ありきたりな英雄譚

霧雨 零水

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序章 偶然と必然

目覚め

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 一人の男が立っている。
 他に立っている者は一人もいない。
 それどころか、生物の気配を感じ取ることすらできない。完全な静寂の中に男は佇んでいる。
 それは、男が孤独であることを表しているようだった。
 
 男が佇む静寂の大地。
 そこは本来、緑豊かな草原であった。背の低い草が生い茂り、日当たりが良く、つい昼寝をしたくなるような温かい場所。
 しかし、今ある景色からはそんな温もりを微塵も感じられはしなかった。
 緑の大地は真っ赤に染め上げられ、赤黒い何かが其処らじゅうに転がっている。
 空は曇り、時々顔を覗かせる太陽はギラギラとした輝きを放つ。
 
 黒と赤の斑な大地に立つ男を太陽がスポットライトの様に照らしだした。
 この光景はお前が生んだのだと、その者に刻み込むように。

 ・・・・・・。
 ああ、まるで地獄を見ているようだ。
 
 そう遠くで思う自分がいた。


  ◇◆◇◆◇◆


「・・・ッ、いてぇ」
 目を開けるとそこは森の中のようだった。
 どうやら俺は地面の上でそのまま寝ていたらしい。そのせいか全身が痛んだ。
「・・・何か夢みてた気がする」
 思い出そうとしてみるも上手く思い出せない。俺は早々に思い出すのを諦めた。
 今はもっと重要な問題がある。
「ここって、何処だ?」
 今、自分のいる場所がわからない。いや、森の中というのはわかるのだ。ただ、こんな森に見覚えはない。
 自分の記憶に探りを入れる。この森に来る前、俺は何をしていたのか、それを思い出そうとして・・・思い出そうとして・・・?
「ヤベェ、記憶がねぇぞ!?」
 重大な事実に気がついてしまった。
 冗談じゃない。なんとしても記憶を掘り出さなければ!
 俺は唸り声をあげつつ必死に自分の記憶を探った。
 しかし、何故ここに居るのか、自分は何処の誰なのか何も思い出せなかった。
「いや、思い出せなかったじゃねぇよ!!大問題だぞ!!名前くらい思い出せよ!!」
 あまりの事に謎の突っ込みを入れてしまう。
 知らない場所に一人で、更に記憶喪失とか泣きたくなる。
「・・・まあ、めげていてもダメだな。何か行動しないと」
 こういうのは切り替えが大切だ、ポジティブ思考を働かせるのだ。じゃないと心が折れてしまう。
 とは言ったものの、現状出来ることは少ない。
 とりあえず、今の自分の状況を整理してみることにした。

 それからたっぷり十分程、シンキングタイムに費やした。
 その効果は思いのほか大きかった。
 まず、パニックから抜け出し、冷静な思考を手に入れたこと。そして、ほんの少し記憶を取り戻せたこと。
「俺の名前はカロルだ」
 思い出せたのはこれだけ。相変わらず他のことは思い出せないが、何もわからないよりはましだ。
「しかし、名前くらいとは言ったが、本当に名前しか思い出せないとはな」
 
 他には自分の服装を見てみた。シャツやズボンの他にロングコートにブーツまで履いている。服装はしっかりしていると言っていいだろう。
「あと、これが何なのかだな」
 と言って俺は後ろへ向き直る。
 そこには巨大なクリスタルが佇んでいた。
 太陽に照らされて青く、キラキラ輝くそれはゆうに高さ6メートル程はありそうだ。
 こんな大きな物がすぐ後ろにあったのに今まで気付かなかった。
「それだけパニクってたってことか」
 そう言いながらクリスタルに触れてみる。
 ひんやりとして気持ちいい。しかし、特に何も起こらない。他にもいろいろ調べてみたが何もわからなかった。
「明らかに何かありそうなのにな。逆に何も起こらないってのは不気味だな」
 そんなことをぼやきながら次にするべきことを考えてみる。
 しかし、その思考は直ぐに中断された。何故なら・・・
「ねえ、アンタ精霊?」
 そう背後からいきなり声をかけられたからだ。しかも、その声からは少しばかりの敵意を感じ取ることができた。
「精霊?俺は普通の人間だが・・・」
 と、返事をしながら後ろを振り返ってそこに居る人物を確認する。
 そこに立っていたのは一人の少女だった。
 背丈は俺より少し下くらいで、軽装の防具に身を包んでいる。綺麗な白い髪は肩にかからない高さでバッサリ切られていて、赤色の目は強気な光を宿している。
 綺麗な顔立ちで何処か強者といった感じがするが、親しみ易さも感じられる不思議な空気を纏っていた。
「へぇ、精霊じゃない?じゃあ、いったい何者かしら?こんな危険地帯でただの迷子じゃないでしょうし」
 と、少女はニヤリと笑みを浮かべながらそんなことを言ってきた。
 何やら話しが怪しい方向に向かっている気もしたが、聞捨てならないことを聞いてしまった。
「えっ!ここって危険地帯なの!?」
 思わずそう叫んでしまった。だってそうだろう。記憶喪失で訳もわからないのに、さらにこの森は危険地帯だというのだ。
 と、そんな俺の悲痛な叫びを聞いた少女は顔を曇らせると
「えっと、もしかして本当にただの迷子?こんな場所で?だとしたら絶体絶命ね。武器もないみたいだから魔物に出会ったらそれで人生終わりだし」
 などと、絶望的なことを言った。
「えっ!?俺、今そんな状況だったの?」
 と、再び叫ぶ俺。
 自分からは見えないが、今の俺の顔はさぞ引きつっていることだろう。
 俺の返事を聞き、少女は何やら考えこみ始めた。
「案内してたら戻って来るまでに日がくれちゃうし。でも、放置するのもな~」
 この少女は唯一の情報源だ。ここで、逃す訳にはいかない。最低でも森を抜ける道くらい聞き出さなくては。
「た、頼む。忙しいなら道だけでも教えてくれないか?」
 そう、慌てて道を聞く俺。それを聞いて
「あ~、もうっ、仕方ないわね。安全な場所まで案内してあげるから付いてきなさい!」
 そう、何か吹っ切れたように少女が言い放った。
「ありがとう。凄く助かる!」
 どうやら、少女は見ず知らずの俺を助けてくれるようだ。
 言葉ではとても足りないほどにありがたい。
 俺は感謝の意を示さんと少女の手をとり握手した。少女は慌ててその手を振りほどくと、何やら早口で捲し立てた。
「フ、フンッ。このくらい、どうってことないわよ!。それよりさっさと行くわよ!遅れたら置いてくから!」
 そのまま、早足で歩きだそうとする少女を追いかけようとしーーふと、クリスタルのことを思い出した。
 自分ではただの謎だったクリスタル。この少女なら何か知っているかもしれない。
 質問するなら今しかないだろう。そう思い、俺は慌てて質問してみることにした。
「ちょっと待った!その前に質問があるんだけどいいかな?」
「質問?言ってみなさいよ」
 少女は歩みを止めて振り替えり、そう先を促した。
「ああ、それじゃ聞くけど。あれって何?」
 と謎のクリスタルを指差そうと振り返り、大きな異変に気づいた。さっきまであった筈のクリスタルがなくなっているのだ。
「え?あれ?クリスタルが消えてる?」
 事態に頭が追い付かず、俺は驚きに捕らわれる。しかし、その驚きは直ぐに別の驚きへと上書きされることになった。
 俺の呟きを聞いた少女が、いきなり俺の手を引いて走り始めたのだ。消えたクリスタルといきなりの少女の行動、二つの衝撃で何がなんだかわからなくなる。
「え、ええ?何で走ってるんだ?それにあのクリスタルは何処に?」
 その質問に少女は早口で返答した。
「この森でクリスタルって言ったら一つしかないわよ!精霊原石、それを見た者の元には必ず精霊がやってくる!」
「精霊原石?それに精霊が来るって?」
「いいから黙って走りなさい!もし上位精霊が来たら、いくらアタシでも誰かを守りながら戦うのは難しいわ」
 精霊原石に精霊とは?そんなにあのクリスタルは不味いモノだったのか?
 疑問は増えるばかりだが、ひとまず少女に従い、走ることに集中した。
 少女の足は驚くほど速い。手を引かれていても、ついていくのが精一杯だ。転んだりしたらそのまま引きずられかねない。
 そう、思考を割いた、その時だった。
 突如、空が眩く輝いた。その圧倒的な光は太陽すら塗りつぶし、薄暗い森を一瞬で白く染め上げる。
「この光は!まさか上位精霊!?」
 白で埋め尽くされた世界の中で少女の叫びが聞こえてくる。
 それを最後に俺の意識はプツリと途絶えた。
 
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