【第一部完】千と一の氷の薔薇【更新未定】

海野璃音

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一話

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 それを見かけたのは戦場だった。
 隣国の小国に我が帝国から仕掛けた侵略戦争。軍の規模は我が軍が圧倒的であり、容易に侵略できると思われていた。しかし、戦の火蓋を切ってみれば、小国でありながら軍の錬度は高く、戦争は膠着状態に陥っていた。
 前の司令官は、戦争を長期化させた責任を問われ司令官を降ろされた。そして、戦争を勝利で終わらす為に新たな司令官として指名されたのが私、ヴィルヘルム・フォン・ヴォルフガングであった。
 司令官として戦場に出る。以前の指揮官は後方で指示を出すだけの置物に等しい男だったらしいが、私に課せられたのは勝利。侵略が遅れているのは前線に理由があると判断し、副官の制止を聞き流して自ら前線へと赴いた。
 兵士の叫ぶ声、鍔迫り合いの音、魔法が着弾し破裂する音。さまざまな音が混じるその中にそれはいた。
 魔法で視界を強化し戦場を眺めていると一際目を引く動きをする男が一人。遊撃隊であるのか数人の部下を連れ、驚くような身軽さで戦場を走り、手薄になった部隊を補助するように動く。先々で出した指示も的確であるのか、数で圧倒しているはずの帝国軍相手にほぼ互角の戦いを見せていた。
 外見は、周りの兵と身長は変わらぬが、その体躯は軍服に身を包みながらも男にしては華奢に思える。髪色は隣国に多い黒。それを邪魔にならない程度に切りそろえているようだ。

「ハンス、遊撃隊らしき部隊を率いているあの男の名は?」
「はっ!あの男は王国軍のエミリオ・マルロ大尉という男で、戦争が始まった直後から前線で戦い、我が帝国軍の侵攻を食い止めているようです」

 側に控えていた副官であるハンス・ランゲベルガーに声を掛ければ、求めていた答えが返ってくる。先に戦地入りさせていたゆえに、諜報にも抜かりはないようだ。茶髪に大柄な体型と熊をもおもわせる風姿だが、戦闘も諜報もこなすことのできる有能な部下だ。多少、口うるさくはあるが。

「得意魔法は」
「得意属性は炎のようですが、あの動きを見るとおり身体強化を最も得意とするようです。それゆえ剣術の腕も立つようで、撤退の際は一人で殿を務めることもあると聞いています」
「……そうか」

 たった一人で戦況を支える男。部下に居るのであれば心強いが、敵にいるとは……なんとも面倒な。だが、私もこの戦争の勝利を得るように命じられた身である。この膠着状態の戦況を動かしてみせよう。

「軍を下がらせろ。私が出る」
「なっ……!単騎はいくらなんでも無茶です!」
「戦死者が増えても構わんなら好きにしろ」

 私の言葉に私が何をするつもりなのか察したのであろうハンスが顔色を悪くした。

「……っ!わかりました……今、号令を掛けさせます」

 私の側から離れていったハンスを横目に兵で埋まる戦場へと足を向ける。背後から撤退を知らせる号令が響き、撤退する兵の中を一人歩を進めた。
 兵達は流れに逆らう私に視線を向けるものの、纏っている軍服を見て目を見開き、背ける。己らが直接声をかける事のできぬ、階級であると察したのだろう。階級もわからぬ正義漢などという愚か者はいないようだ。
 やがて兵士の波は消え、私一人が戦場に立つ。前方50mほど先に撤退を開始した王国軍が見える。我が帝国軍の突然の撤退に虚を突かれたような動きをしているが、その中央にあの男がいた。
 あの華奢な体躯でありながら、一人こちらを伺うように構える男。その姿を見間違えるはずがなかった。

「まずは撤退されきる前に小手調べと行こうか」

 左手を天に掲げ、魔力を練る。辺りの温度は下がり、地に霜が下りた。

「総員!全力で撤退しろ!」

 男にしては高い声が命じる。だが遅い。
 掲げた手を振り下ろす。練られた魔力は空中に無数の氷の槍を作り出し、手を振り下ろした勢いのままに王国軍へと降り注ぐ。

「あんな人間兵器が来てるなんて聞いてねぇぞ!くそっ!」

 悪態をつきながらも男は薙ぎ払うようにして右手を振り、それと同時に炎の壁が空中へと現れた。並の魔法士であれば、炎の壁など容易く貫通できるのだが……私の注いだ魔力と同等の炎魔法をぶつけてきたらしく、空中でぶつかった真逆の属性は大きな爆発を起こした。激しい爆風を受けながら、男を見据える。無詠唱であれほどの炎の壁を作るか……話に聞いたとおり、実に優秀な男であるらしい。興が湧いた。もう少し遊ぶとしようか。男にとって遊びになるかわからぬが。
 指をあわせた手を前に掲げ、もう一度魔力を練る。次に狙うのは王国軍ではなく、男単体。私の冷気に耐え切るか、氷の彫像ができるか見物だな。
 魔力を練りつつ身構える男に向かって指を鳴らす。僅かな音と共に魔力は集束し、全てを凍てつかせる風となり、男へと吹き荒ぶ。

「っ」

 狙いが己だと気づいた男は、自身の背後に居る王国軍を守るように広げていた魔力を収縮させ、方向性を変える。吹き荒ぶ寒風は新たな炎の壁に阻まれ水へと変わるが、爆発する前に凍てつき、炎の様な氷の壁を作り上げた。

「ほう……」

 氷の壁に阻まれ、姿は滲んでいるが崩れ落ち、膝をついた人影に男が生きている事を知る。属性相性としてはあちらに利があるが、今まで駆り出された戦で防げた者はいない。相見えることのない強敵に柄にもなく血沸き肉躍る感覚に襲われた。
 こうも心を沸き立たせた存在を見たいと歩を進める。氷の壁を軽く拳で叩けば、真逆の属性が交じり合った氷は容易く砕けた。
 この私の魔法に耐えたのだから、さぞ優秀なαであろう。そう思っていた私の考えは、先ほど砕いた氷のように砕け散る。

「Ω……?」

 地に膝を着け、魔力が枯渇したのであろう青ざめた顔色で睨みつけてくる男は紛れもなくΩであった。遠目から見て華奢だとは思っていたが、Ωというほど繊細な体躯に見えはしなかった。実際に目の当たりにしても魔法士系のαと言われれば納得できる外見である。
 しかし、この男が纏うフェロモンは確かにΩのモノ。劣等種でありながらαを引きつける忌々しい臭いがした。
 男を見下ろす私の脳内で理性がコレ殺せと囁く。だが、体を動かす事も視線を逸らす事すらできない。そして、本能がコレを手に入れろと喚いている。
 男の揺れる瞳と視線が交わった。得意属性を現す赤い瞳が揺れる。男が気づいたかはわからない。だが、私は気づいてしまった。これが私の運命の番であると。
 思わず男へと手を伸ばす。Ωを劣等種と蔑んでいた私がΩである男に、触れたいと手を伸ばしてしまった。

「エミリオ!」

 その声と共に、魔法で作り出されたであろう石が迫ってきた。咄嗟に男に伸ばしていた手を斜め上に振り上げる事で氷を出現させ防ぐ。しかし、それは目くらましであったようで、一陣の風と共に目の前にいた男は姿を消した。どうやら、あの男についている部下も優秀のようだ。

「エミリオ……エミリオ・マルロ……」

 刻み込むように男の名を呟く。敵であるはずの男の名であるはずなのに、その響きすらも甘く、私を酔わせる。アレが他のαのモノになるのが我慢ならない。アレは私のΩだ。そんな思考ばかりが頭を駆け巡る。私という人間が、獣のような本能というものに囚われるとは……。ほんの僅かな邂逅で私を塗り替えた存在。運命の番と言うものは実に厄介な関係性だと実感する。滅多にめぐり合うことのない存在ゆえにそれを認識したαは強く執着すると言われているがこれほどまでとは……。
 王国軍の撤退した砦を眺め、笑みを浮かべた。この戦争は我が帝国軍の勝利で終わる。アレが私の手に落ちるのは時間の問題だろう。

「エミリオ。私の運命よ……暫しの自由を楽しむがいい」
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