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六話

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 砦に滞在していた軍の殆どを帝都に帰し、一日が経った。残っているのは私の部隊のみ。数は二百と少ないが、皆平民や下位貴族出身のα達で各々一芸に秀でたものばかりだ。その全員を砦の修練場に集め、今後の事についての通達を始める。 

「本日、皆を集めたのは、我が隊の今後について話す為だ。先の戦で、私の起こした愚かな行動を知らぬものはいないだろう」

 あの愚か者共を殺したことを隠蔽するのに部隊の者を使ったゆえに、あの事の経緯は伝えてある。だが、誰もこうして公に話すと思っていなかったのか、戸惑いの表情を浮かべるものも多い。

「……私兵の方はこちらで処理して構わなかったのだが、公爵家の三男だけは遺体を引き渡すように言われてな。死体を氷漬けにして、帝都に戻る部隊に任せたのだが……おそらく、いや……確実に私が手にかけた事に気づかれる」

 修練場がざわめき始める。それを手で制し、言葉を続けた。

「冬が来る前に帝都から新たな部隊が来ることだろう。私を捕らえにな。私は、それに従うつもりはない。帝国との戦いになる。帝国に忠義を尽くすものは、今のうちに立ち去れ。私の部隊にいたお前達なら軍に戻ることも、傭兵として活動することも可能だろう。だが敵対したら覚悟はしておけ。……以上だ」

 後をハンスに任せ、修練場を後にした。背後から聞こえる収まる事のないざわめき。どれだけの者が残るだろうか……。戦場では常勝であったが、部下に慕われるような性格などしていない。ハンスは特別な例だろう。
 執務室へと戻り、今度は王国へ捕虜の引渡しについての親書をしたためる。帝国がどれほどの兵を連れて来るかわからぬが、現在収容している捕虜を抱えている状況は好ましくない。戦いのさなかに中から反乱を起こされては敵わないからな。反乱されれば、命の保障は出来ない。エミリオが目覚めた時、その顔を曇らせる要因は減らしたかった。
 収容している捕虜。保存している王国軍の戦死者の死体。それらを書き記し、解放の際の身代金などは不要の旨を付け加える。捕らえた者を、見返りもなく返すなど馬鹿馬鹿しいことだと苦笑し、間違いがないか読み返す。
 書き終えたばかりの親書の収容している捕虜の名簿には、エミリオとエルネストの名前も記載してある。だが、二人の名の横に解放予定者である印は記されていない。エミリオは、私の運命の番ゆえに。エルネストは自信が希望した事により、解放する予定がないことも書き記していた。この事より、王国とも一戦交える可能性もあるが……交渉で収まることを願うばかりだな。
 最後の確認を終え、封をする。王国側に届けさせるのは……ハンスの小隊で残ったものでいいだろう。諜報活動に長けつつ、戦闘力があるものが多い。誰も残らなければハンスに行ってもらうしかないがな。
 封をした手紙を眺める。封蝋に捺された印璽は帝国から与えられた私の紋章が刻まれた物だ。これを使えるのももう長くはないだろう。
 物思いに耽っていると、扉が叩かれる。許可を出すと、ハンスが執務室へと入ってきた。

「どれだけの兵が残った?100か?50か?」
「部隊全員です」
「全員……?」

 ハンスの答えに耳を疑うがこんな状況で冗談を言う男ではない。

「元より我々はあなたに拾われた人間です。平民生まれゆえ出世できなかった者、貴族に生まれたにも関わらず、嫡男のαに疎まれ死地に送られた者……私のように出来損ないであっても有用と判断すれば重用してくださったあなたが我々の主です」
「馬鹿者共が」
「たった一人の運命の番の為に帝国を裏切ろうとしているあなたには言われたくありませんね」
「だからだ……こんな愚か者に付き従う事もないであろうに……」

 苦笑したハンスに同じように苦笑して返す。

「……帝国がどのように行動しようと勝つぞ」
「もちろんです。マイ・ロード」
「して……すぐ動かせるヤツはどれだけいる?お前の部隊の者にこの親書を任せたい。捕虜の解放についての物だ」
「そうですね……交渉役として私の小隊から二人、万が一の戦闘要員としてヴィルヘルム様の部隊から二人お借りできれば……」

 私の小隊の者に交渉に向くような者はいないのだが……ハンスの小隊の者が二人に付けるだけならいいだろう。戦闘にだけは長けているからな。

「構わん。人選は任せる」
「了解しました」
「それと食料の確保に一小隊、薪の確保に一小隊割り当てたい。医務班には薬草に詳しい者に数人付けて薬草の確保をさせろ。残りは半分を砦の防衛の強化、残りは捕虜の見張りだ。小隊長に関しては今まで通りで構わない」
「はっ!直ちに取り掛かります」

 敬礼し、慌しく執務室を出て行くハンス。配置については任せておいていいだろう。気鬱の原因の一つが無くなった事にため息を一つ吐く。今まではこんな事に悩みなどしなかったのに……エミリオと出会って、変わりゆく自分に戸惑うばかりだ。
 立ち上がり、自室へと向かう。扉を開けた先、寝台に眠るエミリオが見え、その胸には八つの氷の薔薇が抱えられている。
 近寄り、その側へと膝をつく。胸の前で薔薇を抱えた手を取り、その甲に口づけを落とす。

「今更だが、お前の守ろうとしたものを私が守ろう」

 眠り続けるエミリオに反応はなく、誓いは虚空に消える。それでも誓わずにはいられなかった。エミリオ……私の運命よ。お前が目覚めた時、お前が安心して笑える世界を作ろう。たとえその結果、私が死せるとも。
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