街を駆けるラパン

朱宮あめ

文字の大きさ
9 / 12

3

しおりを挟む
 スズカはエコライフのビルの地下駐車場にいた。車の後部座席の下に隠してあったいつものパーカーワンピースに着替えると、地べたで眠りこけているサツキの傍らに寄った。

「おーい、サツキくん。いつまで寝てるのー?」
 ぱちぱちとサツキの頬を叩く。
「ん……」
 数度頬を叩いたところでようやく、だらりと緩み切っていたサツキの表情筋が、ぴくりと反応する。
「んん……?」

 眉がひそめられ、うっすらと目が開いた。濡れた瞳がスズカを捉える。
「お。やっと起きたか、僕ちゃん」
 スズカがサツキから手を離すと、サツキの身体がずるりと地面に落ちた。
「あだっ!!」
 サツキは素っ裸のまま、古びたビルの地下駐車場に転がった。
「たた……って、もう! なにするんですか、スズカさん!」
 サツキが情けない声を上げる。そんなサツキをスズカは呆れ気味に見下ろした。
「いや、なにするんですかって……こっちのセリフなんだけど。サツキくんさぁ。そろそろクビにしてもいいかな? 君、今回もずっと素っ裸で伸びてただけでなんの役にも立ってないんだけど」
「はっ! そうでした!? って、きゃあ!?」

 ぼんやりしていたサツキはようやく自分の置かれた状況を思い出した。そして、自分が布一枚もまとっていないことに気付き、慌てて手で大事なところを隠す。
 サツキは瞳に涙を溜めて、スズカを睨んだ。
「すっ……スズカさん!! 見た!? 僕のその……見た!?」
「ないない」
 スズカは真顔で手を振った。あからさまにホッと息を吐くサツキに、スズカはぴしゃりと言った。
「そもそも使えない後輩には興味がない」
「がーん! そんなぁ」
「バイトのお使いウサギたちの方がよっぽど使えるよ」
「はは。まぁそう言わないでくださいよ、スズカさん」
 スズカの辛辣な言葉に、サツキは苦笑を漏らした。

「それにしても無事でよかったです。そういえば、タカミは……アイツら、どうなりました?」
「まったく、起きたら起きたできゃんきゃんうるさいなぁ……」

 スズカはサツキを無視して軽自動車に乗り込むと、グローブボックスの中に隠しておいたもう一台のスマホを取り出し、いじり出した。
 タカミの前で使用したスマホは、彼に拉致されたときに奪われたままである。あれはダミーで、スズカの情報はなにひとつ入ってないからいいのだが。

 ほどなくして、液晶画面にドローンの映像が映し出された。
「おっ、もう臓器摘出始まってる」
「えぇっ!? 嘘、なに!? 誰の臓器!? え、僕生きてる?」
 パニックになっているサツキを冷ややかに一瞥し、スズカはスマホに視線を戻す。
 サツキはスズカの背後からスマホを覗き見た。
「うわぁ……マジか。これマジもんの臓器……うぇぇ、グロ」
 サツキは眉を寄せ、スズカに抱きつきながらスマホ画面を凝視している。
「……サツキくん、苦しいってば」
「あ、ごめん」
 スズカは絡みついてくるサツキをひと睨みしつつ、まだ伸びているタカミへ視線を移した。
 まだ、仕事は終わっていない。
 スズカはフードを被った。
「とにかく今はそいつをミカワさんとこに届けにいくよ。サツキくん、ぼさっとしてないで早く着替えて。タカミを拘束したら車に乗せて」
「了解です!」
 元気よく返事をして、サツキは速やかに黒のロングパーカーに着替えた。スズカと同じデザインのものである。
 続けてタカミの手足を拘束して荷台に詰め込むと、サツキは運転席に乗り込む。
 シートベルトをしっかり締め、エンジンをかけながらサツキはちらりとスズカを見た。

「なに?」
 サツキの視線に気付いたスズカが、スマホから顔を上げずに聞く。
「……いえ、あの……すみませんでした。僕、また役に立てなくて」
「……べつに。サツキくんにはハナから期待なんてしてないし」
「はは……そうですか……」
 サツキはぽりぽりと頬をかいた。
「……でもまぁ、演技自体は上手かったよ。タカミ、全然疑ってなかったし」
 スズカはスマホを操作しながら、淡々と言った。
 不意に褒められたサツキは、嬉しさに頬を緩ませる。
「本当ですか!?」
 スズカはちらりとサツキを見て、ため息を漏らした。
「……いや、なににやけてんのよ。演技以外はダメダメだったんだから喜ばない」
「はぁい」
 サツキはにやけながら車を走らせる。
「まったく、単純ね」
「だって今日は運転するスズカさんも見られたし、デートできたし」
 バカなのだろうか。スズカは呑気なサツキを殴りたくなった。スズカはスマホの画面を消し、車窓に肘をついてサツキを見た。その視線は冷凍ビームのごとく冷たい。

「へぇ……? 君、ちゃっかり擬似デート楽しんでたんだ? 随分余裕があったのねぇ? まあそうよね。君、私がカワイたちと対峙してる間、麻酔用マスク付けてぐーすか寝てたんだもんね」
 恐ろしく低い声に、サツキは身震いした。車内の空気が五度くらい下がった気がする。

「……いや、あの……ハイ、すみませんでした」

 サツキは内心しょんぼりとしながら、ハンドルを握り直した。二人を乗せた赤色の軽自動車は、すっかり薄闇に染まった街を滑っていく。
 スズカは再びスマホをいじり出した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】恋人代行サービス

山田森湖
恋愛
就職に失敗した彼女が選んだのは、“恋人を演じる”仕事。 元恋人への当てつけで雇われた彼との二ヶ月の契約が、やがて本物の恋に変わっていく――。

与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし

かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし 長屋シリーズ一作目。 第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。 十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。 頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。 一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。

後宮なりきり夫婦録

石田空
キャラ文芸
「月鈴、ちょっと嫁に来るか?」 「はあ……?」 雲仙国では、皇帝が三代続いて謎の昏睡状態に陥る事態が続いていた。 あまりにも不可解なために、新しい皇帝を立てる訳にもいかない国は、急遽皇帝の「影武者」として跡継ぎ騒動を防ぐために寺院に入れられていた皇子の空燕を呼び戻すことに決める。 空燕の国の声に応える条件は、同じく寺院で方士修行をしていた方士の月鈴を妃として後宮に入れること。 かくしてふたりは片や皇帝の影武者として、片や皇帝の偽りの愛妃として、後宮と言う名の魔窟に潜入捜査をすることとなった。 影武者夫婦は、後宮内で起こる事件の謎を解けるのか。そしてふたりの想いの行方はいったい。 サイトより転載になります。

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

根暗令嬢の華麗なる転身

しろねこ。
恋愛
「来なきゃよかったな」 ミューズは茶会が嫌いだった。 茶会デビューを果たしたものの、人から不細工と言われたショックから笑顔になれず、しまいには根暗令嬢と陰で呼ばれるようになった。 公爵家の次女に産まれ、キレイな母と実直な父、優しい姉に囲まれ幸せに暮らしていた。 何不自由なく、暮らしていた。 家族からも愛されて育った。 それを壊したのは悪意ある言葉。 「あんな不細工な令嬢見たことない」 それなのに今回の茶会だけは断れなかった。 父から絶対に参加してほしいという言われた茶会は特別で、第一王子と第二王子が来るものだ。 婚約者選びのものとして。 国王直々の声掛けに娘思いの父も断れず… 応援して頂けると嬉しいです(*´ω`*) ハピエン大好き、完全自己満、ご都合主義の作者による作品です。 同名主人公にてアナザーワールド的に別な作品も書いています。 立場や環境が違えども、幸せになって欲しいという思いで作品を書いています。 一部リンクしてるところもあり、他作品を見て頂ければよりキャラへの理解が深まって楽しいかと思います。 描写的なものに不安があるため、お気をつけ下さい。 ゆるりとお楽しみください。 こちら小説家になろうさん、カクヨムさんにも投稿させてもらっています。

愛人を選んだ夫を捨てたら、元婚約者の公爵に捕まりました

由香
恋愛
伯爵夫人リュシエンヌは、夫が公然と愛人を囲う結婚生活を送っていた。 尽くしても感謝されず、妻としての役割だけを求められる日々。 けれど彼女は、泣きわめくことも縋ることもなく、静かに離婚を選ぶ。 そうして“捨てられた妻”になったはずの彼女の前に現れたのは、かつて婚約していた元婚約者――冷静沈着で有能な公爵セドリックだった。 再会とともに始まるのは、彼女の価値を正しく理解し、決して手放さない男による溺愛の日々。 一方、彼女を失った元夫は、妻が担っていたすべてを失い、社会的にも転落していく。 “尽くすだけの妻”から、“選ばれ、守られる女性”へ。 静かに離婚しただけなのに、 なぜか元婚約者の公爵に捕まりました。

月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~

真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

不倫妻への鎮魂歌 ―サレ夫が選んだ、最も残酷で静かな復讐―

MisakiNonagase
大衆娯楽
「サレ夫、再生。不倫妻、転落。──その代償は、あまりに重い。」 「嘘で塗り固めた20年より、真実で歩む明日がいい。」 失って初めて気づく、守られていた日々の輝き。 46歳の美香にとって、誠実な夫と二人の息子に囲まれた生活は、退屈で窮屈な「檻」だった。若い男からの甘い誘惑に、彼女は20年の歳月を投げ打って飛び込んだ。 しかし、彼女が捨てたのは「檻」ではなく「聖域」だったのだ。 不倫、発覚、離婚、そして孤独。 かつての「美しい奥様」が、厚化粧で場末のスナックのカウンターに立つまでの足取りと、傷つきながらも真実の幸福を掴み取っていく夫・徹の再生を描く。 家族とは何か、誠実さとは何か。一通の離婚届が、二人の人生を光と影に分かつ。

処理中です...