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第3章 ダーコラ国国境紛争
第3章第015話 レッドさん、偵察です
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第3章第015話 レッドさん、偵察です
・Side:ツキシマ・レイコ
ともかく。当面の敵は理解した。
アトラコム・メペック・モレーロス伯爵ね。
正教国やダーコラ国より優先順位上に設定。
辺境伯令嬢のトラーリさんもいろいろ苦労しているようで。まだ人柄はしっかり掴めていないけど、今のところは味方してあげたいようには思う。まぁこの辺は、目の前のことを解決した後の話ですね。
軍議の本番は、ダーコラ国軍の兵の配置の偵察報告から始まりました。
だいたいの山と河が分る程度の地図に、大雑把な敵の数と配置。…これで作戦立てないと行けないのか、この時代の人は。まぁ、人手で偵察しないと行けないのだから、しかたないんだろうけど。
そこでカステラード殿下に提案します。
「カステラード殿下、レッドさんに偵察を頼みましょうか?」
カステラード殿下の立場なら、レッドさんが斥候として有用だという情報は既に知っているでしょう。
「…お手を煩わせて申し訳ないが、出来るのならぜひ」
と言われたので。久しぶりにレイコ・カタパルトです。
まずは会議室の建物の外に出ます…が。なぜか会議室のみんなが付いてきました。
レッドさんに、半径二十キロほどの偵察をして欲しいと頼みます。彼なら、高空からでも森林の中の兵士の場所までわかります。
三十分くらいで帰ってくるとの回答がレッドさんから来ました。それでは行きますか!
「クー!ククククー!」
「レッドさん、頑張ってね」
レッドさん、出番に張り切ってます。エカテリンさんも見送ります。
さて。レッドさんを乗せた右手を肩口に構えて、十歩ほど助走を付けて、レイコ・カタパルト! …まんま砲丸投げですが。
いきなり放り投げられたレッドさんに、皆がびっくりしていますが。放物線の頂点でばっと翼を広げ光を纏って飛んでいくレッドさんの姿が皆さんからも辛うじて見えたのか、安堵の雰囲気が広がります。
「半刻くらいで、えーと、半径二十ベールを見てきてくれるそうです。戻ってきたら、地図に私が書き込みますね」
「二十ベールを半時で…まさか…」
参謀っぽい人が驚いています。
この時代からすれば、びっくりするような能力でしょう。斥候でやろうとしたら、確実に数日は必要な範囲ですからね。
カステラード殿下の従者さんが、椅子を持ってきてくれました。
皆さんは、とりあえず出ている情報から軍の動かし方などを検討してますね。今回はとにもかくにも防衛戦です。
だいたい三十分後。レッドさんが戻ってきました。私の背中に着地…と思ったら、エカテリンさんに飛びついていきましたね、あなた。
「おかえりレッドちゃん! うーん、なんか体が冷たいね。大丈夫だった?」
富士山くらいの高度まで上がって旋回してきたのですから、流石に寒かったでしょう。
エカテリンさんがレッドさんを抱きしめて、暖めるようにさすっています。レッドさんも気持ちよさそうですね。
…まぁいいや。
表に出て小休止状態だった皆さんが会議室に戻ります。
先ほどの地図に書き込もうかと思ったのですが。どうにも精度が悪すぎるので。机くらいの板を持ってきてもらって、そこに一から書くことにしました。…この板、六六の床材ですよね?
レッドさんから、上空から見たイメージは送られてきますので。頭の中でそれをなぞる感じです。
河や山のだいたいの位置、街道や街や村のの位置、これらを大雑把に、それでも場所は先ほどの地図よりは遙か上の精度で、炭ペンで書き込んでいきます。板の上に乗っての書き込みで、これだけでまた半刻くらいかかってしまいましたね。
三角州の東のネイルコード国側には、川沿いに街が二つに村が十五カ所。川沿いに農地が広がっています。…隠し畑なんかも丸見えですが、まぁ放置しましょう。
三角州の西側のダーコラ国側には、小さめの街が一つに村が三つ。
カステラード殿下の参謀さんが、私が地図に書き込む先から地名を追記してくれています。うん、だいぶまともな地図が出来ました。
軍議での地図の上で使うコマのような物がありまして。そこに兵種と人数を書き込み、新たに作った地図に置いていきます。人数が1桁のところまで書かれていることに、皆びっくりしていますね。
一番大きい部隊から順番に配置していきます。
支流の堰から少し離れたところに、兵六千五百二十一名。馬が千二百七頭。馬車やら単なる移動用の馬も多いでしょうが、これらの数字から、部隊における騎馬の規模も推測できます。
十人未満の部隊が、あちこちに散らばっています。多分両陣営の斥候でしょうね。流石に全部を書き込んでいられないので、これはマチ針のようなもので簡単に再現していきますか。
あとは。三角州の西の方に、纏まった部隊が。多分輜重部隊ですね。そこと各前線の部隊との間を、馬やら人やらが往復しているのがわかります。
ふむ。こんなもんですか。
「…怖ろしいほどの精度ですな」
参謀さんが、感嘆していますね。
さて。地図が出来たところで、当面の問題がいくつか。
兵千五百程の部隊が二つ、中州にある林の向こうに隠れるようにして川の下流方向に移動しています。
「こいつら。街を狙っているな」
下流方向にあるバッセンベル領の二つの街。そこを略奪しに行くのか。またはこちらの戦力を誘引して分断しにかかっているのか。はたまた、こちらの後方に回り込んでの奇襲を考えているのか。
「ネイルコード側の戦力を誘引することが目的なら、こちらの斥候には引っかかるようにもうちょっと目立つよう動くだろう。こちらが布陣してからの後方への奇襲なら、地理的に二手に分ける意味は薄い。陽動ではなく二つの街を襲撃するつもりだな」
と、カステラード殿下が分析します。
「戦力を分けたくは無いが、街を見捨てるわけにも行くまい。こちらも千五百ずつだして街の防衛に当たらせる。今ならまだこちらの方が早く街に着くだろうし、同数が街を護っているのが分れば、ダーコラ側も手は出せまい。街には先触れを出して、近隣の村には避難するよう指示を出させろ」
「了解しましたっ!」
側近の人が会議室を飛び出していきます
「カステラード殿下、ありがとうございます」
トラーリさんが、礼の意味を込めてカステラード殿下に頭を下げた。自領の街、自領の民ですからね。
バッセンベル領"でも"助ける…とは言えません。王族が領間の確執を表沙汰には出来ないと言うところですか。
実はもう一つ、気になる部隊がいます。
「あと、上流方向に五百ほどの部隊が留まっているようです」
五百と書いた小さいなコマが、戦場予定のところから北の所に置いてあります。森の中に潜んでいる…ようにも思える。流石にレッドさんも、森の中の兵士がどちらの勢力なのかまでは分りません。
斥候部隊程度でも、後方攪乱には注意しないといけないので、いくつか対処の指示がすでにされてますが。単独で五百の部隊ともなると、さすがに無視はできません。
「…先ほど私が、モンテスに指揮を執れと言った部隊でしょう。領地からの出立が遅れていたので、まだそこにいるようですね」
黒幕アトラコム・メペック・モレーロス伯爵が、苦虫を食べながら説明する。さっきの馬鹿の部隊か…役に立つのかしらね?
「しかし、ここまで正確に戦場が把握できるとは先手打ち放題ですな。すさまじい」
参謀の人が感心してますが。…だからって、こちらから戦争吹っかけたり、しょっちゅう引っ張り出されるのは勘弁ですよ。
「うむ。流石巫女様と小竜様と言えよう。ただ、先ほどのモンテス卿とのやりとりでも分るとおり、無益な犠牲はレイコ殿のもっとも嫌うところである。その辺は重々理解しておいてくれ。…最悪、レイコ殿に敵対されるようなことになっては困るぞ」
カステラード殿下が釘を刺してくれる。
私が敵対する。そんなことを考えてもみなかったという顔をしている人が何人か。
「…敵対する危険性があるのなら、ネイルコード王国のためにも、今の内になんとかされたほうが良いのでは?」
アトラコムが意見する。私の前で言いますか?それ。
やはり馬鹿なのか?こいつは。…いや、わざとか。相手を不快にさせることで勝った気になるタイプの馬鹿だ。
「はっはっはっ。レイコ殿は確かに危険だぞ!。刃物も毒も効かず、素手で剣を砕き、巨大な岩を一撃で粉砕する!。アトラコム卿! 貴様ならなんとか出来るとでも言うのか? 小竜様も、こんなかわいらしい成りだが、レイコ殿と同じくらい強いそうだ!」
カステラード殿下が笑顔で言うが、目が笑っていない。そんな顔をしながら、私の頭を撫る。…アトラコムに怒ってくれてますね。
「やってみるか?アトラコム卿! 言っておくが王室はレイコ殿の味方だからな! 孤軍奮闘したとして、いや一方的に殲滅されるだけだろうが、貴殿に助けは無いぞ!」
「ぐ…失言でした。お忘れ下さい」
渋々馬鹿が頭を下げるけど。目は謝っちゃいないな。
「レイコ殿に手出しが出来ぬ以上、誠意を持って接するしか無い。我がネイルコード王室はレイコ殿を信頼している。ここに居る者はそれを肝に銘じよ」
「ははっ!」
王室としての宣言に、居並ぶ人たちが礼を持って応えます。
「特にアトラコム殿、…あまり赤竜神の巫女様を舐めるなよ」
むっとするだけのアトラコム。頭を下げるトラーリさん。
…駄目だこりゃ。レッドさんもジト目で見てます。
・Side:アトラコム・メペック・モレーロス
ふん。エイゼル市で騒動を犯した貧乏男爵家の三男一家を始末したからどうだというのだ。
さすがに王妃ローザリンテに無礼を働いたとなれば、放置は出来ぬだろう。領主に代わって迅速に処分したのだから、むし感謝して欲しいくらいだ。
それにしても、赤竜神の巫女に小竜か。正教国やダーコラ国が欲しがるわけだ。
あの小竜の斥候能力、上手く使えば戦争が一変するぞ。報告では、あの小娘も巨大な岩を一撃で破壊できるほどのマナ術が使えるらしい。最初は戯言だと思っていたが、あの様子だと真剣に受け取る必要がありそうだな。
主である辺境候ジートミル・バッセンベル・ガランツは、病の床にある。跡取りは娘のトラーリしかいない。トラーリに我が息子モンテスを入り婿させれば、辺境候の爵位と領地が我が家に転がり込むことになる。
ジートミルが死にさえすれば、このまま後見人としてなんとでも出来よう。もうすぐなのだ。
ダーコラ国からは、本紛争にて内通の誘いが来ている。
愚かなカステラードは、この紛争を大事にしたくないようで、本当に同数の兵しか連れてきていない。後詰めの用意はあるようだが、必要になったとしてもそれらが到着するまでの数日が命取りだ。
両軍が正面からぶつかっている所に、我が領の兵が離反すれば、一気にダーコラ国側の勝利へ持ち込むことが出来よう。カステラードを、殺すまで行かなくても捕らえることが出来れば、私の大きな功績となる。
現状、ネイルコード国の内政からは、バッセンベルの貴族はほとんど干されている状態だ。これまでの功績と爵位に応じた国政の職責をと昔から要求はしているが。内政と軍事は別物だとぬかしおる。昔から国境を護ってきた我らを冷遇しおって。
本紛争でのダーコラ国側の戦勝の暁には、隣接する王領やエイゼル領の一部を割譲させ、それをバッセンベル領にもらい受ける話が纏まっていた。さらにその領地を足がかりにネイルコード王都やエイゼル領への侵攻をもと考えていたのだが。
ツキシマ・レイコ。ともかく邪魔ではある。ただ、いかんせん排除する手段が無い。
眉唾と捨て置いた報告によると、本当に剣も毒も効かないそうだ。見た目はただの小娘なのだがな。
…なんということだ。北に潜ませておいた我が領の戦力も、小竜の偵察で所在がバレた。
ダーコラ国軍側の動きも、小さい斥候部隊の動きまですべて把握されている。しかもあの巫女のマナ術、本当に岩山を粉砕できるだと? 手の出しようが無いではないか!
…今回は諦めるしかないか。
モンテスには、ダーコラ国側の街を略奪でもするように伝えよう。小さい街だが、領の財政の足しにはなろうし。ここでとりあえずカステラードに媚びておくためにも、些少でも戦果は必要だ。
・Side:ツキシマ・レイコ
ともかく。当面の敵は理解した。
アトラコム・メペック・モレーロス伯爵ね。
正教国やダーコラ国より優先順位上に設定。
辺境伯令嬢のトラーリさんもいろいろ苦労しているようで。まだ人柄はしっかり掴めていないけど、今のところは味方してあげたいようには思う。まぁこの辺は、目の前のことを解決した後の話ですね。
軍議の本番は、ダーコラ国軍の兵の配置の偵察報告から始まりました。
だいたいの山と河が分る程度の地図に、大雑把な敵の数と配置。…これで作戦立てないと行けないのか、この時代の人は。まぁ、人手で偵察しないと行けないのだから、しかたないんだろうけど。
そこでカステラード殿下に提案します。
「カステラード殿下、レッドさんに偵察を頼みましょうか?」
カステラード殿下の立場なら、レッドさんが斥候として有用だという情報は既に知っているでしょう。
「…お手を煩わせて申し訳ないが、出来るのならぜひ」
と言われたので。久しぶりにレイコ・カタパルトです。
まずは会議室の建物の外に出ます…が。なぜか会議室のみんなが付いてきました。
レッドさんに、半径二十キロほどの偵察をして欲しいと頼みます。彼なら、高空からでも森林の中の兵士の場所までわかります。
三十分くらいで帰ってくるとの回答がレッドさんから来ました。それでは行きますか!
「クー!ククククー!」
「レッドさん、頑張ってね」
レッドさん、出番に張り切ってます。エカテリンさんも見送ります。
さて。レッドさんを乗せた右手を肩口に構えて、十歩ほど助走を付けて、レイコ・カタパルト! …まんま砲丸投げですが。
いきなり放り投げられたレッドさんに、皆がびっくりしていますが。放物線の頂点でばっと翼を広げ光を纏って飛んでいくレッドさんの姿が皆さんからも辛うじて見えたのか、安堵の雰囲気が広がります。
「半刻くらいで、えーと、半径二十ベールを見てきてくれるそうです。戻ってきたら、地図に私が書き込みますね」
「二十ベールを半時で…まさか…」
参謀っぽい人が驚いています。
この時代からすれば、びっくりするような能力でしょう。斥候でやろうとしたら、確実に数日は必要な範囲ですからね。
カステラード殿下の従者さんが、椅子を持ってきてくれました。
皆さんは、とりあえず出ている情報から軍の動かし方などを検討してますね。今回はとにもかくにも防衛戦です。
だいたい三十分後。レッドさんが戻ってきました。私の背中に着地…と思ったら、エカテリンさんに飛びついていきましたね、あなた。
「おかえりレッドちゃん! うーん、なんか体が冷たいね。大丈夫だった?」
富士山くらいの高度まで上がって旋回してきたのですから、流石に寒かったでしょう。
エカテリンさんがレッドさんを抱きしめて、暖めるようにさすっています。レッドさんも気持ちよさそうですね。
…まぁいいや。
表に出て小休止状態だった皆さんが会議室に戻ります。
先ほどの地図に書き込もうかと思ったのですが。どうにも精度が悪すぎるので。机くらいの板を持ってきてもらって、そこに一から書くことにしました。…この板、六六の床材ですよね?
レッドさんから、上空から見たイメージは送られてきますので。頭の中でそれをなぞる感じです。
河や山のだいたいの位置、街道や街や村のの位置、これらを大雑把に、それでも場所は先ほどの地図よりは遙か上の精度で、炭ペンで書き込んでいきます。板の上に乗っての書き込みで、これだけでまた半刻くらいかかってしまいましたね。
三角州の東のネイルコード国側には、川沿いに街が二つに村が十五カ所。川沿いに農地が広がっています。…隠し畑なんかも丸見えですが、まぁ放置しましょう。
三角州の西側のダーコラ国側には、小さめの街が一つに村が三つ。
カステラード殿下の参謀さんが、私が地図に書き込む先から地名を追記してくれています。うん、だいぶまともな地図が出来ました。
軍議での地図の上で使うコマのような物がありまして。そこに兵種と人数を書き込み、新たに作った地図に置いていきます。人数が1桁のところまで書かれていることに、皆びっくりしていますね。
一番大きい部隊から順番に配置していきます。
支流の堰から少し離れたところに、兵六千五百二十一名。馬が千二百七頭。馬車やら単なる移動用の馬も多いでしょうが、これらの数字から、部隊における騎馬の規模も推測できます。
十人未満の部隊が、あちこちに散らばっています。多分両陣営の斥候でしょうね。流石に全部を書き込んでいられないので、これはマチ針のようなもので簡単に再現していきますか。
あとは。三角州の西の方に、纏まった部隊が。多分輜重部隊ですね。そこと各前線の部隊との間を、馬やら人やらが往復しているのがわかります。
ふむ。こんなもんですか。
「…怖ろしいほどの精度ですな」
参謀さんが、感嘆していますね。
さて。地図が出来たところで、当面の問題がいくつか。
兵千五百程の部隊が二つ、中州にある林の向こうに隠れるようにして川の下流方向に移動しています。
「こいつら。街を狙っているな」
下流方向にあるバッセンベル領の二つの街。そこを略奪しに行くのか。またはこちらの戦力を誘引して分断しにかかっているのか。はたまた、こちらの後方に回り込んでの奇襲を考えているのか。
「ネイルコード側の戦力を誘引することが目的なら、こちらの斥候には引っかかるようにもうちょっと目立つよう動くだろう。こちらが布陣してからの後方への奇襲なら、地理的に二手に分ける意味は薄い。陽動ではなく二つの街を襲撃するつもりだな」
と、カステラード殿下が分析します。
「戦力を分けたくは無いが、街を見捨てるわけにも行くまい。こちらも千五百ずつだして街の防衛に当たらせる。今ならまだこちらの方が早く街に着くだろうし、同数が街を護っているのが分れば、ダーコラ側も手は出せまい。街には先触れを出して、近隣の村には避難するよう指示を出させろ」
「了解しましたっ!」
側近の人が会議室を飛び出していきます
「カステラード殿下、ありがとうございます」
トラーリさんが、礼の意味を込めてカステラード殿下に頭を下げた。自領の街、自領の民ですからね。
バッセンベル領"でも"助ける…とは言えません。王族が領間の確執を表沙汰には出来ないと言うところですか。
実はもう一つ、気になる部隊がいます。
「あと、上流方向に五百ほどの部隊が留まっているようです」
五百と書いた小さいなコマが、戦場予定のところから北の所に置いてあります。森の中に潜んでいる…ようにも思える。流石にレッドさんも、森の中の兵士がどちらの勢力なのかまでは分りません。
斥候部隊程度でも、後方攪乱には注意しないといけないので、いくつか対処の指示がすでにされてますが。単独で五百の部隊ともなると、さすがに無視はできません。
「…先ほど私が、モンテスに指揮を執れと言った部隊でしょう。領地からの出立が遅れていたので、まだそこにいるようですね」
黒幕アトラコム・メペック・モレーロス伯爵が、苦虫を食べながら説明する。さっきの馬鹿の部隊か…役に立つのかしらね?
「しかし、ここまで正確に戦場が把握できるとは先手打ち放題ですな。すさまじい」
参謀の人が感心してますが。…だからって、こちらから戦争吹っかけたり、しょっちゅう引っ張り出されるのは勘弁ですよ。
「うむ。流石巫女様と小竜様と言えよう。ただ、先ほどのモンテス卿とのやりとりでも分るとおり、無益な犠牲はレイコ殿のもっとも嫌うところである。その辺は重々理解しておいてくれ。…最悪、レイコ殿に敵対されるようなことになっては困るぞ」
カステラード殿下が釘を刺してくれる。
私が敵対する。そんなことを考えてもみなかったという顔をしている人が何人か。
「…敵対する危険性があるのなら、ネイルコード王国のためにも、今の内になんとかされたほうが良いのでは?」
アトラコムが意見する。私の前で言いますか?それ。
やはり馬鹿なのか?こいつは。…いや、わざとか。相手を不快にさせることで勝った気になるタイプの馬鹿だ。
「はっはっはっ。レイコ殿は確かに危険だぞ!。刃物も毒も効かず、素手で剣を砕き、巨大な岩を一撃で粉砕する!。アトラコム卿! 貴様ならなんとか出来るとでも言うのか? 小竜様も、こんなかわいらしい成りだが、レイコ殿と同じくらい強いそうだ!」
カステラード殿下が笑顔で言うが、目が笑っていない。そんな顔をしながら、私の頭を撫る。…アトラコムに怒ってくれてますね。
「やってみるか?アトラコム卿! 言っておくが王室はレイコ殿の味方だからな! 孤軍奮闘したとして、いや一方的に殲滅されるだけだろうが、貴殿に助けは無いぞ!」
「ぐ…失言でした。お忘れ下さい」
渋々馬鹿が頭を下げるけど。目は謝っちゃいないな。
「レイコ殿に手出しが出来ぬ以上、誠意を持って接するしか無い。我がネイルコード王室はレイコ殿を信頼している。ここに居る者はそれを肝に銘じよ」
「ははっ!」
王室としての宣言に、居並ぶ人たちが礼を持って応えます。
「特にアトラコム殿、…あまり赤竜神の巫女様を舐めるなよ」
むっとするだけのアトラコム。頭を下げるトラーリさん。
…駄目だこりゃ。レッドさんもジト目で見てます。
・Side:アトラコム・メペック・モレーロス
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さすがに王妃ローザリンテに無礼を働いたとなれば、放置は出来ぬだろう。領主に代わって迅速に処分したのだから、むし感謝して欲しいくらいだ。
それにしても、赤竜神の巫女に小竜か。正教国やダーコラ国が欲しがるわけだ。
あの小竜の斥候能力、上手く使えば戦争が一変するぞ。報告では、あの小娘も巨大な岩を一撃で破壊できるほどのマナ術が使えるらしい。最初は戯言だと思っていたが、あの様子だと真剣に受け取る必要がありそうだな。
主である辺境候ジートミル・バッセンベル・ガランツは、病の床にある。跡取りは娘のトラーリしかいない。トラーリに我が息子モンテスを入り婿させれば、辺境候の爵位と領地が我が家に転がり込むことになる。
ジートミルが死にさえすれば、このまま後見人としてなんとでも出来よう。もうすぐなのだ。
ダーコラ国からは、本紛争にて内通の誘いが来ている。
愚かなカステラードは、この紛争を大事にしたくないようで、本当に同数の兵しか連れてきていない。後詰めの用意はあるようだが、必要になったとしてもそれらが到着するまでの数日が命取りだ。
両軍が正面からぶつかっている所に、我が領の兵が離反すれば、一気にダーコラ国側の勝利へ持ち込むことが出来よう。カステラードを、殺すまで行かなくても捕らえることが出来れば、私の大きな功績となる。
現状、ネイルコード国の内政からは、バッセンベルの貴族はほとんど干されている状態だ。これまでの功績と爵位に応じた国政の職責をと昔から要求はしているが。内政と軍事は別物だとぬかしおる。昔から国境を護ってきた我らを冷遇しおって。
本紛争でのダーコラ国側の戦勝の暁には、隣接する王領やエイゼル領の一部を割譲させ、それをバッセンベル領にもらい受ける話が纏まっていた。さらにその領地を足がかりにネイルコード王都やエイゼル領への侵攻をもと考えていたのだが。
ツキシマ・レイコ。ともかく邪魔ではある。ただ、いかんせん排除する手段が無い。
眉唾と捨て置いた報告によると、本当に剣も毒も効かないそうだ。見た目はただの小娘なのだがな。
…なんということだ。北に潜ませておいた我が領の戦力も、小竜の偵察で所在がバレた。
ダーコラ国軍側の動きも、小さい斥候部隊の動きまですべて把握されている。しかもあの巫女のマナ術、本当に岩山を粉砕できるだと? 手の出しようが無いではないか!
…今回は諦めるしかないか。
モンテスには、ダーコラ国側の街を略奪でもするように伝えよう。小さい街だが、領の財政の足しにはなろうし。ここでとりあえずカステラードに媚びておくためにも、些少でも戦果は必要だ。
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しかもチートがもらえるかどうかはガチャの結果次第らしい。しかし、なんとも幸運なことに何万年に一度の大当たり!なのにチートがない?もらえたのは「幸運のアイテム袋」というアイテム一つだけ。
これは、理不尽に異世界転生させられた女性が好き勝手に生きる物語。
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