明日はちゃんと、君のいない右側を歩いてく。

朱宮あめ

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第5章

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 来未が死んだのは私のせい。こんなことならあのとき死んでしまえばよかった。
 そう嘆く私を、綺瀬くんはバカだなぁと笑って受け入れてくれた。

「食べなきゃ死んじゃうこと、想いは口にしなきゃ伝わらないこと。それから……死んじゃった人との思い出はもう、増えないこと……」

 もし私が来未のことを忘れたいと思ってしまったら、来未は私の心からも消えてしまう。

 綺瀬くんが教えてくれたのは、すべてごくごくふつうのこと。だけど、日常に慣れてしまうと見落としてしまいがちなことでもあった。

「……正直、来未のことを思い出すのは今でもすごく辛いです。でも、忘れるのはもっといやだから……前を向くことにしたんです」

 私はまっすぐに穂坂さんを見つめて、言った。

「彼に言われてようやく気付きました。私は生き残ってしまったんじゃなくて、助けてもらったから今こうして生きてるんだって」

 穂坂さんは、驚いた顔をして私を見つめている。
「私は、穂坂さんに助けられました。だから生きています。本当にありが……」
 礼を言おうとしたときだった。

「……ごめん」

 穂坂さんに静止され、私は言葉を止める。穂坂さんの瞳は、どこか寂しげに揺らいでいた。

「話してくれてありがとう。君の本心が聞けて、すごく嬉しい。……でも、ごめん。やっぱり俺は、君に礼を言われるような資格はない」
「え……?」

 戸惑いがちに穂坂さんを見る。穂坂さんは今にも泣きそうに顔を歪めて、私から目を逸らして俯いた。

「水波ちゃんにお礼を言うのは……本当は、俺のほうなんだよ」
「え……いや、穂坂さんがいなかったら私は確実にあのフェリーの中で死んでましたし……」
「違うんだよ」
 穂坂さんの語気が不意に強くなり、びくりと肩を震わせる。すると穂坂さんが慌てて顔を上げた。
「……あ、ごめんね。大丈夫、怒ってるわけじゃないんだ」
「……はい」
「でもね、お礼を言いたかったのは、俺のほう。だから今日も、時間を作って君に会いに来た」
「……穂坂さんが、私に?」

 意味が分からない。呆然としていると、今度は穂坂さんが話し始めた。

「……さっきはあんな偉そうなことを言ったくせにって思うかもしれないけど……俺は、一回君を諦めたんだ」
「え……あの、どういうことですか?」

 穂坂さんは、まるで喉になにかを詰まらせてしまったかのように、苦しげに言葉を吐く。

「……ごめん。被害者である君に、こんなこと言うべきじゃないのは分かってる。これから話すことは、君をさらに苦しめるかもしれない」
 首を振り、穂坂さんを見る。
「聞きたいです。お願いします」

 そう言うと、穂坂さんは一度深く息を吐いてから話し出した。

「俺は潜水士としてはまだ未熟で、あの事故は三度目の救助の現場だった。それまでは潜水士としてあそこまで大きな事故に出動したことはなかったから、その……現場の惨状が想像以上で……恥ずかしい話だけど、絶望したんだ」

 そう話す穂坂さんの表情はひどく沈んでいた。
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