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三、トクガワ君④
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その日の放課後、臨時の教員会が開かれた。
「イジメ、ですか」
眉間にシワを寄せた教頭の問いに、沢渡先生が答えた。
「最初はボールを追い掛けていたんですが、イツキ君は敵味方の区別がつかない。それでゴールキーパーをやってもらったんだそうです」
「シュートしたボールが当たった、ということなら不可抗力の事故ですね」
僕は手を挙げた。
「ちょっと待って下さい」
「そうですね。イツキ君の言い分も聞いておかんと」
「イツキは、確かにゴールキーパーをやったと言ってます。ですが、それは配慮からやない。無理にやらされたんです」
「敵味方の区別がつかないんじゃ、致し方ないでしょう」
「敵も味方もないんです」
「どういうことです?」
「生徒たちは敵味方に分かれてボールを奪い合うゲームをしていたようです。が、イツキが加わった時点で、シュートの練習に切り替わった」
「ゲームではなくてシュートの練習、ですか」
沢渡先生が手を挙げた。
「普段はキーパーの子も順番に交代するんやが、交代せんかったんです」
僕はまた手を挙げた。
「イツキは、標的にされたんです」
教頭が僕を制した。
「標的はゴールであって、キーパーではないでしょう。言葉はつつしんで」
「しかし、実際……」
「ボールを防ぐのがキーパーなのだから、当たることもあるのと違いますか」
教頭は、あくまで不可抗力の範囲内だと言いたいらしい。
「至近距離からですよ! 五メートルの! 普通のフリーキックやない!」
教頭は渋い顔をした。
「五メートルが至近距離かどうかは微妙ですが、誰が『五メートル』と言ったんです?」
「見ていたウチのクラスの子です。歩測したんだから間違いありません!」
僕は沢渡先生に聞いた。
「沢渡先生。生徒たちに何本シュートしたか聞きましたか?」
「いや。そこまでは」
「六人の生徒が二本ずつです。イツキは怖くて体が動かんかった。腕や脚に当たり、それでも逃げ出せんかった。アイラが『やめて!』と叫んだんです。でもシュートは続けられた。三本目に入って、二人目のシュートがイツキの顔に当たった。それでパニックなったんです。うずくまって頭を打ちつけ出したんだけぇ、イツキは!」
思わず立ち上がってしまった。
隣に坐る、体育担当の坂田先生が僕の腕を引っ張った。女性にしてはかなり強い力だ。おかげで僕は、ストン!とイスに坐らされた。
その坂田先生が手を挙げて言った。
「これは悪ふざけとも取れます。でも、はっきりした証拠もありません。生徒たちに聞いても『サッカーボールで遊んでいた』としか答えないでしょう。だからといって黙って見過ごすことも出来ないんじゃありません? 日常的にこういう『イジメ』に近いことが起こっているんだとしたら、何らかの対策を講じる必要があると思います」
何人かの教員が意見を述べた。ウチのクラスではこんなことがあったとか、イジメかそうでないかの線引きが難しいとか、アンケートを取ったらどうかとか、叱りつけてやめさせればいいとか。けれども、みな解決にはほど遠い意見でしかなかった。
校長が立ち上がった。
体つきそっくりの、丸いよく通る声でこう言った。
「今回のことは、大事に至らずよかったと思います。ですが特別支援学級だけでなく通常クラスの生徒たち同士の中にも、こうしたことが隠れて行われているのではないかと危惧しています。みなさん、どんな些細なことでも結構です。何かアンテナに触れることがあれば、私に知らせて下さい。必要に応じ、みんなで考えていきましょう」
今回のことは不問、具体的な対策はこれから考える、今後の教員の注意を喚起する。結局、そういうことで話は収められた。
不問? 傷ついたイツキのことを放っておくのか。
具体的な対策? いつになったらそんなものが出て来るんだ。
注意喚起? その時その場でどう対処するかだろ。
生徒からアンケートを取っても、本当の声をすくい上げなきゃ何にもならない。いつだって子どもたちの本音は封じられ、事を穏便に済まそうとするだけじゃないか。事のお尻をつるんと撫でて、「はい、シャンシャンシャン」と手締めだ。
見てない花は、咲いてないのと同じか?
そんな世界で、子どもたちは生きていくのか?
僕は目の前の机を、ほとんど蹴り上げそうになった。
「イジメ、ですか」
眉間にシワを寄せた教頭の問いに、沢渡先生が答えた。
「最初はボールを追い掛けていたんですが、イツキ君は敵味方の区別がつかない。それでゴールキーパーをやってもらったんだそうです」
「シュートしたボールが当たった、ということなら不可抗力の事故ですね」
僕は手を挙げた。
「ちょっと待って下さい」
「そうですね。イツキ君の言い分も聞いておかんと」
「イツキは、確かにゴールキーパーをやったと言ってます。ですが、それは配慮からやない。無理にやらされたんです」
「敵味方の区別がつかないんじゃ、致し方ないでしょう」
「敵も味方もないんです」
「どういうことです?」
「生徒たちは敵味方に分かれてボールを奪い合うゲームをしていたようです。が、イツキが加わった時点で、シュートの練習に切り替わった」
「ゲームではなくてシュートの練習、ですか」
沢渡先生が手を挙げた。
「普段はキーパーの子も順番に交代するんやが、交代せんかったんです」
僕はまた手を挙げた。
「イツキは、標的にされたんです」
教頭が僕を制した。
「標的はゴールであって、キーパーではないでしょう。言葉はつつしんで」
「しかし、実際……」
「ボールを防ぐのがキーパーなのだから、当たることもあるのと違いますか」
教頭は、あくまで不可抗力の範囲内だと言いたいらしい。
「至近距離からですよ! 五メートルの! 普通のフリーキックやない!」
教頭は渋い顔をした。
「五メートルが至近距離かどうかは微妙ですが、誰が『五メートル』と言ったんです?」
「見ていたウチのクラスの子です。歩測したんだから間違いありません!」
僕は沢渡先生に聞いた。
「沢渡先生。生徒たちに何本シュートしたか聞きましたか?」
「いや。そこまでは」
「六人の生徒が二本ずつです。イツキは怖くて体が動かんかった。腕や脚に当たり、それでも逃げ出せんかった。アイラが『やめて!』と叫んだんです。でもシュートは続けられた。三本目に入って、二人目のシュートがイツキの顔に当たった。それでパニックなったんです。うずくまって頭を打ちつけ出したんだけぇ、イツキは!」
思わず立ち上がってしまった。
隣に坐る、体育担当の坂田先生が僕の腕を引っ張った。女性にしてはかなり強い力だ。おかげで僕は、ストン!とイスに坐らされた。
その坂田先生が手を挙げて言った。
「これは悪ふざけとも取れます。でも、はっきりした証拠もありません。生徒たちに聞いても『サッカーボールで遊んでいた』としか答えないでしょう。だからといって黙って見過ごすことも出来ないんじゃありません? 日常的にこういう『イジメ』に近いことが起こっているんだとしたら、何らかの対策を講じる必要があると思います」
何人かの教員が意見を述べた。ウチのクラスではこんなことがあったとか、イジメかそうでないかの線引きが難しいとか、アンケートを取ったらどうかとか、叱りつけてやめさせればいいとか。けれども、みな解決にはほど遠い意見でしかなかった。
校長が立ち上がった。
体つきそっくりの、丸いよく通る声でこう言った。
「今回のことは、大事に至らずよかったと思います。ですが特別支援学級だけでなく通常クラスの生徒たち同士の中にも、こうしたことが隠れて行われているのではないかと危惧しています。みなさん、どんな些細なことでも結構です。何かアンテナに触れることがあれば、私に知らせて下さい。必要に応じ、みんなで考えていきましょう」
今回のことは不問、具体的な対策はこれから考える、今後の教員の注意を喚起する。結局、そういうことで話は収められた。
不問? 傷ついたイツキのことを放っておくのか。
具体的な対策? いつになったらそんなものが出て来るんだ。
注意喚起? その時その場でどう対処するかだろ。
生徒からアンケートを取っても、本当の声をすくい上げなきゃ何にもならない。いつだって子どもたちの本音は封じられ、事を穏便に済まそうとするだけじゃないか。事のお尻をつるんと撫でて、「はい、シャンシャンシャン」と手締めだ。
見てない花は、咲いてないのと同じか?
そんな世界で、子どもたちは生きていくのか?
僕は目の前の机を、ほとんど蹴り上げそうになった。
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