『転生家光と「影」の創世記 〜虐げられた非人・遊女を最強の暗殺集団に育て、春日局(ひかり)の裏で江戸の闇(あく)を葬る〜』

ハナモグラ99

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第1章:影の創世

第3幕 毒と乳母(めのと)

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(寛永元年・江戸城 西ノ丸)

元服の儀を終え、数日。 家光は、乳母であり、今や大奥の絶対権力者である春日局かすがのつぼね(おふく)を、自室の書院に召し出した。 表向きは、先ごろ命じた「大奥の経費洗い直し」の報告を受けるため。 だが、家光の真の目的は、そこにはない。

(……観察は、終わった)

転生者としての十余年。彼はずっと「観察者」だった。 そして、目の前の女が、この国で最も「使える」女であると結論付けていた。

「大奥の無駄、これだけ洗い出しましたか。見事だ、局」

家光が、積み上げられた帳簿の山を前に、静かに言った。

「ですが上様、これは……」

「ああ、わかっている。これは『表』の無駄だ」

家光は、帳簿を脇に押しやり、春日局を真っ直ぐに見据えた。

「今の大奥は、わが世継ぎを生み出すための場所だ。だが、まだ足りない」

「……と、仰せられますと?」

春日局の目に、わずかな警戒の色が浮かぶ。 家光は、この女の(転生者として知る)底なしの野心と政治力に、あえて火をつける言葉を放った。

「この徳川を盤石にするためには、『別の大奥』を造る」

「……!」

「すなわち、参勤交代で江戸に来る外様とざまの男たちに、徳川家の息のかかった側室を与えて、子を産ませ、彼らを縛るべきだ」

「………………………上様」

部屋の空気が、一気に凍りついた。 春日局の顔から、血の気が引いていく。

「……今、何と仰せに……なりましたか。 わたくしは……この老いぼれの耳が、とうとうおかしくなったのでございましょうか」

彼女は一瞬、目を伏せたが、すぐに家光を射抜くように見据えた。

「……『別の大奥』…? ……『他国の男達(=大名)に、側室を』…? ……『徳川の息のかかった子を産ませ、縛る』…? 上様」

声の調子が、一段と低く、冷たく落ちる。

「恐れながら申し上げます。 ……御乱心ごらんしんにございますか」

「御乱心とは、聞き捨てならぬな。理由を」

家光は、動じない。この反応すら、計算の内だった。

「……説明、でございますか」

春日局は、ぐっと奥歯を噛みしめた。

「……上様。わたくしが申し上げているのは、『道理』ではございませぬ。『道理以前』のお話にございます! 申し上げます! 上様のお言葉が『御乱心』である理由は、大きく三つ!」

彼女は、指を一本立てる。

「一つ! 『大奥』は、この徳川宗家そうけの、上様ただお一人のためのもの! これを『別の大奥』などと称して他家たけにくれてやるは、上様ご自身の『お血筋』の尊厳を、泥に投げ捨てるに等しき行い! 将軍家の権威とは、他ならぬその『唯一無二』なるがゆえに保たれておるのでございます! それを自らお捨てになるか!」

指が二本に変わる。

「二つ! 『徳川の息のかかった側室』なぞ、天下に大混乱を招きまする! そのような女が産んだ子が、もし『我こそは徳川の血筋』などと名乗り始めたら、どうお納めになりますか! 大名家に、ありもせぬ『徳川の権威』を与え、幕府を脅かす『火種』を、上様ご自身が全国にばら撒くことになりましょうぞ!」

そして、三本目の指が、家光に突きつけられる。

「三つ! これが最も恐ろしきこと! ……上様は、再び『いくさ』をお望みか! 諸大名は、既に『参勤交代』と『妻子さいしの江戸詰め』という『法』によって幕府に従っておりまする! そこへさらに『血』をもって、ねやの中まで支配するなど……」

彼女は声を荒らげ、一歩にじり寄った。

「……やりすぎにございます!! 大名たちは『徳川は我らを人とも思わぬか!』と激昂げきこうし、結束いたしましょう! 祖父君(家康公)が、父君(秀忠公)が、どれほどの思いで鎮められた天下泰平を…! 上様ご自身が、火の海になさるおつもりか!」

春日局は、わなわなと震える拳を畳に突き立てた。

「……これだけのことが、お分かりになりませぬか。 ……これでもまだ、わたくしが『御乱心』と申し上げた意味が……お分かりになりませぬか!」

家光は、その激昂を、ただ静かに受け止めていた。

(……そうだ。それでいい。お前が、その程度の政治的洞察力も無ければ、使い甲斐がない)

家光の沈黙を、春日局は「幼き将軍の暴論」の続きと受け取った。 彼女の目は、怒りを通り越し、理解不能なものを見る冷やかな色に変わった。

「……上様。 ……わたくしが、この春日局が、これまでどれほどの思いで上様をお育て申し上げてきたか……もう、お忘れでございますか」

その声は、底冷えのする静かな刃物だった。

「『わたくし(春日局)の息のかかった女』なれば、なおのこと! 諸大名は、それを『春日局(=徳川幕府)が、我らのねや密偵みっていを送り込み、血筋をかき乱しに来た!』と、天下に示すこれ以上ない『証拠』といたしましょう!」

「上様は、火薬庫に『わたくしの印《しるし》』を押した火種ひだねを投げ込めと……そう、仰せられておるのですぞ!」

彼女は、ついにゆっくりと立ち上がり、家光を見下ろした。臣下として、乳母として、ありえない「反逆」の所作だった。

「……わたくしの配下(=大奥の女たち)を、そのような『天下騒乱の道具』としてお使いになるなど……!」

(ふっ、と彼女は自嘲じちょうするように息を吐く)

「ええ。無理にございます。 ……わたくしが育てたたちは、上様と徳川の天下をお守りするためにおります。 上様ご自身と共に、その天下を滅ぼすような真似は……」

「この春日局の目が黒いうちは、断じて、御免ごめんこうむります」

決別宣言。 彼女は、家光に背を向け、部屋を出て行こうとした。

「……局。座れ」

その、静かで、しかし絶対的な命令が、春日局の足を床に縫い付けた。 彼女は、ゆっくりと振り返る。 そこにいたのは、彼女が知る「若君」ではなかった。

「……これ以上、お聞きするお話は……」

「わたくしが、本気で天下を滅ぼそうとしているように見えるか」

家光は、静かに遮った。

「! ……」

「そなたが、わたくしが幼き頃より、どれほど天下の泰平を願い、わたくしを将軍とするために戦ってきたか…このわたくしが、忘れたと思うか」

春日局は、その静かな問いに、思わず言葉を飲み込み、警戒しながらも、ゆっくりと座り直した。

「……なれば、なぜ、あのような戦乱の火種を撒くようなことを……」

「逆だ、局。 火種は、わたくしが撒かずとも、既に『ある』のだ」

(……ここからだ)

家光は、転生者としての知識を、この女に「毒」として流し込む。

外様とざま…特に薩摩(島津)、長州(毛利)…あの者たちが、いつまで江戸に妻子を置き、大人しく参勤していると思う? 彼らは今、爪を隠しているに過ぎぬ。 一度ひとたび、幕府に『衰え』が見えれば、江戸にいる妻子など『捨て駒』にして、必ずや牙を剥くぞ」

春日局がS?をのむ。

「…祖父君(家康公)が、あれほどの戦の後に、なお『法』で大名を縛ったのは、彼らを信用していなかったからだ。 だが、『法』で縛れるのは『今』だけだ。 わたくしが見ているのは、50年先、100年先の徳川の天下だ」

「……50年先、100年先……」

家光の視点が、自分の想像より遥かに未来を見ていることに、春日局は初めて気づき、戦慄した。

(この御方は、一体……?)

「そうだ。 そなたは『大奥の権威が下がる』『血筋が乱れる』と申したな。 そこが違う。わたくしの真意は、そこにはない。 『別の大奥』などという名で、おおやkeにするのではない。 『徳川の血』をくれてやるのでもない」

「…では、いったい…」

「わたくしが欲しいのは、徳川の血筋ではない。 『徳川(わたくし)に、絶対に逆らえぬ血筋』だ。 局よ。そなたが心血を注いで育てた、この大奥のたち… 彼女らに、徳川の天下を内側から支える『いしずえ』となってもらう」

「礎……?」

「(家光は、春日局の目をまっすぐに見据えて) 極秘裏に、そなたが選んだ『目』と『耳』…そして『忠誠心』を持つたちを、諸国の外様大名の奥深く…『奥女中』として送り込む。 そのが、もし大名の『種』を宿し…その子が跡継ぎとなったならば… その大名は、生まれながらにして、『徳川(わたくし)の手の内にある』ことになる」

家光は、冷ややかに続けた。

「表向きは『法(武家諸法度)』で縛り、内側からは『血(そなたの育てた女)』で縛る。 これこそが、わたくしの望む『盤石の天下』だ」

春日局は、わなわなと震え始めた。それは、先ほどの怒りとは違う。 恐怖か、それとも、とてつもない計画を前にした興奮か。

「……な、なんと…恐ろしいことを…。 …それは…それはもはや『まつりごと』ではございませぬ。『毒』にございます…!」

「(家光は、冷ややかに)毒をもって、毒を制す。 そして局よ」

家光は、最大の「餌」を、この怪物に与えた。

「この『毒』を調合し、諸国の奥に仕込み、わたくしの手足となって操れるのは、この江戸城に、いや、この日本ひのもとに… そなた(春日局)をおいて、他に誰がおる?」

「————っ!!」

春日局の目が見開かれた。 彼女は、すべてを理解した。 これは「御乱心」ではない。 これは、彼女の主君(家光)が、彼女の持つ「力(大奥というシステムと、彼女自身の管理能力)」を最大限に評価し、信頼し、その上で「共犯」になれという、途方もない『密命』なのだと。

家光は、畳みかける。

「そなたは、わたくし一人の乳母であった。 そして、この大奥数千の『母』となった。 わたくしは今、そなたに…

『徳川の天下』そのものの『乳母めのと』となれ、と申しておるのだ。

…このわたくしの『本当の望み』… それでもそなたは、『御免こうむる』と申すか?」

春日局は、震えが止まらない。 彼女は、ゆっくりと、しかし深く、深く、畳に額を擦り付けた。

「……もったい、なき……お言葉」

「(家光)……」

「……この春日局、いえ、この『毒』。 上様の天下のため、喜んで、調合いたしましょう」

元服の日から数日にして、三代将軍・家光は、この国で最も危険な怪物を、完全に手玉に取り、自らの最強の「道具」として掌握した。
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