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第6章
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しおりを挟むそれから、ケーキを食べ終えると私たちは店を出た。
別れ際、穂坂さんが思い出したように振り向く。
「あぁ、そうだ」
振り向いた穂坂さんを見上げ、私は首を傾げる。
「これだけは伝えないとって思ってたんだ」
「なんですか?」
「綺瀬くんのことだ」
「……え?」
その瞬間、世界中の音が一瞬にして鳴り止んだような気がした。
「フェリーから救出したのはたしかに俺たちだけど、船内でずっと君を守っていたのは綺瀬くんだよ。彼がいなかったら、君はきっと今ここにはいない」
足が地面に根を張ったように、動けなくなる。
「瓦礫が人為的な感じで山になっていたから、ずっと考えてたんだ。これはあくまで俺の想像だけど……綺瀬くんは、取り残された船内で気を失った君をどうやったら助けられるか、必死に考えていたんだと思う。それで、瓦礫を集めて空気が残っている空間への足場にしたんだ。もしじぶんが支えていられなくなったとしても、君に意識がなくても、最後まで沈まないように。あの極限の状況でそんなことができるなんて、ふつうじゃ考えられない。でも、それほどまでに綺瀬くんは君を守りたかったんだと思うよ」
……だから、せめて彼の遺体だけは引きあげて、あたたかい場所に弔ってあげたかった。
そう言って、穂坂さんはやるせなさげに目を伏せた。
私は、穂坂さんの話を呆然と聞いていた。
――今、この人はなんて言った? 綺瀬くん……? 穂坂さんがなんで綺瀬くんを知ってるの?
話の中で、名前は言ってないはずだ。それなのに、なんで……。
信じられないものを見るように、穂坂さんを見上げる。穂坂さんはひっそりとした声で告げる。
「綺瀬くんを帰してあげられなくて、ごめん」
穂坂さんの声は金属が擦れるような耳鳴りの音のように、耳の奥で響き続ける。
「親友三人で、中学最後の旅行だったのにな」
私はその場に立ち尽くしたまま、考える。
ずっと、疑問に思っていた。ずっと、違和感を感じていた。でも、知るのが怖くて目を背けていた。
綺瀬くんに会うたび、ずっと感じていた違和感の正体に。
自殺しようとした日、初めて出会った不思議な男の子。まるで運命の糸を手繰り寄せたかのように出会った男の子。
『落ちてたら、死んでたんだよ!』
死のうとした私を全力で引き止めてくれた。
『俺が君を助けた理由はね、俺の手が届くところにいたからだよ』
今思えば、私はあの日恋に落ちたのだと思う。
綺瀬くんは、私の話を最後まで静かに聞いてくれて、そして、『助けられたから生きているのだ』と、ごくごく当たり前のことを教えてくれた。
いつだって会うのはあの広場で、綺瀬くんはいつも寒い寒いと言っていて。手を握ってあげると、ひどく安心した顔をして眠る。私も、綺瀬くんと手を握ると、悪夢を見ずに眠れる。
どうしてだろうって、ずっと思ってた。
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