玲子さんは自重しない~これもある種の異世界転生~

やみのよからす

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第6章 エイゼル市に響くウェディングベル

第6章第037話 アイズン伯爵と炬燵

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第6章第037話 アイズン伯爵と炬燵

・Side:ツキシマ・レイコ

 季節は秋ももう終わりの頃と言って良いでしょうか。朝晩と結構寒くなってきました。日本なら11月って感じですかね。

 家の共同リビングの一段高くしておいたところに、注文しておいた畳が入りましたよ。
 この家自体、一応土足禁止で、玄関のところでスリッパに履き替えるようになっていますが。畳の間ではスリッパも禁止です。
 まぁ畳の間くらいスリッパて゜もとは思うのですが。皆さんここの上がるのは炬燵に入るのが目的ですからね。大抵は靴下までです。

 「なんか良い香りがするわね、この筵(むしろ)?」

 「これは"タタミ"っていいます」

 「"タタミ"ね。了解」

 アイリさんが早速、物珍しそうに畳を吟味しています。
 畳の表材、アマランカ産のこれはまんまイグサでは無いんでしょうが、見た目は十分に畳です。ほぼ特注品なので、十畳も揃えるとけっこうな値段ではありますが。奉納するまでの物かは、今後のウケしだいですね。私以外に需要があるか微妙ですし。
 縁の部分が革製ってところが特殊ですか。最初はとりあえず丈夫さ優先とのことです。

 畳の間は、真ん中の一畳は外してそこに掘り炬燵を設置してあります。真四角では無く一畳分の長方形ですが。みんなで入るには、これくらいの広さの長方形の方が良いという判断です。
 掘り炬燵にしたのは、こちらの人は椅子に座るというのが普通でベタ座りする風習がほとんど無いからです。私は、掘りでは無い方が良いのですが、慣れていない人にはベタ座りは結構辛い姿勢なのです。まして正座なんて長時間出来る人なんてここには居ません。一応ここの穴は塞いぐことも出来ますので、一度は試してみる予定ですが。…それだとみんな寝てしまいそうで。

 長方形の真ん中に穴が空いた変な形になった敷布団、けっこうでかいぞ炬燵布団、さらに座布団に座椅子。これらももちろん用意してあります。
 発熱部は、毎度のマナ板で出来た者を掘り炬燵の底に置いてあります。脚を火傷しないようにとか物が上に落ちて燃え出さないようにとか、きちんとその辺に気を配った一品です。オンオフのために一旦炬燵に潜らないといけないのが難点ですので、このへんの工夫が次の課題ですね。

 さっそくお披露目…というか初使用です。
 ファルリード亭の面々は今日は非番でした。当たり前ではありますが流石に毎日出勤では大変ですので、雇ったり他の宿から移って来た面々の方々とローテーション組んで、週休二日はキープしています。というかさせています。お店には私も投資していますからね、ブラックにはさせませんよ。
 とは言っても。カヤンさんはオフの日にも市場に行ったり料理の試作したり。ミオンさんは郊外や海まで体鍛えに走りに行ったり。モーラちゃんはカーラさんに見てもらいつつ勉強しています。皆さん勤勉です。

 共同リビングに一番近い客室は、警備に来てくれる護衛騎士さんや影の方達のための部屋になりました。最初は庭の隅にでも詰め所を建てるとか門番に立つとかいう話だったのですが。貴族街でも無いのにそれは外に向かって悪目立ちすると指摘されたので、空いている部屋を使ってもらうことになりました。今日は、エカテリンさんと料理騎士ことブールさんが詰めています。
 風呂や食事も私達と一緒ですので、お二人曰く快適すぎてダレないようにするのが大変だとか。

 皆がお風呂に入って、夕食も終わって。寝るまでの時間をだらだらしましょう…というところでの炬燵です。
 ただの暖房器具の一種だと油断してはいけません。

 「…なるほど…レイコちゃんがこだわる訳ね」

 「何というか。体が炬燵の一部になったかのような心地よさ…」

 カーラさんも座椅子にもたれてウトウトしています。カヤンさん、ミオンさん、モーラちゃんは、親子で並んで天板に顎乗せて、ぐてーとしています。

 炬燵に入ったマーリアちゃんとアライさんが、寝そべっているセレブロさんを枕にしています。

 エカテリンさんも炬燵を試しましたが。危うく炬燵に根が張りそうなところで奮起して、近くのテーブルに逃れました。

 「こんなのに入ってたら、気持ちよすぎて警備が出来ないよっ!」

 「同じく」

 だそうです。うん、非番の時にでもゆっくり入って下さい。

 …誰も炬燵から出たがらないので。私がお茶を入れて、果物やらドライフルーツやらクッキー等を茶菓子に出します。みかんがあればよかったんですが。あそこまで簡単に皮が剥ける柑橘類は無いんですよね。今後の品種改良に期待です。リンゴと桃を足して割ったような果物があるので剥きましょう。
 アイリさんが、だらだらしながらクッキーをポリポリ食べ始めます。

 「これ…奉納に出すべきとは思うけど。教会でどうお披露目したもんかしら?」

 「やっぱ、どっかに設置した状態でご招待…って形になるんじゃ無いかな? 畳とセットで教会に持ち込まれても向こうも困るだろ?」

 「畳じゃ無くても。四角い箱型の長椅子…は長いか。二席分くらいの椅子を四角く並べて、真ん中にこの炬燵を置くってのはどう? それならどこでも設置できるし」

 確かに、炬燵に畳の間が必須というわけでもないですからね。

 「なるほどね。マルタリクに試作頼んでみようか」


 だらだらとした時間が過ぎます。
 お茶のおかわりでも入れようかと出ると、ついでになんか取ってきてと頼まれるのも、炬燵あるあるですね。
 おしゃべりしたり。リバーシ広げたり。こういうまったりとした時間も良いですね。…ほんと家族団らんって感じになりました。
 エカテリンさんと料理騎士さんは、いざという時にすぐ動けるようにとテーブルの方についていますが、二人で将棋を指しています。交代で相手の番の時には周囲に気を張っているのが分かります。窓にはカーテンを引いてありますが、入り口や外の気配に神経を配っています。その辺はさすがですね。

 「ずっと気を張るより、こっちの方が気を集中できるからね」

 将棋の方はエカテリンさんが強いようですね、たまにブールさんから待ったがかかっています。
 …アイリさんがなんかもぞもぞしていますね。

 「…アイリさん、代わりにトイレに行ってくれる人はいませんよ?」

 「ちょっ! なんでわかるのっ?!」

 はい。これも炬燵あるあるです。



 この季節の朝。生前なら寒くて布団から出たくなくなるものですが。ぱっと起きれる当たり、この体にもありがたさがを感じますね。寒くはあるけど凍えない感じ?
 朝起きて共同リビングに行くと、だれかしら炬燵に入っているようになりました。
 カーラさん目当てに入ってきた通い猫も中に入ってたりします。まぁこれも炬燵あるある。猫箱や猫トイレなんかもリビングには設置済みです。

 「ひゃー。こたつにはいるとあしがぬけなくなりますね」

 「ほんと。出るのが大変になるの分かっているのに、見かけると吸い込まれるわ」

 アライさんとアイリさんが炬燵で並んでまったりしています。二人とも顎を天板に乗せて…顔が似てきたように見えるのは気のせいですかね? 朝食済ませたら出勤ですよ?二人とも。



 実は今夜、アイズン伯爵が我が家に訪問します。
 件の炬燵の奉納の報告書がアイズン伯爵の目に止ったというのと。そう言えばまだこの家を訪問していなかったなということで。
 非貴族な個人の家としては豪華でも伯爵邸に及ぶべくもなく、私としては領主をお招きするのはむしろ失礼かな?と思っていたんですけどね。
 伯爵曰く、

 「レイコ殿が設計から関わったのだろう? 是非中を見てみたいのぅ」

 とのことです。
 今回はクラウヤート様も同行するそうです。バール君のご飯も考えておかないとですね。


 夕方頃、伯爵家の馬車が着きました…ファルリード亭の方へ。

 「ようこそファルリード亭へ、バッシュ・エイゼル・アイズン伯爵っ、クラウヤート様っ!」

 一同が入り口でご挨拶です。
 伯爵の言いつけで店を閉めることはしませんでしたが。たまたま居合わせたお客さん達が食事を中断して起立します。

 「出迎えありがとう。今日はわしも遊びに来ただけじゃ。これ以上の儀礼は無用。みな引き続き食事を楽しんでくれ」

 とは言われつつも、伯爵が見えるところでは寛げる物では無いでしょう。まずは先にお風呂ってことで、ファルリード亭の銭湯の方に移動します。
 家の風呂は、私の地球の時の家風呂よりは広いですが。流石に御貴族様と護衛の方が同時には入れるほどは広くはありませんので。先に銭湯の方をいただきます。
 伯爵邸の方での風呂も完成しているそうですが。広さは家の風呂と同程度だそうで。ファルリード亭の広々とした風呂はやはり格別だとのこと。

 実は伯爵、ファルリード亭の銭湯にはすでに何度か訪れています。王都での会議からの帰りとかギルドに寄るついでにお忍びとばかりに、食堂の賑やかな雰囲気の中でイカ焼きを充てにお酒をチビチビ飲んでいくのです。きらびやかな装飾とは無縁の人ですからね。良いところの人物だろうとは思われつつも、けっこう紛れているようです。

 私は男風呂には入れませんので。クラウヤート様が伯爵のお背中流してあげて下さいね。


 恒例の腰に手を当てての牛乳飲みもこなして。すぐ近くはありますが、湯冷めしないように馬車で家に移動です。
 本日、カヤンさん達とアライさんはファルリード亭の方に詰めています。護衛が伯爵に付いてきますので、流石の共同リビングも手狭になりますので、致し方なしということです。みんながファルリード亭の前でお見送りしています。
 家に来るとなると、エルセニム国大使としてはマーリアちゃんも同席しないわけには行きませんが。アライさんはファルリード亭の方を手伝うそうです。
 あと、アイリ・タロウ夫妻。こちらは申し訳ありませんが、家の方で伯爵や護衛の騎士さんたちに食事を出す手伝いをお願いします。


 「ふむ。なかなか面白い構造の家のようだの」

 「こういう天井が高い居間というのは、新鮮ですね」

 アイズン伯爵とクラウヤート様、お二人とも早速興味津々のようです。共同リビングで寛いでいただいて…と思ったのですが。まず簡単に家の中を案内します。
 アイリさんの所は、大体部屋の構造が分かる程度に。アイリさんなんかは恐縮しっぱなしですが。伯爵は、一軒家の中にまた家が入っているような構造に興味深げでしたね。
 私の部屋は全室見せましたけど。物が少なすぎて閑散としている感じにちょっと呆れていました。

 「なんじゃ、殺風景な部屋じゃな。もっといろいろ飾っても良いんじゃないか?」

 「…ベッドがぽつんと。あとタンスですか? 宿屋と大して変わらないですね?」

 肩をすくめるしかありません。クラウヤート様とアイズン伯爵に指摘されました。はい、これから考えますよ。
 そりゃまぁ、今まで宿暮しで大して荷物がなかったんですから。こんなもんでしょ?
 ここは生前の部屋より広いです。その時には本棚がありましたが、本が貴重なこちらでは本棚を作っても埋めるのは大変でしょうね。TVやオーディオもゲーム機もパソコンもありません…あれ?何を置けば良いんでしょう?



 さて。やっとこさアイズン伯爵らを共同リビングの炬燵スペースにご招待です。
 簡単に入り方について説明して、上座に座っていただいて。もちろん座椅子付き。

 「なるほど…これが炬燵か…これは気持ちが良いものだな。この中だけ暖めるのなら使うマナ板も小さくて済むと言うことか」

 「頭寒足熱っと言って、脚を温めて頭を冷ますのは、体にも良いって言われてたりします」

 「たしかに。屋敷でも部屋は暖房しておるが、上の方に暖かい空気が溜まって、足元は寒かったりするが。あれは頭がぼうっとしてくるな」

 「そういうときには扇風機で部屋の空気を混ぜると良いですよ」

 と、天井を指さします。
 何気にセントラルヒーティングなこの家では、リビングの天井には夏にも使っているファンが回っています。有ると無しでは体感温度が全然違いますよ。
 ただ、今日は炬燵を出しているということで、ちょっと寒めにしてあります。

 「執務室にも入れたいな」

 …想像しましたけど。伯爵が炬燵でお仕事は、ちょっとだらしがないかも?


 お茶をお出しして寛いでいただいているうちに夕餉の準備をします。
 今夜は、誰でも作れる炬燵の上の最終兵器、お鍋ですよ。

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