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お茶会へ潜入

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「ミオーネ様! しっかり楽しんで来てください!」

 伯爵家の馬車の中からエマが手を振っている。

「そうね。ちょっと気恥ずかしいけど、頑張ってみるわ」

 ブンブンと手を振るエマを残し、私は王城の中庭に向かった。今日は王家主催のお茶会があるのだ。

 着慣れないドレスと高いヒールに梃子摺りながら歩いていると、後からきた若い貴族の子息、息女達がキラキラと瞳を輝かせながら私を追い抜いていく。

 まだ開場前だというのに、とても楽しそうだ。

 こんなところに四十歳を間近にした私が来てもいいのだろうかと少し弱気になるが、今の私は十七歳。

 お化粧もしっかりして、流行の最先端のドレスを着ている。きっと大丈夫。私だって、貴族らしい楽しみを味わっていい筈。

 そう言い聞かせながら、会場についた。

 受付に招待状を渡すと「フランネル伯爵家、ミオーネ様……?」と首を捻っている。

「このような場に参加するのは初めてなの。どのように振る舞ったらいいか分からなくて、ちょっと困っているわ」
「失礼致しました! ご案内致します!」

 受付にいた侍女は何故が顔を紅くしながら、私を席に案内した。

 薔薇に囲まれた中庭の隅っこのテーブル。そこに座るのは私だけだった。

 今まで招待状を受け取っても行ったことがなかったからだろう。今日も当然、来ないものだと思われていたに違いない。

 給仕の若い男が慌ててティーセットを運んで来た。

 なんだか悪いことをした気分。紅茶を飲んで気分を落ち着かせよう。

 注がれた紅茶を飲みながら周囲を見渡すと、若い貴族の子息達が皆、こちらを見て何かを話している。

 えっ、何……? もしかして、私の化粧が変なのかしら? それともドレス……? エマと一緒に精一杯頑張ったのに……。

 そんなことを考えていると、急に会場が騒がしくなった。若い令嬢達が黄色い声を上げている。

 あぁ。第一王子と第二王子がやってきたのだ。王家との繋がりを強くしたい貴族令嬢が群がっている。

 なんだか微笑ましい光景。普段私がいる実験室とは空気が違いすぎて現実味がない。

 こんな世界があるなんて知らなかった。目に付くものが全て輝いている。あとは、素敵な男性が見つかれば──

「座ってもいいか?」

 ぶっきらぼうな声。その主は私の返事を待つことなくテーブルについた。国王に似た顔の偉丈夫は王子達の方を睨みつけながら、「落ち着かないな」と頭を掻いている。

 えぇっとこの方は……王弟ケイロス様……!? 王国騎士団の団長であり、公爵位も授かってもいる。武芸一本の堅物で知られ、もうすぐ四十歳になるというのに、一度も結婚したことがない。

「どうした? そんな驚いた顔をして。こんなおっさんが茶会にいるのが意外なのか?」
「そ、そんなことはありません……!」

 ケイロス様は給仕が注いだ紅茶をヒョイと持ち上げ、一口飲んで「優雅なもんだ」と呟いた。そういえばつい最近、王国騎士団は遠征から帰って来たところだ。領内に現れた魔人を討伐したと聞いている。

「お嬢さんは、あれに混ざらなくていいのか?」

 視線の先には王子達を囲む貴族令嬢達の人垣。

「私のようなものが行ったところで……」
「ふーん。そうなのか……? 俺が見たところ、この会場で一番美しいのはお嬢さんだがね」

 えっ……! 急に何……!? 美しいって、私のこと……!?

「お戯れを……」
「嘘じゃないぞ。周りをよく見てみろ。貴族の小僧達がチラチラこちらを見ているだろ? あれは隙を窺っているんだ。俺がいなくなればすぐに誰かがやって来る筈だ」

 そうなの……? 私ってもしかして、綺麗だったの……!?

「……よく分かりません……」
「はははっ! そんなに照れなくてもいいだろう? 初めて茶会に来たわけじゃあるまいし」
「……初めてです」

 ケイロス様は瞳を見開き、「驚いた」と言う。

「名前を聞いてもいいか?」
「フランネル伯爵家のミオーネです」
「フランネル家には魔法の得意な娘がいると聞いたことがある。確か、魔法研究所に席を置いている筈だ。お嬢さんはその妹ということか」

 いえ、本人です。

「ケイロス様、最近魔人の討伐に成功されたと聞きました」

 とりあえず話を逸らす。

「あぁ。厄介な魔人だったよ。流石の俺も危うく死にかけたぞ。魔法研究所からもらったエリクサーがなければ今ここにはいなかっただろう。あれはとんでもない薬だ」
「あの薬は回復させるのではなく、身体の時間を巻き戻す効果があるのです。巻き戻せるのは短い時間ですが、その効果はずっと続きます」

 エリクサーと名付けた薬は、若返りの秘薬を作る過程で出来たものだ。

「ほう。詳しいな。姉上から聞いたのか?」
「はい……」
「近年の魔法研究所の成果は素晴らしい。付与魔法で強化された武具は今や騎士団には欠かせないものとなっている。君の姉上達の頑張りのおかげだ」

 ケイロス様に褒められ、顔がさらに紅くなるのを感じた。

「その言葉、伝えておきます。姉も喜ぶことでしょう」

 姉なんていません! 本人が喜んでいます!

「ところで、ケイロス様は何故お茶会へ? あまり乗り気ではなさそうですけど……」

 気になって聞いてしまった。

「俺か……? 兄、国王に、"もういい加減結婚しろ"と言われてな。まぁ、気分転換になるかと思って参加した次第だよ」
「いつも戦いばかりでしょうから、息抜きも必要でしょう」
「まぁな」

 ケイロス様は片方の眉をぴくりとさせて、また紅茶を飲んだ。

 すぐそこでは貴族子息、息女達がわいわいと騒いでいるのに、このテーブルだけは落ち着いた雰囲気だ。


 私達はお茶会が終わるまでずっとそこにいて、取り留めのない会話を続けた。

 ケイロス様は別れ際に「また会おう」と社交辞令を言い、私は「お待ちしています」と無難にやり過ごした。

 初めてのお茶会は、成功とも失敗とも言えないまま、終わってしまった。
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