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しおりを挟む「沙良、気分はどう? 昨日は随分と混乱していたみたいだけど……。ご両親の事、思い出した?」
私が事故にあった次の日に、拓人は再び病室にやって来た。いや、『夫』ならば当たり前というべきなのだろうか。……そういえば仕事はどうしたんだろう。
「……私……。自分が交通事故に遭うまでの事しか覚えていないの。……だから、両親の事も結婚の事も階段の事故の事も知らない。どういう事か拓人からきちん教えて欲しい」
わたしは昨日和臣さんと話をして、彼の知る限りのこの一年の自分の周りの状況を聞いた。そしてその上で、拓人からの話を聞く事にした。
……要するに、拓人を試してみる事にしたのだ。
交通事故までの記憶が戻り、それからの記憶がないという私の事を、拓人はどう考えどんな態度でそしてどう説明をしてくれるのだろう?
私はジッと拓人を見つめ答えを待った。彼はフッとため息のようなものを吐いた。
「……何を言っているんだ? また、『記憶喪失』ごっこかい?」
拓人は一瞬冷めた呆れた目で私を見て言った。
……これは、予想していなかった答えだ。
それに『記憶喪失ごっこ』だなんて……!
「……本当よ。私は両親が死んだなんて知らないし信じられない。そして『記憶喪失ごっこ』ってなに? 拓人は私をそんな目で見ていたの?」
私が一歩も引く様子を見せず反論してきたからか、拓人は少し焦ったように言い訳をし出した。
「……いや! ……違うんだ。記憶喪失なんてドラマの中の話だと思うじゃないか。ましてそれが2度もなんてさ。
……愛する君がまた記憶喪失だなんて、俺も相当動揺しているんだな」
最後はそう言って私の手を取り微笑んできた。
『愛する君が』……。
コレは、拓人が私と喧嘩した時に言う『決まり文句』だった。
この言葉で喧嘩の中身を曖昧にし、私もそれを愛の言葉と信じ喜んで彼を許していた。
……馬鹿みたい。
ずっとこんな分かりやすい嘘に騙されてたなんて。
愛が冷めれば、こんなに滑稽に見えるものなのね。
拓人の事は勿論だけど、私は自分自身にも嫌気が差してしまった。
「とにかく、先生から階段から落ちて入院していると聞いたけれど、私はそれを全く覚えていないの。日付も、私は何故あの交通事故から一年近く経っているのかも分からない。両親の事故についてもよ。……だから、貴方からの説明が聞きたいの」
拓人はいつもの決まり文句がスルーされた事に違和感を覚えたようだったが、とりあえず事情の説明を始めた。
……拓人の説明によると。
「一年前、沙良が交通事故にあったと聞いて俺は慌てて病院へ駆け付けた。君は酷く頭を打っていて、かなり危険な状況だった。……そして、目を覚ました沙良は……記憶を失っていたんだ。……俺のことまで忘れていると分かった時には絶望したよ」
……どうして? 私の友人と浮気するくらいに関係が冷めていたのなら、忘れられたって痛くも痒くもないんじゃないの?
「だけど、俺は諦めなかった。必ず、沙良を取り戻そうと決めたんだ。そうしたら、沙良も俺の気持ちに応えてくれた。記憶はなくても、やっぱり俺たちは愛し合っていたんだ。退院後、離れたくないと沙良は俺のマンションで住む事になった。そして愛し合う俺たちの事を沙良のご両親も祝福してくれたんだ」
拓人は愛の力で乗り越えて来たと力説した。
そして、私の両親が私たちを祝福してくれていた?
これは和臣さんから聞いた話とは明らかに違っている。
「……しかしもうすぐ結婚式という時に、ご両親は事故に遭ったんだ。
……いずれ分かることだから話しておくけど、事故は結婚を祝いに俺たちのマンションに来た帰りの事だった。
当たり前だけど君は相当ショックを受けて……」
「お父さんとお母さんは……貴方のマンションに来た帰りに?」
「……ああ。あの時は勿論沙良と一緒にご両親をもてなした。そして祝福を受け2人で笑顔でご両親を見送ったんだ。
お義父さんは車が好きな方で自分で運転して来たから当然お酒は飲んでないしうちでも勿論出していない。それなのにその後警察が来てそれを根掘り葉掘り聞かれたよ。まるで犯人扱いでさ。失礼な話だよ」
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