鬼手紙一過去編一

ぶるまど

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御魂帰りし

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【奈多野家*奈多野 美弦編】一第四話一






【羽星海視点】


僕は、双鬼村が好きだ。 家族がいて、幼馴染み達がいて、村人達の事が大好きだ。 勉強することも遊ぶことも好きだ。 いつまでも穏やかで優しい日常があると信じていた。


夜神町の人々がやって来た時一僕は嫌な予感がした。 特に、遠野を見た時だ。 耳が痛くなるほどの耳鳴りがした。 これは、朱門様が警告している証だ。 これから何かが起きようとしていることを知らせようとしているのだ。
そして僕の嫌な予感は、その日の内に起きた。 秋鳴君から連絡が来て、大婆様に呼び出されたのだ。 大婆様の話によると…遠野が開発した『RTE』という機械で、《確定された未来》に飛ばされ、一つの悲劇が終わるとまた時間が遡るという恐ろしい物だった。 もう1つは…僕達が《鬼人の実験体》として選ばれたこと。 明日の夜には遠野と闇月という男に連れて行き、1週間監禁されるというものだった。

泣き出した宗弥君を宥めながら、僕は考え込んでいた。 一つ引っかかる事があったんだ。

何故遠野は《1週間》という期間を設けたのだろうか? 僕達を監禁し、痛めつけるため? 拷問させるため? 違う。 もっと単純なものだと思う。
きっと遠野は…大人の父さんと母さん達から僕達を引き離して《別の何か》をしようとしているんだ。 そうでなければ、《1週間》という期間は中途半端な気がするのだ。

「………」
(もう…こんな時間か…)

ふと時計を見ると、夜の9時を回っていた。 話を聞いてから、ずっと考え込んでいたということになる。 夕ご飯を食べている時も、僕は上の空だった。 両親も心配していたし、羽華も不安にさせてしまったに違いない。

(明日の夜までに…間に合うだろうか…?)

羽星海の中で《嫌な予感》はまだ続いていた。 心臓が脈打ち、落ち着かない。 明日自分は連れて行かれてしまう。 それまでに試したいことがあるのだが…間に合わないだろう。
明後日の夕方以降…《何か》が起きる。  これは羽星海の中で自信を持って言えることだった。 《何か》の正体を探る為に出来ることはするつもりだ。
これは自分一人でやらねばならない。 両親にも羽華にも幼馴染み達にも気付かれてはいけない。 察してしまわれてはならない。 もし、これが誰かに気付かれてしまったら…知ってしまった人まで巻き込んでしまう危険があるからだ。
今日は早めに寝ようと、布団を準備しようとした所で障子が音を立てた。 よく見ると羽華が熊の縫いぐるみを持って立っているのが見えた。
その姿に微笑むと、羽星海は障子の扉を開いた。

「どうしたんだい? 羽華?」
「お兄ちゃん…一緒にねてほしいの…こわい絵を…描いちゃったから…うっく…ひぐっ…!」
「怖い絵?」

羽華の手元をよく見てみると、1枚の紙を握りしめていた。 泣き出した羽華を宥めながら、障子の扉を閉め、中へと入る。 二人が座ると羽星海は絵を見てみた。

「!!」
(こ、これは…!!まさか…!?)

紙には、炎が家を焼き付くし、黒い人らしきものが逃げて行く人々を追いかけて、手にかけている…と思わしき光景が描かれていた。 あまりの衝撃に羽星海は口を片手で抑えた。 羽華は熊の縫いぐるみに顔を押し付けながら、言った。

「さっきね…寝てたら、夢の中で…《黒い影》の人が出て来てね…わたしをどこかに連れていこうとしたの。 わたしが泣いてたら《白い影》の人と《依鬼》様が助けてくれたけど…《黒い影》の人怒ってた。 『よけいなことするな!』って怒って…《白い影》の人をどっかに連れて行っちゃった…!!」
「もういいよ…! 羽華…!! よく話してくれたね…!」
「うぐっ…ひぐっ…! 《白い影》の人、大丈夫かな?」
「……大丈夫。 明日…僕が確かめに行ってくるよ」
「ほんとに? あぶないよ?」
「平気だよ。 羽華が勇気を出して頑張ってくれたんだ。 僕も羽華を見習って、頑張るから。 何も心配しなくていいんだよ」
「うん…わかった。 気をつけてね…?」
「ふふ。ありがとう。 さぁ…僕と一緒に寝よう。 今度は怖い夢を見ないように、お祈りしようね」
「はい…!」

布団をひいて、寝る準備が出来ると羽華と僕は横になった。 熊の縫いぐるみを真ん中に置いて、怖い夢を見ないように祈りながら、眠りについたのであった。


***

翌日の早朝に羽星海は目覚めた。 羽華を起こさないように布団から出ると、裏山にある神社へと向かった。

「………」

神社の前に行くと、鈴鳴らしを10回振った。 手を叩いて2回ほど礼をする。 こうすることで、朱門が反応し、自分の前に出てくる…はずなのだが…朱門は現れなかった。 後ろを振り向いても同じだった。

「そんな…!? 嘘だろう…!?」

羽星海は呟くように言うと、持ち出した鍵束の中の1つを取り出すと、社の鍵を開けた。 祭壇にいつも着いている蝋燭は消えていた。 それを見た羽星海は自分の中から崩れ落ちそうになった。

(羽華の言っていた《黒い影》…おそらくは…《怨業鬼》だ…! でなければ…朱門様が負けるはずがない…!)

羽星海が考え事をしていた時だった。 突然首元を掴まれたかと思うと、上へと持ち上げられた。

「ぐっ…うぅ…!」
【サカシイ童ハ、スカヌなァ…?】
「怨業鬼…! 貴様…!! ううっ…!」

祭壇にあった供物は腐り、鈴も派手な音を立てて、落ちていった。 黒い触手で羽星海の体を持ち上げ、首を締めている怨業鬼は赤い目を爛々と輝かせながら言った。

【お前ノ先祖ノ魂をクラッタガ、マズかったので、捨てた。 気になるなら見に行けばいい…アァ…お前ではムリか。 奈落に落ちればひとたまりもないからなぁ…!! ケケケケケケ!!】
「ふさげるな…! それは、貴様の魂が汚れているからだ…! 朱門様はお優しい方だ。 自分がどれだけ危害を加えられようとも我慢され、誰のことも恨まない人だ…! あの人を馬鹿にすることは、僕が許さないぞ…!!」
【ダマレ…!! その首へし折ってやる…!!】
「っ!!」

「羽星海!!」

(父さん…!?)

羽星海が目をつぶったのと、美弦の声が聞こえたのはほぼ同時だった。 怨業鬼は美弦が現れた瞬間に消えた。 突然拘束から開放された僕は、地面に落下しそうになったが、父さんがしっかりと受け止めてくれた。

「大丈夫か!? 羽星海? 怪我はないか!?」
「うん…平気だよ。 それよりも…アイツは、どこに…!?」
「いないよ。 俺の姿を見た瞬間に立ち去ったようだ」
「くっ…!」

父の腕の中から飛び出すと、羽星海は辺りを見渡していたが、美弦の言葉を聞くと悔しそうに掌を強く握りしめていた。 美弦は目を細めると羽星海へと問いかけた。

「羽星海…一体ここで、何をしていたんだ?」
「母さんと羽華には…言わないでほしいんだ。 きっと…心配するだろうから…」
「…分かった。 約束する」

羽星海は座り込むと、昨日あったことを話した。 さっくりとした説明だったが、美弦は理解したようで、頭を抱えながら言った。

「羽華は…そんな怖い思いをしていたんだな…知らなかったよ…」
「考えたんだと思うよ。 こんな事言ったら、父さんと母さんに心配させてしまう…だから、僕に相談したんだと思うんだ」
「そうだろうなぁ…全く…お前と羽華の仲の良さには敵う気がしないよ」
「ふふっ…褒め言葉として受け取っておくよ」

会話がキリのいい所までいくと、二人は黙った。 美弦は顔を下に向けると…涙を流していた。

「父さん…」
「…あぁ…ごめんな…泣いたりして…泣きたいのは、羽星海の方なのにな…」
「いや…いいんだ。 僕なら大丈夫だよ。 覚悟は出来てるから」
「流石だな…羽星海…俺だったら…耐えられないよ」
「そうかな? 父さんも強い人だから、耐えられると思うんだけどな?」
「しれっとプレッシャーかけてきたなぁ…!?」
「あ。 気付いた?」
「気付くよ!」

美弦は軽く羽星海の額を指で弾いた。 軽い痛みを感じた羽星海は何気ない会話が、愛おしいものに思えた。  昨日までの僕らは、こういう会話を当たり前だと思っていたんだ。 当たり前の日常というのは、ある日突然崩れてしまう。
災害だったり、交通事故だったり、何か変化があるとすぐに崩れてしまうのだ。
運命の歯車があるとするば、僕らは歯車がズレないように、祈りながら、日々を過ごしていた事になる。

それだけは…絶対に認めたくなかった。

僕は父さんに、羽華への伝言を託した。 父さんは顔を歪め、泣きながら頷いてくれた。 最後の甘えとして、僕は父さんに抱き着いた。 父さんは強く僕を抱き締めくれた。

***



【『羽華へ。 明日になったら、お兄ちゃんは家にはいません。 突然こんな事言って、ごめんよ。 羽華は覚えているかな? お兄ちゃんは将来民謡学者になりたいと言っていたことを。 実は明日学校の宿題で、民謡学者になるための勉強会があるんだ。 泊まり込みの勉強会だから、帰るのが遅くなります。 1週間経ったら、帰ってくるから、それまでいい子でお留守番しておいてほしいんだ。 羽華はいい子だから、僕との約束を守ってくれると信じています。 帰ってきたら、沢山遊ぼうね』

一一長い伝言を父に伝えてしまったと思う。 ちゃんと伝えられるかと父に問うと『必ず、伝えるよ。 任せてくれ』と力強く言ってくれた。
念の為羽華に催眠術を掛けておいた。 これは秋鳴君の提案だった。 もしも羽華が起きてしまっても、傍には実体化した《依鬼》に止めてもらうように依頼してあるから大丈夫だろう。 本当は…《何か》の正体について調べたかったが、それ所では無くなってしまった。
父に相談してみると、代わりに調べておくと言ってくれた。 今は…父を信じるしかない。
所定の時間になると、遠野と闇月がやって来た。台所にいた僕を見付けると闇月が立てと命令してきた。

僕は黙って従った。 今更抵抗した所で、どうにも出来なかったからだ。 母さんは悔しそうに涙を流し、父さんに抱き着いていた。 父さんも、母さんを抱きしめながら、僕に手錠を掛けられる様子を見つめていた。

「………」

悲しそうに僕を見つめる両親を見ていられず、顔を下に向けていた。 まるで罪人のようだとぼんやりと思いながら、長年暮らした家を後にした。

***


地下研究所へと辿り着くと、遠野は僕達に向かって言った。

「君達は《鬼人》の実験のため…一週間監禁する! 何故一週間なのか、分かる者はいるかね?」

(なるほど…あえて僕達に聞いてくるわけか
)

得意げな顔で遠野は秋鳴君達を見回した。 誰もが顔を下に向ける中…羽星海だけは違った。 力強い瞳で遠野を見つめながら言った。

「僕たちの精神がどこまで保つかを試すため…ではありませんか?」
「ほう?何故そう思うのかね?」
「それは…分かりません。 《一週間》という期間が気になったんです。僕たちの事を拷問するならば一週間という期間は中途半端だと感じたからです」
「ほうほう…!素晴らしい分析力だ!君は頭がいいねぇ!」
「……」

遠野は拍手をすると羽星海の頭をポンポンと叩いた。 顔を歪めた羽星海だったが、何かを言うことはなかった。

「別に君たちに拷問するわけではない。私がやりたいのはもっと、単純なものだ。 闇月!例のものをよこせ!」
「………」
「?」
(なんだ…?)

ニヤリと笑うと遠野は両手をパンパンと叩いた。 闇月は奥の方から何かを取り出し、持ってきた。 そこには黒い首輪が六つほど置いてあるトレイだった。
ポケットの中から遠野は小さな白いリモコンを取り出すとスイッチを押した。すると首輪に付けられたスイッチが作動した。
秋鳴達は息を潜めた。羽星海の《嫌な予感》は当たってしまったのだ。

「この首輪に付けてあるのはRTEを縮小したスイッチだ。それを今作動させた。 羽星海君?

賢い君なら…今から何をされるかわ か る だ ろ?」

遠野の笑みと言葉に、僕の全身の毛が逆立ったのを感じながら、言った。

「まさか…!それを使って、僕たちを…《確定された未来》に飛ばすつもりか!?」
「その通りだ!!! まずは君からだ!! 真咲君!!」
「っ!?」
「やめろ!!真咲に近付くな!! 」

真咲君は突然のことに、身動きが取れなくなってしまった。真咲君を庇うように秋鳴君は目の前に立つと鬼の力を発動した。

「ははは!闇月に君達の力は効かんよ!」
「黙れよ!!お前なんか、すぐに眠らせてやる!!」
「………」

秋鳴君は闇月と目を合わせた。 しかし…闇月は眠らず、遠野から黒い首輪を受け取り、真咲君へと歩いてきた。 僕達は必死に闇月の両手両足を掴んだが、すぐに振り払われてしまった。

「クソ!!なんで、止まらない!?」
「まーちゃん!!逃げろ!!」
「真咲君!!走るんだ!!早く!!」
「お願い!!やめてくれよぉ!!」

「みんな…もう、いいんだ。やめてくれ」
「え?」

少しずつ後ろへと下がっていた真咲は、迫ってくる闇月と必死に止めようとする僕たちを見て、諦めたように言った。 僕達を振りほどいた闇月は真咲君の目の前までやって来た。 目の前に来た闇月を睨みつけながら真咲君は言った。

「俺は…抵抗しない。 秋鳴達を、傷付けないでくれ」
「………」
「真咲……お前…!!」
「先に行ってくる……さよなら。皆…」
「嫌だ!嫌だ嫌だ嫌だ!!まーちゃん!!」

宗弥君は首を激しく振りながら、真咲君の元へ行こうとした、が。 黒い腕輪を付けられた真咲は一一消えてしまった。
真咲君が消えた事を…僕達は受け入れられず、その場で崩れ落ちた。

そこからだったかな。 地獄が始まったのは。
今まで自由に食べていたご飯も闇月に監視されながら、食べなければならなかった。 秋鳴君は反抗して、与えられる食事に手を付けなかったり、食事の乗ったお盆を叩き落としたりしていた。 その度に闇月から暴力を受けていた。 見ていられなかった僕は『何でもするから、秋鳴君を許して下さい!』と土下座をした。
闇月は暫く僕を見つめると、地面に転がった食事を指差しながら言った。

「秋鳴が、叩き落とした食事を犬のように舐めろ。 お前が舐めた食事は、私が処理する」
「…分かりました」
「は、羽星海…!! やめろ…!! お前がそんな事する必要なんかない!! やるなら、俺が一一」
「秋鳴君!! いいんだ。 僕なら…大丈夫だから。 心配しないで」
「…羽星海…」

闇月によって秋鳴君の牢獄へと入れられると、僕は散らかった食事を丁寧に舐めていった。 牢屋内には秋鳴君や灯都与君達の泣き声が響き渡っていた。 僕は泣かないように堪えながら、地面に転がっていた食事を全て舐めきった。

「よくやった」
「!」

囁くような声で、闇月は僕の耳元で言った。  あまりにも一一優しい声だったので、僕は自分の耳を疑った。 闇月を見ると、切なげな目をしていた…ような気がする。

(もしかして…僕らに厳しくしているのは、わざとなのか…?)

勘違いかもしれない。 聞き間違いだったかもしれない。 でも、どちらでもない気がする。
あの声は…僕がよく聞いていた父さんの優しい声とよく似ていたからだ。

「くっ…!」
(僕に余裕があれば…! もっと調べられたのに…!!)

元の牢屋に戻された後僕は手元にある手錠を見ながら、唇を噛み締めた。 拘束されていなければ、こんな悔しい思いをすることは無かったと思う。
自分の殻に閉じこもって、ひたすらに耐えた。 泣いている灯都与君や宗弥君を必死に慰めながら、牢獄での生活をしていた時だった。
隣の真咲君の部屋から悲鳴が聞こえてきた。 そこには、動かなくなった真咲君に泣き付いている真咲君がいた。

(次は…僕の番、か…)

一一なるほど。 そういう事か。 RTEで《確定された未来》で死を迎えた者は《元の世界》へと飛ばされ、死ぬ。 遠野はこれが見たかったんだ。 本当にRTEが発動して、実験体がどうなるのかを確認したかったんだ。
父さん達から僕達を引き離すために嘘をついたんだ。 《鬼人に興味があるから、子どもを貸してくれ》とアイツは父さん達に言って、騙したんだ…!!
段々と怒りが湧き出してくると、牢屋の扉が開かれ、遠野が中へと入って来た。 闇月は珍しく扉の向こうから僕を見つめていた。
遠野は嫌らしい笑みを浮かべながら、僕と視線を合わせると言った。

「さぁ…覚悟はいいかな? 羽星海君?」
「…構いませんよ。 《嘘つき博士》」
「……なんだと?」
「僕は…間違ったことは言ってませんよ。 父さん達を騙して、僕達に好き放題出来ることが、楽しくて仕方ないんでしょう?」
「ぐぬぬぬ…! 生意気なガキめ!! 《確定された未来》で苦しみながら、死ね!!」

僕の首に首輪が付けられた瞬間一一僕は《確定された未来》へと飛ばされた。

***

橙色の鬼手紙の中は見ていない。 自分はどんな結末を迎えるのかを知るのが怖かったからだ。 目を開けると…僕はどこかの林の中にいた。 周りは木々で覆われているのと暗かったので、よく見えなかった。

「ん?」

焦げ臭い臭いが鼻をついた。 匂いのした方へ歩き出そうとしたが、足が動かないことに気付いた。 まるで、金縛りにあったような錯覚を覚えると、後ろに誰かの気配を感じた。確かめるために動こうとしても、体は動かない。 痺れを切らした僕は《喪鬼の先祖》の力を使って強引に金縛りを解いた。
後ろにいたのは…銃を構えた遊糸おじさんだった。

「遊糸おじさん…! これは一体…どういう事ですか…!?」
「…私に語れる事は無いよ。 羽星海君。 君はあまりにも…賢すぎた」

遊糸が標準を合わせ引き金を引こうとした時、僕は一か八かの賭けをした。

「僕の未来は…あなたに殺されると…本当に、鈴鹿御前が予言したんですか…!?」
「なに…?」

引き金を引こうとした遊糸の指が止まった。 チャンスだと思った僕は、遊糸を揺さぶるために問いかけた。

「本当は…僕は違う未来で、殺されるはずだった…! でも、《予定が狂った出来事》が起こってまったから、あなたが動く羽目になった!! 違いますか…!?」
「………」

(無言…ということは、当たっているということだ…!!)

遊糸の目が揺れている。 あれは動揺しているというサインだ。 更に遊糸を追い詰めれば、真実に辿り着けるかもしれない。 もう一度遊糸に問いかけようとした瞬間一一遠くの方から「お兄ちゃん!!」と声がした。

「羽華!!」

羽華の声が聞こえ、走り出そうとしたその時…銃声が鳴った。 僕の頭に風穴が空き、その場に倒れ込んだ。

《羽華…来ちゃ、ダメだ…》

魂だけの存在になった僕は、こちらに走って来る羽華に言った。 でも、僕の言葉など聞こえるはずもなく…羽華は僕の死体を見つけてしまった。

「お兄ちゃん…? ねてるの…? 風邪、ひいちゃうよ…?」

《ごめんよ…羽華…僕は、君に嘘をついてしまったんだ…》

羽華は動かくなった僕の体を揺すった。 でも、動かない。 僕は遊糸に撃たれて、死んでしまったからだ。 ずっと僕を呼び続けている羽華を見ていられなかったのか…遊糸は羽華へと近付くと小型の銃を取り出し、羽華を抱きしめると言った。

「ごめんな…」

首元に小型の銃を押し付け、引き金を引くと、羽華は意識を失った。 羽華を姫抱きすると、遊糸は片手で小型化したRTEを操作すると地面へと投げた。 RTEは黒い穴になり、そこに遊糸は飛び込むと姿を消したのであった。

***

残された僕は家を見に行った。 予想通り…屋敷は燃えていた。 《依鬼》とも連絡がつかなかった僕は《確定された未来》をさ迷っていると、綺麗な鈴の音が聞こえてきた。

【羽星海…こちらへいらっしゃい】
『朱門様…!!』

白い鳥居の中で、朱門が白い影となり、佇んでいた。 辺りをよく見てみると、いつの間にか白い森の中に僕はいたようだった。
朱門の元に駆け寄ると、僕は抱き締められた。

【役に立てずに…すまなかった…】
『そんな事はありません。 《確定された未来》に抗う力が足りなかった僕のせいでもありますから』
【羽星海。 もう…頑張る必要は無いのだ】
『え…?』

【そなたは…辛く苦しいことを乗り越えたのだ。 時が来るまで…私の元で眠っていれば良いのです】
『朱門様…?  あ…う…』

顔を上げると朱門様の顔が間近にあった。 目と目が合ったと思った時には、僕は催眠術に掛かっていた。 倒れると思った体は朱門様の体の中へと入っていった。

(暖かいなぁ…)

柔らかくて暖かい布団の中で寝るのはいつぶりだろう? 忘れてしまったな…
白い手が僕の頭を優しく撫でた。 眠りに落ちそうになる間際…僕の頭に浮かんできたのは一一羽華の笑顔だった。

(羽華…僕が、絶対に…助け出してあげるからね…それまで、僕は眠っておくよ…おやすみ…)

瞳を閉じると、自然と涙が出た。 その涙も白い手が優しく拭いとってくれたのを感じながら、眠りについたのであった】


END
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