閣下。この快適な空間に立ち入るには、特別な『入室料』をいただきますわよ」
ミュークオが、布団の中からカイルの手をそっと握った。
ひんやりとしたシルクの感触と、彼女の温かい体温が混ざり合い、カイルの理性を揺さぶる。
「……入室料? 金貨かな、それとも……」
「そんな世俗的なものではありませんわ。……閣下も、その堅苦しい軍服を脱ぎなさいな。その隣に、予備の月光シルクの寝巻きを用意しておきましたわ」
「……ミュークオ。それは、私にも『ベッドの上での仕事』を強要しているということかい?」
「いいえ。二人で作業をしたほうが、確認作業(ダブルチェック)の効率が二倍になる……という、極めて合理的な提案ですわ。……それとも、私一人にこの重労働を押し付けるおつもり?」
ミュークオが、上目遣いでカイルを見つめる。
その瞳には、知性と、ほんの少しの悪戯心が混ざり合っていた。
「……負けたよ。君の効率主義には、どう逆らっても勝てそうにない」
数分後。
宰相カイルもまた、最高級のシルクパジャマに身を包み、ミュークオの隣で書類を広げていた。
「……閣下。どうです? 椅子に座っているのが馬鹿らしくなりませんこと?」
「……認めざるを得ないね。この世の全てのオフィスは、今すぐベッドに置き換えるべきだ」
二人の有能な頭脳が、ベッドの上で火花を散らす。
その結果、この日の王国の事務処理量は過去最高を記録し、後に「ベッドルーム革命」として歴史に刻まれることになる。
一方その頃、王宮の執務室では、レオポルドが「ミュークオ様から『パジャマ以外での面会は拒絶する』という返信が来ました……」という騎士の報告を聞き、呆然としていた。
「……パジャマ? あいつ、ついに人間をやめて、妖精にでもなったのか……?」
「殿下ぁ、私もパジャマで仕事したいですわぁ! お星様のパジャマ、作ってくださいませぇ!」
リリィの叫びが空虚に響く中、ミュークオとカイルは、シルクの海の中で、誰よりも効率的に、そして誰よりも甘く、国家の未来を描き続けていた。
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