幕末・浪漫千香 〜どんな時代でも、幸せになれる〜

秋藤冨美

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報い

総司兄ちゃん 上 〈日常編〉

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   それから約一月。土方たちが新たな隊士たちを連れて京へ戻って来た。一月も経てば、首に付けられた跡は大分薄くなっていて、凝視しなければ分からない程になった。きっと土方も気づかないだろうくらいに。

「伊東は、怪しい動きを見せませんでしたか。 」

千香は、土方に伊東の江戸での様子を聞くため副長部屋に来ていた。

「特にこれと言っては無かった。つまりはお前の杞憂だったということだ。 」

土方のその言葉を聞き、ほっと胸を撫で下ろした。自分は屯所を離れる訳にはいかなかったため、何かあろうとも手の下しようがないからだ。

「というか、握り飯の下のあれは何だよ。うかうか飯も食えねえじゃねえか。 」

土方は眉間に深いしわを寄せて、深く溜め息を吐く。

「今回は何事もありませんでしたけど、もし何かあったときのために用心しておくのは大切でしょう? 」

「まあ、そうだが。何にしろ、またよく見張っておかないとな。 」

「はい。 」

そうして、背筋を伸ばして三つ指をついて。

「失礼しました。 」

無言で頷いた土方は、千香に背を向け机に向かい始めた。




















   部屋を出て、門の前を掃除しようと箒を持って歩いていると。坊主と鉢合わせになり、会釈を返してにこりと笑った。少し顔を引きつらせつつも、坊主の方も会釈を返す。実は千香は、土方が屯所の移転を無理矢理決めたことで罪悪感を感じ、寺の掃除の方も手伝っていたのだ。坊主が通り過ぎると、箒を地面につけ、掃き始める。すると、視界の端に門に寄り掛かっている子どもの姿が見えた。

「あれ。君、壬生寺で沖田さんと遊んでた子? 」

その顔には見覚えがあり、自分も数える程だが一緒に遊んだ記憶がある。

「君やない。銀次っちゅうれっきとした名前があるんや。 」

銀次はキッと不機嫌そうに千香を睨んだ。

「あら。ごめんなさい。銀次君ね。それはそうと、どうしてここに居るの? 」

「総司兄ちゃんに会いに来た。呼んできてや。 」

「沖田さん、今お仕事してるの。どうしようか。お仕事終わるまで待ってる? 」

「うん。俺、皆を代表して来たんや。せやから、総司兄ちゃんと会うまでは帰られへんねん。 」

銀次は先程までの不機嫌そうな顔から、意志の強い瞳を称えた顔つきになった。それに、千香はふふと小さく笑い。

「な、何笑とんねん!失礼なやっちゃな! 」

「ごめんごめん。じゃあ、部屋に案内するね。 」

千香が歩き出すと、銀次はちょこちょことその後ろをついて行く。一先ず女中部屋に居てもらって、その間に近藤か土方に事情を話す様にしよう。

「待っている間、退屈だと思うからこの紙に好きな絵描いてていいよ。 」

持っていたメモ帳に、ボールペンを添えて渡す。すると案の定、銀次は目を白黒させて戸惑い始めた。

「ふふっ。やっぱりそうなるよね。これはね、ここを押すと墨が出るの。で、筆と同じ要領で書けば...。ほら、出来た! 」

銀次の持っていたボールペンを渡してもらい、こうして書くのだと示してみせた。

「こ、こんな筆見たことない!姉ちゃん、何者や!! 」

「あれ、名前言ってなかったっけ。私は、森宮千香って言います。千香って呼んで。 」

千香は三つ指をついて、深々と頭を下げる。

「ああ、こりゃ御丁寧にどうも...って、いや、そうやなくて!俺が聞いてんのは、この筆が変わっとるから、何でこんな便利な筆があるんやってことや! 」

「あははっ!銀次君、揶揄い甲斐があるね!面白い!見事なノリツッコミだわ!  」

「ああ、もう!千香姉ちゃん嫌い! 」

そうして銀次は拗ねてそっぽを向いた。しかし、千香は銀次が拗ねたことよりも姉ちゃん、という言葉の響きに感動を覚え、

「千香姉ちゃん...!ええ響き!私、妹やし、そう呼ばれたん生まれて初めてや! 」

と思わず方言が出てしまう。その刹那、銀次が、

「千香姉ちゃん、京の人やったん!? 」

と驚嘆の声をあげた。

「ううん。私は、伊予よ。ちょっと言葉似とるけん、よう間違われる。 」

最早、方言が出てしまったことに対する焦りの感情は出ず。ただひたすら、銀次を揶揄うことに夢中になった。するとその声を聞きつけたのか、戸の向こうで声が聞こえ、途端に障子が開いた。

「千香さん、一体誰と話を...って、銀次じゃないか。どうしたんだ。わざわざここ迄来たりして。 」

「総司兄ちゃん!俺もう、千香姉ちゃんと居りたない!助けて! 」

沖田の姿を見とめると、銀次は勢い良く縋り付いた。

「銀次君、ごめんー。でも、銀次君が面白すぎるんが悪いんよ! 」

「...千香さん。どういう事か、話してもらいましょうか。 」

「あ...。はい...。 」


千香はその瞬間初めて、沖田の鬼の顔を垣間見た。
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