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心を尽くして
松本捨助〈日常編〉
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漸く屯所内も落ち着きを取り戻し始めた頃。江戸から土方を訪ねて、入隊を希望しにきた者がいるという話を耳にした。この時期だともしかして、松本捨助だろうか。土方の親戚と言われている。確か今回は断られて、三回目に入隊したはず。断られた理由は、長男だから家を継げと土方に言われたからだったか。そういえば松本の写真が現代にも残っていて見たことはあるが、どうせなら実物を見てみたい。屯所内の掃除をして居た千香は、居てもたっても居られずある程度区切りを付けると、部屋を覗きに行った。
覗き見なんて、とは思ったがふつふつと湧き上がる好奇心には抗えず。襖に手を掛け、心の中で謝る。襖を僅かに開くと、そーっと部屋の中を覗いてみるも、部屋はもぬけの殻で。もう帰してしまったのかと、胸中で土方に対して文句を言っていると。刹那、襖が開き。腰を屈めて覗いていた千香は、ぐしゃりと前へ崩れ落ちた。
「うわあ!...いらっしゃったんですね。土方さん。 」
そろりと顔を上げると、眉間に皺を寄せた土方が仁王立ちしていた。側には、ぽかんとした表情の男が居て。本物だ!と
松本へ視線を送っていると、土方が口を開いた。
「おめえは、長男だ。家を継がなきゃならねえだろう。だから、組に入れることは出来ねえ。何度来ても同じだ!江戸へ帰れ! 」
松本はそれを受け、下を向く。しかし、言葉の覇気は失われないままで、
「俺の気持ちは変わりません!絶対に、新選組に入る! 」
「駄々を捏ねるんじゃねえ!おめえは、おめえの役目があんだろう!それを放って、組になんぞ入れる訳があるか! 」
千香はドキドキとやりとりを見守った。昔からの付き合いがある二人と自分には、見えない壁のような物が感じられ、易々と話に割り込めない気がして。
表向きには、土方が松本の入隊を許さなかった理由は長男だから、となってはいるものの...。千香は土方を見やった。新選組に居ると、常に死と隣り合わせの状況で暮らす様なものだ。本当は松本を死なせたくないから、入隊を拒んだのではないかと思い至った。今まで土方を冷徹な、非情な人間としてしか認識してこなかったが、実は仲間思いの温かい人間なのかもしれない。千香の中で、土方に対する見方が変わった。そして、何故だか少しだけ、芹沢に似ている様な気がした。不器用なところが。
「兎に角、早いとこ江戸へ帰れ。京はな、おめえみたいなのが生き残れるほど甘くねえんだよ。 」
怒りを露わにした土方は、松本に言い捨てて去って行く。松本はただただ俯いて居て。どうしよう。土方はああ言ったけど、一晩くらい泊めてあげるべきなのだろうか。というか何より、話してみたいという気持ちもあるし。と千香はチラチラと松本に視線を送った。
「あ、あの。 」
踏ん切りがついた千香の声に、松本は顔を上げて。
「私は、こちらで皆さんのお世話をさせて頂いております、森宮千香と申します。ええと、土方さんの御親戚でいらっしゃるとお聞きしたのですが。 」
「俺は、松本捨助と言います。先程はお見苦しいところを見せてしまいましたね。 」
松本は、はは...と渇いた笑みを浮かべて。
「いえ。そうは思いません。松本様は、御自分の意志で京までやって来られて新選組に入りたいと仰ったんです。御立派だと思いますよ。 」
松本の姿を見て、千香はこの時代の人間は、何処か芯が強い気がする。自分の中にブレない何かを持っていて。だから、勤皇、佐幕など思想がぶつかったのではないかと思った。
「分かってるんです。歳三さんが私の身を案じて、江戸へ帰れと言っていることも。それでも、どうしても、京で新選組に入って戦いたいんだ! 」
瞳をメラメラと燃やし、いかに自分の意思が固いか松本は思いの丈を語る。
「そんなに強く望んでいらっしゃるなら、土方さんも分かってくださると思いますよ。そうだ!今日は此処に泊まっていってくださいませ。松本様に、若かりし頃の土方さんのお話も伺いたいですし。 」
上手くいけば、土方の弱みも握れてしまうやもしれない。
「良いんですか?御迷惑になりますでしょう? 」
「全然。土方さんは私が説得致しますから!遠く江戸からいらっしゃって、さぞかしお疲れでしょう。しっかり体を休めてくださいな。 」
千香はにこり、と笑う。
「では、御言葉に甘えてお世話になります。 」
松本は三つ指をついて、頭を下げた。慌てて千香はそれを制して、
「頭を上げてください!そんなに畏まらないで、此処を自分の家だと思って寛いでください。お茶、淹れて来ますね。 」
席を立ち、軽く一礼する。襖を開け廊下へ出ると、松本が眉を下げ、
「すみません...。 」
「いえいえ。 」
にこにこと笑いつつ、襖を閉めた。厨房へと向かう千香は、思考を巡らせて。別に泊まるくらい怒らないよね?でも、あの様子だったら分かんないか。先程の怒り具合から、許しをもらうのは難しいかもなと唸った。茶を淹れ、お千代の店で買った茶菓子を持って部屋へと戻る。部屋へ入ると、また土方が居て。もう、用は済んだでしょうに。というか自分で部屋飛び出しといて今度は何なのよ。と軽く睨みを効かせながら、自分用にと淹れておいた茶を土方へ出し、部屋を出ようとすると。
「森宮。俺は、訪ねて来たやつをその日に帰すほど人でなしじゃねえぞ。 」
ムスッと機嫌の悪そうに土方は言う。え...。バレてるし。何で。ふと松本に視線を移すと、顔の前で掌を合わせて平謝りしていて。
「すみません。土方さん。夕餉の沢庵増やしておきますから! 」
「まあ、今俺は気分が良いんだ。それで許してやるよ。 」
むっかー!!別に許してもらわんでもいいし!千香の肩が土方への怒りでわなわなと震えた。それを見て松本は、くすくすと笑い。
「仲が良いんですね。 」
「良くない! 」
「良くありません! 」
二人の声が重なって。ますます松本の笑い声が大きくなる。
「っもう!私、夕餉の支度をしてきます! 」
千香は苛立ちのあまりドスンと音を立てて立ち上がると、スパン!と襖を閉めていく。
「森宮さんが、女子にも関わらず此処で働いている理由が分かる気がします。 」
「そうか。初対面の人間でも分かるもんなんだな。 」
土方は緩々と顔の緊張を解いていき。夕餉の時間まで、久し振りに思い出話や自分たちの近況を語り合った。
覗き見なんて、とは思ったがふつふつと湧き上がる好奇心には抗えず。襖に手を掛け、心の中で謝る。襖を僅かに開くと、そーっと部屋の中を覗いてみるも、部屋はもぬけの殻で。もう帰してしまったのかと、胸中で土方に対して文句を言っていると。刹那、襖が開き。腰を屈めて覗いていた千香は、ぐしゃりと前へ崩れ落ちた。
「うわあ!...いらっしゃったんですね。土方さん。 」
そろりと顔を上げると、眉間に皺を寄せた土方が仁王立ちしていた。側には、ぽかんとした表情の男が居て。本物だ!と
松本へ視線を送っていると、土方が口を開いた。
「おめえは、長男だ。家を継がなきゃならねえだろう。だから、組に入れることは出来ねえ。何度来ても同じだ!江戸へ帰れ! 」
松本はそれを受け、下を向く。しかし、言葉の覇気は失われないままで、
「俺の気持ちは変わりません!絶対に、新選組に入る! 」
「駄々を捏ねるんじゃねえ!おめえは、おめえの役目があんだろう!それを放って、組になんぞ入れる訳があるか! 」
千香はドキドキとやりとりを見守った。昔からの付き合いがある二人と自分には、見えない壁のような物が感じられ、易々と話に割り込めない気がして。
表向きには、土方が松本の入隊を許さなかった理由は長男だから、となってはいるものの...。千香は土方を見やった。新選組に居ると、常に死と隣り合わせの状況で暮らす様なものだ。本当は松本を死なせたくないから、入隊を拒んだのではないかと思い至った。今まで土方を冷徹な、非情な人間としてしか認識してこなかったが、実は仲間思いの温かい人間なのかもしれない。千香の中で、土方に対する見方が変わった。そして、何故だか少しだけ、芹沢に似ている様な気がした。不器用なところが。
「兎に角、早いとこ江戸へ帰れ。京はな、おめえみたいなのが生き残れるほど甘くねえんだよ。 」
怒りを露わにした土方は、松本に言い捨てて去って行く。松本はただただ俯いて居て。どうしよう。土方はああ言ったけど、一晩くらい泊めてあげるべきなのだろうか。というか何より、話してみたいという気持ちもあるし。と千香はチラチラと松本に視線を送った。
「あ、あの。 」
踏ん切りがついた千香の声に、松本は顔を上げて。
「私は、こちらで皆さんのお世話をさせて頂いております、森宮千香と申します。ええと、土方さんの御親戚でいらっしゃるとお聞きしたのですが。 」
「俺は、松本捨助と言います。先程はお見苦しいところを見せてしまいましたね。 」
松本は、はは...と渇いた笑みを浮かべて。
「いえ。そうは思いません。松本様は、御自分の意志で京までやって来られて新選組に入りたいと仰ったんです。御立派だと思いますよ。 」
松本の姿を見て、千香はこの時代の人間は、何処か芯が強い気がする。自分の中にブレない何かを持っていて。だから、勤皇、佐幕など思想がぶつかったのではないかと思った。
「分かってるんです。歳三さんが私の身を案じて、江戸へ帰れと言っていることも。それでも、どうしても、京で新選組に入って戦いたいんだ! 」
瞳をメラメラと燃やし、いかに自分の意思が固いか松本は思いの丈を語る。
「そんなに強く望んでいらっしゃるなら、土方さんも分かってくださると思いますよ。そうだ!今日は此処に泊まっていってくださいませ。松本様に、若かりし頃の土方さんのお話も伺いたいですし。 」
上手くいけば、土方の弱みも握れてしまうやもしれない。
「良いんですか?御迷惑になりますでしょう? 」
「全然。土方さんは私が説得致しますから!遠く江戸からいらっしゃって、さぞかしお疲れでしょう。しっかり体を休めてくださいな。 」
千香はにこり、と笑う。
「では、御言葉に甘えてお世話になります。 」
松本は三つ指をついて、頭を下げた。慌てて千香はそれを制して、
「頭を上げてください!そんなに畏まらないで、此処を自分の家だと思って寛いでください。お茶、淹れて来ますね。 」
席を立ち、軽く一礼する。襖を開け廊下へ出ると、松本が眉を下げ、
「すみません...。 」
「いえいえ。 」
にこにこと笑いつつ、襖を閉めた。厨房へと向かう千香は、思考を巡らせて。別に泊まるくらい怒らないよね?でも、あの様子だったら分かんないか。先程の怒り具合から、許しをもらうのは難しいかもなと唸った。茶を淹れ、お千代の店で買った茶菓子を持って部屋へと戻る。部屋へ入ると、また土方が居て。もう、用は済んだでしょうに。というか自分で部屋飛び出しといて今度は何なのよ。と軽く睨みを効かせながら、自分用にと淹れておいた茶を土方へ出し、部屋を出ようとすると。
「森宮。俺は、訪ねて来たやつをその日に帰すほど人でなしじゃねえぞ。 」
ムスッと機嫌の悪そうに土方は言う。え...。バレてるし。何で。ふと松本に視線を移すと、顔の前で掌を合わせて平謝りしていて。
「すみません。土方さん。夕餉の沢庵増やしておきますから! 」
「まあ、今俺は気分が良いんだ。それで許してやるよ。 」
むっかー!!別に許してもらわんでもいいし!千香の肩が土方への怒りでわなわなと震えた。それを見て松本は、くすくすと笑い。
「仲が良いんですね。 」
「良くない! 」
「良くありません! 」
二人の声が重なって。ますます松本の笑い声が大きくなる。
「っもう!私、夕餉の支度をしてきます! 」
千香は苛立ちのあまりドスンと音を立てて立ち上がると、スパン!と襖を閉めていく。
「森宮さんが、女子にも関わらず此処で働いている理由が分かる気がします。 」
「そうか。初対面の人間でも分かるもんなんだな。 」
土方は緩々と顔の緊張を解いていき。夕餉の時間まで、久し振りに思い出話や自分たちの近況を語り合った。
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