30歳、魔法使いになりました。

本見りん

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花凛と八千代

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「……お母さん……、……?」


 パチリと目が覚める。
 花凛は畳の匂いのする広い和室の質の良い布団で寝ていた。


「───え。……あれ?」


 ここどこ?


 花凛は起き上がり周りを見渡す。……美しい和室だった。


 ───ここって……。
 
 この雰囲気。ここは、本家のお屋敷……?


 私は……私達は『祠』の中に引き摺り込まれアオイさんの兄蘇芳様と戦って……、その後アオイさん……お母さんと話をしたんだ。そこに治仁さんも現れて2人と……お別れしたんだ。2人は蘇芳様を連れて光の国へ旅立ったんだわ……。


 ツキリ……


 胸が、痛む。


 アオイさんは孤独の中1000年以上も蘇芳様を封じながら生きてきたのだし、そろそろ安らかに静かに眠りたいという気持ちは当然だと思う。身体も持たないと言っていたし、蘇芳様を連れていく役割もあっただろう、それに治仁さんも迎えに来ていた。


 ───分かってはいるけれど、やっと会えた本当の母親と父親にこんなにすぐに別れる事になるなんて───。


 花凛が切ない思いで布団の近くで立ち尽くしていると、スッと扉が開かれた。


「───花凛。目が覚めたのかい」


 鞍馬家本家当主、八千代だった。


「八千代様……。…………ふ……うっ……」


 八千代の顔を見た途端、花凛の目からは大粒の涙が溢れた。

 
「……花凛?」


 八千代は慌てたようだったが、花凛は涙を止める事が出来ずにいた。

 何故なら八千代は少し父治仁に似ていて。もう会うことの出来ない父の面影が、そしてその仕草が。さっきほんの少ししか会っていないのに何故か八千代は父治仁の母なのだとストンと腑に落ちてしまって……。


 その父と母アオイとの出会いと別れ。あの祠に入り込んだほんの少しの間にだけ会えた両親への想いが、今花凛の中で溢れてしまっていた。


 八千代は泣き続ける花凛を、ただ黙って抱き留めた。



 ───八千代は少し前に目覚めた奏多によって、大まかにではあるが中で何が起こったかは分かっていた。


 ……そして花凛達があの祠の前で倒れていたのを保護した後、あの祠を一族の者達が慎重に調べた。

 
 ───しかしそこには、何もなかった。


 そして『妖』の気配も残ってはいなかった。


 一族の者達はそれをあの時の光によって全てが浄化されたからだと結論付けた。


 
 あの光が消えた後、祠の前に倒れていた花凛達3人は表面上には何も傷などは負ってはいなかった。しかし3人は意識を失った状態で発見され丸一日目覚めなかった。


「少し前に奏多が目を覚ましておおよその話は聞いている。……ご苦労だったね、花凛」


 八千代は奏多から花凛の母であり末の孫の妹であるアオイが現れて3人を助け、力を合わせて光で末の孫と戦った話を聞いていた。


「───八千代様……。アオイさんが、来てくれました。彼女のお陰で闇に飲まれる事はありませんでした。そしてみんなで蘇芳様……末の孫様に光の魔法を……。その時、アオイさんと私の後ろに……治仁さんが来てくれたんです」


「…………治仁が」


「……はい。そしてその後、私は夢の中でアオイさんと話をしました。アオイさんは兄である末の孫様が闇から解放され光となった魂を連れて自分も光の国へ行くと言いました。……嫌がる私の前に治仁さんが現れて……。アオイさんには自分が付いていくから心配は要らない、と。そして……」


 花凛の話を八千代はただジッと聞いていた。


「『母さん達に理由も伝えず心配のかけ通しだった事を謝っていたと伝えて欲しい』……と、そう言っていました」


 花凛はそう言って改めて八千代を見ると、八千代は静かに涙を流していた。


「八千代様……」

「───そうか。治仁が……そう言っていたか……」


 八千代はそれだけ言って涙を流し続けた……。


 ◇


「───花凛。お腹が空いただろう。胃に優しいものを用意しているからお食べ。それとも風呂に入るかい?」


 2人して暫く涙を流した後八千代は悪戯っぽく花凛に笑いかけてから、いつもの様子に戻って言った。

 途端に花凛のお腹がクウと鳴る。……丸3日、何も食べていなかったのだ。


「───ご飯から先にお願いします……」

 花凛は恥ずかしそうにそう答えると、八千代は楽しそうに笑った。


「分かった。ここに運ばせよう。その後湯殿に行くが良い」


 先程までの泣いていた様子を一切感じさせない八千代に、この人はいろんな喜怒哀楽を胸の奥に押し込めて来たんだなと感じた花凛だった。


 ◇


 ……3日ぶりのご飯、そしてお風呂!

 控えめに言って最高だった。本家のご飯は美味しいし、お風呂も檜風呂で何とも良い香り。3日も空くとその有り難みが良く分かった花凛だった。

 お風呂から出た花凛はご満悦で案内された部屋へと行く。


 そこは八千代の部屋で、数人の人達が集まっていた。


「───お風呂、いただきました。
……皆様ご心配をおかけしまして申し訳ございません」


 花凛は部屋に入室すると、部屋に居並ぶ東西南北の当主達と奏多、そして八千代とその隣の篤之に挨拶をした。


 4人の分家当主達は黙って礼をした。


「───花凛。皆が心配していたのでね。お前の元気な姿を見せてやりたかったのだよ。
……この通り、花凛も無事に目が覚めた。疲れてはならないから何か言いたい事があるのなら手短に頼む」


 後半は分家当主達に向かって言った。


「……花凛様。ご無事で何よりでございました。此度は里の……この世界の危機を救っていただき誠に感謝申し上げます」


 最初に東の三郎太が言って頭を下げた。


「……お陰様で我が息子奏多もこうして無事にございます。そして奏多より中で末の孫様が妖と化し、それを末の孫の妹であるアオイ様が手を貸してくださり光の魔法をかけたがその後の記憶がないと。花凛様はそこからのことをご存知でしょうか」


 南家当主勝治は礼を言いそう尋ねて来た。奏多もその横から花凛の無事な姿に安心しつつその答えを待った。


「……あの後、皆の光の魔法で末の孫様は完全に浄化されました。そしてアオイさんは共に光の国へと連れていくと……。ですから、あの祠にはもう闇は残っていないと思います」


 花凛の答えに皆が驚きその後ホッとしたようだった。


「……時に、花凛様。末の孫様の妹アオイ様は貴女の……」


 西家の当主善彦は花凛に恐る恐るそう問いかけた。
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