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『ジエチル*エテンザミド』完結編
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四
市民バンド大会当日。
会場は開始一時間前から満員で、入りきれない人々が駐車場にたむろしていた。桃子が露店まで出ている事に気づいた時は、身震いがしたのか、肩を震わせていた様である。
勝也はこの大会には数年前から参加しているが、人はまばらで閑散としていた。しかし今年は超満員で、大型のバックモニターまで設置してある。勝也のラストギグスには最高の舞台が整ったのだ。
桃子は母親を席に座らせ、待たせている間に『リトマス*エチルフラスコ』の楽屋に差し入れを持って行った。
「かっちゃん……、桃子最前列で応援するからね。今日もギター乾いているかな、調子はどう?」
桃子が尋ねても、勝也は一切、桃子の声が耳に入らない様子で、一点を見つめていた。『まずい、緊張している』桃子は瞬時に思ったであろう。
「会場見たかな、超満員だよ」
言いながら、桃子は勝也の視線に割って入ると、ようやく我に返った勝也は。
「なーに……、たいした事ねーぜ」
強気ではあるが、その声は震えていた。
そしていよいよ、オープニング。
市民バンドだけに演奏やボーカルは素人の域を脱しえない。しかし当日は『ジエチル*エテンザミド』参加の噂により、一組目から盛大に盛り上がっている。そしていよいよ『リトマス*エチルフラスコ』の出番がきた。
勝也が登場すると桃子は渾身の大声で。
「かっちゃん頑張れー。ファイヤー……」
叫んだ……。
が……、急に声援をやめ『ヤバい……、かっちゃん、白目になってる』困った様に呟いた。勝也が極度に緊張すると、黒目が上に上がり白目になってしまう。そうなると演奏がどうなるかは容易に予測できる。
桃子はそれを悟り、ベースと交換する様に叫んだが、既にドラムがなり始まってしまったのだ。時すでに遅しである。
桃子はこみ上げる感情を抑えきれなかったのであろう、終始泣きながら声援を送り、手拍子をしていた。
しかし結果は、想像通りであった、素晴らしい演奏とまでは言い難い。今回も勝也はドラムが鳴った瞬間に、頭が真っ白になった様である。幸いな事に今回はサブギターの活躍で事なきを得た。
しかも勝也は万が一に備え、エアギターまで練習していたらしく、そこそこ様になっていたのだ。花形である『リードギターがエアに行くか』とも思うが……。まぁ……可愛い人である。
最終的に、得意のワンコードDだけは時折弾いていた様であるが、勝也のステージはそれで幕を閉じたのだ。
五
ともあれ桃子は一安心したであろう、何とかカッコはついていたのであるから。
しかし桃子は、大取のバンドが終わるまで気は抜けない。いや、これからが正念場であろう。そしていよいよ、最終エントリーバンドの演奏が終わった。隣に座る母親が目を潤ませジエチル様を待っているのだ。
会場内は、気勢を上げる者が現れ、異様な雰囲気に包まれている。
そして、どこらともなく『ジエチル様』コールが沸き起こりだした。桃子もその雰囲気に負けたのか『ジエ様~』などと、叫び声をあげた。本当に現れるのではないかと錯覚した様でもある。
その時、バックモニターが明るくなり場内がざわめいた。すると、いきなり『ジエチル*エテンザミド』がモニターに現れ、話し出したのである。
『みんなー……盛り上がってるかー……。SNSで俺たちのバンドが、牛久市の市民バンド大会に飛び入り参加するって、騒がれている事を知って、メンバー一同驚いているし、実際そんな予定はなかったぜー。しかし、我がバンドの出身地である、皆様方の期待には御応えしたく、ライブメッセージのみではありますが、一言コメントさせていただきまーす。大会の成功を心より願ってるぜー……。これからも『ジエ』ヨロシク……。』
コメントが終わるとギターを『ジャーン』と、鳴らした。勝也の愛するDコードであったが偶然であろう。
そして場内は、割れんばかりの声援と拍手に包まれながら幕をと閉じたのである。
六
その後、場内は満足感と物足りなさが交錯し、異様な雰囲気ではあったが、無事大会を終える事が出来た様である。
当日桃子は、楽器屋を訪れ落書きを謝罪したが。実際に『ジエチル*エテンザミド』はリモート出演したし『CDの売り上げが上がった』と、感謝され、罪は不問に付せられた。
この大会が桃子にとって、成功であったのか失敗であったのかは、当の本人にも分からないであろう。
誰も傷つかずに済んだ事は、偶然の幸いである。
市民バンド大会当日。
会場は開始一時間前から満員で、入りきれない人々が駐車場にたむろしていた。桃子が露店まで出ている事に気づいた時は、身震いがしたのか、肩を震わせていた様である。
勝也はこの大会には数年前から参加しているが、人はまばらで閑散としていた。しかし今年は超満員で、大型のバックモニターまで設置してある。勝也のラストギグスには最高の舞台が整ったのだ。
桃子は母親を席に座らせ、待たせている間に『リトマス*エチルフラスコ』の楽屋に差し入れを持って行った。
「かっちゃん……、桃子最前列で応援するからね。今日もギター乾いているかな、調子はどう?」
桃子が尋ねても、勝也は一切、桃子の声が耳に入らない様子で、一点を見つめていた。『まずい、緊張している』桃子は瞬時に思ったであろう。
「会場見たかな、超満員だよ」
言いながら、桃子は勝也の視線に割って入ると、ようやく我に返った勝也は。
「なーに……、たいした事ねーぜ」
強気ではあるが、その声は震えていた。
そしていよいよ、オープニング。
市民バンドだけに演奏やボーカルは素人の域を脱しえない。しかし当日は『ジエチル*エテンザミド』参加の噂により、一組目から盛大に盛り上がっている。そしていよいよ『リトマス*エチルフラスコ』の出番がきた。
勝也が登場すると桃子は渾身の大声で。
「かっちゃん頑張れー。ファイヤー……」
叫んだ……。
が……、急に声援をやめ『ヤバい……、かっちゃん、白目になってる』困った様に呟いた。勝也が極度に緊張すると、黒目が上に上がり白目になってしまう。そうなると演奏がどうなるかは容易に予測できる。
桃子はそれを悟り、ベースと交換する様に叫んだが、既にドラムがなり始まってしまったのだ。時すでに遅しである。
桃子はこみ上げる感情を抑えきれなかったのであろう、終始泣きながら声援を送り、手拍子をしていた。
しかし結果は、想像通りであった、素晴らしい演奏とまでは言い難い。今回も勝也はドラムが鳴った瞬間に、頭が真っ白になった様である。幸いな事に今回はサブギターの活躍で事なきを得た。
しかも勝也は万が一に備え、エアギターまで練習していたらしく、そこそこ様になっていたのだ。花形である『リードギターがエアに行くか』とも思うが……。まぁ……可愛い人である。
最終的に、得意のワンコードDだけは時折弾いていた様であるが、勝也のステージはそれで幕を閉じたのだ。
五
ともあれ桃子は一安心したであろう、何とかカッコはついていたのであるから。
しかし桃子は、大取のバンドが終わるまで気は抜けない。いや、これからが正念場であろう。そしていよいよ、最終エントリーバンドの演奏が終わった。隣に座る母親が目を潤ませジエチル様を待っているのだ。
会場内は、気勢を上げる者が現れ、異様な雰囲気に包まれている。
そして、どこらともなく『ジエチル様』コールが沸き起こりだした。桃子もその雰囲気に負けたのか『ジエ様~』などと、叫び声をあげた。本当に現れるのではないかと錯覚した様でもある。
その時、バックモニターが明るくなり場内がざわめいた。すると、いきなり『ジエチル*エテンザミド』がモニターに現れ、話し出したのである。
『みんなー……盛り上がってるかー……。SNSで俺たちのバンドが、牛久市の市民バンド大会に飛び入り参加するって、騒がれている事を知って、メンバー一同驚いているし、実際そんな予定はなかったぜー。しかし、我がバンドの出身地である、皆様方の期待には御応えしたく、ライブメッセージのみではありますが、一言コメントさせていただきまーす。大会の成功を心より願ってるぜー……。これからも『ジエ』ヨロシク……。』
コメントが終わるとギターを『ジャーン』と、鳴らした。勝也の愛するDコードであったが偶然であろう。
そして場内は、割れんばかりの声援と拍手に包まれながら幕をと閉じたのである。
六
その後、場内は満足感と物足りなさが交錯し、異様な雰囲気ではあったが、無事大会を終える事が出来た様である。
当日桃子は、楽器屋を訪れ落書きを謝罪したが。実際に『ジエチル*エテンザミド』はリモート出演したし『CDの売り上げが上がった』と、感謝され、罪は不問に付せられた。
この大会が桃子にとって、成功であったのか失敗であったのかは、当の本人にも分からないであろう。
誰も傷つかずに済んだ事は、偶然の幸いである。
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