幕末・浪漫千香 〜どんな時代でも、幸せになれる〜

秋藤冨美

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国が揺らぐ

松平容保 〈日常編〉

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   それは暑い夏のこと。千香が今日の昼餉は素麺にでもしようと意気込み、厨房に立ったはいいものの。

「不覚や...。ご飯任されとる人間が、台所事情把握出来てないとか!小麦粉丁度きらしとるやん! 」

これは、もう。一つしかないだろう。

「小麦粉、買いに行かないかん。 」

懐の巾着の残金を確認し、良しと気を引き締め、近くにいた隊士に声をかけると、京の街へと繰り出した。





















   「毎度ありがとうございました。 」

「いえいえ。また買いに来ますね。 」

いつも通っている店で小麦粉を買うと、おまけで鰹節を付けてくれたのでほくほくで帰り道を歩み始めた。しかし。

「...え。今のって、松平容保さん!?何でこんな街中に居ん!? 」

すれ違いざまに、町人の姿を装った京都守護職の松平容保を見かけ。まるで写真から飛び出たのかと思う程、姿形が一致していたため着るものが違えど見逃すことはなかった。

「娘、余を知っておるのか? 」

「あ。はい。もちろん存じております。 」

偶然すれ違った千香の言葉を聴き漏らさなかったのだろう。容保は振り返り、千香に声をかけた。千香はといえばまさか気付かれるとは思ってもおらず、咄嗟になんとか声を絞り出した。

「て、それよりも!御付きの方が見えないのですが、大丈夫なんですか?京都守護職を務められている方なのに。 」

すると容保は人差し指を口に当て。悪戯っ子の様な笑みを浮かべた。

「実は抜け出して来た。新選組の屯所に行きたいのだが、娘。案内を頼めないか? 」

「良いですけど...。会津藩主をなさっているお方が、護衛も付けずに京の街を歩いてちゃ、危ないと思いますよ。心配で仕方ありません。 」

「うむ。それは確かに一理ある意見だが、いつもいつも誰かと共に居るというのは疲れるものだ。 」

「はあ...。まあ、分かりました。ご案内致しますので、付いて来て下さい。 」

「かたじけない。 」

屯所へと歩き始めると、容保は千香の右斜め後ろから付いて行く。なるべく自分の死角に容保が入らない様、そして何かあれば身を呈して守ろうと千香は道中ずっと気を張っていた。ただ誰かとすれ違うだけでも、実は町人を装った刺客では無いか、長州藩の人間はいないか耳を澄ませて、出来る限り安全に気を配った。そして無事に屯所の門の前に着くと、ふう、と息を吐き出した。

「着きました。 」

「かたじけない。道中、女子おなごのお前に要らぬ世話をかけてしまった。...しかしこの京の人間で新選組と聞くといい気分はしないと言うが...。変わり者だな。 」

「どうか謝らないで下さい。私が... 」

と言いかけたとき。

「千香!おかえり。買い物に行くなら声かけてくれよ。一緒に行くのに...。ってえ!?か、容保公!?どうしてここに!? 」

藤堂が駆け寄ってくるも、容保の姿を見とめ焦り始めた。まあそりゃあそうだろうと内心思いながらも、昼餉の支度をしなければならないのでこの場を藤堂に託そうと思い立った。

「ええと、私昼餉の支度しないといけないから、容保さん任せても良い? 」

「い、良いけど。 」

「じゃあ、お願いね。それでは申し訳ありませんが容保さん、ここで失礼します。 」

「相解った。 」

そうして千香は、門を潜り厨房へと向かって行った。その場に残された藤堂と容保は、暫くどちらも言葉を発することなく立ち尽くしていたが、ふと我に返った藤堂が局長部屋へと案内を始めた。









   「ようし!小麦粉も鰹節も手に入ったし、腕によりをかけて作ったろ! 」

たすきがけを済ませ、生地を捏ねたり踏んだりした後、包丁で均等の太さに切っていき茹でる作業に入った。

「今日は、容保さんも食べていくかな。ほんなら、鰹節と昆布の合わせたつゆにしよか。 」

茹で上がった麺を程よく冷えた井戸水で冷やし、ざるに移した。

「ほーじゃ!折角やけん、流し素麺にしよ!前つこうた竹もあるし! 」

千香はつゆを作りながら、次々と思い浮かぶ案に胸が高鳴るのを感じた。

「今日は、素麺か!暑いから丁度良いなあ。 」

不意に後ろから声が聞こえ。

「ありゃ、平助。容保さんは? 」

手を拭きながら、後ろを振り返った。

「局長部屋に案内して来た。...なあ。容保公って仮にも会津藩主だろう。一人でこんな所まで来て大丈夫なのか? 」

「そのことよ。私もそう思って、聞いてみたら抜け出して来たとか言うて。取り敢えずここまで連れて来たけど、来るまで気が気じゃなかったわね。何かあったらいかんおもて。 」

「何か、想像とかけ離れ過ぎてて...。もっと落ち着いていて、冷静な人だと思っていたから...。 」

「人の目があるときは、嫌でもそういう風に振る舞わないかんのかもしれんね。ほんなら、ここに居る短い時間だけでも好きに振る舞える様にしてあげよや。誰か会津藩邸に伝えに行ったら、多分迎えも来るだろうし。 」

そこまで言うと千香はにこり、と微笑んだ。そして次は目を大きく見開いて。

「ほーじゃ!今日の素麺は流し素麺が良えかなと思いよんよ。ほんで、容保さんが良えならなんじゃけど、一緒に昼餉どうかなって。ほら、前したときは近藤さんが、無礼講じゃ言うて皆で盛り上がったや?ほやけん今回も、会津藩主とか、そういうの取っ払って皆で食べたら良えかなと。 」

千香の言葉を受け、藤堂が腕組みをして大きく頷き。

「確かに、そういう立場にいると息苦しいかもな。...よし!じゃあ、暇そうな奴に声かけて竹出して来るのと、会津藩邸に容保公が屯所に居ることを知らせるために走らせてくる!後、局長部屋に行って容保公に昼餉どうするか聞いてくるな! 」

「ありがとう。お願いね。 」

藤堂が勢い良く駆けて行く後ろ背を見送り、千香は昼餉の支度を再開した。















   「さあて、皆様ようござんすね? 」

前回同様、博打の際に言う台詞を千香が発し、

「皆。今日は容保公が来て下さった。しかし前回同様、この場は無礼講だ。思う存分語り合い、素麺を奪い合ってくれ。早い者勝ちだ。 」

「こ、近藤さん。最後はちょっと違う様な気がするけど...。 」

近藤の言葉に苦笑いしながらも、千香は素麺を流していく。最初は容保が居ることで、皆遠慮がちだったが徐々に慣れ始め熱い争奪戦が繰り広げられていた。

「容保公!!どちらにおいでですか!! 」

門の方で大きな声が聞こえた。恐らく容保の側近だろう。

「こっちだ!お前も流し素麺をせぬか?楽しいぞ~! 」

「今参ります! 」

あまりも不似合いな会話に、その場に居た殆どの人間がずっこけそうになってしまった。

「な、何なん。この日曜の昼間のしよるコント番組みたいな感じは。 」

千香の素麺を流す手も止まり、何とも言えない雰囲気になった。一方容保は、次に流れてくる素麺を待っている様で、

「素麺が流れて来なくなったぞ。何故じゃ。 」

其々近くにいる者と顔を見合わせて、いやいや、会津中将がそんなんで良いんかい!と全員一斉に心の中でツッコミを入れた。

「はあ、はあ。容保公!勝手に抜け出さないで下さい!いつもいつも、気付けば居なくなっているんだから...。 」

容保の側近を勤めているのだろう、その男の身なりは綺麗に整えられていた。丁髷を髪一本も落とさない程綺麗に結い、立派な紋付袴を身に付けており。如何にも冷静な人物なんだろうと一目見れば理解出来る。

「いつも、いつも...? 」

千香が、先程の容保の言葉を思い出そうとすると。

「いや違うぞ。どうしようもなく息が詰まったときだけじゃ。 」

「とか何とかおっしゃって、昨日も一昨日も抜け出されたでしょう!...きちんと仕事を終えた後ですけど。 」

「ならば良いだろう。 」

「いいえ!何かあっては遅いのです! 」

「今日はあの娘が余をここまで案内した。...ところで、何故女人が新選組に居るのじゃ? 」

容保と迎えに来た者の会話は所謂マシンガントークと言った風で、次々と違うことを話し始めるので千香は二人が何を話しているのか理解出来なかった。

「そうとも知らずついて行ったのですか!...おい、娘! 」

あまりに警戒を含んだ声で呼びかけられたので、千香はびくりと肩を揺らした。

「何故お前がここに居るのだ!さっさと出て行け! 」

「ええと、私、行くところがなくて困っていたので、ここで雇って頂いているんです。申し遅れました。森宮千香と申します。 」

そうして千香はぺこりと頭を下げた。そして後ろから近藤が出てきて、説明した。

「手代木様。森宮さんは、組で炊事洗濯掃除等、身の回りのことをしてくれています。良くやってくれていますよ。怪しい者ではありません。 」

「ぬ!そうか。娘、すまない。そういえば前に近藤から人を雇うという申し出を許可した覚えがある。 」

すると手代木は、つり上がっていた眉を下げて申し訳なさそうに視線を下げた。それがあまりに勢いの良いものだったため、表情豊かな人だなと思い、千香は笑ってしまった。

「ふふっ。いいえ。先に言わなかった私が悪かったのですから。...よろしければ手代木様もお素麺一緒にどうですか?皆で食べると楽しいですよ。 」

「...たまには良いかもしれぬな。よし。娘、いや森宮。私も食して良いだろうか。 」

「はい!勿論です。それでは、お箸と麺つゆを持って参りますね。誰か私の代わりにお素麺流してくれませんか? 」

「私がやろう。 」

ぬっと出て来たのは。

「島田さん!助かります。それではお願いしますね。 」

千香は台を降り素麺を入れたざるを島田に手渡して、厨房へと向かった。





   箸と麺つゆの入った器を盆に乗せ戻ると。

「容保公!それは私のですぞ! 」

「いいや。近藤は早い者勝ちだと申しておった!故にこれは余のものじゃ! 」

「ぐぬぬ!く、悔しい~! 」

もうこれは、絶対あれだ。

「完全にこれ吉○○○劇じゃ。面白いけど、お偉いさんが本気でしよったらどう反応したら良えか分からんなあ。 」

千香は縁側に腰を下ろして、暫くその展開を眺めていた。賑やかで良いなあと感じるべきなんだろうか。

「千香さん。早く手代木さんにお箸と麺つゆを持って行かないと。今他の隊士の分を奪って食べています。 」

「沖田さん。ありゃ。ほうなんですね。そりゃことです。持って行ってきますね。 」

千香は盆を持って手代木の元へと駆けて行った。

「こと...って。何でしょう。千香さんの話す言葉には時々分からない言葉があるなあ。お国言葉だろうか。 」

沖田は素麺を食べながら、千香の姿を瞳に捉えた。手代木にお箸と麺つゆを渡すと、千香はぱたぱたと縁側に戻って来た。

「島田さん、お素麺流すの好きみたいで。任せてきました。 」

団扇で沖田を扇ぎながら、再び千香は縁側に腰を下ろした。

「ありがとうございます。けど、自分で扇いで下さい。千香さんに扇いでもらうのは申し訳ない。 」

「えんですよ。沖田さんはいつも隊務を頑張っていらっしゃいますし。暑さで倒れんようにせんと! 」

「あの...。少し聞きたいのですが。 」

「何ですか? 」

沖田が器を置いて、千香に尋ねた。

「こと...って何ですか? 」

「ああ。そうですよね。分かりませんよね。...ことっていうのは、大変なことって意味です。京ことばで言うと、えらいこっちゃ、ですね。 」

「成る程。伊予のお国言葉は面白いなあ。 」

「他にもありますよ。しゃげる、かく、おらぶ、むつごい、とか色々。ああ。懐かしいな。 」

千香はほんの少し目線を下げて。わらった。

「確かに普段お国言葉を使っていませんからね。親しい人には使っているけれど。 」

「あんまり綺麗な言葉じゃないので。凄く好きで愛してる言葉ではあるんですけどね。 」

「無理に控えることも無いと思いますよ。千香さんは千香さんらしく、堂々とすれば良いのではないでしょうか。 」

「...そうですね。出来る限り、頑張ります。 」

「おーい!千香!お前もこちらで素麺を食わぬかー! 」

沖田と縁側で涼んでいると、容保に呼ばれた。しかし。

「よ、呼び捨て...。でもまあ新選組お世話になっとるもんね。はーい!今行きます!沖田さんも行きましょう? 」

「はい。 」

此処にいると全ての固定観念が崩れていく。やはり自分が思っていることと、いくらか事実は違うのだろう。けれど、こんな風に身分の垣根を越えて皆で食事が出来る世に。いや、身分など無くなって皆が笑って過ごせる時代が早く来ると良いなと、千香は心の底から思った。
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