『転生家光と「影」の創世記 〜虐げられた非人・遊女を最強の暗殺集団に育て、春日局(ひかり)の裏で江戸の闇(あく)を葬る〜』

ハナモグラ99

文字の大きさ
5 / 5
第1章:影の創世

第5幕:影の命名

しおりを挟む
(寛永二年・江戸)

家光が五人の非人を蔵人くろうど薄雲うすぐもに預けてから、一年が経過していた。

その間、家光は「表」の将軍として、春日局を巧みに操り、大奥と幕政の両方で着実に実権を掌握しつつあった。

そして今宵、家光は再び、蔵人の手引きで城を抜け、あの打ち捨てられた廃寺(=影のアジト)の本堂に立っていた。

一年前、五人が恐怖に震えながら引き渡された場所。

本堂の暗闇の奥から、二つの人影が静かに現れ、家光の前に深く膝をついた。

「刃」の師、蔵人。 そして、「毒」の師、薄雲。

蔵人は変わらず、生ける屍のような無感動な空気を纏っている。

だが、家光は、その隣に控える薄雲の姿に、目を細めた。

彼女は、すっかり梅毒が緩解し、一年前の、死を待つだけの「腐肉」の面影は欠片もなかった。

家光がペニシリンと共に定期的に与えていた「未来の薬」(現代のビタミン剤や栄養剤、あるいは基礎的な美容薬)のおかげか、全盛期とはいかないまでも、病み上がりのはかなさと、内側から発光するような輝く美しさを取り戻していた。

ただれた痕が残る顔半分すら、今はあやしい「影」として彼女の美貌を引き立てている。

家光は、その変貌ぶりに、フッと口の端を上げた。

「美しいな、薄雲。……夜伽よとぎに呼びたいくらいだぞ」

それは、この「影の軍団」の頭領あるじにしか言えない、支配者の冗談だった。

薄雲は、顔を上げぬまま、その赤い唇で妖艶に微笑んだ。

「……めっそうもございません」

その声は、かつての太夫が男を惑わした甘さか、あるいは「師」としての冷徹な謙譲か。

「上様のお命、この身に代えまして、あの『娘』たちに注ぎ込んでおりますゆえ」

「期待している」

家光は、それ以上は踏み込まず、蔵人に向き直った。

「……で、見せられるか。お前たちの『作品』を」

蔵人は、乾いた声で答えた。

「……上様。お呼びいたしました」

「ごろうじろ。我らが『作品』にございます」

蔵人が手を叩くと、本堂の暗闇の五カ所から、五つの影が音もなく「滲み出し」、家光の前に一列に並んだ。

家光は、その五人を見て、目を細めた。

そこに、かつて畳に額をこすりつけ、失禁していた「非人」たちの姿は、もはや欠片もなかった。

男三人、女二人。

全員が黒装束に身を包み、その顔は、感情というものを一切剥ぎ落としたかのような、冷たい「無」に支配されていた。

鍛え上げられた肉体は、生きるためのものではなく、ただ「任務」を遂行するためだけの研ぎ澄まされた道具ツールと化している。

彼らは、家光の姿を認めると、一糸乱れぬ動きで音もなく片膝をつき、深く頭を垂れた。

狂信は、一年間の地獄のような訓練を経て、完璧な「忠誠」という名のはがねに鍛え上げられていた。

「……見事だ、蔵人、薄雲」

家光は、満足げに言った。

「良い『道具』に仕上がった」

家光は、玉座からではなく、彼らと同じゆかに立ち、一人目の前に進み出た。

かつて、腕の腱を切られた男の前に立つ。

男は、右腕を失った代わりに、その左腕は常人の倍近くに膨れ上がり、全身が「殺気」の塊と化していた。

「お前は、力を失い、妹のために『牙』を剥いた」

家光は、静かに告げた。

「その『牙』、今やこの国ののりを喰い破る毒牙となった。 ……今日より、お前の名は『牙(きば)』だ。 俺の敵の喉笛を、その左腕で確実に喰い千切れ」

「……御意」

『牙』と呼ばれた男は、床に額がつくほど深く頭を下げた。

次に、無実の罪で拷問され、足を引きずっていた男の前に立つ。

男は、今やその足の不自由さを感じさせない、むしろそれを「型」として利用する独特の体捌きを身につけていた。

「お前は、理不尽にすべてを奪われ、その存在を『かすみ』のように消された」

「その『かすみ』、今や誰の目にも映らぬ真の『影』となった。 ……今日より、お前の名は『かすみ』だ。 城の壁も、人の心の隙間も、かすみのごとくすり抜け、俺の『目』となれ」

「……御意」

かすみ』が、音もなく応えた。

三人目。五人の中で最も体格の良い男の前に立つ。 彼は、かつてどのような非人であったか、その面影は微塵もない。ただ、純粋な「殺意」だけがそこにあった。

「お前は、社会(システム)から打ち捨てられた『くい』だ」

「その『くい』、今や徳川の世を揺るがす巨悪の『心臓』に打ち込むためのものとなった。 ……今日より、お前の名は『くい』だ。 俺が指し示した『悪』を、一撃の下に仕留めよ。二度打つことは許さぬ」

「……御意」

くい』の重い声が、床を震わせた。

家光は、次に、女たちの前に進む。

まず、心中未遂で顔に傷を負った女の前に立つ。

彼女の顔の傷は、薄雲の化粧によって、もはや「傷」ではなく、男を惑わす妖しい「文様もんよう」へと昇華されていた。

「お前は、男との愛に溺れ、その『みつ』の甘さゆえに死を選んだ」

「その『みつ』、今やこの国の大名を狂わせる、極上の『毒』へと変わった。 ……今日より、お前の名は『みつ』だ。 その体、その唇、その言葉のすべてをもって、俺の敵を内側から甘く溶かせ」

「……御意」

みつ』の、吐息のような声が応えた。

最後に、家光はもう一人の女の前に立った。

彼女は、五人の中で最も「普通」に見えた。だが、その「普通」さこそが、彼女の最大の武器であることを家光は見抜いていた。

「お前は、人々の噂に紛れ、その声は誰にも届かなかった」

「その『声』、今や江戸中の情報を集め、あるいは偽りの『うわさ』を流して世を操る『せみ』の音となった。 ……今日より、お前の名は『せみ』だ。 どこにでも潜み、あらゆる音を聞き、そして、俺のために『世論』を操れ」

「……御意」

せみ』は、まるで鳴いているのかいないのかわからぬほどの、かすかな声で応えた。

家光は、五人――牙、霞、杭、蜜、蝉――を見渡し、静かに宣言した。

「お前たちは、非人として死んだ。 今日、お前たちは、俺の『影』として、俺の『道具』として、ここに生まれた。 その名こそが、お前たちの新たな『命』だ」

五人は、一斉に、畳に額をこすりつけた。

それは、一年前の「恐怖」の土下座ではない。 自らの存在を「神」に承認され、明確な「役割なまえ」を与えられたことへの、絶対的な「歓喜」と「忠誠」の礼だった。

家光は、彼らに背を向け、蔵人に告げた。

「蔵人。最初の『任務』だ」

「……はっ。お待ちしておりました」

蔵人の目に、初めて「獣」の光が戻っていた。

家光の「影の軍団」が、その研ぎ澄まされた五本の「刃」を、初めて江戸の闇に向ける時が来た。
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。

セクスカリバーをヌキました!

ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。 国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。 ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

ドマゾネスの掟 ~ドMな褐色少女は僕に責められたがっている~

ファンタジー
探検家の主人公は伝説の部族ドマゾネスを探すために密林の奥へ進むが道に迷ってしまう。 そんな彼をドマゾネスの少女カリナが発見してドマゾネスの村に連れていく。 そして、目覚めた彼はドマゾネスたちから歓迎され、子種を求められるのだった。

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

処理中です...