30歳、魔法使いになりました。

本見りん

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隼人

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 部署内を見渡しても、今日も花凛は居なかった。
 ……杉沢隼人は小さくため息を吐く。


 ───新入社員だった咲良を選んだあの時から、自分の人生は何かがズレてしまった。

 ……職場内での皆の信頼度を落とし、仕事もなかなか上手く進まない。


 そして何よりも、同期で親友以上のかけがえのない大切な存在だった花凛と離れる事になった───。





 同期入社の鞍馬花凛とは、初めはただの気の合う友人だった。それが少し前一緒に仕事のトラブルを処理した時からいつの間にか自分にとって代え難い大切な存在となっていた。タイミングを見て隼人は花凛に愛を告白しようと思っていた。

 ───そんな時、隼人は新入社員西園寺咲良の教育係を任された。

 可愛くて明らかに育ちが良くて、いい香りのする猫みたいな子。そして隼人にとても懐いてくれた。そんな可愛い子に慕われて悪い気がする男なんて居ない。

 いつしか花凛の誘いも断るようになり、流されるまま咲良とよく一緒に出掛けるようになった。そして彼女から告白され……、ほんの少し迷ったけれど、イエスと言った。

 咲良はウチの会社の創業者一族の娘らしいし、これで俺の人生は勝ち組だ。花凛の事は好きだったけど、彼女は咲良のように俺の人生を上げることなんて出来ないだろう?


 そうして俺は咲良にプロポーズし、彼女は入社して3ヶ月程で会社を辞め、海の見えるチャペルで2人で式を挙げたのだ。
 創業者一族の娘だというのに、ほぼ2人だけの結婚式だった。けれど俺はこれからの自分の輝かしい未来ばかりを思い浮かべて、それを余り不思議とは思わなかった。お金持ちのする事はよく分からないと思ったくらいで。



 ───俺はこれから上流社会の一員となり、エリートコースを歩むのだから。

 ……そう、そのはずだった。



 急な式だったので新婚旅行は無く、住むところもとりあえずは俺のマンションのまま。荷物を取りに行くから先に帰ってと言われ1人で自分のマンションに戻った。……しかしいつまで経っても咲良は現れなかった。

 流石に心配になり電話をすると、『現在使われていない』と音声が鳴っていた。

 その時になって俺はやっと、その電話以外に彼女と自分を繋げるモノがないことに気が付いた。

 そして役所で確認すると、咲良が出すと言っていた結婚届は出されていなかった。



 ───俺は、訳が分からなかった。

 次の週、仕方なく会社に行くと皆に結婚を祝われた。……どうやら会社には俺たちのこの状況は知らされていないらしい。
 俺は何食わぬ顔をして、仕事を続けた。

 ……そして思う。
 やはり俺の好きなのは花凛だと。
 何故なら咲良の事は、1週間もすれば悪い夢だったのかと思えたけれど、花凛はそうじゃない。ずっとそばにいてほしい、そんな存在なんだ。
 
 そう気付いた俺は、花凛に以前と同じように声を掛けるようになった。彼女にはよそよそしい態度で躱されてしまったけれど。

 しかし暫くして、俺と咲良が別れたと噂になっていた。

 同じ部署の皆の目はどことなく冷たい。そして、それ以降花凛と以前のように話す事が出来なくなっていた。
 ……それからは俺が花凛に近付こうとすると、周りがその邪魔をする。そして花凛も明らかに俺を避けるという状況になっていた。……俺の周囲からの信頼度は落ちていった。



 ……けれど、元々俺と花凛は付き合っていた訳じゃない。咲良との結婚は浮気じゃないし、花凛とはこれから2人の新たな関係を築いていく事は出来るんじゃないかと考えている。

 隼人の中で、一見希望の光にも見えるドロリとした欲望が渦巻く。

 俺はそんな未来を信じて、ずっと花凛に思いを寄せ続けている。



 ……そんな杉沢隼人の影が、ユラリと暗く揺らめいた。



 
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