20 / 20
第20章「清浄亭は本日も営業中」
しおりを挟む
魔王討伐から、三年が経った。
世界は——変わっていた。
瘴気の発生は、劇的に減少した。穢れの源泉が消滅したことで、新たな汚染は——ほとんど、起きなくなった。
残っていた穢れも——清浄ギルドの活動により、着実に浄化されていった。
今では——北の国境地帯でさえ、人々が普通に暮らせるようになっている。
「セイイチさん——報告です」
セラが、帳簿を持ってきた。
「今年度のギルド全体の実績——浄化件数、五万件。支部数——十五。所属浄化師——三百人」
「三百人——」
洗一は、数字を見つめた。
「最初は——俺一人だったんだがな」
「そうですね」
セラは、微笑んだ。
「私が入ったときは——店も、小さな空き家でした」
「ああ。あの頃は——水汲みだけで、一日が終わりそうだった」
二人は、笑い合った。
清浄亭の本店は——今や、ミズベ最大の建物になっていた。
五階建ての本館。隣接する研修棟。倉庫。宿舎。
従業員は、百人を超えている。
だが——洗一は、今でも現場に立っていた。
「いらっしゃいませ」
店の受付で、客を迎える。
「これ——落としてほしいんだけど」
客が持ち込んだのは、汚れたシャツだった。
洗一は、シャツを受け取った。
【汚染鑑定】を発動する。
——素材:綿
——汚染:油汚れ(軽度)、泥汚れ(軽度)
——穢れ:なし
普通の汚れだ。穢れは、ない。
昔は——穢れのある依頼ばかりだった。だが、今では——こういう普通の依頼が、増えている。
穢れが減ったから——普通の汚れが、目立つようになったのだ。
「明日の夕方には、お渡しできます」
「ありがとう」
客が去った後、洗一はシャツを作業台に置いた。
そして——自分で、洗い始めた。
「セイイチさん」
セラが、呆れたように言った。
「そういうのは、若い子に任せてください。ギルドマスターが——」
「いいんだ」
洗一は、シャツを水に浸しながら言った。
「俺は——職人だ。現場を離れたら——腕が鈍る」
「もう——」
セラは、ため息をついた。
だが、その顔には——笑みが浮かんでいた。
夕方、洗一は店の裏手に出た。
そこには——小さな祠があった。
前世の家族の——位牌を納めた祠だ。
この世界に家族はいない。だが、前世で——家族がいたことは、事実だ。
妻と、娘。
疎遠になったまま、死んでしまった。
「……すまなかったな」
洗一は、祠に向かって頭を下げた。
「俺は——仕事ばかりで、お前たちを、ないがしろにしてしまった」
風が、吹いた。
「でも——この世界では、違う生き方を、しようと思う」
洗一は、顔を上げた。
「仕事は——続ける。だが、仲間を大切にする。弟子を育てる。一人で抱え込まない」
祠は、何も答えなかった。
だが——洗一には、家族が許してくれたような気がした。
夜、洗一は店の窓から、夜空を見上げていた。
星が、輝いている。
この世界に来て——もう、五年が経っていた。
最初は——何もわからなかった。
言葉も、文化も、魔法も——全てが、未知だった。
だが——一つだけ、変わらないものがあった。
汚れを落とす。
それが、俺の仕事だ。
前世でも、この世界でも。
「セイイチさん」
セラの声が、背後から聞こえた。
「まだ——起きてましたか」
「ああ。少し——考え事を」
「何を考えてたんですか?」
「……色々とな」
洗一は、振り返った。
セラは——もう、子供ではなかった。
二十歳を超え、立派な大人になっている。
清浄ギルドの副マスターとして、ギルドの運営を支えている。
「お前も——変わったな」
「私ですか?」
「ああ。最初に会ったときは——痩せっぽちの孤児だった」
セラの顔が、少し赤くなった。
「そ、そんな昔のこと、言わないでください——」
「今は——立派な浄化師だ。俺の——誇りだ」
セラの目に、涙が浮かんだ。
「セイイチさん……」
「泣くな。……いつも、泣いてばかりだな」
「だ、だって——セイイチさんが、急に——」
洗一は、セラの頭を撫でた。
「ありがとう」
「え——?」
「俺の弟子になってくれて。俺を——支えてくれて」
セラは、しばらく言葉を失っていた。
やがて、彼女は——涙を拭いて、笑った。
「私こそ——ありがとうございます。セイイチさんに拾ってもらって——」
「拾ったわけじゃない。お前が——選んだんだ」
「……はい」
「これからも——よろしく頼む」
「はい。こちらこそ——」
翌朝、洗一は——いつも通りに、起きた。
水槽の水を確認し、作業場の掃除をする。
そして——店の看板を、出す。
「清浄亭——本日も、営業中」
最初の客が、やってきた。
「いらっしゃいませ」
洗一は、笑顔で迎えた。
「何か、お困りですか?」
「これ——落とせるかしら」
客が差し出したのは、汚れたドレスだった。
洗一は、ドレスを受け取った。
【汚染鑑定】を発動する。
——素材:絹
——汚染:ワイン染み(中程度)
——穢れ:なし
「大丈夫です。落とせます」
「本当に?」
「ええ。俺は——汚れを落とす職人ですから」
窓の外には、青空が広がっていた。
穢れのない、澄んだ空。
洗一は、深呼吸をした。
この世界に来て——五年。
多くのことがあった。
呪いを落とし、瘴気を浄化し、穢染公を倒し、魔王を討った。
だが——俺の仕事は、変わらない。
汚れを落とす。
一着ずつ。一人ずつ。
それが——清水洗一の、生き方だ。
店の奥から、若い浄化師たちの声が聞こえてきた。
「セイイチさん——次の研修、いつからですか?」
「来週からだ。準備しておけ」
「はい!」
新しい世代が、育っている。
彼らが——この仕事を、受け継いでいく。
洗一は——満足だった。
夕方、店を閉めるとき——
洗一は、看板を見上げた。
「清浄亭」
あらゆる汚れを、落とします。
最初に掲げた、あの言葉。
今も——変わっていない。
そして——これからも、変わらない。
洗一は、静かに微笑んだ。
「さて——明日も、仕事だ」
【第20章・了】
【完】
世界は——変わっていた。
瘴気の発生は、劇的に減少した。穢れの源泉が消滅したことで、新たな汚染は——ほとんど、起きなくなった。
残っていた穢れも——清浄ギルドの活動により、着実に浄化されていった。
今では——北の国境地帯でさえ、人々が普通に暮らせるようになっている。
「セイイチさん——報告です」
セラが、帳簿を持ってきた。
「今年度のギルド全体の実績——浄化件数、五万件。支部数——十五。所属浄化師——三百人」
「三百人——」
洗一は、数字を見つめた。
「最初は——俺一人だったんだがな」
「そうですね」
セラは、微笑んだ。
「私が入ったときは——店も、小さな空き家でした」
「ああ。あの頃は——水汲みだけで、一日が終わりそうだった」
二人は、笑い合った。
清浄亭の本店は——今や、ミズベ最大の建物になっていた。
五階建ての本館。隣接する研修棟。倉庫。宿舎。
従業員は、百人を超えている。
だが——洗一は、今でも現場に立っていた。
「いらっしゃいませ」
店の受付で、客を迎える。
「これ——落としてほしいんだけど」
客が持ち込んだのは、汚れたシャツだった。
洗一は、シャツを受け取った。
【汚染鑑定】を発動する。
——素材:綿
——汚染:油汚れ(軽度)、泥汚れ(軽度)
——穢れ:なし
普通の汚れだ。穢れは、ない。
昔は——穢れのある依頼ばかりだった。だが、今では——こういう普通の依頼が、増えている。
穢れが減ったから——普通の汚れが、目立つようになったのだ。
「明日の夕方には、お渡しできます」
「ありがとう」
客が去った後、洗一はシャツを作業台に置いた。
そして——自分で、洗い始めた。
「セイイチさん」
セラが、呆れたように言った。
「そういうのは、若い子に任せてください。ギルドマスターが——」
「いいんだ」
洗一は、シャツを水に浸しながら言った。
「俺は——職人だ。現場を離れたら——腕が鈍る」
「もう——」
セラは、ため息をついた。
だが、その顔には——笑みが浮かんでいた。
夕方、洗一は店の裏手に出た。
そこには——小さな祠があった。
前世の家族の——位牌を納めた祠だ。
この世界に家族はいない。だが、前世で——家族がいたことは、事実だ。
妻と、娘。
疎遠になったまま、死んでしまった。
「……すまなかったな」
洗一は、祠に向かって頭を下げた。
「俺は——仕事ばかりで、お前たちを、ないがしろにしてしまった」
風が、吹いた。
「でも——この世界では、違う生き方を、しようと思う」
洗一は、顔を上げた。
「仕事は——続ける。だが、仲間を大切にする。弟子を育てる。一人で抱え込まない」
祠は、何も答えなかった。
だが——洗一には、家族が許してくれたような気がした。
夜、洗一は店の窓から、夜空を見上げていた。
星が、輝いている。
この世界に来て——もう、五年が経っていた。
最初は——何もわからなかった。
言葉も、文化も、魔法も——全てが、未知だった。
だが——一つだけ、変わらないものがあった。
汚れを落とす。
それが、俺の仕事だ。
前世でも、この世界でも。
「セイイチさん」
セラの声が、背後から聞こえた。
「まだ——起きてましたか」
「ああ。少し——考え事を」
「何を考えてたんですか?」
「……色々とな」
洗一は、振り返った。
セラは——もう、子供ではなかった。
二十歳を超え、立派な大人になっている。
清浄ギルドの副マスターとして、ギルドの運営を支えている。
「お前も——変わったな」
「私ですか?」
「ああ。最初に会ったときは——痩せっぽちの孤児だった」
セラの顔が、少し赤くなった。
「そ、そんな昔のこと、言わないでください——」
「今は——立派な浄化師だ。俺の——誇りだ」
セラの目に、涙が浮かんだ。
「セイイチさん……」
「泣くな。……いつも、泣いてばかりだな」
「だ、だって——セイイチさんが、急に——」
洗一は、セラの頭を撫でた。
「ありがとう」
「え——?」
「俺の弟子になってくれて。俺を——支えてくれて」
セラは、しばらく言葉を失っていた。
やがて、彼女は——涙を拭いて、笑った。
「私こそ——ありがとうございます。セイイチさんに拾ってもらって——」
「拾ったわけじゃない。お前が——選んだんだ」
「……はい」
「これからも——よろしく頼む」
「はい。こちらこそ——」
翌朝、洗一は——いつも通りに、起きた。
水槽の水を確認し、作業場の掃除をする。
そして——店の看板を、出す。
「清浄亭——本日も、営業中」
最初の客が、やってきた。
「いらっしゃいませ」
洗一は、笑顔で迎えた。
「何か、お困りですか?」
「これ——落とせるかしら」
客が差し出したのは、汚れたドレスだった。
洗一は、ドレスを受け取った。
【汚染鑑定】を発動する。
——素材:絹
——汚染:ワイン染み(中程度)
——穢れ:なし
「大丈夫です。落とせます」
「本当に?」
「ええ。俺は——汚れを落とす職人ですから」
窓の外には、青空が広がっていた。
穢れのない、澄んだ空。
洗一は、深呼吸をした。
この世界に来て——五年。
多くのことがあった。
呪いを落とし、瘴気を浄化し、穢染公を倒し、魔王を討った。
だが——俺の仕事は、変わらない。
汚れを落とす。
一着ずつ。一人ずつ。
それが——清水洗一の、生き方だ。
店の奥から、若い浄化師たちの声が聞こえてきた。
「セイイチさん——次の研修、いつからですか?」
「来週からだ。準備しておけ」
「はい!」
新しい世代が、育っている。
彼らが——この仕事を、受け継いでいく。
洗一は——満足だった。
夕方、店を閉めるとき——
洗一は、看板を見上げた。
「清浄亭」
あらゆる汚れを、落とします。
最初に掲げた、あの言葉。
今も——変わっていない。
そして——これからも、変わらない。
洗一は、静かに微笑んだ。
「さて——明日も、仕事だ」
【第20章・了】
【完】
0
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました
桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。
言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。
しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。
──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。
その一行が、彼の目に留まった。
「この文字を書いたのは、あなたですか?」
美しく、完璧で、どこか現実離れした男。
日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。
最初はただの好奇心だと思っていた。
けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。
彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。
毎日19時に更新予定です。
【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜
一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m
✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。
【あらすじ】
神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!
そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!
事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます!
カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる