幕末・浪漫千香 〜どんな時代でも、幸せになれる〜

秋藤冨美

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報い

日野へ 下

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   奥へ進んで行くと、どことなく土方を思わせるような顔立ちの女性が見えてきた。優しそうな微笑みをたたえていて、疲れた者の心を包み込んでくれそうな雰囲気を醸し出している。

「ノブ、二人にお茶を出してくれ。 」

「はい。 」

二人はまさに仲睦まじい夫婦といった風で、千香は胸がチクリと痛んだ。やはり佐藤とノブの様な夫婦になるなど自分には成し得ない、不可能なことなのだ。藤堂には気にするなと言われても、本物の夫婦というものを目の当たりにすると、やはり無理なのだろうと思ってしまう。何の隔たりもない、二人を見ていると。例えどんな事情があろうとも相手に隠し事をしている様では、到底夫婦になどなれないだろうと。また、自分たちは今は同じ時代を生きていても、元々は違う時の流れを生きていたのだ。いずれ何らかのきっかけで、帰ってしまわないとも限らない。自分の意思とは関係無くとも。
   俯きながら顔に暗い影を落として歩く千香を時々振り返って、近藤が心配そうに見つめるも、千香は全く気付かず。

「さ。この部屋だ。 」

佐藤が立ち止まり、近藤も立ち止まるも、千香はそれにも気付かず。思いがけず近藤の背中に頭突きを食らわせてしまった。それでようやっと、千香は意識を取り戻してあわあわと慌て始めた。

「あ、あ、近藤さん申し訳ありません。前方不注意でした! 」

ぎゅっと目をつぶって、勢いのまま頭を下げる。すると、わははと笑い声が頭上から聞こえてきて、

「森宮さん、そんなに謝らずとも私は怒ってなどいないよ。 」

そう言って、近藤は佐藤に目配せした。佐藤はそれにコクンと頷くと、千香へ目線を向けて。

「今から私は近藤さんと話をするのだが...。どうやら千香さんは疲れている様だ。それに何か悩ましい顔をしているし、...女子同士なら話せることもあるやもしれない。話をしている間、ノブと一緒に寛いでいてくれないか。 」

「全然疲れてなんていません!私も是非ご同席させてください。 」

佐藤が休むようにと勧めるも、千香は頑として譲らず。

「あらあら。そうなのね。それでは、千香さんは私とお話ししていましょう。 」

どこから現れたのか、湯呑みを三つ乗せた盆を持ったノブが背後に立っていた。

「え?いえ私は...。 」

それに驚いて、千香は語尾が消え入る様になってしまう。

「いいのいいの。無理しなくたって。さ、行きましょう? 」

ノブは盆を佐藤に渡すと、千香の手を取りズンズンと進み始めた。

「頼んだぞ。 」

「いやあ。相変わらず気持ちの良い人だなあ。 」

「こ、近藤さーん!私そっちに残りたいですー! 」

半ば引きずられる様にしながら、声を大にするも、何やら話を始めたようで二人には聞こえていないように見えた。千香はガクリと項垂れながら、ぼんやりと、藤堂の顔を思い浮かべた。今頃何処を歩いているんだろう。ちゃんと朝餉は食べたのだろうかと。

「さ、ここよ。入って入ってー。 」

優しく、しかし強めに背中を押されながら部屋へ足を踏み入れると、見覚えのある様な風景が広がっていて。

「あの、ここもしかして...。 」

ノブの方を振り返り、千香は言わずもがなこの部屋はあの男が暮らしていたのだろうと思い当たって、じーっとノブの顔を見つめた。

「そう。歳三の部屋。京へ上ってからそのままにしてあるのよね。...すぐに分かったっていうことは、京でも部屋をこんな風にしているのかしら。 」

顔に手を当てながら、ノブは何処と無く嬉しそうに微笑う。それは、遠く離れて暮らす弟をちゃんと理解してくれる人があるのだと、安心している様にも見えた。

「はい。元気に、やっていらっしゃいますよ。 」

千香もにこりと笑って。

「千香さん、何か悩んでいるって彦五郎さんから聞いたけど、私で良ければ聞かせてくれないかしら? 」

どきり、と心臓が跳ねた。ノブに、話して良いのだろうか。新選組が迎えるであろう運命を。土方の最期を。

「私も、自分の中で上手く整理が付いていなくて...。まだ何をどうすれば良いか、どうすれば変えられるかどうかよく分からないんです。 」

千香は目線を下にした。戦いの中に身を投じていない女性に、この話をするのは余りにも酷な気がしたのだ。

「だから、ノブさんにお話ししてもよく分からないままになってしまうと申し訳ないので、大丈夫です。...あ!そうだ。土方さんの小さい頃の話聞かせて下さい! 」

パッと顔を上げ、千香は笑みを取り戻した。ノブは未だ納得の行かなそうな顔をしつつも、千香の笑顔を見て小さく溜め息を吐いて。

「溜め込みすぎるのも良くないから、本当に辛くなったらいつでも言うのよ。組は男所帯で周りに女子が居ないから、何かあれば頼ること!これは約束して? 」

千香を見るノブの目は、土方にそっくりで。千香は、やっぱり姉弟なんだなあと内心思いつつ、こくりと頷いた。

「よし。じゃ、立ったままじゃ何だから座りましょうよ。歳三の話はそれからね。 」

「はい。 」

そして、ノブと過ごした日野での一時は、千香の凝り固まった心が少し柔らかくなった瞬間にもなった。















千香は土方に良く似た、しかしこの時代で最も頼りになる女性を見つけたのである。
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