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30年前の出来事
しおりを挟む「……『抑止力』というのは、つまりは『末の孫様』の力を抑えていた『双子の妹様』のこと。
……妹様は32年前に、西家の娘だった楓によって封印を解かれているのだ。───のう、善彦よ」
ビクリ、善彦の肩が震えた。そのまま彼は何も答えない。
「……ダンマリか。
32年前の治仁の駆け落ち騒ぎは、元々は楓の暴走から全てが始まっているのだ。
……ああ、そこの男の目が覚めたようだ。まずはその男の言い分を聞こうではないか」
彼らが今回の騒ぎの原因と思われる男の方を見ると、ちょうど男は佑磨に気付の魔法をかけられゆっくりと目を覚ましたところだった。
八千代の話に他の者たちは疑問を持ったようだったが、とりあえずこの不審な男の話を聞こうと皆の視線は男と西園寺佑磨に向けられた。
皆の視線を浴びながら、佑磨は男に話しかけた。
「信彦叔父さん。……お目覚めですか。何かを企んでいるとは思っていましたが……。コレは一体どういう事ですか。昨日彼女に手は出さないと私と約束しましたよね?
……それになんです、あなた『妖』になったのですか」
佑磨は氷のような冷たい目で叔父信彦を見つめて言った。信彦は目覚めて早々に背中に冷や水をかけられたような気持ちになった。
「ゆ、佑磨……。し、仕方がないではないか。……私はお前とは違い、僅かな力しか手に入らなかった。父からは見放され……、そして兄も同じようなものだったはずなのに! それなのに兄はこの世のものとは思えない強い力を持った本流鞍馬の里の女性を妻とした。私も彼女に求愛したのに見向きもされなかった……!」
突然自分の母への歪んだ想いを告げられた佑磨は少し驚きつつ叔父を見た。
「……だから、私は彼女以上の力を持った女性を妻にするべく、この鞍馬の地に入り込んだのだ。
……私は力は弱いが特殊な能力があった。それはまだ目覚めていない鞍馬の人間も分かるし、鞍馬の力の強さも分かるのだ。
───そして30年前、この地でお前の母以上……いや飛び抜けて強いの力の持ち主を見つけた。それがこの近くで住む若い女性だった」
信彦の独白を聞いていた鞍馬家の面々は、そこでまさかと思い立つ。
───30年前、この地で暮らしていた若い女性といえば───
「私は彼女に何度も会いに行ったが、悉く追い払われた。しかもその女性はまだ20くらいの歳のはずなのに、既に大き過ぎる力を持っていたのだ! 私は諦めきれず、何度もこの地に足を運んだ」
「20かそこらで『力』を……!? そんな馬鹿な!」
そこで思わず東家当主三郎太が声を上げた。
鞍馬一族は30歳まで純潔を守れば力を手に入れられる。それが鞍馬の昔からの決まり事。皆『力』を手に入れる為それを乗り越えて来たのだから。
「……信彦叔父さん。その女性は本当に若くして力を得ていたのですか? それは確かなのですか?」
佑磨はこの場にいる人々の疑念を代表して叔父に尋ねた。
「……ああ。彼女───アオイは恐ろしい程の力を持っていたが、どう見ても20歳位だった。しかし随分と落ち着いた女性で、私は彼女の『力』で軽くあしらわれていただけだった」
この場で話を聞いている者は信じられない思いで、信彦の語る30年前の話に聞き入った。
「───その日も、私は彼女に軽く追い払われ近くを彷徨っていた。すると何処からか私を呼ぶ声が聞こえた。それを辿るとこの『祠』の前に迷い込んでいたのだ……」
「……『祠』に呼ばれた、と?」
佑磨が問いかける。……信彦はゆっくりと頷いた。
「……そうだ。私がここに来ると、この『祠』の奥から聞こえていたのと同じ声が聞こえた。
『よくやって来た。この『祠』を破壊し封印を解け』と……。
私は恐怖に慄きいう事を聞くしかなかった。『力』や近くにあった手頃な石で必死でこの『祠』を破壊しようとしたのだが……、しかしそれはこの『祠』にかけられた『力』で全て跳ね除けられた」
「それは、この封印が正常に作動していたという事なのか。……いやしかし、中の声が聞こえる事自体がおかしいのだが……」
その言葉に反応し八千代が考えながらそう呟くと、信彦は答えた。
「……蘇芳様は言われた。邪魔者が居なくなったお陰でやっと声だけは外に出せるようになった。しかし身動きは取れないから、私に自分の手先になって働くように、と。その代わりに巨大な力を授けてくださる事を私に約束してくださったのだ……!」
信彦はどこかうっとりとした表情でそう言った。
「信彦叔父さん……。あなたその条件を飲んだのですか? ……なんと愚かな事を……」
「……なんとでも言うがいい。統領の子でありながら弱い力しか持たぬ私の気持ちなど、佑磨、お前に分かるはずがない! 私がどれだけ惨めな思いをして来たか……!
私は蘇芳様の手足となる事で素晴らしい力を手に入れた! そして私が蘇芳様に近くに住むとてつもなく強い『力』を持つ女性の話をすると、持てる全ての力を使ってでもその女性を始末するようにと言われたのだ。それで私は『妖』を操り彼女を襲った……」
信彦がそう告白すると、その場の雰囲気がサッと変わった。
「ッ!! 30年前、治仁様を襲わせたのはお前かっ!!」
「まさか末の孫様が『妖』となり、治仁様達を襲わせたのか……!」
分家当主達をはじめとしたこの場の人々が信彦に対して殺気立つ中、治仁の母である八千代は怒りに打ち震えながらも周りの者達の怒りを抑えさせた。
……そして当時の真相を知る為にこの男の次の言葉を促した。
「……ッ。それでは本当に……、末の孫様がその女性……治仁の妻であった『アオイ』を襲わせたと……。そしてその女性こそが、末の孫様の『妹』という事なのだね?」
───え。
八千代の言った言葉にこの場にいる全員が固まった。
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