《完結》恋に落ちる瞬間〜私が婚約を解消するまで〜

本見りん

文字の大きさ
1 / 31

王子の婚約者



 ───恋に落ちる瞬間を、見てしまった。


 しかし2人はお互いにそれに気付きながらも、そうではないフリをした。

 それはその1人は我が国の王太子で、彼には幼い頃から定められた婚約者がいるから。
 ……そしてその彼の婚約者は彼の隣で2人が恋に落ちる瞬間を間近で見ていたこの私、ツツェーリア アルペンハイムなのだから───



 ◇


「───こんにちは。ツツェーリア嬢」


 公爵令嬢ツツェーリア アルペンハイムは8歳の時に婚約者が出来た。

 婚約者アルベルト王子は、金髪碧眼の美しい少年。
 アルベルトはツツェーリアに優しく微笑んだ。


 この国の貴族には恋愛結婚も少しはあるけれど、王家や高位の貴族ではまず『政略結婚』が普通。
 2歳年下の弟がいたツツェーリアに、父の公爵はこの国最高の婚約者だと王家に積極的に働きかけ同い年の王太子との婚約をまとめあげたのだ。


「……ツツェーリア アルペンハイムでございます。アルベルト殿下にお会いでき光栄でございます」


 ツツェーリアは初めて婚約者として会った王子に緊張しつつ型通りの挨拶をし、まだぎごちないカーテシーをした。


「そんなに硬くならなくて大丈夫だよ。これから2人でこの王国の為、共に力を合わせていこう」


 ……まだ子供ながらも優しくそして王太子としての自覚もお持ちの方だった。


「……はい。アルベルト殿下。私もこの国の為力を尽くします。こちらこそよろしくお願いいたします」


 この時、生涯この方と力を合わせこの国を盛り立てていくのだと子供ながらに決意した。


 ───その時から、王妃教育に明け暮れ王城に通う日々。

 そして、周囲の人々は筆頭公爵家令嬢であるツツェーリアに殆どが好意的だったけれど、そうでない人も勿論いた。


「まだ王妃教育を受け続けているなんて、あの方は物覚えが悪いのではないかしら? 本当に王太子殿下に相応しいのかしら」


 王室の茶会でこちらにわざと聞こえるように言っているあの方もそう。……我が国の王妃教育は完成までに10年掛かると言われるものなのにね。


「気になされてはなりません。……特にあのマリアンネ嬢は元々は王太子殿下の婚約者候補のお一人だったのです。ご自分が選ばれなかったものですから悔しくてあんな風に言っているだけですわ。ツツェーリア様は、とても優秀でございますよ」


 この国の筆頭公爵家の令嬢に忖度している部分あるかもしれないけれど、大概の方はツツェーリアのことを『未来の王妃として相応しい令嬢』だと評した。


 そしてああいった不躾な方々は大抵評判を落としていった。……これに関しては、娘を目の中に入れても痛くないほどに溺愛するアルペンハイム公爵の力があったのかもしれない。


 そしてツツェーリアと王太子殿下は将来立派な国王と王妃となるべく、共に帝王学や社交など様々な事を学ぶ同志として特に仲の良い友人のように過ごしていった。


 その頃のツツェーリアは、ほぼ毎日王宮に通い厳しい王妃教育を受けとにかく忙しい日々だった。


 仲の良い弟ともなかなか会えなくなった。しかし毎日が忙し過ぎて寂しいと感じる時間もない程だった。



 ───そんなある日の事だった。

 王城で王妃教育を受けていると、あの恐ろしい知らせが来たのだ。

 ……弟ハルミンが事故で亡くなった、と。






 弟の死の知らせを受けたツツェーリアは、慌てて公爵家に帰った。……その時の事は余りにも混乱していてはっきりとは覚えていない。

 ツツェーリアは涙が止まらなかった。幼い頃から私に懐いてくれた、可愛い大切な愛する弟。母はもちろんのこと、あの父でさえ泣いていた。
 ……父が泣いているのを見たのは、この時が初めてだった。


 しかし、悲しみに浸っている暇はなかった。
 ……弟ハルミンの死。それは筆頭公爵家であるこのアルペンハイム家の後継がいなくなったという事だからだ。


 ハルミンの葬儀の後、ツツェーリアは父の書斎に呼ばれた。


「ツツェーリア。お前は王太子との事をどう考えている」

「どう……とは……? 殿下は尊敬出来る素晴らしい男性だと思っております」


 ツツェーリアは模範解答のような答えをした。
 父は『そうか……』と小さく呟いてから言った。


「……ハルミンがこのような事になった悲しみの中、こんな事をお前に言うのは酷な事だとは分かっている。……しかし、我がアルペンハイム公爵家は大切な跡取りを失った。国の筆頭公爵家たる我が家は殿下とお前が結婚し何人もの子供を授かりその子が成長し跡を継げるようになるまで後継者不在のまま待てる余裕はない。愛する我が領民を不安定な状態にする事は出来ない」


 我が子を失ったばかりの、少しやつれた父の顔。……おそらくあれからろくに睡眠も食事も摂られて居ないのだ。

 母も愛する息子の葬儀だけは気丈に参列したものの、その前後は倒れ込むように部屋で寝込まれている。


 ツツェーリアは父の言う事は勿論理解出来るしそれが我が家にとって一番最善の道である事も分かっていた。
 ……けれども、8歳の頃からずっと敷かれていたレールを突然外そうとする話は私を戸惑わせた。


「…………それが、このアルペンハイム公爵家にとって、一番良き事なのであれば」



 ───私とアルベルト殿下は、恋愛感情で結ばれた関係ではない。この国を良き方向へと導く同志、というものが一番近かった。けれど、これまでこの国の未来を考え続け王子妃教育を血の滲む思いで行ってきたのだ。……その道を閉ざされるのは正直辛い。


 しかし、父の言った通りツツェーリアまでこのアルペンハイム公爵家を出れば、後継者不在の公爵家は不安定な状態となる。元気だった弟が突然このような事になったのだ。父がいつまでも健康でいられるという保証はない。



 父は考えあぐね、国王陛下にこの事を相談した。一人娘となったツツェーリアを殿下の婚約者から外してはもらえないか、と。


 ───しかし。


「陛下は殿下とお前が学園卒業後すぐに結婚すれば問題は滞りなく解決すると、そう仰せになった。2人の子の1人を公爵家の跡取りとすれば良い、と。……今我が家は後継に不幸があった事で少々不安になっているだけだと……」


 国王陛下はアルベルト殿下とツツェーリアの婚約解消を認めなかった。

 父は何度も陛下に願い出たが、それは出来ないの一言だったそうだ。


 ……確かに王家にとって筆頭公爵家との縁は、今この国にとって一番最上の事だった。穏健派の最大派閥で筆頭公爵家。特に何もなければこの国の未来の安定は約束されたようなものだったから。


 そして、何度も話を却下された父は娘を後継とする事を諦めざるを得なかった。

 しかしアルペンハイム公爵家は一人娘であるツツェーリアは王家に嫁ぎ、公爵夫人は身体が弱くもう子供は望めない。


 ───そうしてアルペンハイム公爵家の安寧の為、親戚の子供の中から養子を取る事になった。


 ……本当は父はツツェーリアに跡を継がせたかった。
 しかし父は昔自身が王家に娘を積極的に王子妃にと売り込んだ事を大いに悔やむ事となったのだった。


 
感想 15

あなたにおすすめの小説

新しい人生を貴方と

緑谷めい
恋愛
 私は公爵家令嬢ジェンマ・アマート。17歳。  突然、マリウス王太子殿下との婚約が白紙になった。あちらから婚約解消の申し入れをされたのだ。理由は王太子殿下にリリアという想い人ができたこと。  2ヵ月後、父は私に縁談を持って来た。お相手は有能なイケメン財務大臣コルトー侯爵。ただし、私より13歳年上で婚姻歴があり8歳の息子もいるという。 * 主人公は寛容です。王太子殿下に仕返しを考えたりはしません。

寡黙な貴方は今も彼女を想う

MOMO-tank
恋愛
婚約者以外の女性に夢中になり、婚約者を蔑ろにしたうえ婚約破棄した。 ーーそんな過去を持つ私の旦那様は、今もなお後悔し続け、元婚約者を想っている。 シドニーは王宮で側妃付きの侍女として働く18歳の子爵令嬢。見た目が色っぽいシドニーは文官にしつこくされているところを眼光鋭い年上の騎士に助けられる。その男性とは辺境で騎士として12年、数々の武勲をあげ一代限りの男爵位を授かったクライブ・ノックスだった。二人はこの時を境に会えば挨拶を交わすようになり、いつしか婚約話が持ち上がり結婚する。 言葉少ないながらも彼の優しさに幸せを感じていたある日、クライブの元婚約者で現在は未亡人となった美しく儚げなステラ・コンウォール前伯爵夫人と夜会で再会する。 ※設定はゆるいです。 ※溺愛タグ追加しました。

【完結】お荷物王女は婚約解消を願う

miniko
恋愛
王家の瞳と呼ばれる色を持たずに生まれて来た王女アンジェリーナは、一部の貴族から『お荷物王女』と蔑まれる存在だった。 それがエスカレートするのを危惧した国王は、アンジェリーナの後ろ楯を強くする為、彼女の従兄弟でもある筆頭公爵家次男との婚約を整える。 アンジェリーナは八歳年上の優しい婚約者が大好きだった。 今は妹扱いでも、自分が大人になれば年の差も気にならなくなり、少しづつ愛情が育つ事もあるだろうと思っていた。 だが、彼女はある日聞いてしまう。 「お役御免になる迄は、しっかりアンジーを守る」と言う彼の宣言を。 ───そうか、彼は私を守る為に、一時的に婚約者になってくれただけなのね。 それなら出来るだけ早く、彼を解放してあげなくちゃ・・・・・・。 そして二人は盛大にすれ違って行くのだった。 ※設定ユルユルですが、笑って許してくださると嬉しいです。 ※感想欄、ネタバレ配慮しておりません。ご了承ください。

拝啓 お顔もお名前も存じ上げない婚約者様

オケラ
恋愛
15歳のユアは上流貴族のお嬢様。自然とたわむれるのが大好きな女の子で、毎日山で植物を愛でている。しかし、こうして自由に過ごせるのもあと半年だけ。16歳になると正式に結婚することが決まっている。彼女には生まれた時から婚約者がいるが、まだ一度も会ったことがない。名前も知らないのは幼き日の彼女のわがままが原因で……。半年後に結婚を控える中、彼女は山の中でとある殿方と出会い……。

大嫌いな令嬢

緑谷めい
恋愛
 ボージェ侯爵家令嬢アンヌはアシャール侯爵家令嬢オレリアが大嫌いである。ほとんど「憎んでいる」と言っていい程に。  同家格の侯爵家に、たまたま同じ年、同じ性別で産まれたアンヌとオレリア。アンヌには5歳年上の兄がいてオレリアには1つ下の弟がいる、という点は少し違うが、ともに実家を継ぐ男兄弟がいて、自らは将来他家に嫁ぐ立場である、という事は同じだ。その為、幼い頃から何かにつけて、二人の令嬢は周囲から比較をされ続けて来た。  アンヌはうんざりしていた。  アンヌは可愛らしい容姿している。だが、オレリアは幼い頃から「可愛い」では表現しきれぬ、特別な美しさに恵まれた令嬢だった。そして、成長するにつれ、ますますその美貌に磨きがかかっている。  そんな二人は今年13歳になり、ともに王立貴族学園に入学した。

【完結】私の愛する人は、あなただけなのだから

よどら文鳥
恋愛
 私ヒマリ=ファールドとレン=ジェイムスは、小さい頃から仲が良かった。  五年前からは恋仲になり、その後両親をなんとか説得して婚約まで発展した。  私たちは相思相愛で理想のカップルと言えるほど良い関係だと思っていた。  だが、レンからいきなり婚約破棄して欲しいと言われてしまう。 「俺には最愛の女性がいる。その人の幸せを第一に考えている」  この言葉を聞いて涙を流しながらその場を去る。  あれほど酷いことを言われってしまったのに、私はそれでもレンのことばかり考えてしまっている。  婚約破棄された当日、ギャレット=メルトラ第二王子殿下から縁談の話が来ていることをお父様から聞く。  両親は恋人ごっこなど終わりにして王子と結婚しろと強く言われてしまう。  だが、それでも私の心の中には……。 ※冒頭はざまぁっぽいですが、ざまぁがメインではありません。 ※第一話投稿の段階で完結まで全て書き終えていますので、途中で更新が止まることはありませんのでご安心ください。

【完結】お飾り妃〜寵愛は聖女様のモノ〜

恋愛
今日、私はお飾りの妃となります。 ※実際の慣習等とは異なる場合があり、あくまでこの世界観での要素もございますので御了承ください。