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『ジエチル*エテンザミド』
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一
牛久市牛久沼に程近い、カラオケボックスの一室に二人はいた。勝也はギターを持ち込み、桃子がその伴奏で歌っている。そして桃子が、ライブの曲順通りに歌い終えると。
「くぅー……。俺の腕前すげーだろー……、バッキングからフィンガーテクまでプロ並みだぜー」
勝也は『キムタク』バリのドヤ顔で桃子の顔を見た。当然、舌で片方の頬を膨らましている。
「かっちゃん最高……。音がハードでリズミック、しかも乾いた高音の鳴かせ方がたまんない。ヴァンヘイレンとクラプトンを足して2で割った感じ……」
桃子はうっとりした目で、勝也を見た。
「バカヤロー桃子、面白れ~事、言いやがって。俺を二人のギターリストで表現する時は、足すだけで良いよ……2で割るな、足した位が釣り合ってるぜ~。音楽なんてものはよー、技術じゃねーんだ『ハート』だぜー。がっはっはっ、がっはっはっ」
勝也は、高笑いをすると、ギターコードDをジャーンと鳴らした。いつも勝也がギターを抱え高揚している時は、事あるごとになぜかDコードを鳴らす、ちなみに沈んでいる時はDmを鳴らしていた。特に意味はなさそうである、指に馴染むのであろう。
勝也は、地元のアマチュアバンドでギターを担当している。目指すは『ハードロックとブルースの融合』などと訳の分からない方向性であり、そこまで演奏もボーカルも上手くない、仕事で疲れ切った夜の練習だけでは、たかが知れているであろう。齢も三十路半ば、最近では幾分太りだして、自慢の革パンがはちきれそうである。桃子は勝也の彼女で,齢が一回り下である。この若い彼女に曲を歌ってもらい、ギターの練習をしているのだ。
「今回の市民バンド大会、無料のわりに観客少ないらしいなー。アマチュアの最強バンド『リトマス*エチルフラスコ』様が降臨するって云うのにさー」
勝也が上から目線ではあるが、寂しそうに呟いた。桃子は軽く頷き。
「かっちゃんがリードギターに返り咲いた事、みんな知らないんだよ。今回はアドリブもあるんでしょ、残り数日だけど頑張って宣伝するね」
勝也は桃子と二人の時だけ何故か、滅法上手くギターを弾く事が出来る、まさにプロ並みである。バンド仲間の練習では、イマイチそれを発揮出来てはいないが、一定の基準は満たしている。しかし、致命的な欠陥が勝也にはあったのだ『あがり症』である。人前に出ると手が震え、上手くギターを握れなくなり、コード進行が真っ白に飛んでしまうのだ。
以前のライブでは、全てが飛んでしまい、ギターを放り投げボーカルに加わった事があった。ベースギターとドラムスと、いわゆるリズムのみで、方や素人のツインボーカル、しかもユニゾン……。想像しただけでも地獄であろう。それ以来ギターを外されベースをやっていたが、今回欠員のためギターを担当するのだ。
「頼むぜー桃子。俺は客がいねーと、燃え上がれねぇぜー。ファイヤー……」
中指を上に突き出し、勝也は叫んだ。
二
それから桃子は勝也の為に、SNSなどやチラシを配り、集客に努めた。とは云え、所詮『市民バンド大会』である。来場者は関係者や知人に限定される事は世の常、中々集まりそうにもない。大会は明後日に迫っている。
そんな夕暮れ時の繁華街、チラシを全部配り終えた桃子にメールが届いた、勝也からである。
『myハニー。バンドは次のライブで解散するよ。俺は今後、仕事に身を入れて、桃子と結婚する。ギターは趣味として続けるから、また俺の伴奏で歌ってくれ。一度だけいいから、満員の客前で演奏したかったぜー。次に会ったら、改めてプロポーズするから覚悟しとけよー。ヨロシク……』
メールではあるが、街角でいきなりの告白に、桃子は嬉しさと悲しさが交じり合う複雑な表情で立ち尽くした。
その後、近くのベンチに腰を下ろし、暫く何を思っているのか虚ろな目で、秋風に舞う銀杏の葉を見ていた。平日の夜である、人通りもまばらになってきている。そして、銀杏の落葉が頬をかすめた時。桃子は、やおら立ち上がり歩き出した。家路につこうとしたのであろう。
裏路地を一本入ると、勝也と初めて出会った楽器屋がある、桃子は一瞬立ち止まり中を眺めてすぐ歩き出した。しかし数歩進むと、肩にかけたバックから赤い口紅を取り出し、周りを伺った。そして、ショーウインドーの前に立つと。
『市民バンド大会開催。地元出身の人気ロックバンド『ジエチル*エテンザミド』様が飛び入り参加するかもよー』
やらかしてしまった……。ガラスに書いてしまったのだ。
勝也を思う気持ちがそうさせたのであろう『人気バンドが無料』と、くれば、集客力は絶大である。ガラスに口紅で書けば落としやすいし、文面も絶妙な曖昧さを持たせてある。桃子としては、最大限に気を使ったのであろう。桃子の衝動『出来心』は察するに余りある。しかし軽犯罪に抵触する行為に違いはなく、安易に看過出来る行為ではない。
迷惑行為は重々承知であろう。承知の上で、恋に盲目の桃子は、その場を走り去ってしまったのだ。
牛久市牛久沼に程近い、カラオケボックスの一室に二人はいた。勝也はギターを持ち込み、桃子がその伴奏で歌っている。そして桃子が、ライブの曲順通りに歌い終えると。
「くぅー……。俺の腕前すげーだろー……、バッキングからフィンガーテクまでプロ並みだぜー」
勝也は『キムタク』バリのドヤ顔で桃子の顔を見た。当然、舌で片方の頬を膨らましている。
「かっちゃん最高……。音がハードでリズミック、しかも乾いた高音の鳴かせ方がたまんない。ヴァンヘイレンとクラプトンを足して2で割った感じ……」
桃子はうっとりした目で、勝也を見た。
「バカヤロー桃子、面白れ~事、言いやがって。俺を二人のギターリストで表現する時は、足すだけで良いよ……2で割るな、足した位が釣り合ってるぜ~。音楽なんてものはよー、技術じゃねーんだ『ハート』だぜー。がっはっはっ、がっはっはっ」
勝也は、高笑いをすると、ギターコードDをジャーンと鳴らした。いつも勝也がギターを抱え高揚している時は、事あるごとになぜかDコードを鳴らす、ちなみに沈んでいる時はDmを鳴らしていた。特に意味はなさそうである、指に馴染むのであろう。
勝也は、地元のアマチュアバンドでギターを担当している。目指すは『ハードロックとブルースの融合』などと訳の分からない方向性であり、そこまで演奏もボーカルも上手くない、仕事で疲れ切った夜の練習だけでは、たかが知れているであろう。齢も三十路半ば、最近では幾分太りだして、自慢の革パンがはちきれそうである。桃子は勝也の彼女で,齢が一回り下である。この若い彼女に曲を歌ってもらい、ギターの練習をしているのだ。
「今回の市民バンド大会、無料のわりに観客少ないらしいなー。アマチュアの最強バンド『リトマス*エチルフラスコ』様が降臨するって云うのにさー」
勝也が上から目線ではあるが、寂しそうに呟いた。桃子は軽く頷き。
「かっちゃんがリードギターに返り咲いた事、みんな知らないんだよ。今回はアドリブもあるんでしょ、残り数日だけど頑張って宣伝するね」
勝也は桃子と二人の時だけ何故か、滅法上手くギターを弾く事が出来る、まさにプロ並みである。バンド仲間の練習では、イマイチそれを発揮出来てはいないが、一定の基準は満たしている。しかし、致命的な欠陥が勝也にはあったのだ『あがり症』である。人前に出ると手が震え、上手くギターを握れなくなり、コード進行が真っ白に飛んでしまうのだ。
以前のライブでは、全てが飛んでしまい、ギターを放り投げボーカルに加わった事があった。ベースギターとドラムスと、いわゆるリズムのみで、方や素人のツインボーカル、しかもユニゾン……。想像しただけでも地獄であろう。それ以来ギターを外されベースをやっていたが、今回欠員のためギターを担当するのだ。
「頼むぜー桃子。俺は客がいねーと、燃え上がれねぇぜー。ファイヤー……」
中指を上に突き出し、勝也は叫んだ。
二
それから桃子は勝也の為に、SNSなどやチラシを配り、集客に努めた。とは云え、所詮『市民バンド大会』である。来場者は関係者や知人に限定される事は世の常、中々集まりそうにもない。大会は明後日に迫っている。
そんな夕暮れ時の繁華街、チラシを全部配り終えた桃子にメールが届いた、勝也からである。
『myハニー。バンドは次のライブで解散するよ。俺は今後、仕事に身を入れて、桃子と結婚する。ギターは趣味として続けるから、また俺の伴奏で歌ってくれ。一度だけいいから、満員の客前で演奏したかったぜー。次に会ったら、改めてプロポーズするから覚悟しとけよー。ヨロシク……』
メールではあるが、街角でいきなりの告白に、桃子は嬉しさと悲しさが交じり合う複雑な表情で立ち尽くした。
その後、近くのベンチに腰を下ろし、暫く何を思っているのか虚ろな目で、秋風に舞う銀杏の葉を見ていた。平日の夜である、人通りもまばらになってきている。そして、銀杏の落葉が頬をかすめた時。桃子は、やおら立ち上がり歩き出した。家路につこうとしたのであろう。
裏路地を一本入ると、勝也と初めて出会った楽器屋がある、桃子は一瞬立ち止まり中を眺めてすぐ歩き出した。しかし数歩進むと、肩にかけたバックから赤い口紅を取り出し、周りを伺った。そして、ショーウインドーの前に立つと。
『市民バンド大会開催。地元出身の人気ロックバンド『ジエチル*エテンザミド』様が飛び入り参加するかもよー』
やらかしてしまった……。ガラスに書いてしまったのだ。
勝也を思う気持ちがそうさせたのであろう『人気バンドが無料』と、くれば、集客力は絶大である。ガラスに口紅で書けば落としやすいし、文面も絶妙な曖昧さを持たせてある。桃子としては、最大限に気を使ったのであろう。桃子の衝動『出来心』は察するに余りある。しかし軽犯罪に抵触する行為に違いはなく、安易に看過出来る行為ではない。
迷惑行為は重々承知であろう。承知の上で、恋に盲目の桃子は、その場を走り去ってしまったのだ。
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